#047 アルトさんの秘密と嬢ちゃんず
次の日の朝。朝食を早めに済ませ、ジュリーさんと姉貴がお弁当の黒パンサンドを作っている。
俺は、嬢ちゃんずの装備をチェックしてるんだけど……。
何で、アルトが一緒にいるんだ?
銀3つだろ。それに俺よりずっと年上のはずだ。
「御主、今変な事を考えなかったか?」
アルトの獲物を狙う目に、ビビッた俺は首をブンブンと横に振る。
縦にでも首を振ろうものなら、俺の体は一瞬で左右に分かれているだろう。
「今日は、剣はたぶん使わないかもしれないけど、ハンターたるもの、剣は常に携帯だ。備えあれば憂い無し!
うん。皆持ってるね。あとは、籠だけど俺の勘では桶ももっていったほうがいいと思う。以上だ」
「「はい!」」
嬢ちゃんずは外に飛び出した。インディアンガールルックだし。ブーツは履いてるから、あんな感じで大丈夫だろう。
「はい。ご苦労さまでした」
疲れてテーブル席に座った俺に、ジュリーさんがお茶を入れてくれた。
「アルト様のはしゃいだ姿なんて何年振りでしょうか?
今のお姿では初めてかもしれません。『どうしているか見に行ってみよう!』と王宮を後にしたのですが、来て正解でしたわ」
「あの長剣を抜かないと、元に戻れないんですよね?」
「そうです。対戦する相手を幼い姿に変化させる。
そして、赤子を捻るようにいたぶりながら殺す……。
魔族の考えそうな魔法ですが、その変化が永続するとは思いませんでした。御労しいことに、長剣を持った時の20歳の姿も、普段の12、3歳の姿も10年前から変わっておりません。」
え!……では、アルトの本当の歳は30歳という事になる。
オバさんだ。
ヒュン!……シュタ!!
俺の目の前を光った何かが飛んで行って、テーブルの端に突き刺さった。
「何か、変な事を考えなかったか?」
扉の所でアルトがナイフを片手で、お手玉しながら俺を睨んでいた。
ここで、下手なことを言ったり、思ったりした途端、あのナイフが俺に向かってくるのは確実だ。
「何でもないですよ。アルトさん。……ジュリーさんと昔話してただけですから」
「なら、良いのだが……。あぁ、我の名はアルトで良いぞ」
そう言って、扉をバタンって閉めた。
冷や汗がどっと流れる。アルトさんに歳の話は厳禁なようだ。
「でも、何時もあの長剣を背負っているのは大変ですね」
「魔法……いや呪いに近いものです。前にお話したかと思いますけど、魔道具により限定した時間であれば可能です。でも、それすら魔法を受けた年齢に戻れるだけですが……」
「魔道具って?」
「魔法を発動したり、増幅したりするものです。私の杖も増幅の効果を持つ水晶と樹齢500年の老木で作った魔道具です。
アルト様の場合は解呪の為の魔道具でラビスと呼ばれる宝石と真鉄が必要なのです。ですが、ラビスが比較的容易に手に入る半面、真鉄は精製が極めて困難なのです。
王宮の宝物庫に有った長剣が、王国内で最も品質が高かったので、以来それを使っているのです。
短くすることも可能ですが、アルト様が国の宝物だからと言われまして……」
なるほど、だから引き摺るような長剣を背負ってるんだ。
国宝ならなるべく原型を保ちたいものな。でも、あの長剣で獲物をバタバタ斬っていたけどね。
そして真鉄とは、ちょっと厄介だな。この世界は中世以前って気がするし、碌な製鉄技術も無いんじゃないかな。
皆、俺のグルカナイフ見て吃驚してたし……。ちょっと待てよ!
「ジュリーさん。鉄の品質が問題で、量が問題じゃないんですよね?」
「はい。ナイフ程度の量で十分です。
でも、その量ですら品質を上げることが困難なんです。アルト様の長剣はドワーフの作り上げた物。そして、ドワーフの一族は遠くに去っていきました。王国にも何人かはドワーフがおりますが、彼らの技量は古の技にまで達していません」
「姉さん。クナイを1本譲ってくれないかな?」
「良いわよ。アルトさんに使うんでしょ。はい!」
どうやら、俺達の話を聞いていたらしい。姉貴は直ぐにクナイを1本テーブルの上にそっと置いて立ち去った。
「これが使えるんじゃないか、と思うんですけど……」
そう言って、クナイをジュリーさんに渡した。
ジュリーさんは見慣れないナイフをそっと受取り、その刃先を見て驚いた。
「これは?……この波型文様は……。この職人は何処においでですか?」
「これを作った職人はもういません。唯のナイフですが、ダマスカス鋼で出来てます。錬度は極めて高いですよ」
「王都の学院の古い書物に、記載があります。剣で最も優れたものには湖の岸辺に打ち寄せる波が自然に現れる。……これの事を言っているのですね」
「本当に頂いてよろしいのですか?」
「姉貴は良いって言ってるし、後何本かは持ってるから大丈夫ですよ」
ジュリーさんはハンカチを取出して丁寧にクナイを包んだ。
「申し訳ありませんが、至急王都に帰還します。アルト様には7日以内に戻る旨、お伝え下さい」
そう言うとそのまま、家を出て行った。王都で魔道具の製作を行うのだろう。
でもあのサイズなら、アルトさんもアッチコッチ引っ掛かりながら歩くことも無いだろう。
「何か凄い勢いでジュリーが走っていったが、何があったのじゃ?」
アルトさんが扉を開けて入ってきた。
「姉貴のクナイをあげたら王都に帰るって言ってた。7日で戻るそうだけど……」
「クナイ?初めて耳にするぞ。どんなものじゃ?」
姉貴が腰のバックから1本取出してアルトさんに手渡した。
途端にアルトさんの目が険しくなる。
「出何処は聞くまい。ダマルカス……伝説の錬鉄じゃ」
ダマスカスだよな。こっちではダマルカスって言うのか。
「理解した。魔道具の製作じゃな」
そう言うと姉貴に、はい。ってクナイを返す。
「「セリウスさん達が来たよ!!」」
外にいた2人が扉を開けて俺達に告げた。
ちょっと色々あったけど、今日はステーキ捕りの日だ。感傷に浸らずに楽しくやろう。
皆外で待ってるようなので、急いで家を出る。
セリウスさんが大きな籠を持っている。ミケランさんは手ぶらだ。ミーアちゃんは手桶を入れた小さな籠を背負って、サーシャちゃんと並んでた。
「んむ?……ジュリーはおらんのか?」
「ジュリーさんは急用で王都に出かけました」
「はて?……まぁジュリーの事だ。剣姫を残したとなると、大事とも思えんが」
姉貴の答えに首を傾げていたが、急に俺の肩を叩いて、「期待しているぞ!」と言ったけど、ミケランさんに何を吹き込まれたんだろう。
「良かった。皆さんまだいらしたんですね」
通りから小道を走ってきたキャサリンさんが息を切らしながら言った。
パンツルックに革の上着でブーツに小さな籠を持っている。
「昨日、ミケランさんから誘われて、行くのだったらご一緒しようと、ついでに薬草採取もしようと、この格好で来たんです」
「人数も揃ったし、それでは出かけよう」
俺達はセリウスさんの後を付いて今日の漁場に急ぐことにした。
通りを西門に向かって歩くと、直ぐに三叉路に出る。左に曲がると簡単な門にぶつかる。
門番にステーキ捕りだと話すと、直ぐに通してくれた。荷馬車が辛うじて通れる位の門だけど、ちゃんと門番がいる。それだけ、物騒だということなのかも知れない。
門を出ると、南に真っ直ぐな小道が続いており、両側には畑が広がっているが、収穫時期が終わった畑には作物は見当たらない。
マケトマム村の畑みたいに、小道には定期的に十字路がある。その3つ目で今度は左に曲がった。
「ラッピナ捕りはこの先の荒地でやったのよ」
姉貴が道を曲がりしなに教えてくれた。
しばらく進むと、畑が無くなり、荒地になってきた。低い潅木と繁みが点在している。
更に進むと、水の流れる音が聞こえてきた。
緩い下り坂を下りはじめると、潅木が林の様相を見せる。
そして、ついに俺達は目的地に着いた。
其処は大きな淵だった。リオン湖からの流れが滝のように淵に落ちている。最も、落差1mにもみたないけれど、一応滝には違いない。
淵の大きさは直径50m位ある。淵の外れから、急流になって川が流れている。
これなら、ステーキだけじゃなくて魚も狙えると思うぞ。
「身長の2倍程の竿を作ってくれ!」
セリウスさんの指示で、近くの林から数本の木を切り出した。
余分な枝を払うと、早速セリウスさんが竿にタコ糸みたいな糸を結びつけた。
竿の長さよりやや短く糸を切ると、小さな乾した魚を結わえ付ける。
「こんな感じだ。竿の数だけ作ってみろ!」
仕掛けといい、餌といい、まるでザリガニ釣りだ。サッサと5本の仕掛けを作った。
ミーアちゃんとサーシャちゃんに1本づつ渡すと、アルトさんも手を出してきた。しょうがないなぁって思いながらも、「はい!」って渡すと、岸の傍で3人とも俺を見ている。
「早く、教えるのじゃ。皆待っておるぞ!」
アルトさんが怒ってる。ちょっと理不尽さを感じたけど、竿を振って餌を遠くに投げ入れた。
「ほら、こうやって竿を上に上げるように振ると、餌が遠くまでいくだろ。そしたら、こうやって糸を張るように竿を固定して置くんだ」
最後に竿尻を大きな石の間に固定して見せた。
おもいおもいに3人が仕掛けを投入した。
後は、ジッと待つだけなんだけど……。
「終わったか?……ミケランとミズキにも頑張ってもらうとして、お前には魚を釣って貰おうと思っている」
「えっ!ここにいるんですか?……確かにいいポイントですけど」
「黒リックがいるはずだ。リリック程ではないが串焼きにすると美味い」
早速、腰のバックから袋を出して、中の釣竿とタックルボックスを取り出す。餌は姉貴に訳を話すとハムを薄く1枚切ってくれた。
姉貴達は近くに薬草取りに出かけるそうだ。川沿いで冬のシモヤケやアカギレに利くウィントという薬草が取れるってキャサリンさんが言ってた。
嬢ちゃんずに邪魔されないように、少し川上に行って、滝の落込み付近を狙う。
ひょんっと仕掛けを入れると、直ぐに当たりが出る。浮の引き込みに合わせて手首を返せば、最初の1匹が手に入った。
近くの小枝を折り鰓に通して、水辺に置く。そして餌を付けると、また仕掛けを投げ入れる。
セリウスさんの所に戻ってくると、戦果を手渡す。
「ほほう……随分な成果だな。まだ、ミズキ達は戻らん。少し休め」
そう言って、黒リックを串に差すと、焚火で炙り始めた。
俺も、傍の石に腰掛けて、タバコを取り出す。火を点けてプカーってすると気持ちがいい。
「ところで、彼女達の方はどうなんですか?」
「まぁ、見てみろ。……面白いぞ!」
見ていると、サーシャちゃんの竿がグイグイと引かれ始めた。
慌てて竿をサーシャちゃんが掴み、サーシャちゃんの腰をミケランさんが掴む。
そのまま、2人で少しづつ後に下がり始めると、ミーアちゃんが太い棒を持ってきた。
アルトさんは細い枝を折り曲げた火バサミみたいなものを持っている。
サーシャちゃんが2m程後に下がると、グイグイ引いている竿を一気に持ち上げた。
バシャ!って感じでステーキが水中から飛び出した。しっかりと餌の魚を両方のハサミで掴んでいる。
そのまま地面に上げると、ミーアちゃんが後からそ~っと近づいてステーキの頭をポカッ!って叩くと、ステーキが餌からハサミを放した。
最後は、アルトさんが細い枝の火バサミで、ステーキの甲羅を掴んで籠にポイ!
「見事な連携だ!」
「見てて、飽きないだろ」
「確かに……」
嬢ちゃんずは、俺が一服している間にも次々とステーキを釣り上げていった。