#461 トンネル探しは時間が掛かる
グライトの谷から山麓に広がる深い森の一角で姉貴達は休息していた
全く森の上からは見ることが出来ないが、ディーの生体感知機能の能力は凄い。森の上すれすれにイオンクラフトを降下させると下で手を振る嬢ちゃん達を見つける事が出来た。
さて、どこに下りるか…。
そんな事を考えていると、通信機に連絡が入る。
「マスター、少し右前方に移動します。10m程の広さの空地があるようです。」
ディーがそう言って、イオンクラフトを移動すると、確かに丸く空地がある。空地が何故出来たのか不思議な感じだが、森には意外とこんな広場が所々にあるんだ。
空地に着陸すると、エイオスが数人の兵隊を率いてやってきた。
山岳地帯の行動だから、全員革の上下だな。
「お久しぶりです。荷物があれば運びますよ。」
「やぁ、しばらくだね。荷台にある袋を運んでくれ。野菜と黒パンだ。」
操縦席にシートを掛けて、俺達を待っていたエイオスの先導で姉貴達のキャンプ地に歩いて行く。
数分も歩くと、大きな焚火を囲んで姉貴達が談笑しているのが見えた。
数も多いから賑やかだな。
「ようやく、ここまでやってきたわ。これからだと作業が夜になってしまうから、今日はここで野宿よ。」
「ちゃんと目立つ目印なのじゃろうな?」
「お兄さん、お久しぶりです。」
「まぁ、我が来たからには安心じゃ!」
一度にわいわいと話しかけるから何が言いたいのか良く分からないぞ。
まぁ、夜間作業は止めた方が良いな。まだそれ程切迫している訳ではない。
「パンと野菜を運んで来た。トンネルは巧妙に隠されてるが、直径は7D(2.1m)近い。近くの立木の皮を剥いで生木を出しておいた。それが目印だ。そして、トンネルの場所を示す矢印をこの位の太さの木で地面に矢印を作っておいた。」
「目印の高さはどの辺りになるのでしょうか?」
「俺が作業したから俺の背の高さ位だな。1D(30cm)はぐるりと皮を剥いている。」
エイオスが俺の言葉に安心したような顔をする。どんな所に目印があると思っていたんだろう?
「ダネリさん。ここから後100M(15km)程だと思います。今から先行偵察で目印を見つける事は出来ますか?」
「我等リザル族であればその距離を踏破するのは造作も無い。」
姉貴が振り向いて森の中に声を掛ける。
そういえば山岳猟兵が一緒だったな。
「ダネリさん。出掛けるのであれば俺が運んでいきます。…目印は2箇所。最初のトンネルから少し山間にあります。但し、着陸出来ませんからロープを使って下りる事荷なりますが…。」
「ならば容易に見つける事が出来よう。ロープを使わずとも20D(6m)程なら飛び下りても問題ないぞ。」
人間離れしている身体能力だな。だが、あの高さは15mはあったと思う。
「高さは50D(15m)程ありますから、ロープを使ってください。それと通信機は持っていますね。」
「通信兵を同行している。我等は直ぐに発てる。そのお茶を飲んだら出かけよう。」
ダネリさんの言葉に姉貴が俺に頷く。
「ダネリさん達を下ろしたら、俺はノーランド街道の東を探索する。…どうやら、トンネルは森に隠されているらしい。カレイム村の周辺の森は深くて広いからね。」
「カレイムで魔物が襲ってきた方角は北東からじゃった。たぶん村の南方にはトンネルは無いと思うぞ。」
俺が席を立つと、アテーナイ様も席を立った。
「婿殿1人では大変じゃろう。何も出来ぬが我も同行しようぞ。」
「ありがたいお言葉ですが、退屈な探査ですよ。」
「何、婿殿と一緒で退屈だった事等無いわ。」
そう言って笑っている。
アルトさんが下を向いた顔はほころんでるぞ。リムちゃんはちょっと残念そうな顔だな。
「申し訳ありません。確かにアキト1人ではちょっと心配だったんです。」
「何、婿殿なら心配はいらぬよ。」
姉貴の言葉にアテーナイ様はそう答えると俺の後を付いて来た。
そして、ダネリ達がその後に続く。
イオンクラフトの操縦席にディーとアテーナイ様が乗り込んで、俺とダネリ達は荷台に乗り込む。
そこに、ミーアちゃんとリムちゃんが駆けて来た。
「これを渡すのを忘れた、ってお姉さんが…。」
布袋を俺に渡してくれた。量があるが意外と軽いな。袋を開けてみると白い布が沢山入っている。これを目印にする訳だな。
「ありがとう。困った姉貴だけど、よろしく頼むよ。」
2人にそう言ってディーに発進の合図を送る。
下で手を振る2人に俺達も手を振って、トンネルの方角に向かってイオンクラフトを飛ばす。
時速100km近い速度で真直ぐに飛行するから直ぐに目標の真上に着いた。
「ダネリさん。この真下です。ここから北東10M(1.5km)程の所にもう1つのトンネルがあります。」
「なら、半数をここで下ろし、もう半数をもう1つのトンネルの場所に下ろしてくれ。俺はここで下りる。カムル、お前の分隊はもう1つの場所だ。トンネルを確認したらこの場所に戻って来い。」
リザル族の顔を俺は見分けられないが、カムルと呼ばれた男の被っている帽子には徽章の脇に星が1つ付いている。ダネリさんのは2つ付いている。階級章なんだろうな。
そんな事を考えながら、荷台の枠にロープを結びつけた。
そのロープを使って7人の山岳猟兵がスルスルと下に下りて行く。
「分隊降下終了!」
下からの声に俺はロープを引き上げる。
「さぁ、次のトンネルだ。」
俺の言葉にディーは再びイオンクラフトを移動させる。
次の場所でカムルさんの分隊を降ろすと、俺達は次の探索場所へとイオンクラフトを飛ばす。
今度の探索範囲は少し東西の距離が長い。姉貴の指定した範囲は東西50km、南北15kmの範囲だ。どう考えても一月は掛かるぞ。
「ノーランド街道に出ました。少し南に移動してカレイム村の南方300mから探査を開始します。」
「了解だ。2往復は出来そうか?」
「1.5往復に止めます。余力はありますが、それだと森の中に着陸しなければなりません。」
「この森は広いからのう。森はずっと南東に広がってマケトマムの森へと続いておるのじゃ。」
ディーは地中探査器を作動させると、街道から東に向かってイオンクラフトをゆっくりと移動して行った。
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夕暮れ前に、本日の探査を終了して、森の東に広がる荒地の一角にイオンクラフトを着陸させる。
森を抜けた場所で薪を沢山集めておいたから、焚火を作っても薪に苦労する事はない。
水も20ℓは入る樽を2つも積んでいる。
早速、焚火にポットを掛けてお湯を沸かす。ディーは野菜たっぷりのスープを作り始めた。
そんな焚火の傍に座って、アテーナイ様は俺達の作業を見ていた。
お茶のカップを配り、スープが出来上がるのを待つ。
俺がタバコに火を点けるの見て、アテーナイ様もパイプを取り出す。
「確かに単調な作業じゃ。だが、トンネルを探すとなれば虱潰しに調べるしかなかろうて。」
「はい。クリャリンスクで使った地中探査器が使えますから、それでも作業は100倍以上早められます。しかし…。」
「アクトラス山脈は広大じゃ。それは我も分かっておる。…しかし、何故急にこのような異変が起ったかが判らぬ。
確かにある周期で魔物襲来が今までにもあった。今回もそれに似たものかも知れぬがのう。」
「今回の異変は、春のギルドの依頼から獣の居場所が変わった事に端を発しています。イネガルが南の森にいた。ガトルもです。なら、山麓には何がいるのか?
そして山岳猟兵に状況を確認した所、獣が見当たらないという事でした。」
「それは、我もミズキより聞いたぞ。確かにおかしな話じゃ。じゃが、それをレイガル族の襲来、魔物襲来とは直ぐに結び付けられぬ。魔物襲来は少しずつ魔物が増えてある日突然に膨らむのじゃ。狩る獲物に魔物が雑じるからそれと判るのじゃが…。」
何時もの魔物襲来と少し異なるという事か。
だが、トンネルからは邪気が漏れてきている所をみると、奥深くで何やらの出来事は発生していると考えて良いだろう。決してそのままにして良い筈がない。
そして、カレイム村を取り囲むように広がる森も、不気味な静けさだ。
カレイム村の南には獣の気配が濃厚だが、この辺りには獣の気配がまるで無い。
いったい、獣達は何に脅えて移動したんだろう。本能が告げる異変とは何なのだろう…。
ディーの作ったスープを黒パンと一緒に頂くと、早めに寝る事にした。
アテーナイ様に操縦席のベンチシートを提供し、俺は焚火の傍で毛布に包まる。
そして、あくる日から、また地中探査を開始した。
昼頃に、西の森で大きなキノコ雲が上がった。しばらくして鈍い炸裂音が響いて来る。
「やったようじゃな。」
「だいぶ派手に爆裂球を使ったようですね。」
地中深く掘られたトンネルを破壊するのだ。たぶん最初は100個位使ったんじゃないかな。信管は浮遊機雷のタイマーを使ったんだと思うけど、土煙が高く上がっているから、村の連中はさぞかし驚いた事だろう。
その日は、夕方近くに再度炸裂させたようだ。ディーが地面の振動を俺達に告げた。
「確かに、単調な作業じゃのう。ミズキ達はこの後どうするのじゃろう?」
「一旦、村に戻るそうです。俺達の作業はまだ1日目です。全体の探査には一月ほど掛かります。」
俺の言葉を聞いて、アテーナイ様が軽く口笛を吹くと、持っていたカップのお茶を一口飲んだ。
「まぁ、付き合う事にするが、退屈なのは変わらん。国王達は婿殿の意見でわいわいやっておるようじゃがのう。」
「例の法律の整合…ですか。でも、あれは各国の法律家を集めて彼等に任せたのではないですか?」
国王達もサークルを作って定期的に集まっているようだ。たまにテーバイの女王も顔を見せるらしい。
だが、国王達がわいわいやってたのは美人コンテストの計画であって、連合王国の将来と言うよりは自分達の楽しみを考えていたからだと思うぞ。
「国王達は、まぁ害が無ければ良いじゃろう。クォーク達は忙しそうじゃ。エントラムズの祭りの事は妹より聞き及んでおる。婿殿の頼みという事じゃが、黒幕は言わん方が良さそうじゃ。
我が、気にしておるのは国法じゃよ。中々意見が合わずに困っておる。国法とは確かにその国の歴史じゃ。それを法律家は力説しておった。
じゃが、その底辺に流れる物はどうやら同じようなのだが、それを千年近くの間に解釈と先例で変化が起ったらしい。
例えば、盗人じゃが…。」
盗人は初犯、2犯、3犯で刑が重くなるのは一緒らしい。
初犯は、鞭打ち3回、2犯は5回、そして3回目は強制労働3年となる。これはモスレムの話だ。
他の国は、ムチではなく杖だったり、叩く回数や、強制労働の期間が微妙に異なるという事だ。
今となっては、ムチと杖の違いがどうして起ったのかも判らないらしい。
たぶん、盗人の年齢や性別が微妙に影響したんだろうけどね。
「そこで、法律家は2つの方法を考えたようじゃ。一番重い刑に統一するか、それともその反対に一番軽いものにするかとな。婿殿は、この話をどう思う?」
アテーナイ様は、そう言ってパイプに火を点けた。
「ちょっと短絡し過ぎてますね。…それに関わるかも知れませんが、こんな話があります。人は本来善人なのか、それとも悪人なのか。その命題です。」
「善人ならば、悔い改める事が出来よう。なるほど、刑は軽く出来るという事じゃな。反対に、悪人であれば更に罪を犯すことが無いように厳しく罰するという事か…。面白い考え方じゃのう。
しかし、この考え方は宗教が絡んでおるぞ。確かに真実を見抜くのは神官であるが、神官達にこの命題は振りたくないのう。」
見抜いたか。だが、俺にはそれ程問題にしなくても良いような気がする。この世界の宗教は意外と寛容だ。
このような考え方をアテーナイ様が知らなかったという事は、一方的に決めても良いような気がするな。
「法律家達が、どちらかで統一したいと思っているのなら、『人は本来善人である。罪を悔いる事は出来る。』として刑を軽くしてはどうかと思います。但し、これにはカイザーさんの協力が必要でしょうね。」
「それ位はカイザーに出来るであろう。なるほど、神殿のお墨付きを与えて刑を軽くするのじゃな。カイザーならば諸手を上げて婿殿に賛意を示すじゃろうな。
そして、その言葉で法律は緩やかなものになるじゃろう。なるほど、人は生まれながらにして善人である。…なかなか良い言葉じゃ。」
アテーナイ様はうんうんと頷きながら納得している。
ちょっとカイザーさんと悪巧みを考えているようだな。決して善人とは思えない気がするけど、それは問題にならないのだろうか。
「ついでに聞きたいのじゃが、国王達の企みは何じゃ?」
「あぁ、それは美人コンテストの開催ですよ。俺が王都にいる時に相談を受けました。エントラムズで開催するようです。本来は他の企画を考えなければならなかったのですが、中々良い案を国王達が提示してくれました。商会のサンドラさんが引き受けてくれました。」
「全く、しょうのない国王達じゃのう。じゃが、美人コンテストは面白そうじゃの。それで資格等は決まっておるのか?」
真剣な眼差しでアテーナイ様が聞いてきた。まさか出ようなんて考えた無いよな。
「出場資格は王族以外で未婚の18歳から24歳の女性と言う事にしました。あくまで庶民の祭りを全面に出したかったのです。」
「そうじゃったか…。残念じゃのう。」
出たかったのか?
「まぁ、王族は美形ぞろいですし、出たとなれば連合王国の構想に水を差す可能性があります。ここは、あえて庶民を対象にしました。」
「確かに、我やラミア等が出場するとなるとせっかく連合が上手く行きそうな時に水を差すじゃろうのう…。残念じゃが仕方あるまい。」
やはり出る心算だったようだ。
王族は対象外って事にしといて良かった。下手すると4カ国で戦が始まる可能性があったかも知れない。
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10日程探査をしたところで、一旦、村に戻って休息を取る。
アテーナイ様は見つからなくて残念そうだったが、次の探査には同行出来ないと言っていた。
1度王都に戻ると言っていたから、カイザーさんと例の件を相談するのだろう。
庭でアテーナイ様と別れて家に入ると、姉貴に嬢ちゃん達が揃っていた。何か久しぶりだな。
「まだ見つからぬか?」
「お帰り!」
「お兄さん早く座って!」
まぁ賑やかだな。何となく懐かしい光景だ。
「残念ながらまだ見つからない。一晩休んでまた出掛けるよ。」
テーブルに着くと、そう告げた。
ミーアちゃんがお茶を出してくれる。みんなのカップには注ぎ足しているようだ。
「とりあえずお願い。やはり、広範囲に探るにはイオンクラフトじゃないと無理みたいね。」
「まぁ、仕方ないさ。ところで兵隊達は?」
「エイオス達は、山荘の兵舎と長屋に分宿しておる。適当に黒レベルの依頼をこなしているから、ギルドの方も問題は無いぞ。
ところで、母様が急に王都に出かけるようじゃが何ぞあったのか?」
「あぁ、ちょっと相談に乗った件だな。王国の刑法の統合が上手く行っていなかったらしい。」
「ふ~む、まぁ良い。」
そんな返事をしたアルトさんは少し嬉しそうだ。
やはり、一緒だと色々とあるのだろうか。良いお母さんだと俺は思うけどね。
夕食は、ミーアちゃんとリムちゃんが作ってくれた。
昼に釣ったという黒リックのスープと黒パンだ。黒パンにはラッピナの肉が挟んである。何時ものシチューとは違った感じが良いな。
そんな食事を、新たな生活を始めたミーアちゃんとサーシャちゃん達の暮らしぶりを聞きながら食べるのも良いものだ。
里帰りした娘を迎える家族ってこんな感じなのかな。