#460 隠されたトンネル
グライトも谷を急角度で上昇すると、一面に広がる深い森を30mの上空からゆっくりと地中探査を開始した。
操縦席のコンソールにナビシステムの画面のように据え付けられたディスプレイを横目で見ながらディーが東に向かってイオンクラフトを飛行させる。
ディスプレイにはバームクーヘンを半分にして横に伸ばしたような積層模様がカラーで示されているけど…、これで地中の様子が分るのだろうか?
「ディー、参考までに教えてくれ。もし、トンネルがあればこのディスプレイにどんな形で見えるんだ?」
「白い空白が表れる筈です。この積層模様は地中の密度変化を表しています。地中に周囲と異なる密度変化があれば、密度の高いものは赤く、低いものは白く表示されます。」
という事は、トンネルの中は何も無いから白く表示されるのか…。もしも岩の塊や金属鉱脈があればそこだけ赤くなるんだな。
20km程飛行して北に100m移動すると今度は西に移動する。
ディスプレイの監視はディーに任せて、俺は目を閉じると森の発する気の流れを追う。
確かに獣の姿が余り無い。
雪解けの終った森に獣がいないのは考えられないから、確かに何らかの異変の兆候と見るのは正しいと思う。
グライトの谷に差し掛かったところで、北に100m。そして再び東へと進路を変える。
「北に1.5km移動しました。イオンクラフトの燃料が不足します。後3回は探査飛行が可能ですが、燃料補給に1日以上必要です。」
「仕方ないな。適当な所で停めてくれ。探査を中断して燃料の精製だ。」
このイオンクラフトが短距離の輸送用だから仕方ないか。
ディーは、森を離れた荒地にイオンクラフトを着地させた。操縦席に天幕用の布地で作ったシートを被せて、俺達は薪を集めて焚火を作った。
ディーがお茶を入れる間に、姉貴へ連絡を入れる。
バッグから小型の通信機を取出して本体に取り付けられた電鍵を叩くと直ぐに返事が返ってきた。
「…現在の探査範囲に異常無しを確認。イオンクラフトの飛行が可能になり次第探査を継続せよ…か。」
「燃料精製に10時間程度必要です。私が周辺監視を行いますので、その間休息してください。」
ディーの言葉を有難く頂戴し、お茶を飲んだ後は操縦席のベンチシートで横になった。
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ふと、目を開ける。ぐっすり寝ていたようだ。
操縦席のシートを跳ね除けて外に出ると太陽が中天を過ぎている。時計の針は15時を過ぎているぞ。
急いで焚火に向かうと、ディーが直ぐにお茶を出してくれた。
お茶を飲む俺を見ながら、黒パンとハムを焼いている。それが俺達の昼食のようだ。
2人で食べる昼食は少し寂しいけれど、姉貴達も今頃は大変なんだろうな。
「姉貴達から連絡は?」
「ミーア様達の到着が早まりました。3日後には村に到着するそうです。」
また、色々と持ってくるんだろうな。トンネル爆破なんだから爆裂球だけで良いように思えるんだが…。
「イオンクラフトの燃料精製終了です。再度300kmの探査飛行可能です。」
「了解だ。一服したら始めようか。」
俺の言葉に、ディーが後片付けを始める。俺は一服しながら焚火の傍に穴を掘り、焚火の残り火をその穴に投入れた。
イオンクラフトに歩いて行くとディーが操縦席で俺の搭乗を待っている。急いで飛び乗ると、イオンクラフトは前回同様に地中探査を開始し始めた。
更に探査官僚の範囲がアクトラス山脈の尾根に向かって1km程進んだ時、突然イオンクラフトの飛行が停止した。
「見つけました。この真下です。」
ディスプレイを見ると、地中の積層された縞模様の途中に楕円形の空白が見える。
操縦席から下を見ると深い森の中だ。
「下りられるか?」
「ここでは無理です。マスターだけならロープで下りる事が出来ると思いますが…。」
だよな。操縦席から荷台に移ると荷を固定する為に用意してあるロープを荷台の枠に固定して下に投げ下す。
「15分程度で戻る。出来るだけ高度を下げてくれ。」
俺の言葉が終らない内に、イオンクラフトはゆっくりと高度を落として森の木立ちすれすれまで接近する。
バッグからカラビナを取出すと、ロープを捻るようにしながらカラビナに通して腰のベルトに取付ける。
垂直降下訓練がこんな所で役に立つとは思わなかった。あの軍曹には感謝しないとな。
するするとロープをカラビナで滑らせるようにしながら下りていく。時間帯は夕暮れに近いが、森の中は薄暗い。
トンと地面に下り立って周囲を見渡す。
どこにもトンネルが見当たらない。カモフラージュされているようだ。
目を閉じて周囲の気の流れを見る。
アクトラス山脈の尾根から噴出す気はゆっくりと山麓を下り森の木々の発する気と合流してリオン湖に注いでいるのが分る。
更に思念の目を凝らし気の流れを追うと、山からの気と木々の発する気が分かれて見える。木の命が脈動して発する僅かな気が大きな流れに飲み込まれていく様子が見えて来た。
「あれか?」
そんな気の流れに異質な気が混じっている。その元を辿ると、森の一角から邪気のようなものが噴出している場所を見付けた。方角と距離を確認して、ゆっくりと目を開ける。
そこに映った物は、森の斜面に広がる大きな繁みだった。
急いで駆け寄ると繁みを両手で開くとぽっかりと口を開けたトンネルが姿を現した。
直径2m近い穴がゴツゴツした岩肌を晒しながらずっと奥に続いている。
さて、後は目印だな。
近くにある太さ5cm程の木をグルカで切り倒すと、矢印を作って繁みを示すように地面に置く。角度を変えてもう1つ作って、今度は太い幹を捜す。
一番近くで目立つ立木に俺の身長くらいの場所の皮を剥ぎ取り、生木部分を露出させた。
これで、この木は枯れてしまうけど、目印が他に無い以上仕方が無い。
生木部分が露出した立ち木は数十m離れてもそれと分る。
作業を終えると急いでロープに戻ってイオンクラフトまでよじ登っていった。
5分程かけてロープを上りきり、荷台に到着する。ロープを回収して操縦席に戻ると、ディーが心配そうな顔をして俺を見ている。
「ちょっと時間が掛かってしまった。だが、ちゃんと見付けて目印を付けておいたよ。」
「座標位置は、連絡してあります。目印についてはマスターから連絡をお願いします。」
「了解。」
再び、イオンクラフトは森の上空に移動して、ゆっくりと探索を開始する。
そんな探索の合間に無線機で姉貴達に目印が何かを送信しておく。
その日の探索が終ると夜になっていた。
枯枝を集める事も出来ないから、ディーの持っている特大の袋から薪を取出して、昨夜と同じように焚火を作る。
今夜は簡単なスープに、焼きしめてビスケットのようになった硬い黒パンだ。
スープにパンを浸しながら食べる。ディーはスープだけ頂いてる。
そんな時に、姉貴から通信が届いた。
山岳猟兵1小隊が村に到着したらしい。確か休暇中の小隊だよな。
ミーアちゃん達が到着次第出発する、って言っていたから、後2日後には村を出発出来るだろう。
のんびりお茶を飲みながら一服した後で、操縦席のベンチで横になる。
次の日、前日のように起きたら昼過ぎは避けられたようだ。
寝床を這い出して焚火に向かうと、傍に薪が積んであった。朝早くに近くから運んで来たらしい。
そんな事をする以上、この近くに獣はいないという事だ。
「おはよう!」と声を掛けると返事といっしょにお茶が出てきた。
「朝食は昨夜の残りです。今、暖めますから少しお待ち下さい。」
そう言って小さな鍋を焚火に掛ける。
「やはり、周囲に獣がいないようだが…。」
「ガトルすらいません。明らかに変です。」
ディーなりに異変を感じ取っているようだ。
食事を終えて、お茶を飲みながらの一服を楽しむ。ディーは早速、荷物を片付け始めた。
焚火を始末してイオンクラフトに搭乗し、更に山頂に向かっての探索を開始する。
今日の昼過ぎには終了しそうだな。荷台には薪が沢山積まれているから、森に取りに行かなくても済みそうだ。
東西に進む事11回目で、新たなトンネルを見付けた。
同じように森に下りてトンネルを確認して目印を付ける。
今度は要領よく、前回よりも短時間で済ませて戻って来た。今度のトンネルは岩の窪みに作られていた。
いったい何個あるんだろう。同じ場所に複数あるならやはり全域を探査しなければなるまい。
本日の探査範囲を確認して、荒地に着陸する。
焚火を作って、ディーがスープを作る間に、姉貴に連絡を入れた。
「…AよりMへ。本日の探索を終了した。座標1255-1020で休息する。明日で森の探索は終了し荒地になる。荒地の探索範囲を指示せよ。以上…」
「MよりAへ。休息了解。荒地の探索は北に3kmとする。以上…」
荒地にトンネルは無いとみたかな。北に3kmは念の為だろう。とは言え、後2日は掛かることになる。
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明日の昼には予定範囲の探索が終るという晩に、姉貴から通信が入った。
「…MからAへ。作業部隊全員到着。明日早朝に出発。以上…」
ミーアちゃん達が到着したか。
今夜はゆっくり休んで明日出発となると、最初のトンネルに到着するのは2日後の午後だな。
そんな事を考えながら眠りに付く。
次の朝、朝食を終えると直ぐにイオンクラフトで探索を始めた。
下は一面の荒地だ。小さな茂みが点在し、岩がゴロゴロしている。こんな所にトンネルを開ければ直ぐに判るし、雨が運ぶ土砂でトンネルは埋まってしまいそうだな。
「マスター、予定範囲の探索終了です。」
「あぁ、やっと終ったな。一旦、家に帰って休息だ。…姉貴に連絡して必要なものがあれば、明日届けよう。」
俺の言葉に頷くとディーはイオンクラフトの進路をリオン湖に向けた。
たちまちリオン湖に出て家の庭に着く。30分も掛からないぞ。
時計を見ると14時近い。姉貴達は移動途中ってところだな。
「ところで、姉貴達は何人なんだろうね?」
「不明ですね。15時には休憩するでしょうから、連絡してはどうですか?」
そして15時過ぎに、姉貴の方から連絡が入ってきた。
連絡は通信機のジャックの指定と、不足する食料の買い付け依頼だ。
そして、姉貴達一行の総人数が37名である事も判明した。
「黒パンが欲しい、って言ってるけど…。」
「携帯食料だけでは不足なんでしょう。本日は無理でも明日の朝に用意してもらう事は出来ます。野菜はルクセム君のお母さんを通して農家から買い込む事が出来るでしょう。…私が行って来ます。」
「悪いな…。ついでに雑貨屋に寄って爆裂球を買ってきてくれないか。」
そう言って、銀貨20枚程が入った袋を渡す。
ディーは黙って受取ると、林の小道を歩いて行った。
家に入ると、すっかり暖炉の火は消えている。まぁ、こういう火災予防は大事だよな。
そんな事を考えながら新たに暖炉の火を点ける。
ポットを持って外の井戸で水を汲み、暖炉の鍵手に掛けておく。
テーブルでのんびりとお茶を飲んでいるとディーが帰ってきた。
「パンと野菜は明日の朝に取りに行きます。…今夜は、シチューにしますね。」
ちょっと嬉しくなる話だ。
そんな俺に、硬貨の入った袋を返してくれる。膨らんでいる所を見ると銅貨が増えたみたいだな。
そして、爆裂球の入った袋をテーブルに乗せる。
「1人、3個という事でしたが、特別に10個売って頂きました。」
「スマトル戦で随分消費したからな。まだ供給量が十分じゃないんだろう。ありがたい話だ。」
正直な話、俺もディーも爆裂球は5個ずつ持っている。だが、トンネル爆破を考えると、幾らあっても足りないような気がするな。
ディーが料理をしている間に風呂の掃除をして、【フーター】でお湯を張っておく。
ディーもしばらく体を洗っていなかったから風呂には入りたい筈だ。俺だって、ゆっくりと浸かりたいしね。
そして2人だけの静かな食事を終えると、風呂に入って久しぶりに布団に包まって睡眠を取る。
姉貴達はさぞかし賑やかな食事を取ったに違いない。久しぶりに全員が一緒の行動を取る嬢ちゃん達も天幕の中でスゴロクをしているのだろうか?
そんな事を考えながら眠りに着く。
次の日、俺達が食事を取っていると、扉を叩く音がする。
ディーが来客を確かめると、ルクセム君達だ。
早速、テーブルに着かせてお茶をご馳走する。
「お母さんに頼まれた野菜とパンを運んで来ました。」
「ありがとう。ホントはこっちから取りに行かないといけないんだけどね。」
「それは、気にせずとも結構です。それにアキトさん達は村や国の為に働いてるんでしょう。少しは僕達がお手伝いしますよ。」
そんなルクセム君の言葉に、ロムニーちゃん達が頷く。
ほんとに、良い少年になったな。
今年で確か16歳の筈だ。一番生意気盛りの筈なんだが、他人を気遣う事の出来る少年になっている。
お母さん自慢の息子なんだろうな。ルーミーちゃんもギルドの仕事をきちんとしているようだし、お父さんが灰色ガトルにやられて一時はどうなる事かと思っていたが、もう問題ないだろう。
「アキトさん達は、また山に出かけるんですか?」
「あぁ、ルクセム君達が運んでくれた荷物を姉貴達に届けて、次の探索に先行する。ちょっと、嫌な予感がするんだ。」
「必要なら何時でも、用事を言いつけてください。」
「あぁ、山荘に連絡するよ。ミク達が通信管制をしている筈だからね。」
ルクセム君達を見送った後で、暖炉の火を消して俺達も出発の準備を整える。
ルクセム君の持ってきた籠は荷台に載せてある。そして、俺達のパンはディーが袋に数個入れていた。
「忘れ物はありませんか?」
「大丈夫だ。出かけよう!」
俺達を乗せたイオンクラフトはリオン湖を滑るように進んでいく。
姉貴達が1日半でどこまで進んでいるか分からないが、グライトの谷は越えていると思う。
グライトの谷を越えたところで、ディーの生体探知機能で探して貰おう。