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#459 トンネル探索開始



 暖炉傍の通信機に陣取った姉貴にお茶のカップを渡して、俺は家を出る。

 アルトさん達は山荘に出かけたようだ。今日の夕食は上手く行くとイネガルの焼肉だな。通りを歩きながら、そんな思いを浮かべると涎が出そうだ。

 通り掛かる村人に挨拶しながら東門に向かう。


 途中、左に入る小道が出来ていた。

 たぶんその先に分神殿を作っているのだろう。学校を開くと言っていたな。

 

 東門の大きなロータリーの北側には何時の間にか門が無くなり、石畳の通りが延びている。

 天文台に至る通りを歩くのは久しぶりだ。

 左側の湖に面した岸辺には俺達の家より少し大きな家が数件立っている。まだ工事中のようだが、あれが王族の別荘になるのだろう。

 

 通りの突き当たりは天文台の広い庭だ。真ん中の方位を示すモニュメントを中心に20m四方の大きさがある。

 あまり訪れる人はいないようだが、将来的にはこの庭を取り囲むように数軒の建物が出来そうだな。観測の邪魔にならないような物なら良いけどね。


 天文台の玄関に立ち、扉を叩く。

 観測は2人の御夫人に任せているけど、起きているかな?

 

 「はい。…何方でしょうか?」

 「アキトです。進捗の様子を伺いに来ました。」

 

 「まぁ!どうぞ中へ。…お久しぶりです。」

 直ぐに扉が開き、部屋に案内された。

 確か、この部屋は観測結果を整理する事務室兼用の部屋だったな。

 暖炉の傍に6人程が座れるテーブルセットが置いてあり、反対側には2台の製図台が置いてある。小さな窓は甲虫の羽根を使って明かりが取入れられるようになっている。そこには2台の机があった。


 俺をテーブルに着かせると、直ぐに暖炉のポットを使ってお茶を入れてくれた。

 「直ぐにテルミーを呼んで来ます。ちょっとお待ち下さい。」

 

 そう言って部屋を出て行った。

 パチパチと燃える暖炉の薪を見ていると、やがて2人の夫人が入ってくる。

 テルミーさんがテーブルに着くと、フリーネさんが2人分のお茶のカップを持って席に着いた。

 

 「進捗はどうですか?」

 「目で見える星を中心に、明るさと位置を特定しています。明るさの段階は6段階、位置は東西を24分割。そして高度を角度として一覧表を作り、その結果を図面化しています。」

 「おもしろい、星も見つけましたよ。明るい星なのですが動くんです。測定する度に座標が異なります。3つ程見つけました。」

 

 惑星を見つけたんだな。その観測は次の段階に進む上で必要になる筈だ。

 「フリーネがおもしろい提案をしたんです。星に名前を着けたらどうか、とね。」

 「何か良い案はありませんか?…星の数はあまりに多く、幾ら王国の人の名を使っても全て名を付ける事は出来ません。」


 「前に、星座の話をしましたね。俺の国では、太陽の動きにそって12の星座を決めていました。その星座の特徴を捉えて明るい星に名前を着けています。そして、星座の形を作る星には

文字で表します。それ以外の星は左から右に番号を着けてますね。」

 「星座を主体に3つのやり方で星の名を着けるのですね。参考になります。」

 

 「星座も少し考えてみました。確か太陽の軌道に沿って12個でしたね。」

 「それは、1年を12ヶ月とした事に関係がある筈ですから、きちんと12等分してみました。ちょっとお待ち下さい。」


 そう言うと、フリーネさんが席を立って机に向かう。

 やがて1枚の大きな紙を持ってきた。それをテーブルに広げて俺の前に移動する。


 「これが、星座です。明るい星を10個程使って無理やり形を作ってます。4つの神殿がそれぞれの季節を持っていますから、太陽がどの星座に在るかでその月の星座を決めています。多くは神殿に関連する獣等ですね。」

 白鳥、ガトル、グライザムに蛇や蠍もいるぞ。

 俺の知ってる星座とは形が違うが、これで少し分りやすくなるだろう。

 

 「余ったところは、思い付くままに星座を作りました。」

 そう言って俺に視線を向ける。

 

 「これで、十分ですよ。但し、星座の境界は明確にしてください。でないと、星の名前を着ける時に困ります。」

 俺の言葉に2人はホッとしたような表情を見せる。


 「問題は、この3つです。現在動きを追いかけていますが、星座の中を移動しています。」

 「当惑するでしょ。ですから、これは惑星と言います。今晩この星を高倍率で見てください。おもしろいものが見える筈です。そうですね…200倍以上あれば十分です。」


 俺の言葉に2人は驚いている。たぶん低倍率で視界を広く取って観察していたんだろうな。

 「後から受取ったアイピースに方眼目盛付きの物があったので現在観測はそれを使用しています。倍率は30倍程度でおよぞ2度の視角を得ているのですが、そんなに倍率を上げても観測は可能なのですか?」

 「可能です。と言うか、それ位上げないと惑星の観測は出来ません。」

 

 「私から1つ良いでしょうか?…実は、星の位置を正確に測定する為に複数の星と位置関係を調べているのです。教えて頂いた三角形を利用した場合に、少し誤差が出る場合があるのです。

 最初は、測定誤差と思いましたが、テルミーの観測値も私と同じでした。となれば、教えて頂いたあの公式が間違っている事になるのですが…。」

 

 気が付いたか。クォークさんとどちらが早いかなと思っていたが、こっちの方が早かったようだ。だが、それを誤差とせずに検証して公式に疑問を持って行った事は評価出来る。

 高等教育にこの2人も含めるべきなんだろうが、年齢がね…。


 「気が付いたようですね。実はどちらが先に気が付くかと興味を持っていました。もう1つ気が付くかも知れないと思っていたのは、連合王国の地図を作っているクォークさんです。

 ですが、わたしの言っている事に間違いは無いんです。三角形の内角の総和は180度。これは1つの定理です。これを利用して測量が出来るんですからね。」

 「では、私達の計算が間違っていると…。何度確かめても同じなのですが。」


 「それも、正しいんです。三角形の内角の総和が180度を越える。これは何を指すかと言う事が大事なんです。」

 「どちらも正しいと言う事ですか?」

 フリーネさんの問いに俺は頷いた。


 「済みません。御婦人方が暮らす館で、タバコを吸う事は出来ますか?」

 「構いませんよ。2人共、このテーブルで観測結果を話し合いながら楽しんでますから。…お茶も温くなりましたね。テルミー、お願い。」

 

 片方のご婦人が暖炉のポットでお茶を入れてくれる。そしてフリーネさんは2本のパイプを机から持って来た。

 暖炉の近くにあるハンドルを回すと暖炉の上に窓が開いた。

 「おもしろい仕掛けなんです。少し窓を開けて、暖炉にあの窓を開けると、この部屋の換気が出来るんです。どうぞ、タバコを吸ってくださいな。煙は全て暖炉の窓に吸い込まれますから。」


 煙突効果を換気に利用したな。変な所で気が利く奴だ。

 哲也の方も苦労してるようだが、その後はどうなってるか…今夜にでも確認しよう。

 

 「では、お聞かせ下さい。なぜ両者とも正しいというアキト様の意見を…。」

 俺は、バッグから爆裂球を取出した。

 そして、傍らにある黒板に行くと、チョークを手に取って、球体に大きな三角形を描く。どの交点も90度だ。

 それを2人の前に置いた。


 「これが答えです。この三角形の内角の総和は180度ではなく270度になります。」

 「では、私達が観測した結果が合わないのは、球体を観測しているからだと…。」

 

 俺は2人に頷いた。

 「正確には球体ではありませんが、球体として俺達は認識しているんです。東から上る星は高度によって明るさは変化しません。あたかも同じ距離であるように見えるから球体のように認識する事になります。

 それを観測して無理やり平面の図にするのですから、計算が合わなくなるのです。

 図面の上では1分程度は誤差になります。但しリスト上での誤差を1秒以内にしておけば問題ないでしょう。」


 後はちょっとした雑談になる。星雲や星団も見つけたようだ。だがそれを観測するにはちょっと望遠鏡の性能が足りないな。位置と形を区分しておけば後の世代が助かる筈だと答えておく。

 

 質問があれば分る範囲で答えます。と言って天文台を出た。

 たぶん、今夜は驚くだろうな。

 そんな事を考えながら、自宅に戻る。

                ・

                ・


 「ただいま」

 そう言いながら、扉を開いてテーブルに着く。

 姉貴が地図を広げながら沢山の四角を描いている。

 「お帰り!」とは言ってくれたが、作業を休む様子も無い。

 そんな姉貴に暖炉のポットからお茶を入れてあげる。自分のカップを手に姉貴の横に座ると、地図を覗き込んだ。

 

 そんな俺に、姉貴は「有難う。」と言いながら顔を向けた。

 地図から目を離してお茶を飲んでいる。


 「何をしているの?」

 「あぁ、これね。…アクトラス山脈の調査範囲を割り出してるの。1マスが1部隊での調査区画になるわ。大きなマスはイオンクラフトを使って小さいマスは私とアキトの分ね。」

 改めて地図を見る。

 確かに大きなマスと小さなマスがあるな…。だけど、まだこの村の北に広がる部分でしかないぞ。このまま実施すると1年以上掛かるんじゃないか?


 「かなり時間が掛かりそうだね。」

 「それが問題なの。アテーナイ様の話で少なくともこの近辺にはありそうだから、そこを私とアキトで先行捜索。ディーにはアクトラス山脈全体のサーベランスをお願いする事になりそうよ。

 そして、後10日もすれば、サーシャちゃん達が選抜部隊を率いて村にやって来るわ。」


 「爆破の方はサーシャちゃんに任せれば良いだろうけど、この村の北北東にあるトンネルを探した後は少し移動する事になるな。」

 「そうね。キャンプを続ける事になるわ。最初のトンネル爆破の後はサーシャちゃん達を帰えそうと思っているけど、あの2人だからね。」

 

 たぶん嫌だと言うだろうな。

 まぁ、タケルス君達も忙しそうだから丁度良いか。


 「もう1台イオンクラフトがあれば良いんだけどね。どう考えても1年では終らないわ。テーバイの北とカナトールの北西は来年になるかな…。」

 「だけど、歪の除去も優先度が高い。哲也達を遠征に行かせている以上、彼等の事も考えないとな。」


 「メールしてみたんだけど、返事がまだ来ないの。歪の事は返事が来てから考えましょう。…それで、天文台の方は?」

 「あぁ、クォークさんより早く平面と球体の違いに気が付いたみたいだ。星図もかなり進んでいたよ。惑星も見つけたみたいだな。高倍率での観測を薦めておいた。」


 「数学を学ぶ必要があるわね。ローザと調整して場合によっては御婦人2人に王都に言って貰う事になるかも。」

 「出来れば、ローザに来て欲しいね。あの2人には子供もいるし、そう簡単に動けないと思うよ。」


 高等数学を学び、それを観測結果に反映させるのは実践を伴った教育となる。あの2人の事だから、将来は子供達に天文台の仕事を引継ぐ事荷なるだろう。その時には、先生としてそれを教える事が出来る。


 「問題は王族達だな。教育をどの程度受けているのか判らない。ミーアちゃんだって、簡単な計算は出来るけど、算盤は出来ないよ。」

 「それを言うなら、ミク達よ。文字すら書けないのよ。モールス符号を覚えてるから十分だ。って言ってるらしいわ。」


 セリウスさん、子供に甘いからな。

 ここは、兄貴たる俺がビシ!って言ってあげるしかないか。

 将来どんな職業に就くか分からないけど、読み書き算盤は基本だからな。


 そして、夕方近くなってアルトさん達が帰ってきた。イネガルの片足をディーが担いでいる。狩りの成果は上々だったようだ。

 早速、台所で姉貴とディーが片足を解体し始めた。どうやら今夜はステーキになるようだ。


 「イネガルを2匹仕留めたぞ。南の森でじゃ。」

 「ガトルの群れも見かけました。この春は、獣が沢山います。」


 何時もと違うのは、雪解けが早いせいなのだろうか?…それとも別な要因があるのか。

 先行してアクトラス山脈には山岳猟兵が展開している筈だ。

 

 「姉さん…。」

 「そうね。気になるわね。…アルトさん、サーシャちゃんと連絡を取って山岳猟兵の部隊からこっちに連絡を入れてもらえるよう頼んでくれない。…アキトの危惧はレイガル族が動いた可能性なの。」


 「南の森に獣が多いのは、山麓から移動した獣という事か?…そこまで考える事は無かろうと思うが、念のためじゃ。食事後で良いな。」

 まぁ、現在進行形で肉が焼けてるからね。食べてからでも遅くは無い。


 それから1時間後、俺達は久しぶりに焼肉を堪能した。

 まぁ、毎日では飽きてしまうと思うけど、久しぶりに食べるイネガルの味だ。


 食事が終ると、早速アルトさんが暖炉脇の小さな机に据え付けた通信機の電鍵を叩き始めた。

 「む…。通信兵が相手じゃ。サーシャが来るまでに少し時間が掛かるぞ。」

 そんな事を言いながら、リムちゃんがお茶と一緒に持って言った駄菓子を食べている。あれだけ食べたのに、まだ入るようだ。


 「来たようじゃな。山岳猟兵からここに通信するように告げれば良いのじゃな。」

 今度はリムちゃんが電鍵を叩いている。

 叩き終えると直ぐに、了解の返事が返ってきた。

 後は、待つだけになる。


 しばらく待っていると、通信機のランプがチカチカと点滅する。

 すかさず、アルトさんがレシーバーを片耳に手で押さえて電鍵を操作し始めた。

 何か本格的だな。カッコ良く見えるぞ。


 「第1小隊…街道の東で警戒中。獣の姿を見掛けず。第2小隊…ネウサナトラムの北北東で警戒中。獣の姿を見ず。第3小隊…カナトールの北で警戒中。獣の数は例年並。ハンター2組と遭遇。第4小隊…カナトールの北西。今年の獣は豊富。警戒中に狩りをして数匹を仕留めた。…以上じゃな。」


 「アクトラスの獣が西に向かったのでしょうか?」

 リムちゃんが俺に向かって聞いて来た。

 「いや、これはひょっとするぞ。」


 「魔物襲来の前触れ…。という事か?」

 「分からないけど、何かを察知して獣達が移動したんだと思う。野生の獣は俺達以上に勘が良いからね。」

 

 「ぐずぐずしていられないわ。ディーとアキトは村の北北東のトンネルを探して頂戴。夜だから気を付けてね。私達はトンネル爆破の準備を始めるわ。」

 「了解だ。ディー、出かけるぞ。」

 俺は席を立つと、ロフトへ駆け上り装備ベルトを身に付ける。梯子を下りると、ディーが何時ものように、長剣とブーメランを背負っている。

 

 「連絡を待ってるわ。通信機は持った?」

 俺が無い。と答えると、リムちゃんがバッグの中から携帯型の通信機を取り出して、俺に渡してくれた。


 「リンリンが改造しています。小型通信機程の通信距離を確保出来ると言ってました。」

 「ありがとう、借りていくよ。あの通信機のコードは?」

 俺の言葉を聞くと、携帯型通信機のジャックをカチャカチャと差し込んでいく。

 「これで、大丈夫です。」

 ありがとう、と言いながらリムちゃんの頭をゴシゴシと撫でる。

 リムちゃんは、キャっと言いながらも嬉しそうな顔をしている。


 「では、行って来る!」

 姉貴達に手を振って外に出ると、ディーがイオンクラフトで俺を待っていた。

 操縦席に飛び乗ると、イオンクラフトは静かに上昇し、リオン湖上を飛んでいく。

 


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