#449 その先の教育
夜分遅く家の扉を叩く音がする。
慌てて叩いている様子でもなく、通常の訪問者のようだが、時刻は午前1時…。
姉貴が物陰でパイソンを取出したのを確認して、俺は扉を開けた。
「なんだ。グプタさんじゃないですか。ちょっと警戒しましたよ。」
そう言ってカラメル人を中に入れる。
ロフトの上から見張っていたアルトさんもリビングに下りて来た。
暖炉の残り火を掻き立てポットを姉貴が乗せている。俺は、グプタさん達をテーブルに案内すると椅子を勧める。
「例の爆弾を持ってきた。科学部と工房部の連中が少しいじっていたが、基本的な働きは変わらない。追加したのは、安全装置と起爆装置だけだ。」
グプタさんの前に俺が座ると、直ぐに要件を話してくれた。
「この爆弾は、高空から落下させる事で作動するものだったらしい。圧力センサが起爆装置に使われていた。俺達はそれを改めて、任意のタイミングで使用出来るように遠隔装置を取り付けてある。」
隣のカラメル人が小さな箱を取出して俺の前に置く。
「左より赤、黄、緑のキースイッチだ。赤で遠隔起爆装置の電源が入る。黄色で、核物質の接近を防止している水銀を排出する。そして、緑を回せば爆発する。キーは右に回せば良い。赤のスイッチを試してみろ。」
俺は、赤のキースイッチに鍵を差し込んで右に回した。
すると、スイッチの周囲の色枠が赤く光った。
「それで、電源が入った。左の回せば電源が切れる。だが、黄色は元に戻らない。確実に水銀を排出するように爆裂弁を使用している。そして起爆爆薬だから同じ事だ。」
「了解しました。有難うございます。」
そこに、姉貴とアルトさんがお茶を運んできた。
「ご無理を言って申し訳ありません。」
「いや、俺達も少し参考になったようだ。実物の核爆弾を見ることで、科学部の連中も核爆弾の試作と実験を行わずに済むとと言っていた。」
ん?…ひょっとしてカラメル人は核爆弾を作る事を視野に入れているのか?
大量破壊兵器を作る技術は持っているという事だな。となれば、その目的もある筈だ。
「グプタさん。…カラメル族が核爆弾を作ろうとする目的は何ですか?」
「ははは、俺達は戦に使う心算はない。惑星規模のミサイルインパクトに備える為だ。我等の故郷はそれで終った。当時の科学力は今よりも遥かに進んでいたが、それを阻止出来なかった。と言うよりも、核を爆弾歳て使用するという考えが無かった。
アキト殿も知っている筈だ。流れ星の正体を…。それが、地上に達した場合にどれだけの被害が出るかもな。
俺達は直径1km程度なら殆ど全ての生物を絶滅出来ると考えている。
その隕石をインパクト前に四散させるには大型の核爆弾を使うしか手はないと思っている。」
やはり、隕石破壊に使うのか…。ならば、更に威力を上げなければダメだろう。
「前にお話した事がありますね。質量損失分だけのエネルギーを得る事が出来ると…。」
「あぁ、それが核爆弾だ。分裂後の生成物の総質量は分裂前に比べて減る。その損失分だけエネルギーが放出されるのだ。」
「核融合はご存知ですか?」
「太陽だな。知っている。」
「もし、核爆弾の周囲を3重水素で覆ったら、核分裂のエネルギーで3重水素がプラズマ化して核融合反応が起こりますよ。」
「必要なのは閉じ込めと圧力それに温度か…。出来たのか?」
「核爆弾の千倍を越えるエネルギーが放出されます。隕石衝突を回避しようとするなら、核分裂爆弾ではなく、核融合爆弾を使った方が良いでしょう。ですが、この地上に残っている核融合爆弾は殆どが起爆用の核物質に超ウラン元素を使っています。今では使い物にならないでしょう。そして、起爆はシリンダーを使った物で無く、球状に核物質を配置してその周囲に爆薬を同時起爆させる爆縮で臨界状態を作ります。」
「理論は理解できます。そこまで教えていただければ科学部が形を計算出来る筈です。」
グプタさんの隣のカラメル人が俺に言った。
そんな彼を見て頷いたグプタさんは席を立つ。慌ててもう1人も席を立った。
「俺達の種族とは長い付き合いになりそうだ。これからも宜しくな。」
そう言って玄関を去って行った。
接岸しているタトルーンに乗り込む前に、俺に向かって庭の一角を指差す。そこにはバードケージに入った核爆弾が鎮座している。
湖に消えていくタトルーンを俺達は見送ってリビングに戻る。
再度お茶を入れて話を始めた。
「これで、俺達の準備は終った。問題は運搬方法だが、イオンクラフトをリモコンにして歪みに突入させようと思う。」
「もったいないのう。じゃが、ガルパスでは無理か…。それにあの近くには、他の兵力が展開しておる。地上を進むのは無理じゃろうのう。」
確かに、イオンクラフトは便利だが余り融通性が良くない。それにガルパスと言う移動手段があるから、それ程困らない筈だ。
「問題は誘導装置ね。兵器そのものじゃないから、バビロンと交渉が出来るわ。アキトも生命科学や農学等の専門書が欲しい、って言ってたよね。」
「あぁ、例の温室に関係する。農学は生命科学をある程度理解する必要があるし、将来に向かって医者も育てたい。
アテーナイ様が任せろ、と言っていたけど…それからの連絡は無い。
温室はこの村とジュリーさん達の村に作るそうだ。試験と実践に分けるみたいだよ。」
「例の種じゃな。ポップコーンは商売になりそうじゃな。」
「もう直ぐ始まる狩猟期で販売するよ。人気が出れば換金作物に出来るからね。」
ルクセム君の母親に頼んだ畑で見事にとうもろこしが収穫できた。
実を吊るして乾燥させたものが10kg位入る麻袋に10個も集まった。
その内3袋はルクセム家の取り分だが、値段が分らない。とりあえず商人と値段の交渉をしてから3袋分をお渡しするという事で話が済んでいる。
狩猟期には御用商人達もやって来ると聞いているので、その時に交渉すれば良い。
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次の日。ディーに頼んで、バードケージを小屋に運んで貰う。
姉貴は、朝からメールでバビロンと交渉してるみたいだ。そんな姉貴を放って置いて、アルトさん達はディーと一緒にギルドへと出掛けて行った。
畑の収穫時期になったので渡りバタム達が出て来たらしい。
まぁ、アルトさん達に敵う相手ではない。ルクセム君達もいるから、この村の畑は安心だな。
昼食は、姉貴と2人だな。
そんな事を考えながら、姉貴の横でお茶を飲む。
姉貴とバビロンの交渉は情報端末のメール機能を使っているのだが、10分以上掛けて作ったメールを送ると、数秒で返事が返ってくる。まぁ、相手は電脳だから早い事は確かだ。
「どんな感じ?」
「うん、これを見て。」
姉貴が情報端末の画像を壁に映し出す。
そこには、科学の系統樹が映し出されていた。
「やはり、安易な教育で即席の科学者を養成するのは困難とバビロンは考えてるわ。確かにその通り。となれば、長期的にこのような色んな分野に進める基礎科学に力を入れるという点では一致したけど…、問題が1つ。基礎となる科学を教えられる人がいないのよ。少なくとも、中学生程度の理科を教えないと…。そして、それに見合う数学を教えないといけないみたいなの。私もアキトも余り成績は良く無かったよね。」
科学への取っ掛かりという事で、中学生程度の理科を教える訳か。そして、それに見合う数学と言うと、少なくとも幾何学は入るよな。
姉貴よりは成績が良いけど、哲也には遥かに及ばない。
彼なら、十分先生になれるのだが、意外と面倒事は嫌いだからな。
「リンリンみたいに、先生をリクエストしてみたら?」
「人に教える能力があるオートマタって事ね。…そうね、その手があったわ。」
カチャカチャと端末を叩き始める。
そして、メールを送ると直ぐに返事が返って来た。
『教員仕様のオートマタを送る事は可能。運用期間200万時間。教育指導レベル高校レベルまで対応可能。』
案ずるより生むが易しだな。ついでに教科書も準備して貰おう。
扉を叩く音に気が付き、急いで扉を開くとアテーナイ様とシュタイン様だ。
直ぐにリビングに案内すると椅子を勧める。
「たまには大勢で食べようという事になってな。…サレパルだ。」
そう言うとシュタイン様が布で覆った籠をテーブルの上に乗せた。
「そう言えば、そんな時間になってました。ちょっとお待ち下さい。」
姉貴が端末を片付けると、木の皿を持ってくる。その間に俺はお茶の準備を始めた。
「済まんの。…所でアルト達が見えんが?」
「たぶん渡りバタム狩りだと思います。数が増えてきた、と昨夜言ってましたから。」
「なら、残りは帰って来た時に食べさせれば良い。」
アテーナイ様は少し残念そうだな。
お茶を入れて、小皿にサレパルを移すと、昼食が始まる。
サレパルの中身はコケモモのジャムだ。値段は少し高いけど、雑貨屋に一年中出ている。リザル族の良い収入源になったようだ。
「所で例の話じゃが、トリスタンは乗り気じゃ。御用商人達も乗り気じゃったが、それは5つ目からという事で話を着けた。4つの温室の製作を商会で行なう。そこで商業的な判断をするつもりじゃ。
ネウサナトラムに1つ。カレイム村に3つ。婿殿との約束もトリスタンと商会、商人達も了解じゃ。1棟の建設費の1割を婿殿に渡すと言っていたぞ。」
そう言って、姉貴を見て笑う。
姉貴は、そんな大事な事を…って感じで俺を見てる。
「それの使い道を少し考えました。たぶん莫大な金額になるでしょう。半額は神殿に寄付して教育に使って貰う心算です。そして、もう半分は科学に偉大な貢献をした者に賞として与える事で更なる科学の発展を期待します。出来れば商会にその任を託したいのですが…。」
「個人的には必要なしか…。じゃが、それはありがたい話じゃ。その旨、サンドラに申し渡す。商会も活動資金で苦労しておる筈じゃ。」
そんな話を聞いて姉貴の顔がにこやかになってきた。
「ノーベル賞を考えてたの?」
「そこまで恐れ多い賞じゃないよ。毎年は出せないだろうし、出しても金貨1枚がやっとじゃないかな。」
「だが、そこまでして科学を発展させるのか。自然に発展させると言う選択肢もあると思うのだが…。」
「我が君、婿殿は我等の将来を危惧している。100年後ではなく千年後の事じゃ。科学の発展はそれほどまでに長い月日が必要らしい。そして、例の歪の破壊もある。
必要とした時に始めては間に合わぬという事じゃな。」
「ワシ等の人生は残り僅か…、先を見る事も少なくなってきたの。」
「何の、サーシャの子供が成人するまでは…。」
それって、曾孫の成人式って事だよな。後20年以上はのんびりと暮らしたいと思っているようだ。
「そしてもう1つ、科学を専攻する者達じゃが、学校で賢い者を選択して王都に開く事を考えておる。問題はそれを教える者じゃ。」
「それは、アテーナイ様が来られる前に何とか目処が立ちました。バビロンが教師を送ってくれるそうです。リンリン達と同じく、オートマタですけど。」
「何、十分じゃ。場所は…婿殿の館近くに探しておく。そして、ある程度の者達ならその生活を国で面倒を見る事も可能である、とトリスタンは言っておった。先程の婿殿の報酬を商会に送れば更に多くの者に教育を与える事が出来る。」
姉貴の言葉に、アテーナイ様は喜んでいる。
これで、温室の運用管理にも目処が立つから俺も嬉しいぞ。
しかし、バビロンはどんなオートマタを送ってくるんだろう?…まさか、パンダではないとは思うけど、こればっかりは開けてみないと分からないからな。
そんな話をしながら食事を終えると、改めてお茶を入れる。
今度はもうすぐ始まる狩猟期の話に話題が移っていく。