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#448 温室と生命科学



 ちょっと違和感のある披露宴が終って、俺達はネウサナトラムの村に帰って来た。

 ミーアちゃん達はこれまで、軍の訓練の合間に度々帰って来たけど、これからはそうは行くまい。年に1、2度会えれば良い方だと思う。モスレムの王都に嫁いだキャサリンさんだって帰ってくるのは年に1回あるかないかだ。


 「寂しくなるのう…。」

 アルトさん達はそう呟いてたけど、それは俺達全員の思いだ。

 でも、兄弟はいつかは離れなくてはならない。良い別れなら祝福して送るのが俺達の務めのようにも思える。


 そんな思いを吹き飛ばすように姉貴達は狩に出掛けている。

 リムちゃんがまだ黒8つと言う事なので、早いところ銀に上げるのが目的らしい。と言っても期限切れ寸前の依頼書をこなしているようだから、リムちゃんが銀に上り詰めるのはまだまだ先のようだ。

 まぁ、姉貴とディーが一緒なら、グライザムが現れても対応は出来るだろう。


 俺の方は、のんびりと次の計画を練っている。

 ガラスの生産にある程度目処が付いたので、いよいよ温室を作ろうと簡単な図面を書いているのだ。

 轍の生産も砂鉄と石炭で何とかなった。まだ鋼は無理だがそれなりに鉄の量産が出来るとカリストから連絡も貰っている。

 これで、鉄の骨組みにガラスを取付けた温室が何とか出来そうだ。クリスタルパレスと名付けようかな。


 試験的な温室の大きさは長さ30m横21m、そして高さは4,5m程だ。お母さんの実家の畑1つ位だから、それなりに作物を育てる事が出来るだろう。

 問題は熱源だが、とりあえずは薪を使う。小さなボイラーを作って温水と煙突の熱で温室を暖める仕掛けだ。内部の熱で屋根に雪が積もる事もないと思う。


 さて、後はユリシーさんと相談だ。

 そう思って、スケッチを整理していると、扉を叩く音がする。

 訊ねて来たのは、アテーナイ様とジュリーさんだった。


 「お久しぶりですね。」

 「こちらこそ。…さぁ、お座り下さい。」

 そう言って、テーブルに案内すると、暖炉のポットでお茶を入れる。

 「生憎と皆、狩りに出かけてます。俺は留守番がてら次の計画を思案していたところです。」

 2人にお茶の入った木製のカップを渡して、俺もマイカップを手に席に着いた。


 「本日はどの様な要件で…?」

 「ジュリーが婿殿相談したいと我を訪ねて来たのじゃ。エルフの村に関する事らしいが、村の発展を相談するなら婿殿に限ると思うての。」

 アテーナイ様はテーブルの上に散らばったスケッチを、興味深々な目で見ながら呟いた。


 「村の暮らしは少しずつ良くなっています。ラッピナの養殖も機動に乗りましたし、燻製も商人達が喜んで引き取ってくれます。

 ですが…。村を森にするという計画と農業の計画が上手く行きません。村の周囲を開墾して畑を作りましたが、森と森に囲まれた畑は、どうしても獣の被害に遭ってしまいます。

 ギルドに狩を依頼する金額が作物収入と拮抗しているのです。

 畑を広げる事も視野に入れましたが、それを耕す者が少ない現状では如何ともし難い状況なのです。」


 大掛かりに畑を作る事をしなければそうなるよな。この村だって、畑を荒地が取り囲んでいる。

 それでも、収穫期には被害が出るんだから、小さな畑を森に作るのは根本的な問題がありそうだ。


 「畑からいきなり森は問題ですよ。ある程度は干渉地帯を作るべきです。それが、出来なければ、畑への侵入を拒む柵を作るしか方法は無いでしょう。」

 そう言ってお茶を飲み、タバコを取り出す。

 アテーナイ様が取出したパイプに火を点けると、自分のタバコにも火を点けた。


 「…婿殿。これは何じゃ?」

 パイプをプカリと吸いながらアテーナイ様が聞いてきた。

 「これですか?…温室という作物を育てる家です。これだと、冬でも作物を育てる事が出来ます。」

 「前にそのような事を言っていたが、これがそうなのじゃな。それで、何を育てるのじゃ?」

 「最初にバビロンを訪れた時に植物の種を色々頂きました。この中で試験栽培しながら、種を増やして王国内に広げたいと考えています。」


 「ふむ、…色んな場所に適合した作物を作る問いう事か。確かに、作物の種類は少ない。じゃが、それはハンターの仕事では無いのう…。どちらかと言えば国の仕事じゃ。

 そして、その試験場と言うべき温室は周囲を鉄とガラスで作るのじゃな。獣の侵入は困難じゃろう。

 ジュリーよ。これを村でやってはどうかの?…農業政策は国の骨格を成す。そして、その成果は国の特産品を増やす事にもなろう。」


 「確かに、これ位の建物を作ることは場所的に問題はありません。燃料の薪は森を広げた間伐材を使用できます。でも、この計画はアキト様のお考えになったもの。この村に作るのがスジではありませんか?」

 そう言ってジュリーさんは俺を見た。


 「維持するのが問題ですね。作りたいのは山々ですが、この中は特殊な環境条件になります。病気や肥料に十分注意しなければなりません。極端な話、この温室内では人為的な方法を取らなければ実を結ぶ事は無いでしょう。手間が掛かります。…ですが、冬に夏の果物さえ育てる事が出来ますよ。」


 「なら、2つ作ればよい。試験的な物と実践的な物じゃ。…そして、国民に寄与出来るのであればモスレムが建設費用を面倒見るぞ。」

 「出来れば、試験目的の方については運用経費も面倒を見てもらえないでしょうか?実践的ならある程度纏まった量を出荷出来ますから、それで収入とすることが出来ますが、試験目的の方については収入を望めません。」


 「ひょっとして、婿殿は私財でこれを作るつもりじゃったのか?」

 小さく俺は頷いた。

 それを見て、アテーナイ様が笑い出した。

 

 「そんな時には相談をするものじゃ。…ふむ。試験設備は屯田兵に任せればよい。そして実践設備は収入を得られると言うなら、ジュリー達に任せればよい。この設備、思いの外金額が嵩むが国の将来を見据えた事業ならばトリスタンも嫌とは言うまい。我に任せるのじゃ。」


 「お願いします。」

 そう言って、スケッチをアテーナイ様に渡す。

 「うむ。任されたぞ。じゃが、作るのは3つで良かろう。それ以上、この温室を作るときは、婿殿に幾ばくかの金額を出せるようにしておく心算じゃ。」

 4つ目からは特許料が入るという事かな。それなら問題ない。

 

 「それにしても、何時でも私達の暮らしを考えておいでですね。感心を通り越して違和感すら覚えます。」

 「そんな事は無いですよ。ちょっと冬に野菜が欲しい。そして新鮮な果物が食べたいと思っているだけです。欲求があると人はそれをどうすれば叶えられるか考えます。でも、欲求があっても考える時間が無ければダメですけどね。それだけ、俺が閑になったという事になります。」


 「そこが婿殿の不思議なところじゃ。誰もそれを叶えようとは思わん。そこで無理だと思ってしまう。」

 「たぶん、教育がそこに必要何だと思います。温室の原理は科学という学問から生じます。それは全てを疑い、その疑念を払うという学問ですが、連合王国にはまだこの学問は発達していません。魔法という科学に取って代わるものがあるからです。この先、俺達が歪みの除去を行った時、その後での魔法の行使が今のように行えるかどうかは疑問が残ります。

 俺は、この国が真剣に科学と向き合う事になるのはその後だと思っています。」


 「それが、例の読み書き算盤じゃな。それに道徳と社会か…。」

 「必要としなければ実践を伴なった学問は発達しないという事ですか…。」


 「温室を作っても、初めてその中で作物を作っても結果は良くないでしょう。実を結ぶ食物は全く収穫できない筈です。何故だか分りますか?」

 「それは、ありえん話じゃと我は思うぞ。昔、アルトが王都で小さなケルミの苗を買って来てくれた。我は、窓辺に鉢に入れた苗を置き、その花と実を楽しんだのじゃ。」


 ケルミと言うのはイチゴに似た作物だ。

 それを窓辺において病床から見ていたんだな。


 「それには理由があるんです。なぜ、ケルミの実が生るのか詳しく説明できますか?」

 俺の問いに2人は口を閉ざして、首を振る。

 

 「ケルミを良く見ていたなら分ると思いますが、ケルミの身はケルミの花の下に付きます。花が実になるんです。

 では、何故花が実になるのか…。それは受粉という行為が行われたからです。ケルミの花から花粉という小さな粒が雄しべに作られます。それが花の中心部にある雌しべに付くと実がなるのです。その行為は花の蜜を吸いに来た虫達によって行われます。」


 「確かに、蝶が良く飛んで来ていた…。」

 「全体をガラスで覆った温室には蝶も入れませんね。…それが本当なら実は生らない事になります。」

 

 「ですから、外で作物を育てるのとは違った難しさがあるんです。それでも…。」

 「上手く行けば、季節を無視して作物を収穫できる。と言う事じゃな。世話は通常の畑と比べようも無い程大変になるが見返りは大きいのう…。これは、よくよくトリスタンに計らずばなるまい。」


 「しかし、そのような花と実の関係があるとは知らなんだ。」

 「人間も含めて殆どの生物、植物にこの関係があります。子供が生まれるのもそれと同じですよ。」

 「夫婦になればその内、生まれてくるものと思っていたが、それなりの理由があるという事じゃな。子が無い夫婦もいるのじゃが…。」


 「連合王国を大まかに見て回りましたが、医者という者がおりませんでした。傷病者の殆どが魔道師の【サフロ】、【サフロナ】の世話になっています。

 【サフロナ】の魔法が有効な内は俺が言ったような学問は発達しないでしょう。」

 「ならば、歪みの除去により魔気が減少した時に、その学問が必要に迫られて発達すると言う事か。少なくとも少しは進めたいものじゃな。」


 「医学は命の科学です。俺達の国でも、【サフロナ】を越えるような科学にまでは、発展していませんでした。数千年の歴史を持ってしてもです。」

 「ならば尚更じゃ。…それもトリスタンに進言しておくぞ。」


 「ひょっとして、カラメル族なら私達よりも科学の知識があるのではないですか?」

 「俺達の国よりも、数段優れています。問えば教えてくれるかも知れません。現に、俺達の運んで来た核爆弾の修理はカラメル族にお願いしてあります。」


 「だが、それは婿殿の頼み故の事。我等に教えるか否かはかなり怪しい限りじゃ。」

 「ならば、資料を取り寄せてそれを実践する事で身に付ける事になろうかと。幸いにもバビロンは我等に友好的です。」


 アテーナイ様は考え込んでいる。

 その間に、ジュリーさんがお茶を入れ替えてくれた。


 「確かに、1つの方法じゃ。だが、誰にそれを託す…。我等にはバビロンの文字が読めぬ。」

 「ここには、それを読める人が少なくとも3人おります。アキトさん達に手伝って貰えば良いと思いますが?」


 「それしか手が無いか…。また婿殿に世話を掛けるのう。」

 そう呟くアテーナイ様だけど、顔と言葉が一致してないぞ。

 

 「ディーに医学書を頼んで見ます。ですが、俺は読むだけですよ。それを理解する人物を探す事が必要です。」

 「まぁ、何とかしようぞ。将来の為じゃ。何もせずにいるのは我は好まん。」

 

 待つよりは攻める。たぶんこれがアテーナイ様の生き方なんだろうな。

 だが、それは科学する人間に必要な物だ。

 解剖もする事になるだろうから、気の弱い奴には無理だろうな。

 意外と、前線で戦った兵士が向いてるかもしれない。

 

 2人が帰った後で、これからの科学の発展をどのように進めるかを考えた。

 未来を考えるのは楽しい。たとえそれが途方も無く困難な道であろうとも、1歩ずつ進めばいつかは到達出来るものだ。

 

 そして、その中にも天才は現れるのだろう。壁に当たって立ち往生したところで、どんな発想でそれを乗り越えるかを見るのも楽しみだ。

 だったら、そんな彼等に褒賞を与えるのも有効だろう。恩賞で釣るような話だけど、人間は欲の生き物だ。

 これは、姉貴にも相談した方が良いな。

 面白い、賞を考えてくれると思うぞ。

 

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[気になる点] 「確かに、1つの方法じゃ。だが、誰にそれを託す…。我等にはバビロンの文字が読めぬ。」  「ここには、それを読める人が少なくとも3人おります。アキトさん達に手伝って貰えば良いと思いますが…
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