#447 披露宴は続く
昼から始まった披露宴は、夕方近くから各国の王族達や有力者の贈り物の披露が始まる。
銀の宝飾品や金細工はその場で披露される。農産物や海産物は目録だな。テーバイ女王の贈り物は絹の反物だった。
そして、近衛兵が俺達の名を呼ぶ。
ん?…何も用意して来なかった筈だが。
姉貴が席を立つと4人の前に進んだ。そして4人に軽く一礼をする。
「おめでとうございます。ご招待された中では見劣りする贈り物ですが、どうぞお納め下さい。」
そう言って、係りの者に小さな絹の袋を2個手渡した。
素早く近衛兵が中を改めると、2、3姉貴に質問している。
袋を係りの者に預けるとその場で声高らかに、贈り物を皆に告げた。
「ミーア様のご実家よりの贈り物。ザナドウの牙で作られた宝玉3個。両家に同じ数だけ贈られました。」
一瞬、広間が沈黙する。魔道師であれば幾ら金貨を積んでも欲しい品らしい。それを3個…、この後は、両家を廻って争奪戦が始まるんだろうな。
まぁ、確かに良い贈り物だ。確か10個以上あったはずだから、リムちゃんの時にも持たせてやれるだろう。
俺達にとっては宝の無駄使いのようだし…。
広間が再びざわめき出した所に姉貴が帰って来た。
「良く思い付いたね。」
「私達が持っててもね。よい使い道を探してたのよ。後はエントラムズ王家とパロン家で考えてくれるでしょう。それに、売れば路頭に迷う事も無いわ。」
「とんでもない品を送られました。明日からは大勢が押し掛けて来る筈です。」
戸惑いを隠せないアイロスさんが呟いた。
「頂いたのは、2人ですから2人の判断で良いでしょう。それでも、色々と使い道がありますよ。貴方は、あれは2人の物だ、と押し返してください。」
にこにこしながらサンドラさんがアイロスさんに言っている。意外と策士だからな。アテーナイ様の妹だけの事はある。
まぁ、これだけの王族が集まったんだ。贈り物はサーシャちゃん達とミーアちゃん達では少し差があるようにも見えるが、それは王族と臣下の立場である以上仕方が無い事だろう。
それでも、多くの人達は同じ贈り物を持って来てくれたようだ。
そんなセレモニーが1時間程続くと、宴会の第2部が始まる。
そして、殆どかくし芸大会に近い出し物が始まった。
アン姫は広間の奥に立てた小さな扇を30mはある広間の端から見事射落としたし、ケイモスさんは酔っ払った体でトラ族に伝わる武術を披露したけど、酔っているから酔拳のように見えたぞ。
ミクとミトはネコ族の子守唄を歌って拍手されていたけど、それよりは2人がスマトル戦での部隊間の通信を統率していた事に皆が驚いていた。
夜が更けた所で姉貴の平家物語が始まる。
招待客に混じって、それを筆記するものや楽師までもが、それを聞く為に広間に溢れていた。
「祇園精舎の鐘の声…。」
膨大な気が広間に座って琵琶を弾く姉貴に集まっていく。
「幽玄な物語ですね…。これを兄様は聞いたのですか…。」
息を数個とも忘れて姉貴の紡ぎ出す物語を皆は聞き入っている。
そして、1時間程の演目を終了すると、すすり泣く声が当たりに聞こえる。まだ余韻に浸っているのであろう。話し声さえ聞こえない。
「モスレムのアン姫が扇を的にした訳が分りました。この話を一度聞いていたのですね。」
「だいぶ、扇が売れたと聞いてます。明日はエントラムズの雑貨屋で飛ぶように売れると思いますよ。」
マジックショーが始り、次はダンスが始まる。
皆、中々の芸達者達だ。意外と閑なのかな。さっきの短剣のジャグリングなんか4本を使ってアトレイム国王がやっていたけど、いったい何時練習してるんだろう?
「続いては、ミーア様の兄であるアキト様の昔話です!」
まぁ、昔話には違いない。
拍手の中、席を立つと、姉貴に向かって頷く。姉貴も席を立って俺に続いて広間に立った。
「今からお話と言うか、ちょっとした寸劇をご披露します。俺達の国の隣の国で起こった2千年以上前のお話です。
1つの王国が末期を迎えた時、項羽と劉邦という2人の英雄が出ました。
どちらも、並びない英雄ですが、項羽が100戦100勝する程の戦上手なのに対して劉邦は100戦100敗…それでも人を上手く使う事には長けていました。両雄並び難し。最後の戦が項羽と劉邦の間で起りました。
結果は、劉邦の勝ち戦。連戦連勝の項羽でしたが、最後の戦に負けてしまいました。
そんな、項羽の最後の場面をこれからの寸劇でお送りします。
項羽王は戦に破れ、小さな城に閉じ篭りました。
劉邦はそんな項羽の城の周囲を兵で取り囲みます。そして、項羽の故郷である楚と言う国の歌を歌わしたのです。
項羽は大いに驚きました。
『あぁ、既に我が故郷まで敵の手に渡ってしまったか…。それにしても、何と楚人が多いのだろう。』
これが、後に『四面楚歌』という、孤立無援の状態を指す言葉になって伝わっています。
項羽には1人の美妃がおりました。その名を虞と言います。
その美妃の前で歌い、踊ります。」
そして、俺は剣舞を始める。
力は山を抜き、その気は広く世を被う…。
これって、中国語で歌うんだよな。生憎と日本語訳で歌ってるけど…。
そんな俺の剣舞を皆が注目する。
そして、その後に姉貴が登場する。虞美人役だから、本人も乗り気だな。
たった2人の酒宴を演じると、今度は姉貴が歌い踊る。
そして、血路を開くから逃げろと命じる俺に、姉貴が首を振る。
何とか、姉貴を説得したと思って、城を出ようとした俺の剣を抜き、姉貴が自らの首を切る仕草をしてその場に倒れる。
その亡骸を横にして、残った兵を引き連れ最後の戦に出ようとする所で、俺の話は終った。
姉貴を起こすと、その場でミーアちゃん達に向かって礼をする。
そして、席に戻ろうとした所で広間に歓声と拍手が起った。
席に着いてカップの酒を一口飲んだ所にサンドラさんがやって来て、酒を注いでくれる。
「本当に会った事なのですか?」
「歴史はその戦があったこと。そして戦った両者の名前を記録しています。…戦上手でも国王に成れなかった項羽を哀れに思って作られたのかも知れません。」
「それでも、そのように完成された物語として残されたのなら、国王に成れなかった項羽と言う人も喜んでいるでしょう。そして、項羽を慕った美妃もね。」
サンドラさんの言葉にアイロスさんも頷いている。
「まぁ、アキト殿が戦上手な訳が少し理解できた気持ちだ。2千年に渡る戦の記録があるという事なのだな。」
「確かに、それを研究している人達は大勢いますね。何故負けたのか。どこに原因があるのか。もし、こうであれば…と、考える訳ですが、必ずしもそれが次の戦に役に立つ訳ではありません。敵対する者達も同じように研究する訳ですから。」
螺旋という事になるんだろうな。
兵器の螺旋もあるが、戦略も螺旋になる訳だ。
だから、姉貴のように一瞬で全てを見渡して判断出来る者がどうしても必要となる。ある意味。計算機よりも早く判断するからな。ひらめきに近いのだろう。
姉貴が認めるサーシャちゃんにもその才能があるんだろう。
俺達では理解出来ない兵の運用は、姉貴やサーシャちゃんにはさも当然であるかのように写るのだろう。何故って聞いても答えられないかもしれない。当然な事だから、どうやって説明するのか分からないんだろうな。
その運用を的確にやってのけるミーアちゃんは、サーシャちゃんには無くてはならない人物となる。
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何時終るのかと心配していた披露宴だが、初めがあるから終わりがある。
深夜2時を過ぎた辺りで、ようやく全ての出し物が終ったようだ。
入口近くのテーブルでは数名がテーブルに突っ伏している。酔い潰れたのかな?
今回は、適当に酒を飲んでいるから、潰れる事はない。それでも、かなり酔いが回っているのは自分でも分かる。
ミーアちゃん達も次々と祝いを述べに来る人達から酒を注がれているが、大丈夫なのだろうか?
「あれは、薄い酒じゃ。それでも飲み続けるのは大変じゃろうな。」
俺の視線に気が付いたアルトさんが教えてくれた。
そんな中、エントラムズ国王が立ち上がった。かなりふらふらしているけど大丈夫なのかな?
「諸君…。楽しんで頂けたかな。これで二組の夫婦の誕生を祝う席は終わりになる。次は2組の子供達の婚礼の宴席で再び会える事を楽しみにしようぞ。
そして、皆には是非とも彼等の力になってやって欲しい。
王族や重鎮は孤独じゃ。国を数人で統べるなぞ、どだい無理。皆の力があってこその国つくりとなる。
これからは2つの夫婦と共に我等が国土を発展させるよう皆にくれぐれも申し置くぞ。」
国王はそう言って頭を下げる。
臣下の者達も大勢いるのだ。彼等は頭を下げた国王に驚いているかも知れないな。
侍女が2人の花嫁に付き添い、花婿と共に一足先に広間を出る。
そして、しばらくして侍女が入口近くのテーブルの者達に何事かを告げていた。
テーブル毎に参列者が去っていく。
だいぶ人が集まっていたんだ。と改めて今日の披露宴の大きさが分かってきた。
参列した王族が去り、最後はエンタラムズの王族と、俺達のテーブルだけになる。
「では、参ろうか。」
アイロスさんの言葉に俺達は席を立ち、エントラムズ国王に軽く礼をすると広間を歩き出した。
広間を出ると、2組の新しい夫婦が、各々俺達に小さな小箱を手渡してくれた。
アルトさんがサーシャちゃんから受取り、リムちゃんはミーアちゃんから受取る。
何が入ってるか、ちょっと楽しみだな。
俺達はアイロスさんに連れられ、そのまま王宮を出ると待っていた馬車に乗ってパロン家に向かう。
パロン家に着くと早速リビングに通された。
お茶を1杯ご馳走になると直ぐに部屋に案内される。
この世界の披露宴に初めて参加したけど、所変われば品変わるとは良く言ったものだ。
疲れたけど、面白かったのは確かだ。
戴冠式の昼食会も想定外だったが、この披露宴に比べれば大人しいと思う。
娯楽の少ない世界だから、こんな披露宴になるのかも知れないな。
そんな事を考えながら、ふと隣の2人を見ると軽い寝息が聞こえる。もう夢の中の住人のようだ。あの披露宴の続きを見てるのかな。時折、微笑む姿を見てると俺も眠くなってきた。
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「昨日は色々と楽しませて貰いました。…出来れば、あのような話を聞かせてもらえますかな?」
「そうですね。姉貴達はまだ起きませんから、もう一晩厄介になるつもりのようです。では、孫子と言う兵法家の話をしましょう。」
「待て!わしも一緒だ。」
そう言って入ってきたのは、ケイモスさんだ。
「昨日の話をもっと聞かせて貰おうとやって来たのだが、直ぐにやって来て良かったぞ。危うく聞き逃す所じゃった。」
「そうですよ。私もいるのですから、そんな話はあらかじめ教えて欲しかったと思いますわ。」
サンドラさんが2人の家人を連れて来た。紙の束とペンを持っているところを見ると、俺の話を書き写す心算のようだ。
侍女が俺達にお茶を配ってくれるのを見て、サンドラさんが改めて俺を見た。
「さて、準備が整いましたわ。アキト様始めてください。」
観客が急に多くなったな。
「それでは、始めます。孫子の話は昨日の項羽と劉邦の時代よりも更に古くなります。その頃はまだ紙がありませんでしたから、木を削って簾のようにして束ねた物に記録を残していたようです。その資料も時の流れでだいぶ消えていったり、後世の者が追加したりしましたのでどれだけ正確化は定かでありません。
そもそも孫子が1人だったと断言できるものさえいないのです。話の内容から、3人の孫子がいたのでは?と考える者もいるようです。」
「確か、孫子とは稀代の軍師であったと聞いた事があるぞ。あの作戦本部の旗に帰された古代文字『風林火山』も孫子という兵法家の言葉であるとミズキに聞いた覚えがある。」
そうだよな。姉貴の兵法には孫子の影響が強い。だが、孫子の兵法は応用が利くけど逆説的な例えが付き纏う。
河を背にするべからず。と言いながら排水の陣を説明する。ある意味臨機応変。その場に適した作戦を如何に早く実行するかにその真髄があるような気がするな。
「昔、孫という男がおりました。戦乱の世であれば、今日はあちらの戦を見物し、次の日はこちらの戦を見るという日々を過ごしていました…。」
ただの戦好きが戦の法則性に気が着き、それを後世に残す。
最初の孫はそんな人だった。。
次の孫はその子孫。先祖の残した資料を読みたいと願う青年と一緒にその記録を読んだ。
読みたいと願った青年は一軍の将。書かれた内容は直ぐに理解でき、その応用性の広さに目を見張る。
しかし、孫の子孫の男は、そんな書を胡散臭げに見ていた。書かれた事は当たり前の事であり、今更のような気がしてならなかった。
「ミズキ殿が言っていた。我は秀才を恐ろしいとは思わぬ。真に恐れるのは天才のみ。その才は天賦のものであり、努力では得られぬ…、とな。
書かれた書物を理解し、それをありがたがるのは秀才。そして、当たり前と思うのが天才という事なのだろう。」
ケイモスさんの言葉には重みがあった。
確かに姉貴の日頃の口癖だ。
「私が恐れるのは天才だけ…。」
天才だけが天才の恐ろしさを知るのだろうか?
「青年は孫の子孫を連れて軍に戻ります。孫の子孫の男は次々と功績を上げて、青年と同じ位の地位に上りました…。」
そして、青年は孫の子孫を計略に掛けて罪を被せる。
刑罰で両足を失った孫の子孫は軍を追われた。
復讐を誓い、隣国の軍に仕官すると、青年の軍勢と一戦を交える事になった。
そんな戦の折、孫の子孫の男は大きな木の幹に「ここで何某が死ぬ!」と書いて、この木に明かりが灯ったら一斉に矢を射よ。と自分の軍勢に命じた。
その夜、その木に明かりが灯り、1人の青年が死んだ。
木に何か書かれているなら、それを確かめようとするだろう。それを狙ったまでのこと。
後に復讐を遂げた男は言ったと言う…。
「ちゃんと記録出来たのか?」
アイロスさんが家人に聞く。
「すべて書き込みました。後ほど清書したものをお届けします。」
「兵は凶事か…。確かにそうじゃ。よくよく国王に進言しておこう。」
「今の話の詳細をミズキ様は知っているのですね。兵法とは奥が深く思えてなりませんでしたが、それを当たり前として行動する人もいるんですね。」
「古今東西の戦を幾ら調べて自分の物にしたとしても、戦は生き物の例えもあります。似ている戦はあっても同じではない。それを分かっているかどうかだと俺は思うんですが、姉貴に言わせると、ひらめきの違いだと言いそうですね。それを他人に説明できないもどかしさがあると言ってました。」
俺達はパイプやタバコを吸いながらそれを話し合う。
「それを知るは天のみか…。正しく天才と言うものなのだろう。だが、サーシャ様にもそれが見受けられるぞ。10年後のエントラムズが楽しみじゃ。」
軍略だけでない事をサーシャちゃん達は示すだろう。そして、王位が譲られた時、どんな国になるかはサーシャちゃん達の手腕に掛かっている。
それを影で見ていたいというのがケイモスさんの気持ちなんだろうな。
そんなケイモスさんの言葉に、アイロスさんとサンドラさんも相槌を打っている。