#442 丸1日半寝ていたようだ
ふと目を覚ますと、辺りが薄暗い。
どれだけ寝てたんだろうかと、時計を見ると夕方になっていた。
まだ、頭が重いのは気の使い過ぎなのだろう。幾ら精神体同士の戦いとはいえ、カラメル族の長老を相手にするのは俺にはやはり早いようだ。
ふらふらとした足取りで、それでもロフトの梯子は踏み外さないように注意してリビングに下りて行った。
テーブルに皆が揃っている。どうやら夕食中のようだ。
「お早う…。」
そう言ってテーブルに着いた。
「まるで、冬眠開けのグライザムのようじゃな。早く顔を洗って来んか!」
アルトさんの言葉に、頷いて席を立つ。
ふらふらと玄関に歩き出した俺の後ろで話し声がする。
「アルト姉様。グライザムの冬眠明けって、お兄ちゃんみたいなの?」
「我も見たことはないが、たぶんあんな感じじゃろう。普段は連合王国屈指のハンターでも、寝起きは全くの無防備じゃ。あれなら赤2つに倒されるじゃろう…。」
何か酷い言われようだが、全く持ってその通りだ。
この疲労感が染み入った身体では、ガトルにも歯が立たない。
それでも、冷たい井戸水で顔をゴシゴシ洗うと、少しはマシになってきた。
疲労感は残っているが、先程よりはだいぶ良くなって頭の中もすっきりした感じだな。
リビングに戻ると俺の席にすっかり夕食が準備されている。
頂きます!と言って食事を始める。何か無性に腹が減っている感じだな。
「アキトは丸1日半寝てたのよ。」
「道理で、腹が減ってるんだ。…やはり気を練って戦うのが長引くと、俺には辛いな。」
姉貴の言葉に、ディーにスープの御代わりをしながら答えた。
「それじゃ。…ミズキが長老と戦ったと言っておったが、どういう経緯でそうなったのじゃ?」
アルトさんが興味深々の表情で俺に聞いてきた。リムちゃんやディーまで、興味があるような表情で俺を見てる。
「持ち帰った核爆弾の修理を依頼しようとしたんだ。リオン湖の長老に貰ったキューブを通してね。そしたら…。」
あらましを説明する。姉貴にも話はしたが簡単なものだったからね。
「それで、寝入ったのじゃな。…全く、修行が足りん。ハンター足る者、丸1日全力で戦える程の体力を持つべきじゃ。」
24時間戦えますか?って奴かな。あれって何かを飲まなけりゃいけないんじゃなかったっけ?…それに、俺が寝入ったのは体力的なものでは無くて精神的なものだぞ。
「まぁ、アキトだって普通に戦えば1日は十分持つわ。今回の相手がカラメル人の長老って所に問題があるのよ。たぶん、千年以上の修行をした相手だから対峙しただけでアキトには荷が重い筈だわ。」
「カラメルの試練では、ハンター達がカラメル人に挑んでいますけど?」
疑問を投げかけたリムちゃんに姉貴は微笑んだ。
「そうね。でも、その時対峙するカラメル人は、まだ修行が浅いの。それなりに修行をして、人を相手にどれだけの成果を見せられるかが、カラメル側の試練になるわ。早い話が、有段試験みたいなものかな。」
となると、この虹色真珠のイヤリングが、黒帯であり黒袴になる訳か。そして本当の修行が始まるんだな。
まさか、俺の傍に長老がいるのも、俺の修行成果を常に見ているためなのか?
そうだとすると、これからは真剣に気を学ばねばならない。
「そうだ!…アキト。グプタさん達が核爆弾を取りに来たから、渡したけど良かったのよね?」
「あぁ、長老が言ってたからね。修理してくれるそうだ。助かるよ。…リンリン達には荷が重そうだし、何と言っても起爆用の炸薬を作らねばならない。カラメル族なら爆裂球の炸薬をつかうんだろうな。」
「アキト達は爆裂球を作れるのか?」
「あそこまでの高性能炸薬は無理だ。それでも黒色火薬の調合は出来ると思うし、バビロンやユグドラシルであれば、更に高性能の無煙火薬を作れると思う。だけど、バビロン達は武器の製作はしないし、俺達もこの世界に火薬を広める心算はない。」
「あれば、スマトル戦がもっと有利に出来たろうに…。」
「それは否定しない。でもね、問題はその後だ。次の戦は敵も同じ武器を使って来る。今回だって、スマトル軍はバリスタを使ってきたね。たぶん次の戦では大砲を作ってくるだろう。…だけどそれには制約がある。」
「砲弾の数じゃな。爆裂球の供給量の上限を越える事が出来ないからじゃ。」
「そうだ。だけど火薬を教えると、その上限が無くなる。とんでもない戦になるよ。」
「相手にサーシャのような者がおると、あの砲弾の雨がこちらに降るのじゃな。」
アルトさんの言葉にリムちゃんが顔を青くしてる。
「そうなる。…砲撃戦だ。そして、戦は長期化する。国民の疲弊でどちらが先に手を引くかと言う事になりかねない。」
「悲惨な戦になるわ。互いに相手の軍ではなく、民間人に砲弾を撃ち込むの。戦略的な作戦だけど、それが戦に響いてくるのよ。」
「民間人に砲弾を撃ち込む等、最早戦ではないぞ!」
アルトさんはお冠だ。
「でもね。スマトル軍はそれをやったわ。海辺の村や、カリストにバリスタを打ち込んだでしょ。…幸い、被害はそれ程出ていないけどね。」
あの戦いは俺達の優位に進められたが、敵が同じ武器を手にしたら、もっと悲惨な戦になっていたろう。
「知っていて、教えぬのはそう言う理由があるのか…。なら聞くまい。しかし、自らそれを知る事が何れ来る筈じゃ。」
「間違いなく来るわ。それまでに、それを防ぐ事を考えるのも国の仕事よ。」
「頭の痛い話じゃな。じゃが、それはクォークの後の世代の課題じゃろう。我は降嫁した身、口出しせずに見守るとするか。」
かなり、自分に都合良くアルトさんは完結したようだ。
でも、俺達の寿命は長い。その時にはアドバイス位は出来るようにしなければなるまい。
「でも、長老と立ち会えば更に真珠の輝きが増すのね。私も機会があれば挑戦したいわ。」
「え?…違ってるの?」
うんうんと4人が頷いてる。今度はディーも参加してるぞ。
「目立つ位に輝いてるわ。まぁ、悪い事じゃないから問題は無いけど、王都の娘さんなら凄く欲しがると思うわ。」
そう言って姉貴が微笑んだ。
あの感じでは、カラメル族の長老に挑戦するのは早いかも知れないぞ。
そんな感じで夜が更ける。
姉貴達は寝入ったようだけど、俺は目が冴えてしまった。まぁ、丸1日半寝てたからね…。
1人、暇つぶしにフライを巻くことにした。
王都で密かな人気らしい。早速まがい物が出たとサーシャちゃんが話してくれたけど、出来がまるでなってないと憤慨していた。
アクセサリーとして人気なのだろうから、俺みたいに釣りを目的に作った物では無い筈だ。作りよりは色合いを重視してるんだろうな。
ならば…、全くありえない虫の色合いで作ってみるか。元々魚が色を判断するとは思えない。ある意味モノトーンの世界でこのフライを見ている筈だ。
そんな感じで作ったフライは原色の組み合わせになってしまった。しかも、雷鳥の首の羽を使ってるから輝いて見えるぞ。
絶対にこのフライに食いつく魚はいないと思うけど、余分に作ったから試してみるか。
次の日、皆に1個ずつ進呈したら、目が輝いてたぞ。
「こんな綺麗なフライを付けてるのは我等だけじゃ。…サーシャとミーアの分もあるのであろうな?」
ひとしきり喜んだ後で、ジロリと俺の顔を見てアルトさんが呟いた。
「ちゃんと用意してあるよ。友達にも分けられるように5個を送る心算だ。」
「なら、問題ない。それにしても綺麗じゃな。」
くるくると針を回しながら羽根の輝きを見ている。姉貴達も同じように見てるぞ。
このフライ…、魚は釣れなくても女の子は釣れるみたいだな。
朝食を終えると、生欠伸をしながらギルドに向かった。
扉を開けて何時も通りの挨拶をルーミーちゃんにすると、依頼掲示板に歩いて行く。
そこにいた3人組みは、ルクセム君達だった。しばらく見ない内に大きくなったな。立派な少年の姿だ。俺の作った短槍を今でも杖代りに使ってるみたいだが、背中にはクロスボーを担いでいる。隣のロムニーちゃんより背が高いんじゃないか。
「何か良い依頼は見つけたのかい?」
俺の言葉に3人が振り返る。
「今日は、タルミナを狙おうと思っています。今から練習すれば渡りバタムの季節になって苦労せずに済みますから。」
「レイミルちゃんを頼んだぞ。…そうだ。これが王都で流行ってるらしい。俺が作ったものだけど、良かったらあげるよ。」
そう言ってフライを3つ取出して各自の手の平に載せる。
「こんな風に、帽子に付けるらしい。」
「これって、アキトさんが作ったんですか?…いつかの狩猟期で少し売りに出されたと聞きました。もう、大変な人気ですよ。王都ではこんなに綺麗に作れる人がいないんで針金に布や糸を巻き付けたものを売っていましたが、それでも凄い人気だったんです。」
女の子2人は有頂天になって喜んでいたが、ルクセム君はジッとそのフライを見ていた。
「これって、虫ですよね。夕方になると水面で羽化する…。」
「分かるかい。その虫を模して作ったものさ。」
そう言って、バッグから木製の小さなケースを取り出して開いた。
「これ全部、アキトさんが作ったものなんですか?」
「そうだよ。その時に魚が食べる羽虫に合わせて使うんだ。本当は、地味な色合いなんだけどちょっと派手なのを作ってみたんだ。余り派手だから釣りには使えそうも無いんであげたんだけどね。」
3人は驚いて俺の顔とケースのフライを交互に見ている。
「帰ったら自慢出来ます。有難うございました。」
そう言って3人は依頼書をカウンターに持って行った。
昨夜は殆ど眠らずにフライを作ってたからな。20個はあるから適当に配らないとね。
改めて依頼掲示板を眺める。依頼書は半分程だから、まぁ、適正な量だな。
そして、ルクセム君達が手こずりそうな依頼書は…、クルキュルだって!
グライトの谷から北東の森で目撃例あり…。と書かれている。これは早いところ何とかせねばなるまい。
俺は家に走って行った。
「何じゃと!…クルキュルはスロットでも手に負えまい。リザル族の部隊も森の上を監視していると聞く。早く何とかせねば犠牲者が出ないとも限らん。リム。行くぞ!」
そう言って、俺の言葉を聞くとアルトさん達は出掛けて行った。
全く、行動的だな。
「狩りなんて久しぶりね。皆で行こうか?」
「そうだね。…クルキュルは厄介だけど、俺達なら狩れる筈だ。ディー、弓矢を使うぞ。そして、3日分程食料を頼む。」
ディーも俺の言葉に席を立つ。姉貴も、さてと…、なんて言いながらロフトを上っていく。
俺も、準備をするか。姉貴の後を追ってロフトを上る。




