#044 狩猟の計画内と計画外
迎撃準備は柵造りから始める。柵といっても高さ1m位の杭の羅列だ。乱杭により獣の突進を避けるため、谷底に長さ10m位の規模で杭を沢山打った。
この後にセリウスさんと剣姫が獣を待ち構える。そして彼等の直ぐ後にある岩の上にジュリーさんとキャサリンさんが立つ。大岩なので獣達も登ることは困難だろう。
乱杭の上流約50m位の所にはミーアちゃんと姉貴が谷の壁に生えた立木の上でクロスボーを構える。谷底のこの場所にちょっとした仕掛けを姉貴は施した。低い杭を3本打ってそこにツタを結ぶ。爆裂球を杭に取り付け、ツタには爆裂球の紐を結んである。獣がツタに足を取られれば、その勢いで爆裂球が破裂する。ちょっとした足止めにはなるはずだ。
そして、その上100mの左右の岩陰に俺とミケランさんが待つ。俺達がこの罠の口を閉ざすのだ。
全員の配置を確認すると、ジュリーさんが俺達全員に【アクセラ】で体機能上昇の魔法を掛けてくれた。これで2割の体力アップになる。
谷底の坂道を平地のように駆け上がり俺の待機場所に着いた。岩陰に隠れると、見えるのは体面で同じように岩の割目に潜んだミケランさんと、谷の下の立木に上った、ミーアちゃんだけだ。
ミーアちゃんがクロスボーを木の枝に掛けて、するすると立木の上に登っていく。そして、俺があげた海賊望遠鏡で谷の上を覗いている。姉貴達の役割は全体の状況監視もかねているようだ。
ミーアちゃんと姉貴は手振りで大まかな状況を伝え合っているらしい。
ミーアちゃんが突然右手を上に上げた。そして、スルスルと元の位置に下りてくる。
「来るよ!!」
姉貴が短い叫び声で俺達に知らせてくれた。
俺は、岩陰から少し顔を出し谷の下の方を眺めてみた。下では剣姫が本来の姿を取り戻して長剣を両手で持ち、体の前に軽く突き刺して上を睨んでいる。セリウスさんは両手に剣を持ち仁王立ちだ。
急いで、岩陰に身を隠した。ミケランさんは、俺の対面で岩に張付くようにして隠れている。
そして、地面が振動してきた。ドドドドォォっと谷に足音が轟き渡る。
最初の1匹が俺の前を通る。
大きい……。野牛とカモシカを足して割ったような姿だ。カモシカのような姿だが大きさは牛ぐらい。大きな角が頭の両側から前に張り出している。
そいつ等が次々と俺の前を通りすぎる。
ドドォン!……。
続けざまに爆裂球が破裂する。姉貴の前を通ったということだ。
「ギョオォォーン!」という叫び声が上がる。
ドォン!
爆裂球がまた炸裂した。タグ討伐の時に造った爆裂球付きのボルトをミーアちゃんが使ったみたいだ。たしか、2個残っていたような気がするけど
……。
数分後、獣の大群は殆ど俺の前を通過したようだ。
対面のミケランさんを見ると、こっちを睨んでいる。俺の合図を待っているようだ。
「ウオオォォー!!」
俺は大声を上げて飛び出し、採取鎌を振りかざした。
ミケランさんも「ニャアアァァ!!」って叫びながら片手剣を振り回しながら飛び出してくる。
2人で谷底を、数mの距離を空けて獣を追いかける。
数頭程前の獣が、突然倒れた。頭にボルトが深く刺さっている。姉貴のボルトに頭を破壊されたようだ。右側を走っていた獣が倒れて群れの後続に踏みつけられている。よく見ると足に短い矢が刺さっている。ミーアちゃんのクロスボーにやられたみたいだ。
乱杭で足止めされた獣に、俺とミケランさんが後から襲い掛かる。
ミケランさんに目配せすると、俺達は左右に距離を開いた。そして俺が左から、ミケランさんが右から獣に一撃を与える。
「ハアァ!」っと短い叫びを発して飛び上がると、獣の首筋に採取鎌の裏部分、(其処は樫の柄が錬鉄で補強されている)で一撃を入れる。
ゴン!……。鈍い音と共に頚骨が潰れ鈍い手応えが腕に伝わる。
次に移る前にミケランさんを見ると、倒した獣の首から片手剣を引き抜いている所だった。
谷を駆け下りながら次々と獣の首筋に採取鎌を叩き付けていく。
突然俺の前の獣頭が血飛沫を上げた。姉貴のボルトの一撃を受けたようだ。俺は急いで坂を駆け上がると、再度獣のの群れに襲い掛かった。
夕暮れが近づいた時には既に動く獣はおらず、谷底にはおびただしい数の獣の死体が満ちていた。
「さて、何と言ったら良いのか……。とりあえず狩りは終了という事で良いな?」
剣姫さんの本来モードの姿は獣の返り血で赤く染まっている。セリウスさんに至っては滴っている。
「はい。これで終了ですね。待っていれば次の群れも来るでしょうが、これだけ狩れば、十分でしょう」
姉貴にしては、謙虚な返事だ。昔だったら獲れる限り獲るって感じだったんだけど、少し心情が変化したのだろうか。
「そうだな。根絶やしにすることはない。これだけでも、昨年の倍以上だ。狩猟期がまだあるが、俺達の狩りはこれで終了としよう」
俺は、坂を上がると、まだ木の上にいるミーアちゃんに作戦終了を伝えた。スルスルと立木を下りて俺達にミーアちゃんが加わった。
セリウスさんと、剣姫さんはキャサリンさんが湖から汲んできた水で、ざっと衣服を拭いている。
ちょっとした休憩を挟んで、獣達を一箇所に集める事にした。湖で運ぶ事を考慮して上の物を下に……、という形で一箇所に纏める。どうやら数十頭を越える数になっているみたいだ。
日が暮れ、谷底は真っ暗になってしまったが、光球の明かりを頼りに薪を集めて、獣達の集積場所の上下に焚火を焚く。
山全体に何組ものハンター達が狩りをしているのだ、逃げてくるのは草食獣だけとは限らないし、縄張りを荒らされた肉食獣が襲ってくる可能性だってある。
焚火から50m位の山側に爆裂球で簡単な仕掛けを施す。何か来ればこれが破裂して危険を早期に知ることが出来るだろう。
焚火に鍋を掛け、シチューを作り、固焼きの黒パンを齧りながら食べる。久ぶりに暖かい食事をしたって気がする。そして、山の冷えた空気の下で食べるシチューは美味しかった。
その夜、俺と姉貴で焚火の番をしていた時だった。
突然、ドオォン!っと爆裂球の破裂音が谷に木霊した。
俺は直ぐに立ち上がると坂の上を睨む。姉貴が【シャイン】で光球を造り、坂に沿って山側に飛ばす。
そこには、1匹の大熊が立っていた。2本足で歩きながら俺達に近づいてくる。
デカイ……。3mを越えている感じだ。姉貴は直ぐにボルトを発射する。
シュタ!っと熊の胸にボルトが突き立つ。
10cm程度刺さっているがまるで意に介さない。15m程になったところで、グルカナイフを投げた。
ズン!っと腹に刺さった音がグオォォー!!という熊の咆哮でかき消される。
鈍い炸裂音がして目の前の熊が炎に包まれる。シュン!と熊の首に短い矢が刺さった。
どうやら、皆起きて援護してくれてるようだ。
シュン!!氷の槍が熊の足に刺さり動きが一瞬鈍くなる。
シュタ!っと姉貴のボルトがまた熊の胸に刺さった。
腰からM29を取り出す。熊を回り込むように移動して連射する。
頭を10m位の距離から全弾打ち込むと、熊はその場にドサリと倒れこんだ。
「グライザムか……。何とか仕留めたが、近年に無い大物だな」
「大方、他の連中に追いやられたものと思います。グライザムは手強いですから、狩猟連中の嫌われ者です」
「まぁ、無事でよかった。これとやりあって無事なことはかつて無かった事だ」
何か、運が良かったような話をしている。
「この、グライザムって強敵なんですか?」
姉貴も同じ事を考えていたようだ。早速、セリウスさんに質問している。
「強敵なんてもんじゃない。ハンター殺しの異名を持つ獣だ。狩猟期に何人かが、これにやられている。俺達のチームも以前こいつにやられた。
この獣は、毛皮の密度が高く、そして獣毛も強くてしなやかなんだ。よって、剣の打撃が利きづらく、矢も深く刺さらない。
その上凶暴で力が強いときている。クルキュルよりも倒しづらい相手なのだ」
確かに倒せたのは、どうにかだもんな。出来れば単独では相手にしたくない獣だと思う。
そして、狩猟解禁3日目の朝が訪れた。
急いで朝食を取り、獲物をイカダに積み込む。何と言っても数が多い。始める前にジュリーさんが【アクセラ】の魔法を俺達に掛けてくれた。これで筋力も2割増しだ。
乱杭周辺に積み上げられた獲物を1頭づつイカダに積み込んでいく。たちまちイカダが満載になったので湖に出して2台目のイカダに積み込んでいく。それも直ぐに満載になった。
急遽、立木を伐採して3台目のイカダを組み、それに獲物を乗せる。
そして、最後にグライザムを皆でイカダまで引き摺って乗せる。カモシカモドキのリスティンが57頭。それにグライザムが1頭。これが俺達の戦果だ。
3台のイカダはロープで連結してある。先頭のイカダの後を付いて来るので、俺と姉貴それにセリウスさんとミケランさんが先頭のイカダに乗って棒を櫂にしてイカダを漕ぐ。
剣姫達は3台目に乗り、方向の修正だけを行なう。これはジュリーさんとキャサリンさんも一緒にやってるみたいだ。
ゆっくりと湖の岸辺を半時計周りに村の方へ漕いで行く。
船ではないから、水を切って進むような事は出来ないので、本当にゆっくりした動きではあるが、確実に村には近づいている。
昼頃には谷から遠く離れ、右手には森が見えてきた。森から湖に張り出した枝にイカダを縛って、昼食を取る。最もイカダの上だから固焼きパンを齧りながら水飲む程度だけど、ずっとイカダを漕いでいたから、少し休めるだけでも嬉しくなる。
食後にタバコを取出し一服してたら、ミケランさんとセリウスさんにパイプの火をねだられた。100円ライターで火を点けてあげると、美味しそうにパイプを吸っている。
そして、絶対に吸殻を湖に捨てるなと注意された。龍神はタバコを嫌うとのこと。俺は吸殻をポーチにあった携帯灰皿に入れた。これなら問題ないはずだ。
休憩が終わると、またイカダを漕ぎ出す。
1時間程度ひたすら漕いで、短い休憩を取る。何度か繰り返す内に日が傾いてきた。
「この辺りでいいだろう。岸に寄せるぞ」
セリウスさんの合図で俺達は岸辺にイカダを寄せる。俺は、素早くイカダを下りると近くの雑木にロープを結びつけた。岸辺を走り、3台めのイカダから投げられたロープも近くの雑木に結びつける。
セリウスさんが黒球の紐を引いて、球を投げ捨てる。
ボン!っと小さな音がしたかと思うと、黒球から黄色い煙が立ち上がる。
獲物運搬依頼の合図だ。
後は、村人が来るのを待つだけになる。