#435 元祖うどん2号店
「今年は、士官学校を開かないの?」
「サーシャちゃん達が軍縮を考えながら軍の再編をしてるでしょう。それが一段落してからお願いします、って言われているわ。」
リビングでのんびりと姉貴とお茶を飲みながら、ふと思いついた事を聞いてみた。
確かに、士官の数も変わってくるし、再編により育成計画も変化するのだろう。
まぁ、これは姉貴達に任せておけば良いか…。
サーシャちゃん達は裏の士官学校に詰めて、セリウスさん達と連日協議を繰返しているみたいだ。アルトさんやリムちゃんまでが動員されているけど、俺と姉貴には働き掛けが無かったな。連合王国の将来はサーシャちゃん達の世代が担う事になるから、まぁそれで良いのかも知れない。
「例のクリャリンスクだけどね。中々面白そうな場所だよ。」
姉貴が端末を操作すると上空からの画像が壁に投影された。
一面の白い原野だな。雑木林が散らばっているけど、森になることはないだろう。
「拡大するわ。」
画像の1点が大きくなる。中心部がクリャリンスクの核研究所になるんだろう。
そんな真っ白な地表に、足跡が錯綜している。
1つの足跡を辿っていくと、灰色の物体がその先にある。
「例のマンモスみたい。この辺りにも生息してるのね。」
エルフの隠れ里を目指した時に見かけたマンモスは大きかった。あれがいるのか?…そして足跡の数から複数が生息しているのは確実だな。
喜ぶ連中もいるだろうが俺としては願い下げだ。
「あれを倒さなくちゃならないわ。しかも迅速にね。…そして次の課題。倒したマンモスの始末が出来ないから、凍った大地を遠くから肉食獣が押し寄せてくるわ。その対処もしないといけない。」
にこにこしながら姉貴が言ってるけど、対策は考えてあるんだろうか?…1匹だけならセリウスさん達が何も考えずに突撃しそうな感じだけど。
「今度の遠征の最大の楽しみは、マンモスの焼肉が食べられる事ね。アニメで見てて一度食べたかったんだ!」
それが理由か!…まぁ、判らなくも無い。とはいえ、あの大きさだ。俺達で食べても姉貴の危惧は残る。エイオスにスマトル戦用に作った石の銛がどれだけ残っているか聞いてみよう。
トントンと扉が叩かれ、タニィさんが来客を告げる。
「ロムニーさんともう1人の娘さんがいらっしゃってます。」
俺達が特に問題ないと告げると、直ぐにリビングにロムニーちゃん達が入って来た。ロムニーちゃんもお年頃だよな。リムちゃんよりは遥かに年長だ。
席を立って2人を出迎えると、テーブル越しの席を勧める。俺達の着席を待って、2人は席に着いた。
「紹介します。従妹のレイミルです。私より2つ年下ですからリムちゃんと同い年ですね。」
ロムニーちゃんの言葉に一旦席を立つとちょっとお辞儀をする。
小さな声でレイミルです、って自己紹介をしたけど、大人しい子なのかな?
「村でお話した通り、来年の春にはレイミルを連れて村に帰ります。レイミルは長女で下に5人も兄弟がいるんですよ。両親は私の家の近くで小さな雑貨屋を開いてるんです。何かあれば贔屓にしてくださいね。」
そう言えば、ロムニーちゃんの実家の宿屋を、何にも無い!ってアルトさんが力説してたな。
そのロムニーちゃんが小さな雑貨屋と表現するレイミルちゃんの家はどんなだろう?…流石に何にもない雑貨屋という事は無いとは思うけど…。
「ハンターの頂点にいる人ってどんな人なのか、見てみたいって言うので連れて来ました。」
ロムニーちゃんの言葉に顔を赤くして下を見てる。
意外と内弁慶なのかな?
「頂点って訳じゃないけど、ネウサナトラムのハンターの1人だ。ヨイマチというチームを率いているけど、何時も狩をしてるのは家の嬢ちゃん達なんだ。その辺はロムニーちゃんが心得てると思うから、困った事があれば相談すると親身になって解決してくれると思うよ。…ところでレベルはどの位?」
「赤3つです…。得物は、前の戦の時に配られたクロスボーを使っています。」
民兵用の奴だな。回収しきれない内に、それを使う者達が出てきたか…。これは早くになんとかせねばなるまい。反乱は起こらないだろうが犯罪に使われたら困る。
「赤3つでクロスボーが使えれば、村の狩は十分可能だ。頑張れよ!」
俺の言葉に嬉しそうにレイミルちゃんが頷いた。
タニィさんの入れてくれたお茶には、鯛焼きが付いていた。
早速2人が食べ始めたが、…うん。ちゃんと頭からだな。
「これは去年から王都で売られているそうですが、私が行くと何時も売り切れなんです。」
そう言って、少しずつ食べているのが何となく気の毒だな。
「カリストが本場なんだ。たぶんカリストから鯛焼き屋さんがやってきたんだと思うよ。結構売れてるみたいだから、その内好きなだけ食べられると思うよ。」
やはりちょっとした甘味は潜在的な要求があるんだな。
これは、グルトさんに新たな店を出してもらわねばなるまい。
来春には遠くに出かけるけど、その前に2人をネウサナトラムに送って行くと約束すると、2人はお礼を言って帰っていった。
「可愛い娘さんね。」
「でも、得物が問題だ。民兵用のクロスボーがハンターに流れている。早めに回収しておいた方が良い。犯罪に使われると面倒だぞ。」
「確かにね。…アテーナイ様が来たらそれを伝えましょう。」
そんな時に、タニィさんが扉を開けると済まなそうな顔で俺達に謝ってきた。
「すみません。パンを切らせてしまいました。急いで買ってきますので、昼食は少しお待ち頂けませんか?」
タニィさんにしては珍しい失敗だな。そういえば、今日のお昼は俺達3人だけだ。サーシャちゃん達には王宮から調理人が出張っている。
「なら、グルトさんの店に行ってみないか?…確か王都に店を出している筈だ。」
「ハンターズワーフですね。凄い賑わいですよ。私は何時でも行けます。さぁ、出掛けましょう!」
俺の言葉に、下を向いていた顔がパッと上を向いて輝いた。
そんなに、賑わってるのかな?…懐疑的な俺に、姉貴が立ち上がって俺の肩を叩く。
そうだな。行ってみれば判る事だ。
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下町の4つ角に店構えを出したハンターズワーフには大きな幟で『元祖うどん2号店』と書かれている。その隣には『焼き団子あります』の旗もある。
そして、入口の扉から客が溢れて通りにはみ出していた。その長さも100mはあるぞ。大変な盛況だな。
俺達も列の後ろに並ぶと、次々に後ろにお客が並ぶ。
「いやぁ、今日は食べられそうです。昨日は私の数人前で終了しましたからね。それで今日は急いで来たんですよ。」
人の良さそうな家族連れのご主人が俺に話してきた。
知らない人に話し掛けて、喜びを共にしたいなんて、よほど嬉しいんだろうな。
「俺は王都の評判を聞いて来たんですよ。まさかこれ程とは思っていませんでした。」
「元はハンターだと噂で聞きましたが、どうしてどうして、きっと良い師匠に付いたんでしょうな。私も小さな酒場を営んでいますが、彼のような成功者を見ると、妬むよりは王都の誇りに思えますよ。」
そんな人ばかりでは無いだろうが、そう思ってくれる人がいるだけ、グルトさん達は皆から好かれているんだろう。
後10人位捌けると俺達は店に入れるな…。そんな事を考えていると、店の中から札を持った男が現れて並んだお客に札を配り始めた。
「済みません。後これだけで昼は終了です。」
そう言いながら俺の前に来た時だ。
「元祖1号店の店長じゃないですか!並ぶ事はありません。どうぞ、こちらに!」
「いや、やはり並んで待つよ。それも美味しく食べるコツだと思うしね。」
俺の言葉を聞いて、ひたすら頭を下げる店員に、俺の後ろの客が怪訝な顔で店員に話を聞いている。
「いやぁ…驚きましたぞ。この店が2号店とあるからには、1号店がどこにあるかと王都で評判だったんです。まさか、私の前に並んだ人が1号店の店長だとは…。」
「1号店は屋台なんです。そして王都で開いている訳ではありませんから、知らない人が殆んどですよ。俺も本業はハンターですし。」
「なるほど、ハンター繋がりな訳ですな。ハンターズワーフとはそう言う意味なんでしょうなぁ。」
札は、俺達から10人程後ろで終わりとなった。残念そうに引き揚げる人と、嬉しそうに札を握る者とが対照的だな。
ようやく、店に入ると、2人の若者が客を案内していた。奥の調理場には数人の男達、その中にはグルトさん達が汗を流しているのだろう。
「やぁ、アキトさんじゃないですか。」
調理場の男と顔が合うと、素早く俺だと判ったようだ。直ぐに、傍らの男に声をかける。そして、こちらを向いた男の顔はグルトさんだった。
「アキトじゃないか。…おい、直ぐに案内しろ!」
客を捌いている若者に声を掛けるので、俺は首を振ってその必要が無い事を告げる。
客商売に不公平があってはならない。それが商売の鉄則だからな。
それでも待っていると、順番がやってくる。
テーブルに案内されると、直ぐにうどんが出て来た。
魚醤で作られた出汁に腰の強いうどんは良く合うな。俺を越えたんじゃないか?そんな事を考えながら3人で美味しく頂いた。
出口に設けられたカウンターで3人分の代金15Lを支払うと、お土産ですと包みを持たされる。
持った感じから焼き団子だと判ったぞ。
ありがとう、と礼を言って店を出た。
その焼き団子は夕食後のお茶の時間に、嬢ちゃん達を交えて頂く事になったが、やはり屋台で作ったものより美味しく感じた。
王都の民の舌が肥えているのかな。王都で精練された感じだ。
「2号店に行ったのか?…我も行くのであった。」
残念そうにアルトさんが言った。
「明日、我等で行ってみれば良い!」
相変わらず、サーシャちゃんは行動的だな。そして、それを聞いた嬢ちゃん達がうんうんと頷いている。
「行くんだったら、1時間位前に行かないとダメよ。今日も凄い人だったから。」
姉貴が早速注意してる。
そんな感じで俺達の王都の暮らしが過ぎていった。
年が開けると、いよいよ遠征の準備が始まる。
エイオスは屈強なトラ族の戦闘工兵を15人選び出し、姉貴の命を受けて築城機材を準備している。特大の魔法の袋を15枚リムちゃんの輜重部隊から借り受け、その内10枚は築城資材や戦闘工兵の装備品らしい。
ディーの持つ特大袋の1つに防護服や測定器を入れ、もう1つには嬢ちゃん達の荷物を入れていく。何時もの通り布の袋に入れて、それを風呂桶の中に入れているようだ。
残り5枚の袋は食料や薪を入れた籠が入る。鍋や食器もこの中にに入れる筈だ。
今回は弓を持たずに全員がクロスボーを持ち込んでいる。ボルトは3会戦分を個人が持ち、予備を更に2会戦分纏て袋に入れていた。
爆裂球や役藻類も十分に持っていく。
酒の肴や酒樽まで持っていくようだ。
エイオスが連日訪ねて来ては、エルフの里へと旅をした時の苦労話を聞きに来る。そしてメモを取りながら俺達にいろいろと聞いて来た。
まぁ、ある程度の装備はアルトさん達が事前に集めてはいるんだが、エイオスとしては見落としがあるのでは?と疑っているような感じだな。
そんなある日。ロムニーちゃん達が旅支度をして館にやって来た。
「お忙しいのに申し訳ありません。」
「構わないさ。ロムニーちゃんには色々と世話になってるしね。俺達が村へ帰るのは早くて夏、遅ければ秋になってしまう。
その間はよろしく頼む。獣を相手にする時はなるべくスロットを連れて行くんだ。そして、手に負えないと判断したら山岳猟兵に援助を請う事。判ったね。」
俺の言葉に頷いた2人は、ディーの待つ屋上に向かった。
今日中にはネウサナトラムの村に着くだろう。
そしてディーは明日、帰ってくる。