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#431 消すか逃げるか



 リオン湖にアテーナイ様が爆裂球付きの矢を2本放つ。

 湖面下で鈍い小さな炸裂音が2回響いて来た。その場で俺達は様子を見る。

 すると、しばらく経ってから広い範囲に泡が浮かび、その中心にタトルーンが浮かんできた。

 

 亀の甲羅の一部が開くとカラメル人が姿を現す。

 「この湖で呼び出しがあるのは久ぶりだ。火急の用とは思うが、一体何用なのだ?」

 「ちょっと訳有りでの…。お主達と相談をしておくべき、と言う事で呼び出した次第じゃ。」


 アテーナイ様の言葉を聞くと、タトルーンが庭の擁壁に近付いてくる。結構、大きいな。俺達の家より大きそうだ。

 そして、タトルーンの甲羅の一部からタラップが伸びてくると、先程のハッチから2人のカラメル人が降りて俺達の前に並んだ。


 「久しいな。ラザドム村以来だ。」

 「ひょっとして、グプタさんですか?…あの時は失礼しました。」

 「いや、俺にも良い経験になった。まさか、人間で俺達を凌ぐエーテルの使い手がいるとはな。あれから鍛錬を重ね、今ではこのように1方面を任されるようになったぞ。」


 「何じゃ。知り合いか。…立ち話も何じゃ、先ずは家に入ろうぞ。」

 そんな事をアテーナイ様が言ってるけど、この家は俺達の家だぞ。


 リビングにグプタさん達を招き入れると、姉貴がお茶を出した。ちょっと心配して味見をしたが飲める範囲だか大丈夫だ。


 「大戦は終わったようだ。あの者達が付いている以上、心配は無用と長老達が話していたぞ。終った今になって我等に相談とはどの様な内容なのだ?」


 そう言ったグプタさんに姉貴が小さな紙切れを渡した。

 数文字の数式が書いてある。

 それを、興味深げにクオークさんが見ていた。


 「相談したかった内容はこの数式です。『E』はエネルギー、力ですね。『=』は等しいと言う意味です。『m』は重量、重さです。そして『c』は光の速さを表します。右肩の2は光の速さに光の速さを乗算した事を表しています。」

 姉貴の説明が始まると、クォークさんはその説明と数式を急いでポケットから取出したノートに書き写し始めた。


 「この意味が理解出来ますか?」

 姉貴の問い掛けにグプタさんは重々しく頷いた。


 「全ての物が重さを持つ。なぜならばその物質はある大きな力によって生み出されたからだ。そして、その逆も限定した条件であれば再現する事が出来る。物質の重さを、とある物理変化により軽くする事で、膨大な力を得る事ができるのだ。

 我等の本拠地やタトルーンの動力はそれで賄っている。」


 「重さを利用するって、滑車やロクロのようなものではありませんよね?」

 クォークさんが質問してきた。

 「それとはちょっと異なるな。簡単に言うと錬金術の話に近い。錬金術って聞いた事があるかい?」

 「古い書物で読みました。あれですか…。」

 「異なる物質を足して有用な物質に変える。出来たものが有用かどうかは別にして、かなりそれに近い話だよ。分裂させるか融合させるかどちらかの手段を使う事になる。」


 「…だが、この話を我等にすると言うことは核技術の提供を望んでいるのか?」

 「いえ、技術を受取っても作ることも利用する事も出来ないでしょう。安易な技術供与は文化の発展には必ずしも寄与しないでしょう。」

 

 俺の言葉にグプタさんは、険しい顔を和らげた。

 「私達は、兵器として使われた場合の悲惨さを知っています。安全に自分達で制御出来ないものは持つべきでは有りません。」

 姉貴に言葉を訝るようにグプタさんが俺を見る。


 「ならば、我等にその数式を示す理由は何だ?」

 「あの数式を知っている事が前提になる話です…。」


 俺は、地球のほぼ正反対にある2つの歪みについて話を始めた。

 そして、遠い将来においては、その歪みの影響範囲の増大により他の世界との重合が起こりえるとの結論を出した事も…。


 「それについては我等も似たような結論を出している。…問題はその時に我等がこの星野住人をどれだけ新たな星に移住できるかという事だ。

 核分裂でも核融合でもない、全く我等の想像出来ない力が解放されるかも知れぬ、との意見もある。どれだけ距離をおけば安全かを我等ですら判断出来ぬ。」

 

 ある意味、自分達の科学力の限界を知ったんだろうな。グプタさんは、そう言って黙ってしまった。


 「カラメル族は温厚な種族です。危機に際して逃げるという選択肢は俺も賛成出来ます。しかし、俺達はもう1つの選択をしようと思っています。」

 「破壊か…それは我等も考えた。だが、それを行える手段は!…核爆弾を使用するのか?」

 

 グプタさんの問いに俺達は頷いた。

 「我等が断念した理由は、核反応を制御する技術の実証をどうするかと言う事だった。原理は理解出来る。使う物質も精製出来る。そしてそれを組み上げる技術もある。

 だが、それを直ぐに使うだけの自信は無い。何度か実験を繰り返し、制御技術を確立しなければ実際の運用は不可能だ。」


 「新たに作る必要はありません。この世界にはかつて数度に渡って地上の生物を根絶出来る程の核爆弾があったのです。それを発掘して使います。」

 「融合か?それとも分裂か?」

 

 「分裂型です。融合は小型化する事が出来ませんでした。カラメル族が提供してくれる爆裂球の火薬は窒素系ですね。…核爆弾の爆発力を、俺達はその原料の重さで表現します。その規模はおよそ20ktから30kt。

このカップ5杯分の水の重さが1kg。その千倍をトンと言います。1ktは更にその千倍です。」


 「都市を丸々破壊出来るな。核爆弾の威力はおおよそ推定出来る。」

 グプタさんがお茶を飲みながら興味深そうに俺を見ている。


 「カラメル族に相談したいのは、俺達が歪みの除去に核兵器を使う事を了承して欲しいという事です。」

 「難しい話だな。…そこには2つの問題がある。1つは、お前達が歪みの除去以外に使わぬという保証がない。そして、万が一我等にその兵器が向けられた場合、…この星は無くなるぞ。」


 「ですから、事前に相談したかったのです。同じ星の住人としてね。」

 

 俺の言葉に、2人のカラメル人は驚いたような顔で俺を見た。

 「長老の託したキューブで、我等の事を知った上でそう言うのだな?」

 頷く俺を満足そうに見てグプタさんは席を立った。もう1人のカラメル人が慌てて席を立つ。

 

 「今回の話は長老達に伝える。結論が出るまで、それ程長くは掛かるまい。…そうだな、2週間は必要だろう。」

 「分かった。俺達は一旦王都に帰るけど。1週間程で戻って来る。」

 

 俺達が庭で見送る中、グプタ達はタトルーンに乗り込んで湖底に去って行った。

 「さて、どうなるかじゃの…。カラメル達もそれなりに考えておったようじゃ。」

 「消すか、それとも歪みが無視出来なくなった時に、この地を去るかの選択ですね。」

 「どちらも一長一短じゃな。直ぐに答えられるとは思えぬのう…。」

                ・

                ・


 俺達はその日の内に王都に帰ると、直ぐに王宮へと足を運ぶ。

 スマトル大戦の事後処理を相談する為に国王達が集まっているという事だ。その中にはテーバイのラミア女王まで来訪していると俺達を案内する近衛兵が言っていた。


 王宮内の奥まった部屋に、俺と姉貴はアテーナイ様と共に入る。

 直ぐに各国の国王達が座るテーブルに席が準備され、俺達は進められるままに

席に着く。


 「戦の概略は先程サーシャが説明して行った。今後は事後処理を考えねばならぬ。将来の連合国家を考える上ではテーバイも無視出来ぬ故、ラミア殿にもご足労願っている。

 直ぐにでも考えねばならないのは海岸地帯の都市や町の復興だ。まぁ、それは時間が掛かるやも知れぬが各国で何んとかなるであろう。

 最も、カリストは他国から援助をせねばなるまい。20万の敵の矢面に立ったのだ。その被害は軽くはない。

 その分担金の比率は先程の通りだ。改めて確認する事も無かろう。」

 「となれば、折角アキト殿も来たのだ。兵達の駐留について議論すべきだろう。」


 エントラムズ国王の話が終ると、アトレイム国王が次の話題を持ち出す。

 現在の軍備は結構偏っている。主力はエントラムズとモスレムだ。このまま兵力を維持するとなれば周辺国としても穏やかでは無いだろうな。


 「我等の提案は皆自国に有利になってしまう。此処はアキト殿の意見も聞くべきとなってな。良い案があれば聞きたいと思っていたのだ。」

 トリスタンさんも困り顔だな。


 「その前に、もう1つの危機がありますが、そっちはどのようにお考えですか?」

 「その話は、モスレムが対象だと考えて、他国には伝えていない。」

 トリスタンさんが俺達の顔を見て言った。


 「失態じゃな。隠すものでも無い…。いや、この場合それが他国に影響を与えるとは思わなかったというのか?」

 アテーナイ様がバンとテーブルを叩きながらトリスタンさんを睨む。


 「はて?…話が見えぬ。いったいどのような話なのだ。」

 サーミスト国王がトリスタンさんに問い質した。


 しぶしぶと言う感じで、トリスタンさんがノーランドとレイガル族の対立を話す。

 「あの灰色ガトルの毛皮はそんな経緯で入手されたのですね。とはいえ、確かに憂慮すべき課題ですね。」

 テーバイ女王がそう言って俺を見る。


 「南の脅威は去りましたが、引き続き北の脅威は残っているのです。ノーランドの国力は衰えましたが、それでもレイガル族と互角の戦をしているようです。問題は俺達がレイガル族の情報を持ち合わせていないという事にあります。

 バビロンの推定したレイガル族の人口は20万から50万。地下都市を作って生活をしているようです。

 レイガル族の身体機能はリザル族を凌ぐとリザル族の伝承にあるようです。

 現在アクトラス山脈にリザル族が部隊を展開して侵入監視を行なっていますから容易に攻め込めるとは思えませんが、将来に向けて何らかの手は打ったほうが良いでしょう。」

 「攻撃すべき…、という事か?」

 エントラムズ国王が面白そうな口調で俺に聞いて来た。


 「いや、止めておいた方が良いでしょう。得る物がありません。ただ、アクトラス山脈を越える事が無いようにしておけば良いと考えます。」

 「となると、山脈の麓に部隊を置かなければなるまい。リザルを越えるとなると厄介な相手だな。」

 

 「此処はサーシャ達に任せるか。ケイモスとボルスそれに、モンド君に駐留地と部隊数を割り振ってもらうことでどうだろうか?」

 トリスタンさんの提案に各国の王達が頷く。

 ちょっと、サーシャちゃん達が気の毒に思えてきたぞ。


 「そういえば我が国に港を作るとサーシャ殿が言っておった。それは、了承して貰えるのだな?」

 「まぁ、海軍を東西に作り、その中で安心を得られるのであれば賛成だ。これでアトレイムも大型の商船団を持てるだろう。」

 「それもある。西の海軍はアトレイムが作ろう。…それでだ。船員を今回の戦で増やした兵を使いたいのだが…。」

 

 何だかんだで、国王達は忙しそうだ。

 俺達は聞き役に回っているだけだが、国王達は次々と話題を替えながら戦後の処理を話し合っていった。


 そんな話が一段落付くと、アテーナイ様は席を立って部屋の外に待機していた近衛兵にお茶を手配する。

 部屋の中は俺達だけだから、まさか国王自らお茶を頼みに行く訳には行かないと思うぞ。

 

 お茶を飲み、パイプを楽しんでいると、国王達の顔が俺を見る。

 思わず、下を向きそうになってしまった。


 「婿殿。折角の機会じゃ。国王達が纏っている時に決める物があれば教えて欲しい。」

 そういう事か…。なら、簡単な奴が良いな。


 「せっかく皆さんが集まっているんですから。法律を考えて見ませんか?…それは、刑法と商法それに民法です。」

 「法と言うからには法律だな。刑法とは、罰を決める。商法とは商いに関わる法律。民法と言うのは…。」

 「民を治めるのに必要な決め事だ。」

 「そういう意味では我等の国にはそんな法律があるな。だが…なるほど、そういうことだな。」

 「アキト様は、国々で異なる法律を統一してはどうかと提案なされるのですか?」


 「簡単に言えばそうなります。将来の連合国家に向けた布石ですね。王子達も頑張っています。親達も模範を見せねばならないでしょう。」

 「確かに、カナトールの執政は中々だ。我々も何らかの成果を示さねばなるまい。」


 「刑罰は国によって異なる。罪を犯したものは罪が軽くなる国に逃れようとする。それがどの国でも刑罰が同じであれば…」

 「抑止に繋がるだろう。商いも同じだ。なるほど、各国の王達が集まっていれば、可能な話だ。だが、法律は難解だぞ。此処は、専門家を各国で出し合い、その結論をわれらで確認する事にしてはどうか?」

 

 またしても、話が弾み始めた。

 子供達の手前という事もあるんだろうな。それに連合王国の構想に参加した最初の国王として実績を積みたい気持ちもあるんだろう。


 「出来れば、私も参加したいと思います。法律家は出せませんが結論は知っておきたいと思います。」

 ラミアさんの願いも当たり前の事として聞き入れられる。


 「1つ例題を出したいと思います。

 俺達が住んでいた国には【サフロナ】はありませんでした。死病と言うものがあったんです。ある年老いた親が死病に掛かりました。毎日が苦しみの毎日です。その苦しむ姿を見て息子は親を殺しました。

 さて、この息子をどのように裁きますか?」


 「老人は放っておいても死ぬのだな。そして、毎日が、苦しむ姿を見ておればその息子の気持ちも判らなくも無い…。」

 「だが、生きている人間を殺すのは殺人だ。決して許されるものではない。」

 「難しい問題ですね。でも、アキト様がそれを例題として私達に出したという事は、アキト様の国の法律でどのように裁かれたかの結果はあるのですね。」


ラミアさんの言葉におれは頷いた。

「結果だけは、教えておきます。極刑に処せられました。」

「何だと!」

「待て待て、アキト殿はその理由を考えろ、と言っているのだ。我も、その刑には疑問が残る。これは、1度国の法律家と十分に話し合ったほうが良さそうだ。」


 そんな国王達と俺をアテーナイ様が微笑みながら見ている。

 ひょっとして、アテーナイ様はその理由が判ったのだろうか?


 「実に面白いのう。法律を整合させようという事は我にも理解出来る。じゃが、その整合を焦ってはならぬという事のようじゃ。我等には納得の行かぬ結果でもそれなりの法律で裁かれるとどうなるかを良く知っておく必要があるの。婿殿は極端な例でそれを教えてくれたようじゃ。」

 俺は、アテーナイ様に頭を下げた。


 

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