#428 大攻勢
タバコに火を点けようとジッポーをポケットから取り出した時だ。
「…始まったぞ。」
誰かの声に顔を上げて南を見た。
遠くにみえる赤い光は、浮遊機雷の攻撃で炎上する軍船なのだろうか…。段々とその勢いを増して東西に広がっているように見える。
「どれ、我等も準備に入ろうか。カチューシャの使用はリムに任せれば良いのじゃな?」
「リムちゃん。大丈夫?」
「うん。ミーア姉さんのようにはいかないけど、頑張ってみる!」
そんな返事をするリムちゃんをアテーナイ様が優しく見てる。
「俺も、自分の陣に向かう。…ミケラン行くぞ。サーシャ様が待っている筈だ。」
「アキトも頑張るにゃ!」
俺にそう言って2人がガルパスで西に向かう。
「さて、俺達も準備だ。…ラケス。森に近接して部隊を3段に配置しろ。ディー、陣の東の森に危険が無いかを確認してくれ。大森林地帯の生物が近寄っていると厄介だ。」
そう言って、タバコを焚火に投げ捨てて立ち上がる。
バジュラに歩き出したところで、ミーアちゃんが俺の所に駆け寄ってきた。
「大丈夫だよ。無理はしない。…ミーアちゃんも無理はしないでね。そしてリムちゃんとアルトさんを頼んだよ。」
心配そうに俺を見上げたミーアちゃんにそう言って頭をクシャクシャと撫でた。恥ずかしそうにイヤイヤと頭を振っていたが、次に俺を見た顔は何時ものミーアちゃんだ。そして俺に向かって大きく頷いた。
バジュラに跨りラケスの陣に向かう。
部隊は森から1M(150m)程離れた場所で東西に3段の隊列を組んで待機していた。
「機動戦という事で、柵から2M(300m)程離れております。総攻撃の合図で、1隊を柵に向かわせます。」
「それで良い。焚火のところで説明した通り、俺達の南が一番敵が多い。300では襲撃しても飲み込まれるのが落ちだ。俺達は此処で敵の突出を抑える事に専念すれば良い筈だ。」
そんな話をしていると、ディーが偵察から帰ってきた。
「この陣を基点に森を2kmの範囲で扇形に探索しました。ガトル級を越える生物及び植物性移動体は存在しません。虫は1kmを越える辺りから存在を確認しましたが、近寄る者はおりません。」
「了解だ。…ラケス、森は大人しそうだぞ。ディーがいるから森伝いに侵攻する部隊も分かる筈だ。
ディーは、左翼の端にいてくれ。集束爆裂球は俺達の状況を見て自由に使ってくれ。但し、レールガンの使用は3回までだ。それと、気化爆弾は使えるの?」
「気化爆弾の使用は可能です。前者の指示は了解しました。…万が一、敵が森を侵攻してきた場合はどのように連絡をすれば良いでしょうか?」
「これを使え。」
ラケスが2本の信号筒をディーに渡した。
2本の信号筒を腰のベルトに差し込むとディーは滑るように東に移動して行った。
「あの長剣を持たしてもらったが、我等トラ族の猛者でも振り下ろす事が出来ない物だ。もう1つのブーメランにしてもそうだった。ディー様だけで亀兵隊100人に匹敵すると、皆が言っている。」
ラケスがディーの背中を見て呟いた。
「俺でも無理だ。だが、普段は優しい娘なんだよ。」
俺の言葉に、ラケスが頷く。
「皆さんくっ付いて下さい!」
ガルパスに乗った魔道師達がやって来て俺達に【アクセラー】を掛けていく。
段々と俺も戦の高ぶった雰囲気に飲まれていくのが判る。
バジュラの槍掛けから旗を取り出して背中に着けようとしていると、ラケスが手伝ってくれた。
「この旗の言われは皆が知っている。亀兵隊の編成を行った時にこの旗を強請った部隊は数知れず…。だが、セリウス殿は頑として譲らなかった。
前に、我等の旗を強請ったのは、その旗印のような他の者が持たぬ物を頂きたかったのだが、この旗は少し違っていた。」
そう言って、自分の背中の旗を見る。そこには『誠』の一文字が書かれている。
「そのような、考え方が小さく思える旗だ。そして、全力で敵に向かえる気分がしてくる不思議な旗だ。」
「その文字は俺の国の文字だ。『まこと』と読む。…嘘、偽りの無い自分を示すものと思ってくれ。」
「確かに、その言葉通りの気分だ。この旗を背負った者に邪心無し、自分の限界を相手に示す事が出来るという事を皆に知らせておく。」
そんな事をしなくても、俺達の会話を聞いた亀兵隊達が隣同士で話し始めたぞ。直ぐに部隊中に伝わると思うな。
「そんな意味があったのね。私もアキトさんに作ってもらおうかしら…。」
振り返ると、カルートに乗ったイゾルデさんがニコニコしながら俺を見ていた。
「その背中の旗も中々ですよ!」
「そうかしら…。ちょっと物足りなく思ってたのよね。」
イゾルデさんの背中にある旗は自分の尾を噛むサンドワームだ。無限の記号に似ているんだけど、良く見たらサンドワームだった。いわれを聞いてみたらアトレイムの王家から持ってきた自分の紋章らしい。
紋章を持つ者は最初の紋章を生涯使い続けると、アテーナイ様が言っていたな。
「でも、アキトさんは自分の紋章を持っていると聞いたわ。義母様から優雅な花の紋章を見せて貰ったわよ。皆、不思議に思ってるわ。何故自分の紋章を旗にしないのかって?」
「昔の事です。あの紋章を背に戦った武将がいました。20倍を越す敵軍に切り込んで、全滅しています。あの紋章を乗り物に描いて敵軍に飛び込んだ兵達は2度と帰りませんでした。
すべて、祖国の為に絶望的な状況で起死回生を図った兵達です。
状況は今と余り相違が無いように思えますが、俺は全ての兵に生還を願っています。ですからあの紋章を旗に闘う事はありません。」
「不吉と言う訳では無いのね。その旗の通りに自分の全てを燃やし尽くす…。そんな意味があるのは以外だったわ。簡素で雅な紋章なんだけどね。」
「それにしても旗1つで、部隊の士気が変わると言うのも不思議だ。確かにこの旗で我等の士気は全く違うものになっている。」
「まぁ、それが軍旗と言うものでしょう。…それに士気を上げるという事では…ほら、聞こえて来ましたね。」
「あの歌ね。私達も覚えたわ。カルートを走らせながら歌うと丁度いい感じなのよね。」
そう言うと、イゾルデさんはソプラノで歌いながら自分の部隊に帰って行った。
「さて、あの歌が聞こえて来たという事は、そろそろ総攻撃が始まるぞ!」
「確かに、頃合だ。」
俺はラケスに頷くと、前列を率いて柵に向かう。
柵の東には、ディーが1人で立っていた。
柵に沿って亀兵隊を並べて爆裂球の投擲準備をさせる。俺は、ディーに様子を聞きに向かった。
「状況は?」
「周囲に変化はありません。ミズキ様とサーシャ様の通信を傍受しました。…増援の敵船団の焼き討ちは成功した模様です。数隻の多目的船と強襲船が東の砂浜に上陸したと言っていました。我等の潜水艇が遠巻きに南方海上に展開しているそうです。海に逃げる事は不可能と思われます。」
サーシャちゃんが待っていたのはこの時だな。第1段階が完了したという事になる。
南の空が先程よりも広い範囲で赤く見える。
姉貴の爆撃が始まってのだろう。それが終るまではサーシャちゃんの攻撃は始まらないという事だな。
「ミズキ様からの通信です。…爆撃終了、帰還する。以上です。」
いよいよか…。
一段と歌声が高くなる。ラケス達も歌っているようだ。
3km程西で3発の花火が上がった。
同時に西の一角に明る光状が東に伸びていく。
そして、数秒後に敵陣の広範囲に火炎が上がる。再び西に光状が走ったが先程のように一直線ではなく、今度は点線のように見える。
「初撃を放った大砲を移動しているようですね。」
点線に見えたのは、横切る者達が多数いたという事か。
確か、サーシャちゃんの総攻撃は西をカリストの東の城壁を利用するものだった。
そこまで、砲撃に合わせて一気に陣を変更する心算だな。
3撃目の砲撃はかなり敵陣に近いところで行なわれている。無反動砲部隊を使ったのだろう。4撃目の光状は最初よりも遥かに南に下がっている。
東西に並んだ各部隊の前方に光球が沢山放たれた。
5撃目の砲撃は敵陣の北の縁を狙って火炎弾が使われた。おかげで前進を始めた敵軍を見ることが出来る。
双眼鏡の視野には、獣はいない。槍兵を主体にした陣形でゆっくりと北上している。
俺達との距離は1.2kmはある。あと30分程度で始まりそうだ。
「ディー、集束爆裂球の数は?」
「急造品を3個です。1個は火炎弾です。」
「敵が200mに迫ったら、その火炎弾を投げてくれ。敵の姿がはっきりと判る筈だ。」
そう言って、タバコを取り出す。さてどの辺から突撃してくるだろう?
大砲の着弾点が広範囲に拡散してきた。それでも火炎弾のおかげで前進してきた位置が大まかに判別できる。
突出した部隊は無く、何時の間にか敵軍は、森側の膨らんだ陣形から正三角形に近い陣形に変えている。まだまだ士気は高いようだ。侮れないぞ。
砲撃が途絶えた。
歌声だけがヤケに大きく聞こえてくる。
次の砲撃は今までよりも後方から行なわれた。
クローネさん、大砲を全て葡萄弾に変更したな。後方からの砲撃は無反動砲を使っているのだろう。
「…距離、400です。進軍速度に変化なし。」
火炎弾の炸裂で1分程度周囲が燃える。その明かりで接近してくる敵が黒い粒のように見えてきた。
ディーが集束爆裂球の革袋を結んだ太い革紐を持って前方を見る。
「距離、300m。進軍速度変化なし。」
敵軍の後方で砲弾が炸裂する。あの位置で炸裂するという事は…、ケイモスさんの部隊がカリストの港の東端にまで侵出したという事だな。
「距離220m…210。投擲します!」
砲丸投げのような形でディーが集束爆裂球を投擲する。
前進していた敵軍の先端付近で大きく炸裂すると、敵兵が吹き飛ばされて周囲に火災が広がる。
ウオオォォー!!と言う蛮声を上げて敵兵が突っ込んでくる。
最初の柵を乗り越え空掘に差し掛かった時、信号筒を握った腕を高く掲げ上空に大きな火炎と炸裂音を轟かせる。
たちまち亀兵隊が投石具で爆裂球を投げると、後ろに退き、2列目に替わる。
西を見るとあちこちの部隊が爆裂球を放っているようだ。
近くは投石具、遠方は無反動砲で爆裂球が放たれる。
ディーはその中間地帯を狙って集束爆裂球を放った。
亀兵隊の持つ爆裂球は5個。3段に構えた隊列が3個ずつ使ったところで、次は長弓による攻撃を開始する。
12本入れた矢筒を2つ持っているから、後ろに下がった位置から一斉に矢を放つ。
俺は亀兵隊と柵の中間にバジュラを進めてショットガンを手に柵を乗り越えようとする敵兵に散弾を放っていった。
ディーも長剣とブーメランを手に持って1人ずつ確実に敵を狩っていく。
爆裂球付きの矢が放たれると、次の列が矢を放ち始める。
段々と柵に取り付く敵兵の数が増した時、50m程先に広範囲で爆裂球が炸裂する。
あの広がりは、ミーアちゃんの多連装砲だな。
ちょっと、敵軍の突撃が停滞したぞ。
急いで、銃に弾丸を装填しながら西を見ると、大砲をつるべ撃ちし始めた。
100門の大砲が順に撃っているから、しばらく発射音が連続して聞こえてくる。
あれで、大砲の前方500mは制圧された筈だ。
「装甲車20台が、港を抜けてカリストの東に移動したそうです。」
「という事は、更にこっちに敵が向かってくるな。…前列、槍を構えろ。中列、矢で攻撃。後列は爆裂球付きの矢で敵を牽制だ!」
たちまち、亀兵隊がガルパスを下りて、槍を持って集まってくる。
俺もショットガンをケースに収めると、薙刀を持ってその中に入った。
ディーがレールガンを水平に発射する。南南西に向けて発射された弾丸の衝撃波にかなりの敵兵が吹き飛んでいく。
そして、一段となって敵兵が俺達の前に迫ってきた。
後列の亀兵隊が爆裂球付きの矢を放った後に、爆裂球を投擲する。
柵の30m程先に横一列に爆裂球が炸裂すると敵兵の突撃がしばし無くなる。とは言えそれも数瞬の間だ。直ぐにタグの群れのように押し寄せてくる。
突然、右側が真昼のように輝いた。続いてドロドロと連続した爆裂球の炸裂音が聞こえて来る。
満を持してリムちゃんがカチューシャを使ったようだ。
威力の程は此処からでは判らないけど、広範囲に敵を倒した事は確かだと思う。
次々に柵を乗り越える敵兵目掛けて薙刀を振るう。
そんな中、今度は目の前に炎が炸裂した。イゾルデさんの部隊が砲弾を投げてくれたようだ。
「下がってください!」
10人程の砲兵隊が俺達の前に現れると、横に並び大砲を発射する。
葡萄弾が前方の敵兵をなぎ倒していく。そんな光景を見ずに砲兵隊は引き上げて行った。
それでも後続の敵兵がすぐに仲間の屍を踏み越えて俺達に向かってきた。
「休憩してください。少しの間は持ちこたえます!」
そう言って突撃しようと迫ってきた敵兵にミーアちゃんの部隊が多連装砲の一斉射撃を浴びせて行く。
「ラケス。10分で補給しろ。ミーアちゃん10分持ちこたえてくれ!」
200D程後ろに下がって全員が爆裂球と矢をバッグから補給しだした。俺は大鎧を脱ぎ捨てると、革の上下に山岳猟兵の帽子を被る。グルカと刀を背中に差すと、バジュラを置いて急いで柵に戻っていく。
確か、こうだったよな…。
武器を手にして気を高め、体の隅々まで気を通していく。そして腕を上げると…、腕が2つに別れていく。
俺を中心に周り風景が全て把握出来る。吃驚して俺を見ているミーアちゃんの姿まで見る事が出来た。
「お兄ちゃん、その姿は…。」
「俺の究極の戦闘体形だ。敵には魔物に見えるだろうが、何時もの俺だよ。カラメルの長老に教えて貰ったんだ。」
ミーアちゃんはカラメルという事で納得したみたいだな。周囲の亀兵隊も同じような表情をしている。
そして、俺とディーの狩りが始まった。
俺達2人に近付ける敵兵はいるが、長剣の一太刀、槍の一突きを浴びせられる者はいない。近づく者全てを俺達は刈り取っていく。