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#424 攻撃と迎撃

 


 「中々動かぬな。」

 「士気も低下している筈ですし、ひょっとして上級士官が朝方の爆撃で負傷したのかも…。」

 何時の間にか、アテーナイ様とイゾルデさんがミーアちゃん達がいる焚火に集まっていた。

 リムちゃんも、もう直ぐやって来るとアテーナイ様が言っていたけど、幾ら敵に動きが無いといってもこんなんで良いのだろうか?


 「敵は、東に膨らんでいます。砲兵部隊の東約20kmは味方は皆無です。」

 「敵が大きく動いて、森側から強行突破するなら我等の陣を抜けるという事じゃな…。困った事に予備兵力がおらぬ。」

 偵察から帰って来たリムちゃんの報告を聞いてアテーナイ様が呟いた。

 

 「サーシャは何と言っている?」

 「予備兵力を向かわせると、今朝方の通信で言っておりました。サーシャ様は現在ミケラン様と合流しています。」

 

 「どこから派遣するのじゃ?」

 「たぶん、王都からでしょう。これを見てください。」

 姉貴が地面に地図を広げて座り込む。


 「モスレム王都の軍をサーミストの王都に移動します。そうすればサーミストの守備兵をこちらに移動出来ます。」

 「直接、モスレム守備隊を移動させた方が良かったのではないか?」

 「兵の疲労を考えたんでしょう。それに、移動する兵は民兵ですから、サーミスト王国としても、他国の正規兵を王都内に入れたことにはならないと思います。」


 「そんなしがらみを気にする時では無いと思うのじゃが…気にする者はおるか…。残念な事じゃ。」

 「問題はサーミスト民兵部隊を指揮するのが誰か?という事ですね。」

 イゾルデさんが、部下が運んできたお茶のカップを受取りながら姉貴に言った。

 「おおよその見当は付いていますが、怪我でもされたら困ります。出来れば、この場を任せて、私達全員が東に向かった方が効果的です。」


 「後方に荷馬車の隊列が近付いて来ました。馬が3頭、こちらに向かって来ます。」

 「どうやら、間に合ったようね。荷馬車を移動手段にしているなら部隊展開は速いわ。」


 と、そんな事を姉貴達が話していると、カツカツと靴音を響かせて何人かが俺達の所に近づいてくる。

 「お早うございます!」

 そう言って俺達の所にやってきたのは、イゾルデさんの言うとおりモンド君と王宮で会った老将軍とローザさんだった。

 老将軍はまだしも、モンド君とローザさんは大丈夫なのか?


 「弓兵を100人。民兵を1,500人率いて来ました。大砲も5門曳いてきましたよ。」

 「ありがたい話じゃ。ならば、ここを守って貰おうかの。我等は東が気になる故、全員で東に移動したいと思っておったのじゃ。じゃが、そうなると、この場所を抜かれる可能性が出てくる。渡りに船じゃよ。」


 「しかし、直ぐ右に正規兵が3千もおります。この場所を目指すでしょうか?」

 「もう直ぐ、ただの略奪部隊に変わる。指揮や統制が利かぬ状況になる。奴等の狙いはカリストの食料じゃ。」


 「干したのですか?」

 老将軍の問いに、アテーナイ様が頷いた。

 「よくも、そんな戦が出来たものです。相手の10倍の戦力差があれば、可能と考えますが…、今回の場合は10倍以上の敵を相手にしておる筈です。」

 呆れた口調で老将軍が呟いた。


 「まぁ、稀代の軍師が3人も揃っておるし、一騎当千のつわものも多い。今回は、可能だったのじゃよ。」

 「判りました。それなら、通常の敵軍と思わずただの賊と見て戦う事になるのでしょうなぁ。…賊を通さず殲滅せよ。という事になるのですな。」

 

 「そうなる。大砲には葡萄弾を装填して準備するが良い。」

 アテーナイ様の言葉に老将軍は頭を下げる。

 

 「爆裂球は持っているよね?」

 「全員3個持たせました。弓兵が爆裂球付きの矢を4本背負ってます。」

 「大軍ならば、3段に構えて投げるんだ。それで少しは突撃を食い止められる。」

 俺の言葉に、モンド君が頷く。


 そこに、通信兵が駆けて来た。

 「サーシャ様から連絡です。亀兵隊500をこちらに回す、と言っています。」

 「ふむ…。なら、この場に200を置いておく。正規兵との間を上手く塞いでくれるじゃろう。亀兵隊は機動弓兵じゃ。亀兵隊の指揮官と通信兵を傍に置いて、連携を取らせれば早々抜かれる事はないじゃろう。」


 亀兵隊300か…。ラケスが200とミーアちゃんが300。それにリムちゃんが200は率いている。亀兵隊1000人とイゾルデさんのカルート兵が100人いるなら十分な働きが出来そうだ。


 1時間もたたぬ内に2人の亀兵隊の士官が俺達の所にやってきた。

 「東を守れと指示を受けてまいりました。」

 「ご苦労。ここに200残して、モンドの指揮下に入るのじゃ。残り300は我の指揮下とする。そして、我等と共に正規兵の東を守る。ここから、20M(3km)東の地じゃが、たぶん一番の激戦地になるじゃろう。矢と爆裂球は持っておるな。」


 「補給して来ました。矢は3回戦分。爆裂球は各自6個を持っております。」

 仕官の言葉にアテーナイ様が笑みを浮かべて頷く。

 

 「さて、移動しましょう。各部隊とも通信機と通信兵は確保してるよね。」

 姉貴が全員を見回して確認する。

 皆、頷いているところをみると、問題はなさそうだな。


 俺達は、後をモンド君達に託して東へと急ぐ。

 正規兵3千は前列を槍部隊で固め。後列を弓で固めている。その前に50門の大砲が並んでいる。あれなら、早々破られる事は無さそうだ。

 そして、正規兵部隊が切れた所が俺達の戦場になる。


 前方には2つの柵と空掘1つが先程と同じように東の森へと続いていた。

 土地は荒地で低い潅木が所々に生えている。

 姉貴はそんな潅木の1つに俺達を集めた。


 「良いですか。敵は圧倒的な数です。そして、東からどんどんと膨らんできています。現在、薄い布陣ではありますが、カリストから東に20M(3km)程度まで私達は戦力を投入しています。

 このまま行けば、東から順次戦力をサーシャちゃんが回してくれる筈です。その戦力展開の時間を稼ぐ事が私達の任務になります。」


 「殲滅を目指すのではなく、時間を稼げという事じゃな。」

 「そうです。こちらに向かう敵軍の方向を変えたいのですが、それをこの人数で行なうのは難しいと思います。」

 

 「具体的な配置は?」

 「右から、アテーナイ様、リムちゃん、ミーアちゃん。そして一番東がアキトです。私は、ミーアちゃんと一緒に、ディーはミーアちゃんをお願い。最後に、イゾルデさんは、後ろから必要な部隊の加勢と、アキトの左を抜けるような部隊があれば対応してください。」

 「火消しって訳ね。大丈夫よ。」

 カルートで救援ってどんな感じなんだろうな。嬉しそうなイゾルデさんを見ながらそう思う。

 

 「了解じゃ。では、我から布陣する。我の陣が出来たら、リムが布陣するのじゃ。」

 そうリムちゃんに言い聞かせてアテーナイ様が正規軍と20m程の距離を取って亀兵隊を2段に布陣する。大体横に200m位だな。

 その左に今度はリムちゃんが布陣する。まぁ、ディーが一緒だから安心だな。

 ミーアちゃんと姉貴が布陣し、最後に俺が布陣する。

 俺の左20km程の所に大森林地帯に繋がる森がある。その手前まで柵が続いているから、俺達を東から攻撃するにも少し時間が掛かるだろう。

 

 「ここが我等の戦場ですか?」

 「あぁ、東も担当する事荷なりそうだな。」

 「なら、少し東に地雷を仕掛けておきます。少し余分に爆裂球を仕入れて来ました。」

 ラケスは俺のそう言うと、1小隊を差し向ける。仕掛けた場所は俺達から数百m東の空掘周辺だ。中々良い場所に仕掛けたと思う。

 その間に亀兵隊達が盾を並べて盾同士を横木で連結し始めた。高さは1.2m位だが飛び越えるのは無理だ。

 そして、数枚の盾を組み合わせてお立ち台のような監視櫓を作る。

 その近くにバジュラを止めると、通信兵を連れて監視兵のところに歩いて行く。

 「どうだ。敵軍に変化はあるか?」

 「大きな変化はありませんが、だいぶ東へと膨らんできましたね。まだ我等の正面には達しませんが…時間の問題ですね。」


 更に東へ膨らむと面倒だな…。

 「通信兵、砲兵部隊に連絡だ。…敵の東を牽制してくれ。以上だ。」

 

 しばらくすると、敵軍の東に数発の砲弾が炸裂した。間をおいて再度炸裂する。

 「どうだ。変化はあったか?」

 「東に膨らんだ敵軍が南に後退しています。」

 「通信兵、砲兵部隊に連絡。東の牽制終了。以上だ。」

 

 そんな遣り取りをしている所に、ラケスとイゾルデさんがやって来る。

 「敵軍の東の外れに、砲弾が炸裂したが?」

 「ちょっとした牽制だ。だいぶ東に膨らんできている。この段階で、余り東に膨らむのは拙い。」

 「確かに、少し下がったわね。でも、どんどん脹れるわよ。」

 

 そうなんだよな。遠くに聞こえる炸裂音は注意しなければ分からない程だが、依然連続して聞こえる。まだまだ西の戦は続いているという事は、東に避難してくる部隊が更にいるという事だよな。

 

 中断していたクローネさんの砲兵部隊が発砲を始める。最大射程で放たれた砲弾が敵軍を南に後退させている。

 「約8M(1.2km)は離れたな。…ほんとにここが戦場になるのか?」

 「間違いなく…。ただ、今の状態で突撃して来ないなら、今夜が正念場です。」

 

 ラケスの呟きに俺が答える。

 昼なら、容易に状況が判る。しかし、夜ならと敵軍は考えているはずだ。西の敵軍も簡単に東へは移動してこない所を見ると、さぞや壮絶な戦をしているに違いない。

 サーシャちゃん達の攻撃軍はカリストと俺達を東と後ろの備えに利用しているから、本来ならば昼間に東の部隊を大きくカリストを半時計方向に移動させて背後を突く事も考えられたが、現状でその動きが無い所をみると、やはり深夜の攻撃と考えた方が良さそうだ。


 「夜戦になるんだったら、今の内に交替で兵を休ませましょう。」

 まだ日は高い。俺達はイゾルデさんの提案に従い兵を休ませる事にした。

                ・

                ・

 

 目を覚ますと薄暗い空だ。3時間程寝てしまったらしい。

 急いでバジュラの傍らから身を起こすと、お立ち台に向かった。

 「どうだ?」

 「余り敵軍が見えなくなりました。膨らんではいましたが、たまに火炎弾の攻撃で見える敵軍の位置に大きな変化はありません。」

 「西の敵軍との戦闘は膠着状態です。敵軍が築いた砦が意外と持ち堪えている。と連絡がありました。」

 

 そう、通信兵が答えてくれた。

 これは、敵の士気もそれなりにあるという事だ。

 「敵軍に明かりは見えるか?」

 「敵軍の中の、あちこちで焚火が焚かれています。」


 少なくとも、今夜の夕食はあるという事だな。たぶん、明日の朝食はカリストで…と言いながら士官達が兵隊を鼓舞しているのだろう。

 どうぞ。と渡されたサレパルとお茶を、その場で食べながら南の敵軍を眺める。

 

 「ミーア様の部隊から発光信号です。…敵の総数約8万。現在、北側から部隊の編成を継続中。以上です。」

 お立ち台に上がっていたもう1人の観測兵が教えてくれた。


 8万の部隊編成はそれなりに時間が掛かるだろう。

 クローネさんの砲撃は散発的だが、敵軍に間違いなく降り注いでいる。そんな中で攻撃部隊を編成している以上、普段よりも数倍は掛かると見て間違いない。

 

 「通信兵、ラケスとイゾルデさんに連絡だ。今夜来る。時間は未定だが、今の内にお茶とパイプを済ませておけ。以上だ。」

 通信兵の1人が俺達の部隊に走って行った。


 そんな中、亀兵隊のガルパスに乗った魔道師が10人程やって来た。

 「【アクセラ】を掛けます。1箇所に集まってください。」

 俺達が、お立ち台に集まった所を纏めて魔法を掛けてくれた。

 そして、亀兵隊のあつまっている場所へと駆けて行く。


 「【ブースト】が出来れば戦の前に掛けておけ。相手は大軍だ無駄にはならん。」

 【ブースト】の困った特性に、掛けた本人にしか効果が無いという事がある。まぁ、これだけの人数だ。2割位【ブースト】持ちがいるだろう。


 「アキト殿はまだ鎧を着ないのですか?」

 確かに鎧の効果は認めるけど、動きが制限されるんだよね。

 「俺のは重いんだ。ガルパスから下りたら、良い餌になってしまう。これで良いよ。戦闘工兵用に厚い皮の裏地がある。」

 そう言って、バッグから帽子を取り出した。どんな帽子でも被っていればそれなりの効果がある。これは余り見た者がいないはずだ。山岳猟兵用の帽子だから…。


 魔道師達が帰って行きながら、柵の南に光球を放っていく。100m程の間隔で地上10m位の所に留まっている。柵からの距離は150m位だ。これならクロスボーをメクラ撃ちしなくても良さそう

だ。


 「本部より連絡です。カリスト西の敵軍が夜間攻撃を開始。現在応戦中。以上です。」

 「東の部隊全てに連絡。西の攻勢が始まった。こちらも始まるぞ。以上だ。」

 通信が重複しても構わない。これから大戦が始まるのだ。

 「通信兵、ガルパスに乗っていろ。そして何時でもバジュラの傍にいろ。良いな。」


 さて、ガルパス戦なら…と、ショットガンを取り出す。一時殆ど弾丸を使い果たしたけど、あれから少し集めといたからね。夜間戦闘にはこれが一番良い。

 装弾数を確認して、鞍の右にあるガンケースに入れる。そして、ポケットに弾丸を入れて、腰のバッグの袋の上に爆裂球を3個程取り出しやすいように載せておく。

 薙刀はそのままバジュラに載せてあるから俺の準備は終ったな。


 「リム様の部隊から発光信号です。敵前進開始。繰り返しています。」

 「よし、俺達も部隊に戻る。ここも引き払って、原隊に合流しろ。」

 お立ち台の監視兵にそう伝えると、通信兵を伴なってセリウスさんから預かった襲撃部隊に向かった。

 

 「敵が移動を開始した。真っ直ぐこちらに向かって来る。…覚悟を決めろよ。乱戦になるぞ。」

 オオォー!っと言う声が暗闇に木霊した。

 数人の亀兵隊が柵を乗り越え、魔道師の放った光球よりも遠くに光球を放っていく。

 距離は200m程先だ。これで最初の柵に近付く敵兵まで見る事ができる。

 

 遠くから歌声が流れてくる。

 ロシア語か…歌ってるのは姉貴だな。そして、近くでその歌に加わったのはディーだろう。

 戦場で歌うと言う習慣はこの世界では無いようだ。

 俺の周囲の亀兵隊達も、その歌を聴きながらハミングしている。曲は意外と単純だからな…。


 「アキト殿。歌われているのはミズキ殿と思いますが、一体、何を歌われているのですか?」

 「あぁ、あれは若い恋人が戦場の彼を思う歌だよ。軍歌ではないんだけどね…。でも緊張は和らぐだろう?」

 「確かに…。後で、教えてもらいましょう。」

 難しい発音を真似て歌うものが増えてきたぞ。これが、この世界の軍歌の初まりになるとは、この時にはまだ思っていなかった。

 


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[気になる点] 「具体的な配置は?」  「右から、アテーナイ様、リムちゃん、ミーアちゃん。そして一番東がアキトです。私は、ミーアちゃんと一緒に、ディーはミーアちゃんをお願い。 ※配置用で 私は、…
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