#422 大攻勢の準備
大森林地帯の木立ちすれすれにイオンクラフトは南を目指す。
そして、軽い浮遊感を味わった時、俺達は海上に出た。
「準備は良いな?」
俺の言葉に、ラケスが頷いた。荷台の後ろに集束爆裂球を置いて、俺達は荷台に寝転んでいる。
投下!の合図で爆裂球を両足で蹴飛ばして投下する。爆裂球の紐は足に結んでおいたから、このまま蹴飛ばせば良い訳だ。
俺達の後ろには、次の集束爆裂球を2人が押さえている。俺達が蹴飛ばしたら直ぐに次を落とす手順だ。
「地上40mを時速70で飛行します。投下のカウントダウンは5秒前から合図します。」
ディーが大きな声で俺達に伝えてくれる。
イゾルデさんは操縦席の外に弾丸を紐で吊っている。起爆用の紐は別に結んでいたから、合図と共に弾丸を吊るした紐をナイフで切る心算のようだ。
何か、爆撃の初期を見ているような気がしてきた。最初の爆撃は大砲の弾を飛行機から落としたって聞いた事がある。
「旋回します。」
ゆっくりとイオンクラフトは洋上を旋回しているようだ。あまり横Gが掛からないから、相当大きな半円を描いて旋回しているのだろう。
「敵部隊まで後10km…5km。カウント…5、4、3、2、1、投下!」
ディーの声に合わせて俺達は両足で集束爆裂球を蹴り飛ばした。
直ぐに運ばれてきた爆裂球を同じように蹴り飛ばす。
背後で大きな炸裂が続けざまに起きる。
「残った爆裂球を投げろ。周囲は全て敵兵だ!」
俺が声を上げる前に、爆裂球が投げられる。2人のトラ族の男が荷台で砲弾を振り回して離れた場所に投げている。
持ってきた爆裂球を全て投げた後は、爆裂球付きの矢を放ち始めた。
矢を2度撃った時、俺達は敵陣を離れ一路作戦本部へと飛んで行った。
本部の天幕を少し離れた場所にイオンクラフトを着地させると、ラケス達を労って俺達は作戦本部に出頭する。
作戦本部には姉貴達が揃っていた。ミーアちゃんも一仕事を終えて帰って来たみたいだな。
「作戦終了。但し与えた被害程度は不明!」
サーシャちゃんの前で報告を終えると自分の席に着く。
「ご苦労じゃった。ミズキの話ではかなりの損害を与えていると聞いたぞ。たまには脅かすのも良い。奴らも眠れなくなるじゃろう。」
「アキト、夕方までここをお願い出来る?」
「ここで休んでるよ。確か戦線は膠着状態なんだよね。」
俺の言葉に姉貴が頷く。
たぶん、一眠りしたいんだな。サーシャちゃんの目にクマが出来てるから、ゆっくり休むと良い。俺がいれば安心出来るなら、この場にいてあげる。
皆が引き上げて俺とディーの2人になってしまった。
とりあえず、作戦地図を見て状況を確認する。
空堀と柵を使ってケイモスさんが6千の正規軍をカリストの西に展開している。その後ろには、セリウスさんが3千の亀兵隊で様子を伺っている。砲兵部隊が4つ展開しているから、確かにこれでは膠着状態になるな。
東は4千の正規軍と2千の亀兵隊か…。こっちはミケランさんとクローネさんが指揮しているみたいだ。
リムちゃんも東にいるぞ。亀兵隊300を指揮している。
アルトさんが隣にいるから、連携して行動すれば危ない事はないだろう。
本部付きの従兵が俺達に朝食を運んでくれた。
のんびりとサレパルを食べていると、天幕が開いてクローネさんとリムちゃんが入って来た。
「あにゃ。アキトにゃ!」
「お兄ちゃん、来てくれたんだ!」
誰もいない作戦本部を訝る様子も無く、俺の所にやって来る。
「今起きたところにゃ。…今日の作戦を聞きたかったにゃ。」
従兵が運んできた食事を取りながらクローネさんが言った。
「俺は、何も聞いていないけど、何時もはどうしてるの?」
「10時にサイコロを振って砲撃時間を決めるにゃ。そしてもう一度振って砲撃部隊を決めるにゃ。」
何かアバウトな砲撃だな。たぶん定時の砲撃を避けるためだろうけど、そんなんで良いんだろうか?…1、3、5で1部隊。2、4、6で2部隊が砲撃とはね。
「クローネさん達は東側だよね。西の砲兵部隊もそんな感じなの?」
「あっちは、セリウス様とケイモス様がチェスの勝負が付いた時にゃ。セリウス様が勝つと1部隊。ケイモス様が勝つと2部隊にゃ。」
頭が痛くなるような戦をしてるな。
それだと、何時砲弾が飛んでくるか全く予想も付かないぞ。確かに効果はありそうな気がするけど、ちょっと違うような気がするのは俺だけか?
「まぁ、とりあえずは何時も通りで良いよ。」
疲れた声で2人に言うと、2人は作戦地図を眺めている。
ここに来た目的は現状の確認もあるのだろう。全体が見えなければ、作戦の立てようも無いからな。その辺はしっかり姉貴が教育したようだ。
「だいぶ、大蝙蝠が減ってるにゃ。」
「部隊を移動しましょうか?」
「にゃら、ここにゃ。」
2人で部隊移動の手筈を話し合い始めたぞ。それって、作戦本部の仕事じゃないのか?
どれどれと俺も席を立って2人が指差した場所を見た。
何んと、大森林地帯の森の直ぐ脇になる。確かに、場所は良い。そこなら右側面を伺う形で攻め入る敵部隊はアルトさんの良い獲物になりそうだ。
「もし、こっちから攻められたらどうするんだい?」
「観測兵をここと、ここに配置するにゃ。敵の接近があれば後ろに逃げるにゃ。」
大森林地帯の森付近と正規兵の前に観測兵を配置するのか…。観測兵は偵察兵を兼ねるから、確かに逃げる事は出来るな。
「だけど、俺は許可の権限を持ってないぞ。」
「私達が持ってるにゃ。この範囲ならば移動は自由にゃ。」
そう言って、カリストの北西部一帯をぐるりと指で示した。
「戦線が動かない内は、それで良いと言ってたにゃ。」
そう言って、クローネさんとリムちゃんは天幕を出て行った。
「ディー、クローネさん達の部隊変更位置周辺を探索してくれ。何か簡単に変更してるけど、ちょっと心配だ。」
「了解です。特に大森林地帯を確認してきます。」
俺の依頼を快く引き受けてくれた。
ディーが天幕を出て行くと、俺1人がテーブルに付いた状態になる。
そんな所に、アルトさんが天幕を訪れた。その後ろから来たのはセリウスさんだ。
「何だ、まだ揃っていないのか?」
「のんびりした戦じゃな。確かに夜は爆裂球が降ってくるが、テーバイ戦より少ないぞ。」
たぶん戦線が膠着状態にあるのと、スマトル軍がカリストを攻めあぐねているせいだと思うな。
士気の低下は相当なものだと思うが、諦めるという事は無いだろう。
いまだに、輸送船を編成して戦力を増強している。やはり、この時代の覇王を目指しているのだろうか。
俺の近くの席に2人が座ると、従兵がお茶を持ってやってきた。
「さっき、リムちゃんとクローネさんが来たんだけどね。砲兵隊の位置を変更すると言っていたぞ。そして、サイコロで砲撃の時間と発射する大砲を決めているような事を言っていた。」
「それは、サーシャ様の作戦だ。同じ時間に撃つな。撃つ数は変化させよ。と言っておられた。さて、どうしたものかと悩んでいた時にアテーナイ様が出した案がそれだ。俺は毎日、ケイモスとチェスをしている。」
まぁ、悩むよりは良いかもしれない。
「そうか…。場所を移したか。俺も少し変更してみよう。」
そんな事を呟きながら作戦地図をセリウスさんが眺めだした。
「アルトさん。リムちゃん達はここに位置すると言っていましたから、右が開きます。もし敵が攻めてきたら…。」
「分かっておる。この圏内は、昼は我が目を光らせておるし、夜はミーアが出張るはずじゃ。中々良い場所に兵を配置したと思うぞ。」
アルトさんは肯定的だな。まぁ、俺の心配もディーが解決してくれるだろう。
そして、帰って来たディーが森に敵兵がいないことを報告してくれた。
これで少し安心できる。俺は、テーブルの端で少し眠る事にした。
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2日おきに、イオンクラフトで敵軍を爆撃するのも何となく恒例行事のようになってきた。
それでも数回の爆撃で大蝙蝠の集結地は西も含めて多大な損害を与える事が出来た。夜間爆撃の回数が激減したと姉貴が喜んでたぞ。
そして、半月程経った時。戦線が動き出す。
「完成したのじゃ。10台じゃが、これで敵の装甲車を打ち破る事が可能じゃ。」
サーシャちゃんが俺達を前に、変わった装甲車を披露した。
荷車に板を張った所はスマトルの装甲車と同じだが、更にその上に薄い鉄板を張っている。そして、前方に2つの開口部があり、大砲が据え付けられていた。
荷車の後方部分には装甲は無いが、矢を防げるように屋根を後ろにスライド出来るようだ。
荷台には3人が乗って2人が大砲を操作する。もう1人は指揮を執るようだ。そして、後ろの梶棒を6人が押す事により装甲車を動かす事が出来る。
機動力は亀兵隊の持つ大砲に劣るが、固定砲台としては十分に機能する。
「後10台作らせておる。これを並べれば敵の反撃を食っても退却する必要はあるまい。」
そう言って得意そうに話してくれた。
これに戦闘工兵を随伴させたら、直ぐに前進陣地を作れそうだ。
「何枚か盾を持たせたら陣地が出来そうね。」
「うむ。その辺は抜かりない。…ここに4枚収納出来るのじゃ。」
最初から移動要塞として使えるようにしているのか。中々の発想だ。
そして、10日も過ぎた頃に残りの装甲車がやってきた。ケイモスさんの所から正規兵を引き抜いて装甲車の訓練を3日行なったところで、サーシャちゃんの大号令が出た。
「反撃じゃ!」
その言葉に全員がサーシャちゃんを注目する。
「テーバイからの知らせでは、敵の輸送船団の2つを壊滅したそうじゃ。敵に補給が来ない今は絶好の機会となる。
今夜より、反撃の準備を開始する。
先ずは、この部隊を砲撃で叩くのじゃ。
クローネは部隊をこの位置に移動。30門に葡萄弾を装填して、残り20門で攻撃。
その攻撃の隙を付いて、リムがカリストに物資を補給。たっぷりと爆裂球を補給するのじゃ。
正規兵はクローネの防御に徹する。杭を打ち、ロープを張り巡らせるのじゃ。ボルトはたっぷりと持たせる事。そして、東は…。」
装甲車を前面にして正規軍を前進する。その援護を50門の砲撃で行なう。セリウスさんの部隊は大きく右に迂回して、正規軍の横への攻撃を牽制する。
そして、大砲100門を前進させる。100門の一斉射撃を行なう隙に、残りの50門を移動させる。
「最後にアキトには敵の背後の爆撃をしてもらう。火炎弾と榴弾を20個ずつ持って行き、この位置から爆撃するのじゃ。」
サーシャちゃんがボルトで示した位置はカリストの南西部だ。
「南北方向に移動しながら、カリスト方向に誘導できれば良いのじゃが…。」
中々微妙な爆撃を要求されるな。20個じゃ足りない気がするぞ。
「我は何をするのじゃ?」
「アルト姉様はここじゃ。」
そう言って、ボルトの先が示した場所はセリウスさんの部隊の更に南側だ。
「アキトが残していった敵兵をカリストに追い払って貰いたい。」
サーシャちゃんの言葉を聞くと、アルトさんの口元がニヤリとする。
これって、モスレム王国の王族の癖なんだろうか?
「最初はセリウスの最右翼で良いな。アキトの爆撃と同時に展開する。」
サーシャちゃんが嬉しそうに頷く。
「ミーアにはクローネの後ろで待機して欲しい。クローネの防備は正規兵千人じゃ。この作戦が上手く行けばとんでもない数の敵兵がクローネの部隊に襲い掛かる。」
「あれを使うんですね。了解です。」
「となれば、我とイゾルデはミーアと一緒で良いじゃろう。我のシルバースターも元気じゃし、イゾルデのクリストファーも引けを取らぬ機動力がある。」
イゾルデさんがうんうんと頷いている。
あの、カルートに名前を付けたのか?…それでもイゾルデさんの部隊は確か100人だったから、ミーアちゃんも心強いだろう。