#419 次の戦場へ
西の敵が背走した次の日。
アルトさんは襲撃部隊と戦闘工兵を率いて背走した敵兵の追撃に出発した。
「200M(30km)も退ければ十分じゃろう。」
そんな事を言って250亀と共に西に向かって砂煙を上げて行く。
「さて、俺達も残件を片付けなくてはな。」
「少し準備が要ります。もう少し待って下さい。」
アルトさん達を見送りながら呟いた俺の言葉に、ボルスさんが答えた。
俺達は屯田兵を主体に東の残存部隊に攻撃を行う事にした。
橋頭堡としての砦の役割は一応持っているし、増援部隊が更に来襲する事も予想される。
叩けるものは叩いておきたいのが俺の心情だ。
王都から新たに届いた砲弾は100発程度。なるべく次の来襲に備えておきたいが、20発を敵の閉じ篭った砦に撃ち込み、一気に制圧することが俺達の作戦だ。
問題は、戦力差だ。敵が打って出れば、俺達の方がはるかに兵隊の数が少ない。
その為に、敵の砦から4M(600m)程離れた場所に、サラブの町から残材を運んで柵を作っている。
ボルスさんの答えはその柵作りにもう少し時間が掛かると言っているのだろう。
「だがここでは砦に遠すぎる。近くに高台はないのか?」
「それでしたら、北の丘が良いでしょう。砦まで10M(1.5km)程です。」
サライの答えに頷くと、俺とディーは北の丘に向かった。ボルスさんとサライは柵の方に向かって坂道を歩いて行く。
丘の上では、サラブの町を見下ろす位置に民兵が集まっていた。
俺とディーが歩いて行くと、皆の顔が俺に向かう。
「まだ、町は再建出来んが、こんな戦ならまだまだ戦えるぞ。」
そんな声を掛けてはくれるけど、少なからず犠牲者も出ている。
【サフロナ】は瀕死の人間は救えるが、死者を生き返らす事は出来ないのだ。
「もうしばらく辛抱して下さい。」
俺にはそう言う言葉しか無かった。
更に丘を東に進むと、ハンター達が集まっている。
ここが柵の東の端だ。そして、眼下には敵の作った砦を眺める事が出来る。
ハンターを束ねるグラハムさんに挨拶して、早速望遠鏡で砦を偵察する事にした。
板塀で周囲を囲っただけの簡易な作りの砦には建造物は無く天幕が20程ある。あれだと一般の兵隊は雨ざらしだな。
焚火も3箇所程で大きくない。…敵の食料が乏しい事がそれだけで分かる。
だが、兵隊の数はとんでもないぞ。直径300m以上ある砦に黒々と蠢いている。
3千と予想していたが、どう見ても5千はある。俺達の5倍というところだな。
「ボルス様から報告です。…準備完了。合図を待つ。以上です。」
確か、これを使えって言ってたよな。俺はベルトに挟んだ信号筒を取り出した。
グラハムさんの所に行くと、これから砦へ攻撃する事を伝え、民兵にも知らせを走らせて貰う。
ネコ族のハンターが素早く民兵の防衛場所に走っていくと、しばらくして大きく手を振るのが見えた。
これで準備完了だな。
「通信兵。テラスに連絡。周辺に異常が無い事を確認しろ!」
「周辺異常なし!」
直ぐに答えが返ってくる。先回りして確認していたようだ。
俺は、頭上高く信号筒を掲げると、その筒に付いているボタンを押した。
ビュンという軽い手応えがしたかと思うと、上空に大きく火炎が広がり爆裂球の炸裂音が木霊する。
柵の間から無反動砲12門が一斉に火炎弾と榴弾を発射した。
敵の砦の中に火炎が飛び散る。
双眼鏡で覗くと、敵兵が砦の板塀に一斉に移動している。真ん中の広場にはおびただしい兵隊が倒れて蠢いているが、それを助ける者達はいないようだ。
更に、砦の板塀周辺に砲弾が着弾する。
板塀は燃え盛り、砂を使って消火する兵隊の姿も確認できる。そこに榴弾が炸裂して板塀と兵隊を纏めて薙ぎ払った。
砦の兵隊が打って出る。その方向は屯田兵の柵を目指す者達と、森へ逃げ込む者達に別れた。
数百人が森へ逃げるのを見て、グラハムさんが溜息を漏らす。
山狩りを考えての事だろうが、ディーがいるから見逃しは無い筈だ。
数千人の兵隊が一斉に砂浜を柵に向かって走るが、なんせ距離がある。砂に足を取られて転倒する者を踏みつけながら走っても、直ぐには辿り着けない。
蛮声がここまで聞こえてくるが、その勢いも次第に小さくなってきた。
柵まで後り50m程の所に来た軍勢に、爆裂球が一斉に投擲された。3段程に兵を分けて投石具で投擲しているのだろう。一面に爆裂球が炸裂して、炸裂が止む事はない。
そこに矢とボルトが襲い掛かる。
それでも敵軍は柵を目指す。抜刀して柵を飛び越えようとして、ボルトに貫かれた者達が手に取るように見える。
「柵を抜けるだろうか?」
「あれだけの軍勢ですから、抜ける者達は出てきます。ですが、屯田兵は元は正規軍。精強ですよ。」
何時の間にか俺の隣に来て、状況を見ていたグラハムさんの呟きに俺は答えた。
再度、爆裂球が広範囲に炸裂すると、屯田兵の柵に面した者達が一斉に槍を構え出した。
その隙間から、後段の兵隊達がクロスボーを放っている。
炸裂する爆裂球がだいぶ少なくなったのは、投擲する兵隊が戦闘工兵だけになったのだろう。
そして、柵を挟んで白兵戦が始まる。
しかし援護の無い敵兵は次々と刈られていく。
4千が3千になり、それが2千になる。このまま屍を晒すのかと見守っていると、残り数百となった敵兵が一斉に武器を投げ捨てた。
終ったか…、そう思った時に左手で爆裂球が炸裂する。
「来たぞ。民兵にも援護して貰え!」
大声で東の斜面を監視していたハンターが叫ぶ。
わらわらと民兵がクロスボーを担いで援護に向かう。
「さっき森に逃げ込んだ連中だな。数百はいたが、ここで倒せるなら都合がいい。」
グラハムさんはそう言ってハンター達の所に向かう。
ハンター達は半分程しか弓を持っていないから、たちまち白兵戦になったようだ。
だが、森を抜け坂を上ってきた兵と坂の上で待っていたハンターでは体力の消耗がまるで違う。
そして、民兵が集まってクロスボーを撃ち始めると、次第に争いが沈静かして行った。
ここでも100人以上の投降者が出る。
民兵が取り囲む中、投降者たちは、浜辺の投降者たちと合流させて人数の確認が始まる。
「グラハムさん。黒レベルのハンターを率いて森の確認をお願いできますか?」
「あぁ、それも仕事の内だな。だが、時間が掛かるぞ。」
「ディーが同行します。ディーの指示で行動してくれれば直ぐに終わる筈です。」
グラハムさんは不思議そうな顔をしていたが、ディーと共に仲間のハンターの所に行った。
夕方までには、隠れている兵隊も駆逐出来るだろう。
俺は、通信兵を残して、別荘に1人で歩き出した。
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「200M(30km)は追いやったぞ。そして、逃げる奴らの前にサンドワームが現れたのじゃ。」
そう言いながら嬉しそうにサレパルを食べてるアルトさんは、根っからの戦闘狂だと思うぞ。
「そして、こちらに向かってきた敵兵に爆裂球をありったけお見舞いしてやったのじゃ。」
前門の狼後門の虎って奴だな。進退窮まったに違いない。
「後は、さっさと帰って来たのじゃ。」
という事は、又こっちに向かってくる可能性があるんじゃないか?
「奴ら、一昨日からろくな物を食べておらぬ筈じゃ。水筒も空になっているじゃろう。果たして、この地まで投降を申し出にやってこられるか…楽しみじゃのう。ガトルの群れもおったし、丘の上で成り行きを見守る狩猟民族の姿もあった。
モスレムの貴族がおるかと思ったが、どこにも姿を現さぬ。いれば、命は助かるかも知れぬが、それでも奴隷のように使われるじゃろうな。」
アルトさんが追撃したのは、例の放逐した貴族の末路を、確認したかったのかも知れないな。
姿を見せぬという事は、やはり欲に目が眩んで我が身を滅ぼしたんだろう。
コゼットのような子供達がいない事を祈るばかりだ。
「で、この後はどうなるのじゃ?」
「連絡待ちだよ。」
俺の言葉に席を立つと、リビングを出て行った。
相変わらず待つのが嫌いな性格だな。
「しかし、私も気になりますね。このままこの地にいるのか。それともカリスト救援に向かうのか…。」
「ボルスさんには残って貰います。まだ、スマトルの余力はあります。ここに再度侵攻する事も考えられますからね。」
「しかし、それでは投降した兵と呼応されると厄介ですぞ。」
「その時は、民兵に監視して貰う事になります。西の丘の上なら空堀が無数に掘ってありますから、その区画に収容すれば良いでしょう。…でも、その前に。」
「遺体の始末ですね。了解です。明日から取り掛からせます。」
滅入る作業だと思う。だが、あのままでは漁師達だって嫌だろうし、修道院も願い下げだろう。
自分達の仲間の亡骸だから粗末には扱わないと思う。
「遺体運びはやらせても、穴を掘る位は手伝ってやれよ。」
「大丈夫です。東はデクトス氏、西はディオン氏と調整して場所を決めます。」
「あぁ、そうしてくれ。埋葬が終ったらディオンさんに慰霊を弔って貰おう。土の神殿の神官の資格を持っていると言っていた。」
そこにアルトさんが駆け込んでくる。
「今度はカリストじゃ。我等に移動指示が下ったぞ。戦闘工兵はこのままじゃ。我の襲撃部隊とディーの操縦するイオンクラフトにアキトを載せて作戦本部に来いと言っておる。」
嬉しそうにアルトさんが報告してきた。
指示となれば動かねばなるまい。後は、ボルスさんに任せよう。
「という訳で、後は宜しくお願いします。敵の侵攻があっても自分達だけで対処しようとせずに、作戦本部に連絡して下さい。それと、皆さんによろしく伝えて下さい。」
「それは、心得ている。直ぐに出掛けるのか?」
「準備次第出発します。出来れば、20個程爆裂球を分けてくれませんか。途中で少し使ってみます。」
そう言って、ディーと共にリビングを出る。
急な話だから、デクトスさんやディオンさん、それにナリス達に挨拶も出来ない。
イオンクラフトには俺のバジュラと共にアルトさんのアルタイルが乗っている。
そこに屯田兵が木箱を持ってやって来た。
「荷台に積めばよろしいですか?」
「あぁ、それでいい。」
俺の言葉にアルトさんが振り向いた。
「何をするのじゃ?」
「ちょっと回り道をして、敵陣に爆裂球を落としていく。」
俺の言葉を聞くと、アルトさんが操縦席からヒョイと荷台に飛び移ってきた。
「おもしろそうじゃな。我も手伝うぞ!」
早速、ロープを取り出して荷台の枠と自分のベルトを結び始めた。
諦めるしか無さそうだな。
ディーに出発を告げると、俺も同じようにロープで体を固定した。
イオンクラフトは地上数mを滑るようにして渚に向かう。海岸地帯を東に進み、敵陣を爆撃して作戦本部に出頭するのだ。