#418 敵の敗走
「だいぶ減っては来たが、まだ半分は残っておる。じゃが、我等のボルトと爆裂球は半分も残っておらぬ。」
「予備品も、もう無いんですか?」
「先程、最後の予備を配布したところじゃ。亀兵隊が爆裂球を3個。屯田兵が2個じゃ。民兵には半分も渡せなかった。」
アルトさんが残念そうに呟く。
「王都には連絡済みですから、もう直ぐ届く筈です。そして、丘の北に陣を張っていた屯田兵達が南に向かっています。今日の昼には状況が変わります!」
「問題は、その間じゃな。…白兵戦の覚悟が必要じゃ。」
アルトさんとそんな話をしている所に、ボルスさんがやって来た。
「どうにか、夜は明けたが西は悲惨な状況だな。大砲と無反動砲の残弾は、各砲とも数発分だ。」
やはり、危機的状況だな。
よい報告と言えば、東の敵兵達は後方の砦に篭ってしまったという事ぐらいだ。
屯田兵100人をこちらに呼び寄せたが、まだ戦力バランスでは10倍以上開いている。
「日が昇ってきたら、ディーにレールガンで攻撃して貰います。日中なら連射しても大丈夫でしょう。」
「あれは、それなりに威力はあるが…使いどころが難しい武器じゃな。まぁ、敵の意表は付けるじゃろう。敵の後方まで被害が及ぶから士気の低下にも繋がりそうじゃ。」
時間は、7時。そんな話をしながらお茶を飲み、タバコを吸う。
食欲は皆余り無いようだ。デクトスさんもパイプを燻らせているだけだ。
タバコを小さな焚火に投げ捨て、石塀の補強用の丸太を足場代わりによじ登ると、双眼鏡で西を偵察する。
石塀から累々と屍が敵の集団に届いている。
砂浜である筈だが砂が見えない程の死体の数だ。渚は砂で吸収しきれない血で赤く染まっている。
敵は休息を取っているのだろうか。前進を控えて前列とそれに続く兵隊が小さな盾を俺達に向けて構えている。
まぁ、距離が離れているから、矢を射る者もいないけれど、敵兵にとっては唯一現状で可能な防御なのだろう。
敵軍は千人程の集団が横に4列、西に3段並んでいる。
1万は優に超えているから、アルトさんの約半分は当たっていそうだ。
そして装甲車が10台程、兵隊の集団の中にある。
歩兵の突撃に乗じて、石塀に接近してバリスタを発射する心算のようだ。
俺は、足場から飛び降りるとディーを呼んだ。
「装甲車が10台程、歩兵部隊の中にいる。近づけると厄介だから、北側から攻撃してくれ。レールガンは日中なら問題なく使えるんだよな?」
「8射した後で1時間程、充電時間が必要です。その後、5射が可能です。…次に発射出来るのは30分後の2射になります。」
エナジー補給時間だけでは無いようだな。
それでも、初回の8射は心強い。装甲車の現状位置から攻撃点までの移動にしばらく掛かるだろうし、無反動砲では余裕で射程内に納められる。
「では、装甲車を破壊してくれ。8射した後は、ここで白兵戦だ。」
ディーは了解です。と言いながら、石塀を北に向かって移動して行った。
俺とアルトさん、それにボルスさんが急いで丸太足場によじ登って、状況を観察する。
突然、敵兵の集団の中に、大きな丸い玉が転がったように人間が吹き飛ばされて、その先の装甲車が破壊される。
「何ですか。あれは?」
「ディーの攻撃だ。この戦場でも、使ってるんだが昼間に使うのは初めてだな。」
「とんでもない威力だ。昨夜の【メルダム】数発分の爆発にも驚ろいたたが、あれとは比べ物にならん。」
初めて目の当たりにすると驚くよな。
レールガンの怖いところは、その弾速だ。秒速10kmを越える弾丸は、衝撃波を伴なって周囲の者を刈り取っていく。そして、その距離は2kmにも達する。
「じゃが効果的ではある。あれで刈り取られる兵は8射で2割は超えるであろう。」
次々とレールガンが放たれ、装甲車が飛び散る。
そして、その射撃がピタリと止んだ。
急いで双眼鏡を覗くと3台の装甲車が残ったようだ。
そして、ゆっくりと敵の軍団が動き始めた。
「ボルトと爆裂球です!」
女性の声に振り返ると修道女と魔道師が数人大きな袋を担いできた。
魔道師は俺達に【アクセラ】を掛けてくれる。
ディオンさんが昨夜掛けてくれた【アクセラ】はまだ効果が続いているが、ここで再度掛けてくれると心強い。
「距離、2M(300m)。バリスタが発射されました。」
石塀から前方を監視していた兵隊が俺達に振り返って叫んだ。
直ぐに、ドォン!!と言う音がして石塀が揺れる。補強の丸太に乗っていた兵隊が何人か転げ落ちた。
ばらばらと小石が石塀から剥がれ落ち、大きなヒビが走る。急いで丸太で押さえて、その丸太につっかえ棒を噛ませた。
「もう一撃来ます!」
ドオォン!!という音と共に石塀の高さが半分になった。その幅は20m程に及ぶ。
そして、大地を揺るがしながら敵兵が迫ってきた。
周辺の丸太を使って大急ぎで崩れた石塀を補強する。
そこに敵兵が飛び込んできた。
屯田兵が慌てて槍衾を丸太の間に組み上げる。
その槍をものともせずに、続々と敵兵が石塀を乗り越えてきた。
「爆裂球を使え!」
大声で怒鳴ると、10個程の爆裂球が石塀の向こうに投げられた。
爆裂球の炸裂と共に、敵兵の突入止まる。
だが、直ぐに元に戻ってしまった。
アルトさんと交互に装弾をしながら拳銃を撃つ。民兵の放つボルトも打てば必ず敵兵に当たる程だ。
石塀の周囲を横に移動しながら敵兵を刈り取っていたディーに再度レールガンの発射を命じた。
「ディー。石塀に沿って2撃して来い!」
ばらばらと俺達の周りに戦闘工兵が集まってくる。どうやら無反動砲の弾丸が切れたみたいだ。
20人程が一斉に爆裂球を投げつけると、次の戦闘工兵が再度投げつける。
2回程繰り返した所で、敵兵の千切れた体が丸太の隙間から俺達に飛んできた。
ディーのレールガンの衝撃波で体を千切られたらしい。
「屯田兵。後10M(1.5km)程で、北の丘に到着します!…ナリス様が屯田兵残り50人を派遣したそうです!」
通信兵の怒鳴り声に片手を上げて答える。
その間も、石塀を越えようとする敵兵への射撃は継続していく。
「我の方はもう直ぐ、玉切れじゃ!」
アルトさんは、そう言って残弾を素早く撃つと、拳銃をバッグの後ろに戻した。
そして、両手にグルカを持つと、アルトさんに襲い掛かろうと長剣を振り下ろす敵兵を、すれ違いざまに腹を掻き斬った。
「やはり、これが良いのう…。」
剣姫様は健在なようだ。
とは言え、俺の方も残り少ない。俺も拳銃を腰のホルスターに納めると、グルカを引き抜いた。
丸太の隙間から身を乗り出す敵兵にグルカを振り下ろす。
血飛沫を上げて、敵兵の片腕が肩から落ちる。
これで、隙間が1つ塞がった。
右手で手榴弾をストラップから外すと石塀の向こうに投げる。
ドォン!っと軽い地響きが上がり敵兵の突入がしばし止んだ。
再度丸太の隙間を潜ろうとした敵兵にグルカを振ろうとした時、その敵兵の体が俺の方に吹き飛んで来た。
ディーが石塀から余り距離を取らずにレールガンを放ったらしい。
そして、突然に俺達の所になだれ込んでくる敵兵の数が少なくなり…ついには敵兵の突入が止まった。
「味方の屯田兵が北の丘に到着しました。現在、バリスタで攻撃中です!」
急いで、丸太を上って石塀の向こうを見る。
そこには、敵兵が総崩れになって西に配送していく姿が見えた。
「攻撃中止。全部隊に連絡しろ!」
後ろを向くと盾から顔を出している通信兵に怒鳴る。
「ほう…。敗走じゃな。これからどうするのじゃ?」
「とりあえずは様子見です。そして兵を休ませませんと…。」
「そうじゃな…。」
何時の間にかアルトさんが俺の隣に顔を出して、双眼鏡で敵兵を見ていた。
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「どうにか凌げたのう…。」
アルトさんが、そう言いながらお茶を飲む。
「だが、まだ終わりじゃない。」
「一応の決着は見たという認識でいますが…。」
俺の言葉にディオンさんが疑問を投げ掛ける。
確かに、あの大軍勢を退けた。だが、逃走した敵兵の数は数千を遥かに越える。
未だに、アトレイム王国を脅かすには十分な数なのだ。
「やはり、最後まで叩くべきだろう。これは、アルトさんに任せるよ。」
「うむ。…強襲部隊と戦闘工兵で追い討ちを掛ければ良いな。西に追いやり、後はサンドワームに任せれば良いじゃろう。」
アルトさんの言葉に俺は頷いた。
「とは言え、それは明日でも良いでしょう。今は兵を休ませる事です。そしてアルト様も。」
「という事で、ここで一旦解散だ。夕食後に再度集まってくれ。」
俺の言葉に数人が立ち上がり、リビングを出て行く。
残ったのは、俺とアルトさん、ディーとディオンさんにサライと通信兵だ。
「さて、戦線がどうなってるか作戦本部に確認だ。そういえば、こっちの状況は伝えたよな?」
隣のテーブルで電鍵を叩き始めた通信兵が俺に顔を向けると、伝えてますと言った。
「確かに、他が気になるの。カリストは本隊が来ておる。それにテーバイの西に上陸した部隊はエオイス達が担当じゃ。どうなっておる事やら…。」
アルトさんはそう呟いたが、俺はテーバイの西は大丈夫だと思っている。
あそこには別働隊のカルートを駆る部隊がいるからな。
機動力は亀兵隊以上。…何処まで活躍するかが楽しみだ。
「状況報告です。…本日、1000時。テーバイの西に上陸した陽動部隊はネイリーに進軍中。但し、進軍速度は極めて遅い。3割程度敵を削減。…カリスト港は炎上中。上陸部隊の東に展開した部隊は、大森林地帯に移動しつつあり。西に展開した部隊は正規軍と対峙中。以上です。」
大森林地帯を迂回して背後を突く心算のようだが、あの銛の恐ろしさを知っているのだろうか?
正規軍と対峙中は、身動きが取れないと見て良いだろう。空堀と柵が交互にあっては敵の突撃は阻害される。そこを大砲で叩かれたら…確かに前進は出来ないな。かといってジッとしてればミーアちゃんの良い獲物だ。
「敵軍の規模の連絡は受けたか?」
「いいえ。再度確認します。」
「返答来ました。…テーバイの西の軍勢、3万程度。カリスト攻撃軍、東軍6万、西軍8万。なお、沖合いに200隻程の軍船あり。以上です。」
アルトさんは目を見開いた。
「驚くべき数じゃな。スマトルはどう考えても20万以上の軍勢を送って来おったぞ!」
「たぶん、その後もあるでしょう。スマトルとしてもここは賭けに出てます。後10万は増援できるとスマトル国王は考えていますよ。」
「だが、陽動が上手くいかなんだな。」
「まさか、自分達のバリスタを越える射程がある兵器を持っているとは、思ってもいなかったでしょうね。」
「そして、ゾウもそれ程役に立っておらぬ。」
だが、あれは上手く運んだだけだと思うぞ。
本来は数十のゾウやサイを一斉に放てば、西の石塀は崩れていた筈だ。
最初の浮遊機雷の攻撃で、ゾウ達を葬れたのだろう。でなければ今頃は俺達が敗走している。