#412 敵の上陸
「どうやら、5箇所に同時侵攻を企てるようじゃな。」
「陽動に対する陽動という事でしょうか?」
「そんな所じゃろう。作戦本部からの新たな指示は来ぬ。少なくともサーシャ達には想定の範囲という事じゃろうな。」
アルトさんがテーブルの上に連合王国の地図を広げてボルスさんとサライに説明している。
スマトル王国の軍船の出航を確認して4日目。岬の沖合いには多数の軍船が黒々と終結したのが見える。
後は、一斉に上陸してくるのだろう。たぶん明日の早朝だろうと全員を夕方から休ませてある。今、起きているのは俺達を含めて20人はいないはずだ。
「とりあえず、他の場所は作戦本部に任せておけば良い。俺達は当初の予定通り、この南に浮かんでいる軍船の侵攻を食い止める事に専念する。」
「攻撃は砦に3M(450m)に近付く軍船と砂地から砦に300D(90m)以内に近付いた敵軍という事で良いのですか?」
「それ以上だと、矢もボルトも届かない。無駄な矢は使わないで欲しい。但し、敵の軍船が浜辺に集中し始めたら、例の弾を使ってみるぞ。無反動砲部隊に準備をさせておけ。攻撃の合図はテラスで状況を見た上でこちらから連絡する。」
「上空の大蝙蝠は…。」
「最初の攻撃は、各個に迎撃しても構わない。たぶん攻撃は1回だけだと思う。明日の夜明け前には来る筈だ。次の夜には、ディーが大蝙蝠の母艦を叩くから半減するだろう。」
「まぁ、それ程構えるな。明日は敵の上陸を邪魔する程度に考えておれば良い。本当の戦は砦に奴等が押し寄せて来てからじゃ。」
敵も上陸時に損害が出るのは計算しているだろう。それを少しでも減らす為に、あの強襲用の軍船を作っている。浜辺の近くに陣を引いていれば接岸した軍船から発射されるバリスタのボルトは脅威そのものだ。
だが、俺達は敵のバリスタの攻撃範囲外に布陣している。連中は戸惑うに違いないが、上陸地点から帰るも進むも命懸けになる筈だ。
テラス側の扉が開き、亀兵隊が駆け寄ってきた。
「敵の軍船に動きがあります。大蝙蝠を乗せた軍船が近付いて来ました。」
「分かった。観測兵は篝火を焚いて、人形を置いた後で別荘に退避。」
大きく頷くと指示を出す。
「どうやら、来るぞ。偽装の焚火に薪を追加して、対空クロスボーの準備をしておけ。低空なら【メルト】も有効だ。…では、健闘を期待する。」
俺の言葉を聞くと、2人が部隊に走っていく。
時間は2時…。夏だから夜明けは4時過ぎだな。大蝙蝠の使えるぎりぎりの時間だ。
テラスにいた亀兵隊が機材を抱えてリビングに入って来た。部屋に浮かんでいた光球を布で包んでリビングを暗くする。
「攻撃は1時間も続かない筈だ。火事に備えて水桶を準備しておけ!」
亀兵隊達が、直ぐにリビングを出て行った。
「後は、ディーに任せて、敵の接近があれば攻撃する。」
俺の言葉にテーブルでお茶を飲んでいた2人が頷いた。直ぐにアルトさんはM38を抜いテーブルに置くと、ポケットに数発の弾丸をバッグの袋から取り出して入れている。
俺の方はkar98をテーブル脇の壁に置いているし、ディーも剛弓用の矢が入った矢筒を腰に下げて剛弓をテーブルに立て掛けていた。
リビングに水桶を両手に持った亀兵隊が3人入って来た。
「配置に着きました。」
「邪魔にならないところに置いて待っててくれ。もう直ぐ始まる筈だ。」
少し明るくなって来たかな?
テーブル脇の小窓の隙間から暗闇ではなく、薄明かりが差し込んでいる。ぼんやりとした薄光は薄明が始まるのを告げていた。
そして、遠くから爆裂球の炸裂する低い音が聞こえてきた。
次々に炸裂音が重なって聞こえる。
俺とアルトさんがそれぞれ銃を持って、ディーの顔を伺う。
「来ます。北北東より40。北北西より70。高度150M(45m)。」
「クロスボーが使える。お前達も来い!」
亀兵隊に告げてテラスに飛び出した。
どうやら、大蝙蝠は岬の上空を集合地点に選んだらしい。北の方から次々と数匹ずつの編隊で岬の上空に集まってきている。
俺達の攻撃で低空を舞う大蝙蝠が打ち落とされる為少しずつ高度を増していく。
そんな中に、ディーの放つ爆裂球付きの矢が炸裂すると、2,3匹が一度に落ちていく。
時間にして数分。…群れは沖合いに去って行った。
「ディー。大蝙蝠の母艦の位置は分かるか?」
「確認しました。2隻います。あの母艦を今夜沈めれば良いのですね。」
「日が落ちたら直ぐに頼む。」
「だいぶ落としたのじゃ。適当に撃っても当たる程の大群であった。」
アルトさんがそう言いながら、拳銃に新たな弾丸を装填している。
「さて、被害が無ければ良いんだけどね。砦と丘の指揮所に連絡。…至急、被害報告を寄越せ。以上だ。」
小型無線機を持った亀兵隊に告げると、亀兵隊はその場で通信を送り始めた。
テラスから左右を見ると、丘と砦の至る所から煙が昇っている。
そして、沖合いの軍船は何時の間にか肉眼でその形状が見える所まで近付いていた。
「アルトさん。そろそろ亀兵隊を頼む。最初は部隊を2つに分けて東西の丘に待機してくれ。
東の方は、林に屯田兵が移動しているようだから…、直接丘に上ってくると厄介だ。
西は部隊を見せれば上ってこないだろう。あれだけ柵があるからね。」
「東も似たようなものとは思うが、行ってくるぞ。」
アルトさんがテラスから走っていく。
「現場指揮所からの報告です。…両現場指揮所とも死亡者は確認されていません。負傷者は10名程度出ているようですが治療済みで原隊復帰との連絡です。」
隣の通信兵が俺に報告してきた。
とりあえずは凌いだようだな。次が問題だが…沖を見ると軍船の櫂が見える。もう500mも無いぞ。
流石に、小さな港に向かって来る軍船はいない。どうやら砦から数百m程離れた砂浜から西を上陸地点に選んだようだ。
「ディー。砦からどの程度の距離になる?」
「港の防壁から500m前後になりそうです。余り離れると攻めるまでに体力を消耗します。」
ぎりぎり無反動砲の射程に捉えられそうだな。
「丘の上から連絡です。カリスト町に接近する軍船の数は14隻。後続は無し。以上です。」
それでも、1隻辺りの兵員数は200として約3千人だ。
「ディー。西の海岸に近付く軍船の数はどの位ある?」
「…約170と言う所です。強襲船が80。兵員船が50。多目的船が20に輸送船が10。10隻は支援船です。」
4万には満たない感じだな。
「通信兵。作戦本部に連絡。アトレイム南部の敵陽動部隊は軍船184。兵員数は最大で4万以下と推定。以上だ。」
4万とは言ったが、たぶん半分は獣ではないかと思うけどな。
これは上陸部隊の編成を見なければ分からない。
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遂にサラブの浜へ強襲船が接岸する。
強襲船の先端部分が砂浜に食い込むと舷側の板が外れ獣達が次々と飛び下りてくる。
双眼鏡を覗くと、船の上に数人の獣使いがいるようだ。4本の腕を振り回して獣に指示をしているようにも見える。そして、飛び下りている獣はガトルだ。
繁殖させているのだろうか?…よくもこれだけ釣れて来たものだと感心してしまう。
獣使いのせいなのだろうか、船から飛び下りた獣はそれ程遠くに行かずに、砂浜を黒く彩りながら固まっている。
獣が下りると、今度は槍や弓を持った兵隊が降りてきた。
「ディー。1隻の乗員が分かるか?」
「…獣が150、兵隊が120、です。獣の総数は約2000、兵隊の数は1,700程度になると思います。」
少ない気がする。双眼鏡を東の沖に向けると、小さく船影が見えた。
たぶん、あれが第二陣の部隊だな。
サラブに上陸した部隊は先遣部隊なのだろう。橋頭堡を築くのが目的と見て間違い無いだろう。
上陸した兵士達は、早速強襲線の解体を始めた。
その兵士達を取り囲むように獣が砂浜を囲っている。
俺達が先に動く事はない。しばらくはサラブは睨めっこが続くだろう。
岬の西の浜は壮観な眺めだ。
浜に乗り上げた強襲船がずらりと遥か彼方に続いて見える。
そして、やはり獣が降りてきている。ガトルとスカルタだ。遠くにいる船から降りてくるのまでは分からないが、相当数の獣を運んできたようだ。
俺達が上陸部隊に攻撃しないのを訝しんだのか、数隻の援護用の軍船が港に近付いている。
たぶん亀兵隊達がテグスネひいて待っている事だろう。
そっちは任せて強襲船を見る。少し遠いところで早速解体が始まったようだ。
何かを始めたが形になるのはしばらく掛かるだろう。
再び、東の敵軍を見る。
解体されたサラブの町の土台を利用して砦を築き始めたようだ。
小さな荷車まで用意して、解体された船から材木を運んでいる。
サラブの町は、丘の上に陣取る味方の陣から1km程の場所だ。これは、テラスからの良い攻撃目標だぞ。
「ナリスに連絡だ。…夜襲に備えて、兵の半分を休息させろ。以上だ。」
東屋の中の小さなテーブルに乗せた小型通信機を睨んでいた通信兵に伝える。
東の軍が陽動を仕掛けた隙に沖合いの船を接近させて更に兵員を増やすのだろう。だがそれは西の軍の陽動にもなる。
となれば、それに先制した大蝙蝠も出撃するのだろうか?
出来れば大蝙蝠の出撃前に空母を沈めたいものだ。
「アルト様から連絡です。…ゾウ、数匹確認。サイと思われる巨獣を3匹確認。以上です。」
その報告に思わず微笑んだ。
アルトさんは好奇心に勝てなかったようだな。偵察の名目で、丘の上を西に進んだようだ。まぁ、おかげで貴重な情報を得ることが出来た。
「アキト様。だいぶ港に近付いてますよ。」
サライが港を指差して俺に告げる。
急いで見てみると、なるほどだいぶ近付いているぞ。そして港の防壁の影に無反動砲を抱えた戦闘工兵の姿が見える。
どうやら相手に先を譲るようだな。
飛距離の差は200m程ある。向うがギリギリで届くなら十分に狙える範囲だ。
東屋にサレパルとお茶が運ばれ、俺達は交代で食事を取る。
東西の陣にいる兵隊達もちゃんと食事を取っているのだろうか?そんな事を考えながらサレパルを食べ終えた。
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予想された支援船による大型バリスタの攻撃は無かった。港を500m程離れた場所に10隻が集まっている。陸上からの攻撃に呼応して港に接近して砦の中にバリスタで攻撃する心算のようだ。
西の砂浜には予想したとおり桟橋が出来始めている。
1本ではなく、3本作っているようだ。砂浜から強襲船の長さにまで桟橋が伸びている。輸送船を接岸する為には更に伸ばす必要があるが、多数の兵隊を使って少しずつ伸ばしているようだ。
砦に向かって、低い板塀の柵を作りガトル達を閉じ込めている。その柵の西には兵隊達の集団が見えた。1つの集団が500人としても砂浜の南北に4つの集団があり、西に向かって3段に構えている。それだけで6千人だ。軍船の規模からすればそれが6つ程度出来る筈だから、やはりとんでもない大軍団だよな。
「ディー。空母の攻撃にどれ位時間が掛かる?」
「位置は変わっていませんから、往復の時間とレールガン2檄の時間は合わせて10分程度です。」
「なら、その後で浮遊機雷を使ってみるか…。今夜一番潮の流れが速いのは何時ごろになる?」
「満潮が22時過ぎです。潮のながれが早いのはその前2時間。攻撃は20時に行うのが一番効果が得られるでしょう。」
という事で、サライ達をディーが連れて行く。早速準備を始める事にしたようだ。
東西の海岸は黙々と作業を続ける敵兵だけが見える。