#408 5隻の軍船
春になっても、俺達は村へ帰らずに作戦本部へと詰めている。
直径10mはある大きな移動式の大型天幕は遊牧民が使うパオのような形状だ。
設営も撤収も1時間程度で出来るし、格子状に骨組みが入った外壁が天井を支えているので、余分な柱が無いのが良い。
畳2枚を横に並べたような大きなテーブルも組立て式だ。そして、その上には姉貴が色々と書き込んだ地図が載っている。
その地図の真ん中にサーシャちゃん達が座って、姉貴とアテーナイ様がその後ろに座ってる。
そして、俺とディー、それにアルトさんはは端の方で様子を見ている。
サーシャちゃんと地図をはさんで対峙しているのは、セリウスさん夫婦とケイモスさん。それに、クローネさんにエイオスだ。
天幕には3つの出入口がある。サーシャちゃん達の正面が正式な出入口で表には作戦本部の守備兵50人の内、常時2人が立っている筈だ。
そして、左右にも小さな出入口がある。俺の後ろは通信兵達のいる小さな天幕に繋がっているし、反対側は守備兵の待機所だ。
「通信本部より連絡です。『発海軍、宛作戦本部。1132敵軍船5隻確認。位置はC16進路北北西』以上です。」
突然俺の後ろにあるカーテンをバサっと巻き上げて作戦本部に現れた通信兵は大声でそう告げると帰って行った。
「出航して2日目になるが、まだこの位置じゃな。後続の艦隊は見受けられぬとなれば、最初の陽動艦隊という事になる。
そして、進路に変更が無ければ偵察と襲撃はサーミストの港じゃ。
まだ確定は出来ぬが、住民の避難は開始すべきじゃろう。
ケイモス。港へ避難指示じゃ。そしてサーミスト王都に駐屯している屯田兵を派遣するのじゃ。但し、町に入らず後方10M(1.5km)に布陣すればよい。」
「直ちに!」
ケイモスさんが副官を呼び寄せて命令を伝えると、副官が通信兵の所に走って行った。
「サーシャよ。他の漁村には連絡しないのじゃな?」
「まだ良い。こちらの監視船を見つけておる筈じゃが進路を変えぬ。今夜の進路報告を待ってからでも遅くはない。そして、この位置での進路変更はモスレム南部の漁村若しくはエントラムズの漁村になる。どちらも規模は小さく非難は容易じゃ。」
「上陸する可能性は無いと?」
「軍船の種類がバリスタ装備船4隻に多目的船が1隻じゃ。甲板のバリスタは5台。機動ガルパス程度の飛距離はあるが、我等の大型バリスタに比べれば短い。陸に接近して有効に利用できるのは今の所、サーミストの港のみ。そして、ここには大型バリスタを3台設けておる。」
アテーナイ様の質問にサーシャンちゃんが詰まる事も無く答える。
そんなサーシャちゃんの後ろ姿を姉貴がにこにこしながら見ていた。
エントラムズの国境近い小さな森の中に、作戦本部は作られている。2km程離れたら、ここに連合王国の作戦本部が作られているとは誰も思わない筈だ。
それ位巧妙に隠蔽されているのは、この本部を守る守備兵が200人もいない事による。
春の迎え、そろそろ村に帰ろうとした時、スマトル王国の動きに気付いた。
軍船の建造が商船に変わったと共に、数隻の軍船が北上して来たのだ。
いよいよか!…連合王国の王族達に衝撃が走る。
それは、俺達への無言の圧力となって、姉貴は急遽作戦本部の設営をこの地に決めたのだ。
まぁ、訓練に近いと姉貴は言っていたけどね。
「しかし、小さな艦隊じゃな。5隻では何も出来ぬぞ。」
「そうでもない。それでカリストの防御状況は知られてしまうじゃろう。」
ケイモスさんの言葉にアテーナイ様が呟く。
「多目的船には大蝙蝠を乗せている筈じゃ。襲撃時にカリスト側の反撃を上空から観察する心算のようじゃな。」
「威力偵察ですか…。しかし、5隻程度なら我が軍の海軍で始末出来るのではないですか?」
サーシャちゃんの言葉にセリウスさんが応じる。
「5隻全て沈めれば問題は無いが、万が一にも逃がすと不味い。ここは、バリスタと対空クロスボーで応戦して、敵を欺く事にする。…被害は出るが、我慢するしか無いじゃろう。」
サーシャちゃんにしては、意外と冷静な判断だな。大砲は本格的な侵攻までは温存する心算のようだ。
「それにじゃ。もう直ぐ、次の艦隊が出発するじゃろう。今度は少し規模が大きい筈じゃ。」
「それが、陽動艦隊ですか?」
「いや、この艦隊を援護すると共に、我等が王国の視察じゃよ。陽動部隊の上陸地点を決める為じゃ。」
「サーシャ。それは何時頃になるのだ?」
「明日には船出するじゃろう。この5隻が中々近付かぬのは、援軍を待つ為じゃ。」
セリウスさんと会話をしているサーシャちゃんにアテーナイ様が確認する。
その答えを聞いて、姉貴に何やら内緒話を始めたぞ。
「では、今の時点で正規兵と亀兵隊の移動は無い。という事で良いですな。」
「それでよい。但し、沿岸地帯に配備した観測所の観測強化は継続じゃ。」
ケイモスさんとセリウスさんが右腕で胸を叩く礼をすると、作戦本部を出て行った。ミケランさんとクローネさんが後に続く。
「…で、実際のところはどうなのじゃ?」
アテーナイ様は立ち上がってテーブルに近付くと姉貴に訪ねた。
「サーシャちゃんの考えで良いと思います。…ディー、状況は?」
「スマトル中央の港で動きがあります。出航可能な軍船は20隻。兵員の乗り組みを確認しました。明日には出航するでしょう。」
「25隻では、取り逃がすか…。ここは我慢かのう…。」
アテーナイ様は残念そうだ。だが、ここで連合王国の海軍を全て見せる訳には行かない。
小さな商船にバリスタを乗せたものが数隻。そう敵には思い込ませたい。
「さて、婿殿には一時お別れじゃな。良いか。無理はせぬ事じゃ。」
「はい。アテーナイ様も無理なされぬよう。」
「しかし、亀兵隊300で本当に良いのじゃな?」
「200はアルトさんの鍛えた精鋭です。そして100はエイオスが鍛えています。十分な働きが出来るでしょう。」
「でも、死守するなんて考えないで下さい。連絡があれば何時でも馳せ参じます。」
ミーアちゃんも心配そうだ。
でも、砦にはアトレイムの屯田兵と民兵合わせて千人近い兵がいるんだぞ。さらには北に屯田兵千人が陣を敷いている。その後ろにはアトレイム王宮が控えているのだ。
戦線はこう着状態になるのが見えている。そして、敵の上陸地点には水が無い。
「どんな形になろうとも無理はしないよ。状況は毎日連絡する。」
「どれだけ上陸出来るか楽しみじゃな。」
サーシャちゃんが俺を見てニカって笑う。俺もその笑いに付き合った。
サーシャちゃん謹製の浮遊機雷は実験した時、皆が驚いていたからな。あれが20個近く敵艦隊に流れ着いたらとんでもない被害を与えると思うぞ。
それは、修道院の新しい倉庫に準備されている。
「では、行って来る。」
そう言って俺が立ち上がると、アルトさんとディーが一緒に立ち上がった。
片手を上げて皆に別れを告げると、作戦本部の外に止めてあるイオンクラフトに乗り込む。ディーとアルトさんは操縦席で、俺とアルタイルそれにバジュラが荷台に乗っている。
その他には、クロスボーのボルトが2千本に爆裂球が200個だ。
まぁ、予備品だけど、戦が始まれば直ぐに不足するから、いくらあっても邪魔にはならないだろう。
俺達を乗せたイオンクラフトは、作戦本部から出て手を振る仲間を後に一路、南西に飛ぶ。
2時間程飛ぶと、眼下に俺達の別荘が見えてきた。
別荘の庭にイオンクラフトを下ろすと、ボルスさんとディオンさん達が俺達を迎えてくれた。
早速、リビングに案内されて俺達は窓際のテーブル席に座る。
「お待ちしておりました。準備はすっかり整っております。」
「どうやら、スマトルが動いたようだ。たぶんこちらにも来るだろうが、サラブの町はどうなってる。それと、大砲と無反動砲は全て一旦回収して倉庫に保管しておけ。万が一にも今使われると後が面倒だ。」
俺の言葉に、ボルスさんが部下を走らせた。
「北に30M(4.5km)行った所にサラブ町の待避所を作りました。避難指示がでたら、町長が町民をそこに誘導するそうです。小型の船に車輪を仮付けして荷を運べば半日程度で避難できます。デクトス達漁師は避難民の手助けをした後にこの砦に民兵として合流する予定です。
民兵は漁師中心ですが、約300人。アトレイムの南西の荒地を開拓していた屯田兵の3分の一、500人が現在砦に駐屯しています。食事等は屯田兵の家族が世話をしております。」
「それに亀兵隊が300人加わる。明日にはこの地に着く筈だ。」
ボルスさんの報告の後に、俺が追加する。
「総勢、1,100ですか。それと、修道女達ですが、【サフロ】と【デルトン】が全員使えます。【サフロナ】は2名が2回は使えます。私は、彼女達と救護所を修道院に作ります。」
ディオンさんが俺に伝えてくれた。
「魔道師は10人程、国王が派遣してくれると言っておりました。その内、2人は【サフロナ】使いです。」
「それは助かる」
ボルスさんの言葉にディオンさんが嬉しそうに呟く。
「それで、砦周囲の状況ですが…。」
そう言って、テーブルに地図を広げる。
別荘の東側は植林地帯を囲むように石塀が出来ている。
その外側には空掘りがあり、木柵がある。そしてもう1つ空掘りがあった。
空堀は、王都に続く道沿いに続き、丘の途中で終っている。
丘の南にも低い塀と空堀が作られているから、漁師町に上陸したとしても丘の上に辿り着くのは苦労しそうだな。
「この坂は結構急です。工兵が数個の石を丸めてくれました。敵が上ってきたら転がす予定です。」
別荘の西側はちょっと離れて修道院が8割方出来ている。殆んど建物は出来ており、内装の途中だそうだ。
その修道院の周囲は果樹園だ。まだ実はならないとの事だが、だいぶ捗ってるみたいだな。
その果樹園を囲むように石塀が出来ている。高さは2m位だから、十分な阻止線を張れる。その外側にも低い石塀がある。これは修道院の領地境界なんだが、その低い塀に杭を挟んいるから、これも役に立つだろう。その外側には深い空堀を2重に掘ってある。
「石塀の3箇所にバリスタを運べるように作ってあります。そして、これが海軍への補給用の港です。」
それは港と言うよりは入り江だな。石塀を延長して海にまで伸びている。そして片側は岬の崖に面している。
「補給品は漁師が沖までカタマランで運ぶ事を考えています。カタマランは5艘を果樹園に隠してあります。」
潜水艇なら入ってこれるかもしれないが武装商船はちょっと無理だな。漁船で資材を運べるならそれで良い。
「とりあえず、ここを指揮所にする。敵がどちら側に上陸してもここなら状況が判るだろう。東の敵には、ここでいいが、西に上陸した場合は現場に近い場所にもう1つ指揮所が欲しい。」
「この、急造した兵舎の一角を指揮所にします。攻撃を受けた場合は林のこの辺りに逃げられますから…。」
「通信機は何台あるんだ?」
「別荘に移動式通信機が1台。小型通信機は2台あります。それに発光式通信器が3台です。通信兵は10人おります。」
「ここは2人で良い。前線指揮所に4人に1台を渡しておけば良いだろう。後は…、杭が大量に要るな。カナトール川辺の林から調達出来ないか?」
「それは、フェルミに連絡すればよかろう。荷馬車10台程度あれば十分じゃ。」
アルトさんが呟いた。
そうだな。確かにカナトールは戦乱に無関係だ。その位は駐屯している部隊に頼めるかもしれない。
「アルトさん。後で連絡お願い。場合によっては取りに行けると言えばフェルミ達にも迷惑は掛けないと思う。」
「了解じゃ。通信機はどこじゃ?」
こちらです。と立ち上がったアルトさんをボルスさんの部下が案内して行った。
そんなところへトレイを持った侍女がやってきた。
俺達の前にお茶を置いてくれる。
侍女が下がるのを待って、俺達はお茶を飲む。
「とりあえず、こんな所かな。先ずは、早くて3日後の住民避難だ。場合によっては俺達も手伝うぞ。」
俺の言葉に、ボルスさんとディオンさんが頷いた。