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#407 沿岸部の避難方法

 


 ディーの操縦するイオンクラフトは、現在ネイリー砦に向かって進んでいる。

 アルトさんは毛布に包まってディーの隣にいるのだが、俺は荷台で毛布に包まっている。やはりこの季節の移動は辛いものがあるぞ。

 厳冬期に着る防寒服を用意してこなかったからなんだけど、今更ながら失敗を悔やんでいる。

 それでも、一回の移動時間は精々2時間だから我慢してはいるんだけど…。


 「見えてきたのじゃ!」

 アルトさんが荷台に顔を向けると、俺に教えてくれた。

 トラックの運転席のような操縦席の上に顔を出して前方を眺めると、森の彼方にネイリー砦が見える。もう少しだな。


 「ご苦労様です!」

 イオンクラフトがネイリー砦の中央広場に着陸すると、キーナスさんが数名の部下を率いて俺達の所に走ってきた。

 高齢の筈なんだが、意外と元気だな。

 「生憎と、フェルミは王都に出掛けておりまして…。留守はこの老いぼれが預かっております。」

 「それは、承知じゃ。状況視察ゆえお主に無茶は言いつけぬ。」

 こんな挨拶はアルトさんに任せておけば安心だ。


 「こちらに…。」

 そう言って、指揮所に案内してくれる。

 指揮所には、前には無かった鳩時計と移動式通信機、それに大きな机に広がる地図がある。

 机を取り巻くようにして椅子が在り、その椅子をキーナスさんは俺達に勧めてくれた。

 「座るのは状況説明の後じゃ。座っては地図が良く見えぬからの。」

 

 キーナスさんは感心したように頷くと、近くにあった短い棒を持って俺達の反対側に移動した。

 「状況を、この地図で説明します。」

 「主要な建造物は前回の通りです。その後の新築はありません。

 新たな工事は空堀と柵に重点を置きました。空堀は海岸地点に2重に設け、ネイリー砦の東側には南北方向に3重に設けてあります。

 そして、ネイリーの北西にある屯田兵の居住区の前に柵と空堀を設けておりますが、屯田兵達はネイリー砦に、家族はマケトマムに迅速な避難が出来るようにマケトマムに収容施設を作りました。」


 従兵がお茶を持ってやって来る。

 キーナスさんはお茶を一口飲んで後を続けた。

 「ネイリーから南に約540M(80km)に海を臨むちょっとした断崖があります。

 そこに監視所を設けました。フィールドスコープと移動式通信機を備え、周辺の監視を含めて2小隊が待機しております。

 監視所の周辺は漁船規模なら近寄れますが、大型軍船の接近は暗礁が多く不可能です。

 ただ、湖から流れる川が監視所の西にあるのですが、その河口付近は砂州が出来ています。この砂州を利用した上陸を監視するため、軍船が見えたら川岸で監視するように伝えております。」

 

 小規模な部隊を背面上陸させる事も念頭においているようだ。ここはフェルミに任せておけば問題ないだろう。

 「敵の本隊規模が余りにも大きい。正規軍はネイリーに派遣できぬと思うが、亀兵隊は中隊規模で何とかしたい。」

 「助かります。それで、フェルミからの伝言ですが、出来ればエイオス殿の部隊を派遣願いたいと言っておりました。」

 

 エイオスか…。国境紛争では一緒だったから、気心が知れているという事か。それとも、姉貴の薫陶を共に受けた仲だからかな。


 「了解じゃ。総司令に伝えておく。」

 簡単にアルトさんは引き受けたけど、総司令って誰なんだ?

 そんな疑問を持ちながらお茶を頂く。


 「ところで、敵軍の規模は20万を超えると聞いております。我等死兵となってくい止める所存ではおりますが…この戦、勝てる算段はおありなのですかな?」

 「ミズキが言っておった。勝てるから戦をするのだとな。負ける戦をするなど端から考えておらぬ。」

 

 「しかし、20万は大軍ですぞ。それに引換え我等は精々千人に足りませぬ。エイオス殿が来られたとしても、200足らずでしょう。」

 「この東海岸に20万が上陸する事はありえないとも言っていたぞ。精々3万じゃ。テーバイ独立戦争当時よりは多いかも知れぬが、今回は新たな部隊が亀兵隊代わりに上陸部隊を翻弄するじゃろう。」

 「この地へ上陸する部隊は陽動であると言うのですか?」

 

 キーナスさんの問いにアルトさんが頷いた。

 「陽動に3万近くを用いるとは…。」

 「まぁ、作戦と言う奴じゃな。本隊はまったく別の場所に上陸する筈じゃ。とは言っても数の暴力はおろそかに出来ぬ。その辺りはフェルミに任せれば良い。」


 「ところで、先程のお話で監視所には小さな船は近寄れるんですよね。どれ位停泊出来ますか?」

 「監視所の下は小さな入り江です。大きさにもよりますが10隻程度は停泊できます。ですが、敵が近寄れば周囲は森ですから幾らでも狙撃する事が出来ますし、断崖の高さは20D(6m)近くありますから上陸は少人数で阻止出来ます。」


 話を聞いてアルトさんと顔を見合わせて頷いた。

 「海軍の補給基地を監視所に作って欲しい。海軍と言っても小船じゃ。食料と専用の爆裂球を保管する小さな小屋があれば良い。そうじゃな…。民家1軒分で足りる筈じゃ。」


 「了解しました。そんな小船をどのように運用するかはお任せしますが、味方の船が小型であれば丸太と滑車で荷を届けられるでしょう。」

 「うむ。出来れば春までには作って欲しい。来年には沿岸部への攻撃が始まるやも知れぬ。」

               ・

               ・


 王都に戻って、姉貴に状況を伝える。

 夕食後は全員揃っているから都合が良い。


 「…という事で、海辺の町や村を一通り見て来たのじゃ。やはり避難に要する時間が問題じゃな。陸から見えてからでは間に合わぬような気がするぞ。」

 「あらかじめ進路を予想することは出来るんだけど、避難対象区域が広範囲になるわ。市民の暮らしが大きく影響しそうだから、それはやりたくなかったんだけど…。」

 アルトさんの報告に姉貴が考え始めた。

 確かに、1つの村や町なら、国全体に影響する事は無いが、海岸地帯の数箇所の町や村を一気に避難させた場合は経済活動が停止する恐れがある。

 多くの難民を一度に抱える事になるから長い目で見れば国力の低下に繋がりかねない。戦が短期間で終了するとは断言出来ないからだ。


 「でも、避難を優先させたほうが良いよ。少しでも内陸部に家族が避難していれば安心して敵が近付くまで漁が出来る。」

 「2段階に避難させるのね。確かにアイデアだわ。それは、アテーナイ様とアキトで調整して頂戴。」

 まぁ、言い出した以上仕方がないか。明日にでもアテーナイ様を訪ねる事にしよう。


 姉貴の方は、前回よりも士官達の考えがまともになってきたと言ってるけど、全部で20人だよな。俺としては、この士官達が使える部下を2人ずつ持てる事を祈るしか無い。


 次の朝。早速俺は王宮に出向いた。

 ディーは姉貴の手伝いという事で、俺とアルトさんで王宮へのんびりと歩いて行く。

 「昔はわがもの顔でこの通りを歩いておったが、時代は変わるものじゃな。」

 年寄り臭い言葉をアルトさんが呟いている。

 「あまり国政に関わるのもね。ユング達のように自由に生きたいとは思うけど、この国に愛着もあるし…。」

 「世間と関わらぬと言うのも、考えものじゃ。適当に関わるのが良いとは思うが、さて、その頃合が難しいのう…。」


 アルトさんも将来を考えているのだろうか?…今はアテーナイ様もサーシャちゃんもいる。しかし、いずれはアルトさんを知る人はいなくなる筈だ。

 今は良い。しかし将来は…。そういう意味でアテーナイ様はアルトさんを俺達に託したんだろうな。何と言っても実の娘だ。あんな言動はしていても娘を大事に思っているのは間違い無いだろう。


 王宮前の広場に行くと、柵を守る門番に来訪の目的を告げる。

 「アキト様にアルト様ですね。どうぞお通り下さい。」

 そして、王宮前の広場を横切り、階段を上って大きな扉を前にした近衛兵にアテーナイ様との会談を告げる。

 「少し、お待ち下さい。案内を呼びますので。」

 そう俺達に告げると近衛兵の1人が王宮内に走って行った。


 「お待たせ致しました。私に付いて来てください。」

 そう言って俺達の前に現れたのは、老いた執事だった。


 「久しいのう。息災であったか。」

 「はい。まだまだ息子に後を譲る気はありません。」

 そう言ってアルトさんを眩しそうに見詰める。

 執事の案内で王宮を歩くと、2階の一室の前で立止まる。

 「ここで、お待ちしております。シュタイン様達も集まっておりますよ。」


 ん?…アテーナイ様だけじゃないのか?

 「アキト様がおいでになりました。」

 軽く扉を叩くと、そう室内に告げて扉を開く。

 「さぁ、どうぞお入り下さい。」

 俺は軽く執事に頭を下げると室内に足を踏み入れる。

 アルトさんと扉のところで軽く頭を下げると、後ろから入って来た執事に大きなテーブルの真ん中の席に案内された。

 

 改めて室内の王族達に深々と頭を下げる。驚いた事に連合王国の国王達が全員揃っていた。中には御后様達もいるぞ。

 「先ずは座るが良い。我を訪ねて来たと聞いたが、丁度国王達が揃っておる。たぶん国王達への根回しじゃろうから、最初から揃えておいたぞ。」

 

 アルトさんと顔を見合わせると、とりあえず席に着く。

 「して、どのような用件なのじゃ?」

 アテーナイ様が悪戯が成功したような顔で俺を見て言った。


 「実は、海岸地帯の村や町の避難に関する意見具申なのです。」

 「うむ。それは我等も気にしている事だ。一体どれ位の時間で避難できるのかとな。民間に犠牲を強いる事は出来ぬ。」

 俺の言葉を聞くとアトレイム国王が言った。

 

 「アトレイムの修道院砦からモスレムのネイリーまで海岸地帯の村や町を廻ってきました。

 村の有力者に避難時間を尋ねると、殆んどが半日と答えております。これは、沖に敵船が見えてから上陸までの時間にほぼ等しいと俺は考えました。

 そこで、疑問が生まれます。敵船を見て、武器を振り回した上陸部隊の接近を目の前にして、人々が恐慌を起こさずに静々と避難する事が出来るでしょうか?

 一目散に避難を始め、道は荷車で塞がり、転んだ子供は後ろから押し寄せる人々に踏まれ続けるでしょう。身動きが出来ない状態で背後から虐殺が始まる可能性さえあります。

 これは提案ですが、スマトル軍の軍船の進路が確定した段階で女子供そして老人だけでも一時的に避難させる事が可能でしょうか?

 漁師達は沖に敵船が見えてからでも避難すれば村や、町の経済活動に大きな損害を与えないと思うのですが…。」


 「確かにそれは手ではある。それでも経済活動は半減すると考えられるが、国民に被害が及ぶ事は無いか…。敵接近を沿岸地帯に知らせる手立てを考えればよいのだな。」

 エントラムズ国王が渋い顔をして呟いた。


 「確か武装商船には通信機を積むと言っておったな。」

 「2隻に積むと聞いておる。…武装商船を哨戒に使うのか?」

 「それも方法の1つと言えよう。」


 少し、場が騒がしくなってきたな。

 俺はお茶を飲んで一息入れる。

 「たぶん、敵の出発から連合王国の沿岸に着くまでは3日程度は掛かろう。この大陸を隔てる海洋の潮の流れは早い。それに逆らいながら来るのだからそれ位は掛かるじゃろう。

 早ければ来年から始まるであろう、沿岸の町や村への攻撃じゃ。陽動のようにも見えるが、ミズキは沿岸部の調査だと言っておる。敵の本隊の規模は10万を超える。このような大部隊を容易に上陸させる地点と陽動部隊…、これも2万を越える部隊ではあるのじゃが、この上陸地点を決める為だと言っておる。」


 「ならば、ミズキがその接近を教えてくれるという事か?」

 「敵の軍船が出発すれば教えてくれよう。そして、その軍船が大陸間の海の中ほどに差し掛かればおおよその進路を予想出来るじゃろう。それに合わせて避難すれば1日早く行動が取れる。」

 アルトさんとアテーナイ様の話が続く。


 「最初から全軍で連合王国を目指す事は無かろうな?」

 「それが出来る国王なら、我等は全滅を覚悟せねばなるまい。じゃが、ミズキはそれはありえぬと言っておった。10万を越える兵の食料をどうやって維持するかを考えれば、敵は早期に我等の食料庫を奪わねばならん。じゃが、生憎とスマトル王は我等が食料庫のありかを知らぬ。となれば、この戦の勝敗を決めるまでの食料をスマトルから輸送せねばなるまい。その輸送を考えると上陸地点を全ての海岸線で行う事は不可能じゃと言うておったぞ。」


 「では、敵の接近は知らせて貰えるのだな?」

 「来年には連合王国全体の軍を統括する作戦本部を作らねばなるまい。その作戦本部に知らせれば、アンの通信部隊が部隊の駐屯地に連絡出来る筈じゃ。」

 「となれば、作戦本部をどこに置くかじゃな…。」


 「それについては、アトレイムが援助しよう。遊牧民の住居を真似た大型天幕を使えばよい。荷車で運搬できる筈だから、牛と荷車を20台。それに大型天幕を5張り引き渡す。」

 「移動式にするのか?…確かに手ではあるな。だが、それは戦になってからで良いだろう。それまではエントラムズの貴族の館を提供しよう。」

 

 何か話が変わってしまったけど、大丈夫なのかな?

 本来は、2段構えで避難を考えて欲しいという事だったが、何時の間にか作戦本部の場所が決まってしまったぞ。

 姉貴に怒られなければ良いけどね。

 

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