#405 シュタイン様の腕前
例年のように、狩猟期の朝は山荘で釜揚げを食べて気勢を上げる。
何となく、これも1つの行事のようになってきている。今年の屋台参加者全員が全員揃うのもこの朝の慣わしだ。
今年はアン姫は参加しておらず、イゾルデさんがブリュー姉妹と御用商人の娘達を連れて参加している。リムちゃんよりも小さな女の子までいるぞ。ギルドのルーミーちゃんよりも小さく見えるが大丈夫なんだろうか…。それでも美味しそうにうどんを食べていた。
「婿殿。今年は昨年よりも参加者のレベルは高まったが、それでも油断は出来ぬ。もしもの時は…。」
「大丈夫です。山荘の庭にイオンクラフトも待機させてありますし、今年はジュリーさんも着てくださいました。【サフロナ】使いが2人おりますから安心です。」
そう言って、焼き団子の焼いているスロットの手付きを、疑いの目で見ているジュリーさんに顔を向けた。
「まぁ、そうではあるが…、念の為じゃ。」
そう言って、アテーナイ様は全員の顔ぶれを見ている。
今回はセリウスさん達が来ているけど、ミク達は王都に残しているので、ミケランさんがリムちゃんとロムニーちゃん達を率いて狩猟期に参加するみたいだ。
アルトさんは参加出来なかったが、文句1つ言う事は無かった。
「我がいなければイザという時に困るじゃろう。」って言ってたけど、それを楽しみにしているのだろうか?…何も無い事を祈るばかりだ。
グルトさん達に屋台を任せて、俺とシュタイン様で山荘の庭の擁壁から黒リックを釣る事にした。
屋台の整備に時間が掛かって、20匹程度しか事前に準備出来なかったから仕方が無いけど、何となく皆に屋台をやらせて俺が遊んでいるように思え、ちょっと後ろめたい気がする。
湖に面したベンチに座りながら、ふとシュタイン様の横顔を見る。
確かに、トリスタンさんと比べれば老けてはいるが、とても70歳近くには見えない。アテーナイ様はハーフエルフとの事だから、若く見えるがシュタイン様は人間の筈だ。どう見ても60前だよな…これで来年には曾孫が出来るのかと思うと、この世界の寿命と老いについて考えてしまう。
「どうした?」
俺の視線に気付いたシュタイン様が浮きを見ながら聞いてきた。
「いや、来年には曾孫が出来るのに、そんな風には見えないな。と感心していました。」
「30までは体を鍛えたせいだろう。その後は国王となって王宮からあまり出た事は無いがな。」
そう言って竿を持った手首を返す。
竿先が魚の引きでグイグイとしなっている。結構良い形のようだ。
そして、弓の腕もリムちゃんから聞いて驚いた。
使った弓は弓兵の持つ長弓で、リムちゃんには満足に引けない程の強弓だったらしい。
「200Dで的を外さなかったの…。」
そう俺達に報告してくれたリムちゃんも、見た時は相当驚いていたらしい。アルトさんも口を開けたままだったって言ってたからね。
まぁ、確かに国王自らが戦をするような事態が起こればシュタイン様だって弓を取ったのだろうが、生憎と小競り合いはアテーナイ様やアルトさんそしてイゾルデさんと武を誇る面々が揃っていたから活躍する機会は無かったんだと思う。
たまに練兵場で弓を使う日はあったかも知れないが、王宮に長居しないアルトさんは気付かなかったのだろう。
「シュタイン様。…俺に弓を教えてくれませんか?」
「アキトは弓を射った事があるのだろ?」
「はい。お恥ずかしい話ですが、前には飛びますが的には当たった事がありません。」
「ふむ…。それなら教えないほうが良いな。たぶん弓よりも有効な手段を持っているのだろう。その事が、弓の腕を鈍らせる。
弓の腕を上げれば、そちらがおろそかになるやも知れぬ。戦を控えた今の状態ではどっちつかずになる可能性が高い。」
確かに銃の射撃には自信がある。それが、あの弓の結果に繋がるのか…。
ある意味、瞞心の結果となるんだろうな。銃を持っていなければそれこそ懸命に練習するだろう。
まぁ、弓はアルトさん達が上手にこなすから問題は無いだろう。でも、アルトさんは銃も上手なんだよな。
昼頃に釣れた魚を入れた桶を、山荘の調理人に手渡した。
「休憩所で昼食にしましょう。」
俺の言葉にシュタインさんが頷く。
2人で屋台の並ぶ通りにある休憩所に行くと、直ぐに姉貴がうどんの器を持ってやってくる。
「ご苦労様。もうすぐ、サレパルも来るから先に食べてて。」
どうやら、姉貴達も交代しながら昼食を取るようだ。
直ぐに、アルトさんがケバブとサレパルを木製の皿に入れて持ってきた。
その後に、うどん屋希望のハンターが2人、焼き団子と黒リックの串焼きを持ってくる。
後は、ザラメ焼きと鯛焼き位だな…。何て考えているとアテーナイ様が、それを持ってやって来た。
「少し、店を広げすぎたような気がします。」
「何のこれしき。手伝おうというハンターは幾らでもいる。俺達に任せて、狩猟期に励んでも何ら問題がない。」
そう言って、グルトさんが串焼きを豪快に齧っている。
「いやいや、これは我等の楽しみでもある。全てを任せるなぞ、とんでもない事じゃ。」
そう言って、パイプを持ち出して一服しているのはアテーナイ様だ。
「海釣り大会では、参加しておったから屋台は無理じゃったが、船に乗れなくなれば港に屋台を出すのも計画の内じゃ。」
「その節は、是非とも声をお掛け下さい。あの港町にもうどん店を開きたいと思っているのです。」
「うむ。大丈夫じゃ。」
そんな話をしながらグルトさん達とアテーナイが笑いあっている。
意外とやりそうな感じだ。
アルトさんがそんな連中をジト目で見ている。まぁ、それも微笑ましい光景だと思うな。
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「ところで、どうだった。海釣り大会に屋台を出したんだろう?」
「あぁ、毎年やってくらいたい位だ。そうだな…、屋台はこの半分よりは多かったぞ。皆売り上げが伸びていたな。たぶん次の大会には、狩猟期並みに出店があるだろう。」
「そりゃぁ、良いなぁ…。」
海釣り大会は小商人にも高評だったようだ。
サーミスト国王もさぞかし鼻が高いだろう。そして、何故か掛けの胴元をしていたエントラムズ国王もご機嫌らしい。
となれば、次はアトレイムって事になりそうだな。
「ところで、カナトールはどうなってるんだ?」
「中々有望だと聞いている。若者は少ないが今年も豊作らしい。農産物をエントラムズ経由で輸出しているらしいぞ。」
「なら、俺達の商売も昔に戻るのか?」
「昔、以上だ。何せ、税金が安い。他の王国以上に農民の手取りがあるんだ。俺も、狩猟期が終ったら、少しカナトールを回ってみようと思ってる。」
少し離れた場所で昼食を取る屋台の主たちの会話が聞えて来た。
カナトールの復興は順調みたいだな。流石、アイオスさんだけの事はある。
町を廻る小商人達も、商売の場所が増えるのは嬉しいだろうな。
昼食を終えると、夕方まで再度釣りをする。
獲れた獲物を調理人に渡して、姉貴達と一緒に家に帰った。
夕食を屋台で買い込み、家に着くと直ぐに姉貴は情報端末で状況を確認する。
ディーが、テーブルの端に買い込んだ食べ物を広げてお茶を準備する間に、風呂の支度をしておく。
お茶とサレパルという簡単な食事に、何故かしらおかずは鯛焼きだ。
「…で、状況に変化は?」
「目立った変化は無し。1万人規模の演習は王都の近郊でしているけど、実質の規模を考えると、まだまだだね。少なくとも数種類の陣形を臨機応変に組める位じゃないと使えないわ。」
中々攻めて来ぬなぁ…。なんてアルトさんは言ってるけど、俺としては攻めてこない方がありがたい。
とは言え、確実に軍備を整えて強い軍隊足るべく訓練をしているのは間違いない。
陽動部隊と言えど…否、陽動部隊の方が手強いような気がする。
精々、数は2万程度。十分に陣形を教えられる。これが10万を越えるならば陣形を変化させるだけでも伝令が走り回らねばなるまい。
「それって、陽動部隊を先に訓練してるんじゃないかな。本隊は数で、陽動部隊は精鋭部隊で揃えられると厄介だ。」
「精鋭なら本隊において使うのがスジじゃと思うぞ。」
「いえ、確かにアキトの言う通りかも知れない。その手もあるのよ。…これは、ちょっと考えないといけないな。」
姉貴はそう言うと鯛焼きを口に入れたまま、情報端末を操作し始めた。
俺とアルトさんが顔を見合わせる。
まぁ、こういう事は姉貴達に任せておいて俺達は食器を片付けて早めに寝る事にした。
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そして、狩猟期が終る。
ブリューさん達は「待ってますよ!」と言いながら、ガルパスと馬車で帰って行く。
イゾルデさんも何時の間にかカルートの乗れるようになっていた。
「これで、アキトさん達に付いて行けます。」なんて言いながら、馬よりも早い勢いで走り去った。
「なんじゃ、あれは?」
「テーバイの方に住んでいる獣です。この間行った時に数匹貰ってきたんですが…。」
「確かにカルートは凄い。イゾルデ様がカルート突撃兵100人を指揮している。ガルパスの強襲なぞ問題にならぬ程の恐ろしさがあるぞ。」
グルトさんの俺が答えたら、セリウスさんが補足してくれた。
確かに大きいからな。でも、俺にはガルパスの方が有効性が高いと思っている。
カルートは獣だ。そして大きい分、敵の攻撃を受け易い。それに比べて、ガルパスは地上高さが低く攻撃の当たる投影面積が低いのだ。更に背中の甲羅も役に立つ。
アテーナイ様達がカルートを駆っていた時にガルパスのように使えないと言っていたから、乗馬感覚なんだろうな。俺としては乗り手と一体となったガルパスの機動が優れていると思う。
次々と仲間が村を去っていく。
セリウスさん達も村を離れる頃には、アクトラス山脈の峰の白銀の輝きがだいぶ麓に迫ってきた。
「明日は我等も村を離れるのじゃな。」
「うん。そうだね。今回は馬車が一緒だから2日掛かりだよ。」
「仕方あるまい。ネビアのお腹がだいぶ目立ってきたからの。ロムニーも土産を沢山運べると言っておったが、あの宿屋に置く場所は無かろうと我は思うぞ。」
「でも、狩猟期の獲物の一部で干し肉を作って貰っていたから、たぶん食べ物だよ。」
リムちゃんも同じ意見のようだ。
そんなに何も無い宿屋ってあるのかな。前回は行けなかったから、今度こそ訪ねてみよう。
「それより、この収穫は全部持っていくのか?一度も食べられなかったぞ。」
「王都の館で1度は試食しよう。でも、だいぶ収穫できたから各国に分けてあげようと思うんだ。」
トウモロコシは収穫できたのだが、畑を放っておいたもので収穫量は少ない。
来年は何とか収穫量を上げようとルクセム君のお母さんに種を渡して世話をお願いしておいた。
変わった植物だとは、セリウスさんの畑を見て思っていたらしい。
収穫量の三分の一という約束で快く引き受けてくれた。来年こそは焼きトウモロコシが食べられるぞ。
「まぁ、1度は食べてみたいものじゃ。あんな硬いものがどんなものに化けるか楽しみなのじゃ。」
案外簡単に納得してくれたな。たぶん自分達だけで先に食べるのを良しとしなかったのだろう。王都に行けばサーシャちゃんやミーアちゃんが一緒だからね。
次の日、俺達は王都に向かった。
スロットが、馬車に乗り込むネビアを気遣っていたが、馬車にはロムニーちゃんも一緒だから大丈夫だろう。馬車を先頭に村を出て行き、俺達を乗せたガルパスが後に続いた。
振り返ると、東門でスロットが俺達を見送ってくれている。
俺が手を振るのを見て、両手を上げて手を振る姿が見えた。
大丈夫。来年にはちゃんと母と子を連れて帰ってくるからな。