#404 地図の完成
「そうなんですか。アンと同じですね。」
地図の状況を聞きに山荘を訪れたクオークさんが俺達に言った。
ん?…姉貴と互いに顔を見合わせる。
「スロットには山荘の管理をして貰っているし、まんざら知らない仲でもない…。それに来年には互いに父親になるなんて、色々相談出来ると思うと心強い…。うん。良かった。」
どうにか状況が飲み込めてきたぞ。
来年にはアテーナイ様に曾孫が出来るという事だな。
「おめでとうございます。それで、何時頃の予定ですか?」
「アンは春じゃないかと言っていたな。母上が何かと世話を焼いているんだが、通信機器の設置と通信兵の育成は、何とか今年中に目処をつけるとアンは言っていたよ。今頃はテーバイの筈だ。」
無理しないで欲しいものだが、たぶんそれで現場での作業は最後になるのだろう。後は王宮から訓練を指揮すれば問題ない。そして、その仕事はミク達がやるんだろうな。ミク達も弟か妹が出来ると聞いて頑張っているに違いない。
「それで、今日訊ねて来たのは…。」
「地図の事でしょう?…大丈夫。どうにか、形になりました。ミズキさんに貰った大森林地帯の沿岸部と大陸間の図面は、測量部隊が実施した測量結果に合わせて1つに纏める事が出来ました。かなり大きな図面になりましたけど。」
そう言って、次女を呼び何事か伝えた。
「纏めた原図は私が保管しています。神官に頼んで5部複製を作りました。今もって来ますが、それはアキトさん達にお渡しします。」
しばらくして侍女が大きな巻物を持ってきた。黒板位の大きさがありそうだ。
シュルシュルと丸めた紙を伸ばして、文鎮代わりに陶器のカップを載せておく。
海に面したテーバイ、モスレム、サナトール、エントラムズそれにアトレイムの海岸線と主要な町に王宮の位置が描かれている。
森は、高空写真から描いたものだな…。そして、海を挟んだスマトルの港町が描かれていた。
緯度、経度の表示は無く。モスレム王宮を基準として縦横に線が描かれているが、これは1マスの大きさが100Mになっていた。
縦横の線は磁石の東西南北と合わせたようだ。
本来の地図は経緯度を描くんだが、まぁ、急造だからね。戦にはこっちの方が都合良いだろう。
「アンは通信機器と一緒にこの地図と磁石、それにこれを1セット持って行きました。」
そう言って、細長い木箱を開けると、鉛筆が2本、定規が1本。それに分度器とデバイダーが入っている。
「使い方はたぶん理解出来るでしょう。」
「一応、アンは一通り教えると言っていましたよ。」
「これで、来春からの陽動に備えられるわね。」
姉貴の言葉に頷く。
「それと、タイマーという木箱を50個持って行きましたが、あれって何ですか?」
「ラミア女王が悩んでいるものさ。あれで解決出来る筈だ。」
あの時の笑みは絶対、何か作っている筈だ。たぶん潮流を利用した兵器だと思うけど、それにはタイマーがどうしても必要になる。
こっちもサーシャちゃんアイデアの浮遊機雷が出来そうだから、それも出来次第届けてあげよう。
そんな会話をしていると、アテーナイ様とシュタイン様がリビングに入って来た。
「おや?早速訊ねて来たのじゃな。…ほほう、これが今回の作戦図か…大きいのう。」
そんな事を言いながら地図を眺めている。
シュタイン様は我関せずの構えだな。椅子に座ると釣り大会で得た特別賞のパイプを取り出した。
「しかし、広いのう…。じゃが、多数の兵員を上陸させるには、やはり場所が限定される。…そして、10万以上の兵を一気に上陸させるには、やはり港になるじゃろうな。となれば、軍を分けて対峙するしかなくなるのう…。」
テーバイ、アトレイムの陽動とサーミストへの本隊上陸…。距離があまりにも離れ過ぎている。
民兵を使うと言っても町に篭っての防御戦対応の為であり、攻撃を行う部隊ではない。
屯田兵も然り…。攻撃部隊はあくまでも正規兵と亀兵隊が行う事を想定しているのだ。
「この地図を元に、次の士官学校の授業を行いたいと思います。…そうですね。次回は3期目を集めるのではなく、一期生を再度集めようと思います。」
「ふむ…。実際に図上演習をさせる訳じゃな。了解じゃ。」
「場合によっては、ラミア女王に通信器で参加して貰います。」
「大掛かりなものになるのう。ついでに、その指示で部隊を展開しても良いぞ。図上演習で見えないものもあるじゃろう。」
それって、図上演習の枠を通り抜けてるぞ。実践訓練じゃないか。
だが、実際には地図では判らない起伏や小さな森があるし、地面の状態では野営もままならない。さらには移動に掛かる実際の時間は部隊規模で動かして初めて見えてくる筈だ。
「…まぁ、我に任せておくのじゃ。」
そう言って再度地図をアテーナイ様が見ている。
「ところで、ワシだが…。決して邪魔はせぬから、本部の片隅においてはくれまいか?たぶん連合王国となっても、次の戦を超える戦はそうはあるまい。記録を残しておきたいのだ。」
「我が君の言う所も理解は出来るが…、本部は固定されないと思うぞ。移動しながらの戦じゃ。場合によっては自ら戦う事になるやも知れぬ。」
「弓ならまだ引ける。大丈夫だ。」
確かに、シュタイン様のいう事は判る。後になれば脚色されるだろうし、時系列も怪しくなる。戦の推移を客観的な観測眼で記録を残せば連合王国にとって大きな財産になろう。
それにしてもシュタイン様って弓が使えるんだ。少し尊敬出来るぞ。俺は今でも前にしか飛ばん。
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・
「父様が弓じゃと!」
夕食後に山荘での出来事をアルトさん達に話したら驚かれた。
「我は、一度も父様の弓の腕を見た事が無いぞ。だいたいが、母様を后に迎えたのもモスレムの武の低下を憂いた結果じゃと母様から聞いた事がある。」
「お兄ちゃんと同じ位?」
「判らんが、アキトの場合は持たぬほうが良い。まぁ、意表を付く事は出来ようが…。」
それって褒めているんじゃ無いよな。
でも、そうだとしたらシュタイン様の弓ってどれ位の腕なんだろう?
「まぁ、明日にでも父様を誘って弓の稽古をしてみるのじゃ。どれ位離れていれば安全かを見ておく必要はあるじゃろう。」
それも、酷い言い方だと思うぞ。でも、俺も気になるな。
「ダメだと思ったら、アテーナイ様に言って片手剣を装備して貰えばいいよ。周りが何とかしてくれるだろうしね。」
「最初からそうすれば誰もが納得するのだが…。」
「そして、アン姫様もお母さんになるのね…。」
リムちゃんは自分の事のように喜んでるな。
「あのハナタレが父親とは…。月日の流れは早いのう。」
そんな言葉を呟いたアルトさんを姉貴が優しく見ているけど、アルトさんって姉貴より随分と年上なんだよな。
「まぁ、そんな事もあって、今年の冬はリムちゃんももう一度士官学校へ行かなくちゃならない。」
「我とアキトは留守番になるのじゃな?」
「留守番と言うより、視察になるのかな。アトレイムの別荘が気になる。あの西は陽動部隊の上陸地点と見て間違い無い。それに、ネイリーの南にも監視所を作っている筈だ。そっちも1度見ておく必要がある。」
俺の話にアルトさんは嬉しそうだ。本当はのんびりと館で過ごしたいけどね。
とにかく、後少しで狩猟期が始まる。
今年は、昨年よりもハンターのレベルが上がったから少しは安心だ。それにアクトラス山脈に山岳猟兵達が点在しているから、救援部隊が常駐しているようなものだ。
今年は、あの新鮮組の羽織を着る事は無いだろう。
次の日、アルトさんはリムちゃんを連れて山荘へと出掛けて行った。
姉貴は、地図と情報端末が映し出すスマトルの映像を比較している。その隣で、ディーが映像の解説をしていた。
色んな書き込みをしているから、地図の補足をしているのかな?
俺は、ギルドに様子を見に行く事にした。
朝早いギルドだが挨拶しながら扉を開けると、数人の見知らぬハンターが掲示板を覗いている。
シャロンさんに状況を聞いてみると、少しずつハンターが集まって来ているらしい。
「後、1週間ですからね。アキトさんもそろそろ屋台の準備じゃないですか?」
「まぁ、そろそろね。たぶん、今年も助っ人が来てくれると思うんだ。」
しばらくはギルドでハンター達の様子を見る事に。テーブルに座って、お茶を飲みながらタバコを楽しむ。
「あのう…。この村のハンターとお見受けします。ちょっと相談に乗って頂きたいのですが…。」
そう言って、数人の少年達が俺の所にやって来た。
「俺で良いなら相談に乗るよ。」
「実は、この依頼を受けようと思うのですが、相場よりも報酬が高いのが気になりまして。」
そう言って見せてくれた依頼書はフェイズ草の採取だ。
他の場所でフェイズ草を採った事が無いから相場は俺には判らない。
「ところで、君達のレベルは?」
「全員、赤の7つです。魔道師が2人と長剣に片手剣でチームを組んでます。」
「赤7つなら、何とかなるかも知れないな。フェイズ草に傷がつくとカルキュルがやって来る。1人が採取。1人が周囲の見張りでカルキュルが来たら【メル】か【シュトロー】を使えば何とかなるんじゃないかな。フェイズ草の取れる場所は丁度湖の反対側にある崖の斜面だ。行くだけで1日は掛かる。
そして、この依頼を出した者にも心当たりがある。
もう一度依頼書を探してごらん。きっとカルキュルの卵の採取依頼もあるはずだ。
2つ一度に受けて4日掛かりで採取すれば良いと思うよ。」
俺の言葉に少年達は早速掲示板を探し始めた。
そして、1枚の依頼書を剥がしたところを見ると、見つけたようだな。
「ありました。ありがとうございます。」
少年の1人が俺の所に走ってきて礼を言うと、カウンターにいる仲間の所に走っていく。
いいなぁ、俺にもあんな時代があったよな。
採取に出かける少年達と入れ違いにギルドに訪れたのはセリウスさんとグルトさん達だ。
早速俺の所にグルトさんと数人の男達がやって来た。
「やはりここにいたな。今年も新人を2人連れて来た。残りの2人は去年の新人だ。1度経験しているから、ここでの修行を終えてエントラムズでうどんの3号店を開くと言っている。よろしく頼むぞ。」
「何時も、申し訳ありません。この頃は別件で中々手伝えません。自分で初めておいてお恥ずかしい限りです。」
「何の、アキトがいなくとも作り方は俺達が覚えている。味は落ちないし、新人を教える良い場でもある。だいぶ屋台も増えてきたし商売敵も多いのが良い。ここで一定の売り上げを得られればどこでも店を開けるぞ。」
「何だ。今年も屋台は出来ぬのか?」
村への到着報告を終えたセリウスさんが俺の隣に座ると早速パイプを取り出した。銀のパイプだ。
「セリウスよ。かなりの一品だな。」
「あぁ、これか?…シュタイン様に頂いたのだ。海釣り大会の商品にシュタイン様がパイプを貰ったんでな。お前にも世話になったと言っていたんだが…。それ程の品なのか?」
そういえば、シュタイン様はあのパイプを使ってたな。
前のパイプはセリウスさんに譲ったのか。
「銀無垢と見た。金貨何枚になるかは判らん。その見事な彫刻には値段が付けられんぞ。」
グルトさんの言葉に改めて吸っていたパイプを見詰めるセリウスさんだった。
武器の目利きは出来るが、それ以外はダメって事だな。
だが、シュタイン様はあのパイプを気に入っているようだ。確かに見事な金銀細工だけど、それよりも賞として得た訳だから、自分で釣ったあの大物を思い浮かべられるところが良いんだろうな。