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#403 村の新たな命



 村は夏の終わり、アクトラス山脈は遠くの高い峰に残雪が少しばかり残っているが、深い緑に覆われている。

 リオン湖は蒼い空を写して、遠くに見えるアルトさん達の乗る小船が空に浮かんでいるように見える。何時も通りの風景が一番落ち着くな。


 と言っても、何時も通りでないものもある。ネビアのお腹が大きくなっていたのだ。

 「生まれるのは来年の春になりそうです。」

 スロットが、驚いた俺達に言ってのけた。

 彼等がこの地に落ち着いてから随分と経っているし、何時の間にか結婚もしていたようだ。

 とりあえず、「おめでとう!」とは言ったものの、内心は複雑なものがある。

 

 そして、その事を一番気にしている人がシャロンさんだ。俺が到着報告をしに行った時も何か上の空だったぞ。

 姉さんのキャサリンさんも3年程前嫁いだし、今では一児の母だ。2歳違いと聞いてたから、自分に相手が出来ない事を気にしているのかな?

 

 「まぁ、新しくリムやミト達の兄弟が出来ると思えば良いじゃろう。色々と手伝って貰っておる。何か贈らねばならぬな…。」

 新しい兄弟という事を聞いてリムちゃんはニコニコしている。


 「あまり、気を使わない品ってちょっと思い浮かばないな。」

 姉貴は俺を見てそう言った。俺に考えさせる気だな…。

 「そうだな…。直ぐには思い浮かばないけど、セリウスさん達が帰ってきたら相談してみるよ。ミク達の時に欲しい物はなかったか?ってね。」

 全員が頷いたところを見ると、やはり何も思い浮かばなかったようだ。

 

 そんな衝撃的なニュースもあったけど、至って村は平和だな。

 俺達が、村にいない間は、山村に駐留している近衛兵達が山岳猟兵部隊との通信を行っていたようだ。

 「丁度いいから、今後は任せましょう。」って姉貴が言ってるけど、そうなると全体の情報はどこに集まるんだ?…そういうところも今後の課題だな。

                ・

                ・


 何時ものように、アルトさんはリムちゃんとギルドに出掛け、姉貴はディーと一緒にスマトル王国の偵察に余念が無い。

 とりあえず用事が無い事を確認して、ユリシーさんの様子を見に行く事にした。

 

 会社の事務所であるログハウスの扉を開けると、チェルシーさんと目が合う。

 「珍しいですね。ちょっと待って下さい、今呼んで来ます。」

 そう言ってログハウスを出ると、直ぐにユリシーさんと2人でやって来た。


 「久しいのう。まぁ座れ。」

 俺の肩を叩きながら、片方の手では服の埃を払っている。

 暖炉脇にある応接セットはちょっとデラックスになっていた。布張りから革張りになってるぞ。


 小さなテーブルにチェルシーさんがマイカップを添えて持ってくる。

 ハイ。って俺の前に取手付きのカップを置くと、ユリシーさんの前にもカップを置いた。

 「どうじゃった?…海釣りの方は?」

 「総合3位です。やはり漁師の人がいるチームには適いません。」

 早速、訊ねてきたユリシーさんに結果を報告する。


 「まぁ、それで飯を食ってる奴に負けるのはしょうがない。それで、リールは上手くいったのか?それとあの変わった鉤手は?」

 「上手く行きましたよ。鉤手はサーミストの港町で量産するそうです。」

 「まぁ、ここでしか作れぬ訳じゃなし、それは良かろう。それでも、会社に竿とリールの注文が、もう舞い込んどるぞ。流石は通信機じゃな。」


 「それは、シュタイン様が釣り上げた大カジキによるものです。大会前日に釣ったので、記録には残りませんが参加者全員度肝を抜かれたと思いますよ。ケルビンさんが剥製にして届けると言っていましたから、その内見せて貰えます。そうですね…15D(4.5m)位ありました。」

 そう言って、ユリシーさんのパイプに火を点けてあげる。

 「同じ道具なら俺にも…、という訳じゃな。まぁ、儲かる話なら歓迎じゃ。」


 「そんなに大きい魚っているんですか?」

 「あぁ、大きさならディーの釣り上げた鮫だな。リムちゃんが歯を持ってるから後で見せて貰うと良いよ。銛と投げ槍を数本頭に突刺してようやく引張り上げた位だ。」


 「前に、海釣りは生みの狩だ。と言っていたが、確かにそうなのかもしれんのう。しかし、シュタイン様が俺に話すときは絶対に20Dを越えるな。」

 そう言って笑い出したので、俺達もつられて笑い出した。


 タバコに火を点けると、会社の状況を聞いてみた。

 「今のところ順調じゃ。ネイリー産の木綿糸は毎年のように増えている。今年は織機を3台増やした。新たに機織の建屋を1棟増やしたから後3台は置けるな。村の者も娘達の働き場所が出来たと喜んでおる。そしてワシ達は、王都からの注文をこなしている最中じゃ。クロスボーのボルトを1万本。大量受注じゃから、弟子達だけで足りずに村の者にも手伝って貰っておる。そして、アキトの頼まれ物も数が揃ったぞ。30個を届ける。更に必要なら言うが良い。」


 「今の所、十分です。出来れば、テーバイの女王とサーシャちゃんに届けてくれませんか?」

 「了解じゃ。…しかし、ワシの所にボルト1万本は解せぬ話。しかもこれは量産型クロスボーのボルトじゃ。ただ作るなら、他にも工房はあろうに…。」

 

 「他の工房も作ってますよ。1年で少なくともクロスボー1万。ボルト20万は作らねばなりません。スマトルが軍備を増強中です。今度は20万を越える軍勢で押し寄せてきます。」

 「20万じゃと!」

 吃驚した様子で2人が俺を見る。

 「はい。…姉貴は少なくともと言っていました。それに比べてモスレムを始めとした4カ国の軍隊の兵員数は精々1万数千。これに屯田兵を加えても2万程度でしょう。スマトル軍の略奪に備えて海に近い村や町の住人に民兵になって貰います。

 守備であればクロスボーの威力は絶大ですから…。」


 「なるほど…。それなら、ボルト1万本は手始めじゃな。これを納めても次の依頼があるじゃろう。折角の働き口が無くなるのも忍びない。どれ、頑張るとするかのう…。」

 ユリシーさんが席を立つ。俺も席を立ってお願いしますと頭を下げると、ユリシーさんと連れ立って事務所を出た。

 

 家に帰ると、俺が出掛けた時と変わらずに、姉貴とディーが情報端末を睨んでいた。

 「何か変化を見つけたの?」

 「あら、お帰りなさい。…ちょっとね、これをどう思う?」

 壁に写されたのは、2つの船体だった。


 「これは、軍船だよね。」

 「軍船だけど、違いがあるのよ。良く見て!」

 基本的な大きさは変わらないよな。櫂の数も同じだし。上面の甲板にはバリスタが…。

 「バリスタの数が違うのか…。」

 「最初に見た軍船のバリスタは大型が3台。そして現在量産中のバリスタは5台なの。5台と言っても、飛距離はガルパスバリスタよりも少し長いわ。輸送にも使える汎用船に積んであるバリスタはこの5台と同じ大きさだった。」


 という事は、用途が違うという事か…。

 「この2種類の隻数は?」

 「今日現在で3台設置型が200隻。5台設置型が250隻です。新たに建造されているのは全て5台型になります。」

 ひょっとして…。支援型と直援型なのか?

 「ディー。建造中の5台設置型と思われる映像はある?」

 「たぶんこれが該当すると思われます。この造船場で作られているのは全て5台搭載型です。」

 ディーの出してきた映像には3隻の建造中の軍船が移っている。

 俺が見たいのは、建造の初期段階だ。そして、その中の1隻にその形が見て取れた。


 「姉さん。この5台設置型は、軍船だけど用途が違う。これは強襲揚陸艦だ。」

 「それって?」

 「これを見てくれ。船底に竜骨が無くて平底だ。ラムすら無い。これは、全力で砂浜に乗り上げて、兵員を下すと共に近寄る敵兵をバリスタで倒すのが目的だ。たぶん、3台設置型は沖からその援護をするんだろう。」


 という事は、陽動部隊に使用されるのか?

 どう考えても、砂浜上陸用だし、300人位しか乗れない筈だから、多用途船を資材運搬船と同行させる必要もありそうだ。

 陽動と言っても大規模なものになるはずだから、砂浜に乗り上げる船は50隻を超える筈だ。それだけで1万5千人…船をばらして急造の砦を作り、後の兵員輸送船の上陸を容易に行なう腹のようだ。

 なかなか考えてるな。

 それなら、連合王国の海岸線をそれ程詳しく調べる必要も無い。広い海岸線の場所と周辺の町や村をの位置が概略判れば良い筈だ。

 改めて、上空100km程の高さから見た海岸線をテーバイからアトレイムまで眺めてみる。

 こうしてみると、入り江や小さな浜は沢山ある。

 しかし、50隻を越える船が一度に上陸出来て、部隊を展開出来る場所はそれ程無い。

 その場所は、テーバイの西に広がる砂浜とアトレイムの俺達の別荘から西に広がる砂浜だ。

 その間の砂浜は精々10隻程度が上陸できる位の大きさでしかない。

 

 「やはり、姉さんの言うとおりテーバイの西とアトレイムの西が候補地だね。」

 「でも、どちらも致命的な問題があるわ。」

 

 「そう…、水が無い。まぁ、死兵にする訳じゃ無さそうだから、補給船が重要になる。両方に陽動部隊を展開したら本隊とあわせて3つの場所に継続的に補給しなければならなくなる。

 死に物狂いで略奪がはじまるよ。村よりも町が狙われるだろう。それだけ食料の保管量が多い筈だからね。

 ユリシーさん達がクロスボーのボルトを作っていたよ。1万本の依頼だそうだ。民兵計画がどうにか始まったようだ。」


 「テーバイは大丈夫かしら?」

 「クロスボーを100個程度贈るんじゃないかな。テーバイにも工房があるから類似品を作れる筈だ。でも、今は対空用クロスボーを作っていると思うよ。」


 テーバイの場合はジャブローを知られているか否かで、敵の進路が変わると思う。

 知っていれば水の補給基地として利用が出来る。もし知られていない場合はネイリーを目指すだろう。そして、マケトマムを落とせば、大きな橋頭堡をこの大陸に築く事が出来る。

 アトレイムの場合は海岸線を血で染める闘いが展開されるだろう。王都までは1日半程度の距離だ。そして王都の直ぐ北には水源がある。

 本体がサーミスト王都を目指さずにアトレイムに向かえばアトレイムは挟撃されてしまう。

 是が非でも砂浜から距離を置かずに殲滅する必要があるのだ。


 「色々と問題がありそうだけど、少なくとも今年は攻めて来ないでしょう。もう直ぐ刈り入れが始まるわ。スマトルではここより早く刈り入れるみたいだけど、それから乾燥、そして製粉になるから、軍用に使うには間に合わない。なるべく多くを備蓄して、早ければ来年の今頃が怪しいかな…。」


 5年先とみた戦が陽動とは言え来年には始まるのか?

 今更ながら、一大軍事国家となったスマトルの国力に恐れ入るばかりだ。


 「あぁ、そういば新しい船が出て来たの。…これなんだけど。」

 四角い箱舟。紛れも無いテーバイ戦で見かけた奴だ。

 「たぶんだけど、獣の運搬船だ。後は、本来の運搬船だな。何せ大部隊だ。本隊への補給は片道切符では対処できない。そして多目的船でも無理だ。貿易船のような大型の船が常時2つの大陸を行き来するようになる筈だ。」


 俺の言葉に姉貴が頷く。

 「そうね。アテーナイ様にも言って置いた方が良いかも知れない。そして、クオークさんの作っている地図の状況も気になるわ。あれが完成しないと迎撃の部隊展開に支障が出る。」

 

 確かに…。どこに、どれだけの部隊を配置するかは地図があって始めて可能だ。

 狩猟期の前には陶器作りにやってくる筈だから、状況を確認出来るな。

 まぁ、それも一月ほど先の話だ。今はのんびりと夏の終わりを過ごそう。


 

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