#401 サーミスト第1回海釣り大会
サーミスト王国第1回海釣り大会は、早朝の港で始まった。
出場する船は俺達のクルーザー並みの船が15隻。そしてそれより小型の船が8隻の23隻だ。おおよそ200人が出場する訳だが、飛び入り参加もあるらしい。これは地元の船乗りや、漁師への思いやりなんだろうな。
港の倉庫の前にお立ち台が設けられ、その前に参加者が一同に集められた。
そんな俺達を少し離れて観客がどんどん集まっている。たぶん少し離れて、屋台なんかも出てるに違いない。
まぁ、こんな大会に付き物の偉い人達の挨拶が一通り終ると、最後にお立ち台に上ったのは、サーミスト国王だ。
「我が王国には、これといった祭りが無い。確かに、大森林地帯はハンターにとっての祭りだろうが、サーミストは海運の王国だ。海にちなんだ祭りが無いのは不自然すぎる。よって、ここに第1回海釣り大会を宣言する。1週間の間に種類毎に釣れた魚の大きさで勝負を決める。まこと、サーミストに相応しい祭りだ。
では、始めるぞ!」
国王の片手が上がると、それを合図に数個の爆裂球が上空で炸裂する。倉庫街の屋根の上から弓兵が放ったようだな。
と同時に「「「オオォォー!!」」」と言う蛮声が港を包む。
このまま走り出して船に飛び乗りそうな感じだが、事前に出航の順番がクジで決まっている。
港の出口に船が殺到する事を防いだ措置らしいが、事前措置として申し分ない。
船の上で泊まる連中もいるだろうから、明日はこんなにいないと思うけどね。
「俺達の順番は最後から2番目か…。」
セリウスさんがちょっと残念そうに港を出て行く3隻を見ている。
「まぁ、海は広いんですから、少し遅くなっても…。」
「甘い。甘いぞ、婿殿!…昨日我が君が1匹大物を釣り上げておる。という事は1匹少なくなった獲物を追うという事じゃ。」
確かにそうだけど、そんなに深刻になるような話ではないぞ。これはお祭りだ。そして運の勝負でもある。
そんな俺の耳元で、姉貴が小さな声で教えてくれた。
どうやら、この祭りに、エントラムズの王子とサーミストの王子が共闘を組んでエントリーしたらしい。船長はレオナさんという事だ。
さらに、アトレイムの王女と御用商人の娘さん達がエントリーしている。この船の船長はデクトスさんだ。何と大型の双胴船で参加してきたという事だ。
「そんな訳だから、負けず嫌いな人達がこっちには大勢いるでしょう。」
「だね。少なくとも、レオナさんとデクトスさんのところには負けられないという事になる訳だ。」
実に判り易い性格だよな。たぶん悪人にはなれないだろう。
とは言え、操船のレオナさんと漁師の元締めのデクトスさんか…。相手にとって不足はないな。
そんな事を考えながら、次の3隻が港を出て行くのをベンチに座って眺めているといきなり肩を叩かれた。
「どうした。やはり来ると思っていたが、元気だったか?」
そう言って隣に座ると大きなパイプを取り出した。
「デクトスさん!…お久しぶりです。」
俺もタバコを取り出すとデクトスさんのパイプと俺のタバコに火を点けた。
「昨日、大型を釣りましたよ。あの仕掛けで大丈夫です。」
「見せて貰ったよ。まさか疑似餌で釣れるとは思わなかったが、釣り上げたのはモスレムの元国王と言うじゃねえか。モスレムが強国なのは意外と王族の運が良いのが原因じゃねえかと俺達は盛り上がっていたぞ。」
「あの獲物が今日釣れたならば、俺もそう思ったでしょうね。でも、大会前では…。」
「確かにな。だが、昨夜あれだけ盛り上がったのはあの獲物のおかげだ。漁師でもねぇ連中に釣れるんだからな。誰もが…良し俺も!と思っただろう。今回の最大の功労者だと俺は思うぜ。」
そう言って、俺の肩を再度叩くと船の停泊地に歩いて行った。
大勢の観客が手を振る中、3番目の船が出て行く。
そろそろ、俺達のトロイカが出る順番だな。
俺はベンチから腰を上げるとトロイカに向かって歩き出した。
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「遅いのじゃ。もう皆乗船しておるぞ!」
アルトさんが怒ってるけど、まだ出船には程遠い。そして、その原因が隣の船にある事が判った。
トロイカの隣には双胴船が停泊している。
結構速度が出せそうだな。そして船長がデクトスさんだから、漁の腕も確かだ。ブリューさんが俺に気付いて手を振ってるから、俺も手を振る。
その瞬間脛に鋭い痛みが走った。
アルトさんに蹴飛ばされたらしい。
痛む足を引きずってキャビンに入ると、姉貴が情報端末を操作している。
どうやら、海水温を調べているらしい。
エイオス達と盛んに意見を交換している。
キャビンの隅にいたセリウスさんが手招きしているので、傍に行ってみた。
「さっきから、あの通りだ。この勝負運だけかと思っていたのだが…。」
「かなりズルをするみたいですよ。いくら負けられないと言っても、他の船には無い仕掛けで釣るのは感心しませんね。」
俺は姉貴の所に行くと早速注意をする。
えへへ…。って笑っていたけど、直ぐに情報端末を仕舞ってくれた。
「確かに、アキト様の言うとおりです。しかし、これで他の船より1歩前に出ることが出来ます。」
エイオスもそう言ってくれた。
甲板に戻ると、シュタイン様が船尾で1人パイプを楽しんでいる。
「もうすぐ出船だ。昨日の獲物は大きかったが、今日もあれ位のが釣れると良いのう。」
「そればっかりは運しだいですね。そこが釣りの面白いところでもあるんですが…。」
確かに…、なんてシュタイン様が言っていると、赤い帽子を被った男が出船の許可である、緑の小旗を持って俺達の所にやって来た。
「出船を許可します。大物を期待してますよ。」
そう言って俺に小旗を渡してくれる。
「エイオス!出航だ。許可が下りたぞ!」
直ぐにベルアとカインが飛び出してくる。岸壁から離れないと帆走が出来ない。俺とセリウスさんも加わって4人で櫂を漕ぐ。
その間に、姉貴達が帆の準備をしている。と言っても帆布を巻いてあるロープを解くだけなんだけど、早くやっておくに越した事はない。
少し遅れて、双胴船が俺達を追い掛けて来る。更にその後に来るのはレオナさんの船だな。片面5本の櫂で漕ぐからたちまち俺達の船に迫ってくる。
レオナさんの船から手を振っているのは、タケルス君にディートル君だ。サーシャちゃんとミーアちゃんが手を振って応えてるけど、アルトさんは舌を出してるぞ。ちょっと大人気ないな。
港を100m程離れたところでエイオスが帆を張る指示を出す。
俺とセリウスさんも加わってロクロを廻して帆を巻き上げると、陸風を受けて大きく膨らんだ。
少し右に傾いたが、これは仕方が無い。スルスルとミク達が帆柱を上って帆桁に取り付いた。ちゃんと帆柱に付けてあるリングに自分達のベルトを結んでいるから落ちル事は無いだろう。
姉貴達は船首に陣取り、嬢ちゃん達はキャビンの屋根で見張るようだ。
右を見ると少し離れた所を双胴船が並走している。少し遅れて左側にレオナさんの船が追い掛けて来た。
俺達より先に出航した船はどこにも見えない。大海原に散らばったんだろうな。
「中々アトレイムの船は速そうだな。サーミストの船は横幅がありそうだ。段々と遅れているぞ。」
「元は沿岸警備の船みたいですね。でも、速度は十分です。この近海を知り尽くしていますから、一番手ごわい相手ですよ。」
「あぁ、ミケランから聞いたぞ。だが、この船には運が付いている。」
そう言った、セリウスさんにシュタイン様が頷いていた。
「左右の船は仕掛けを下ろしたぞ。我等は未だなのか?」
キャビンの屋根からサーシャちゃんが俺達に声を掛ける。
「未だ早いよ。港が見えなくなってからでも大丈夫だ。」
ただ仕掛けを引けば良いと言う訳ではない。鳥山をいち早く見つけてその中に仕掛けを流す。これがこの釣りのポイントなんだ。
目の良いミク達が帆柱の上で見張っているから、俺達3人はそれまではのんびりと帆走を楽しむ事にした。
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夕日が赤く周囲の海を染める。港の石作りの倉庫街も同じように染まっている。
画家が乗っていたら、この場に船を止めさせてこの景色を描くに違いない。
そんな、港にトロイカは帆柱に吹流しを付けて入っていく。
港の岸壁は鈴なりの観客が俺達の到着を待っているようだ。
今日の獲物はカジキは釣れなかったが、大型のシイラに似た魚が釣れた。帰り道の根で嬢ちゃん達が釣り上げたハタのような魚も、1m近い大物だ。かなり上位に行くんじゃないか。
岸壁に船を泊めて獲物をウインチで持ち上げると、観客から歓声が上がり始めた。
という事は、他の船よりも大きいのか?
船を下りて、倉庫の1つに入る。ここは今回の大会主催者の本部に当たる。
入れるのは大会参加者と掛けの胴元だけらしい。これでどんな賭けが出来るか知りたい気もするが、その日バージョンと期間バージョンがあるとのことだ。
エントラムズの国王が喜びそうだと思っていたら、賭けの倍率表の下に、ちゃんと座っていた。良くも御后様が許したものだ。
そして、その倉庫の壁の一角に総合成績表と、本日の成績表が張り出されている。
人だかりを掻き分けて、前に出ると順意表の1番はカジキを2本上げたデクトスさんの船らしい。
その次は…と眺めていると、係員が看板を差し替える。
2位は俺達の船だ。評価は、嬢ちゃん達が釣り上げたハタらしい。
レオナさん達は…、それでも4位に入っているぞ。
シイラの大物を釣ったようだな。俺達のシイラよりも大きそうだ。
本部を出て、ケルビンさんの館に向かう。俺達はケルビンさんの好意で泊めて貰っているのだ。
玄関の扉を叩くと使用人が飛んできて俺をリビングに案内してくれた。
大きなリビングには、俺達の外に、ブリューさん姉妹とディートル君達とモンド君達がいる。
今日の成果を肴に、夕食をという事らしい。
「未だ1日目ですからね。」
モンド君の言葉に嬢ちゃん達もうんうんと頷いている。
ディートル君達も負けず嫌いのようだな。
「やはり、デクトスの勘は頼りになります。いくら操船が良くても漁師には敵いませんわ。」
そう言って、おほほ…と笑うシグさんは年下の男の子達をからかっているのかな?
「ところで、アキト様は餌をどうしているのですか?僕達が餌を釣っている時に遥か彼方に船を走らせて行きましたが?」
ディートル君が不思議そうに俺に聞いてきた。
「あぁ、俺達は餌を付けないんだ。たぶんブリューさん達もそうだと思うよ。」
「デクトスがアキトに教えて貰った。と言ってましたが、やはりアキト様だったのですね。あんなものに飛びつくなんて、掛かった時は驚きましたわ。」
それを聞いてディートル君達が興味を持ったようだ。
「出来れば見せてくれませんか?」
「あぁ、良いよ。…これだ。10個以上作ってきたから、気に入った物を2個あげるよ。」
そう言って、バッグの袋から取り出した疑似餌をテーブルに広げる。
「こんなんで、あの大物が釣れるんですか?」
「実際には、これだけじゃなくてこれも使うんだ。」
新たに、袋からヒコウキを取り出す。
そして、お茶を運んできた使用人に筆記用具を借りるとヒコウキの使い方を教える。
「これも5個あるから2個を上げよう。明日、使ってみてくれ。」
モンド君は頷くと、貰った仕掛けを自分のバッグの袋に入れた。
「さっきの仕掛けに付いていた羽は君の姉さんの披露宴に使った髪飾りで余った羽根で作ったものだ。先端の角は嬢ちゃん達が仕留めたイネガルの角で出来ている。
簡単だから自分で工夫すると良いよ。」
「明日試して見ます。もし、釣れたら漁師達に広めます。」
モンド君の答えに俺は頷く。
中々良い国王になれそうだ。隣のローザさんもそんなモンド君を微笑んで見ている。
そして、俺達の前に運ばれてきた料理は、海鮮スープから始まる海のフルコースだった。