#397 浮遊機雷?
アクトラスの峰々から之が消えていくにつれ、薄緑の若葉の色に包まれていく。
そんな風景の移り変りに伴なって、この村へもハンター達がやって来る。
レベルは決して高くないが、若いハンター達の意気は高い。そんなハンター達が対処出来ない依頼を黙々と、アルトさん達がこなしている。
姉貴も朝早くにアクトラス山脈に異常が無いかを確認しているし、俺もギルドに出かけて様子を見ている。
昨年の灰色ガトルの襲撃が再度起こらないとも限らない以上、出来る事はやっておくべきだろう。
そんなある日の事、俺達の家にリザル族が訪ねてきた。
革の上下は真新しく、幅の広いベルトには手斧を挟んでいる。そして腰に付けた革製のバッグも大型のものだ。
「この村から、ノーランドの街道までを哨戒範囲にする部隊を率いてきた。部隊規模は15人。小型の通信器を備えている。異常があれば山荘に連絡する事で良いな。」
扉口でそれだけ言って帰ろうとするリザル族の戦士を引き止めて、リビングのテーブルに案内する。
俺と姉貴以外はギルドの依頼をするために出掛けているから、俺が暖炉のポットでお茶を入れた。
「その装備は…、ようやく活動出来るんですね。」
「そうだ。15人の部隊を6つ作った。モスレムからカナトールに掛けて4部隊が展開する。2部隊は集落に残して数人が集落で全体の指揮を執っている。」
姉貴が暖炉際の机から1枚の紙を取り出してきた。
「アクトラス山脈の地図です。少しは役立つかも知れません。」
「ありがたく頂くが、使い方が分からん。」
その言葉に、磁石と地図を使った簡単な現在地の求め方を教えてあげた。
磁石はバビロンから沢山貰ってきてる。数個ぐらい渡しても問題は無いだろう。
「なるほど、そして、この枠を他の部隊に告げれば連携が取れるのだな。」
「俺達が村にいれば駆けつけます。」
「出来れば、他の部隊にも地図と磁石を渡したいものだが…。」
「集落に2つ部隊を残しているのは、交替するためですよね。交替する時に寄って貰えば地図と磁石を用意しておきます。」
礼を言うリザル族の戦士は、ネリルと名乗った。
ダネリ達が指揮を執りその連絡は、リザル族の少年が受け持っているとの事だ。
「我等はあまり字も通信器の符号も良く分からぬが、少年達は若草のように知識を吸収する。戦闘には加わらぬ約束で我が隊にも3人いるのだ。」
「こちらも同じような所があります。若いという事はそれだけ柔軟に対処出来るんでしょうね。」
姉貴が、ネリルの言葉に相槌を打つ。
そして、大まかな現状を話し始めた。
「という事は、とりあえずの脅威は無いのだな。ハンターが大勢山に入っていれば、誤認するやも知れぬ。可能であれば1日に1回情報を送ってほしい。」
「日が落ちた後に通信器で連絡します。」
そう言って、ネリル達が持つ通信器のプラグの位置を教えてもらう。
ネリルが帰る時に、買い置きしてある駄菓子を持たせた。
食料は持っているようだけど、少年達にはおやつも必要だろう。
「これで、レイガル族とノーランドの対応は何とかなるわ。」
姉貴は、1つ荷が下りたように俺に呟いた。
「とは言っても、哨戒任務だから大規模な戦闘は出来ないよ。」
「それでも良いのよ。要は、私達が構えていると思い込ませればね。」
ノーランドやレイガルの手先は殆ど全滅している筈だ。表面上、連合王国は軍備を削減している。そして、密かに軍隊の再編をしているのだ。再編終了後の軍隊は人員は減っているけど、その打撃力は以前の軍隊とは比べものにならない。
ノーランドの王宮破壊は証拠品は残っていないだろうけど、俺達の警告としてノーランドには届いているだろう。
そして、そのノーランドがレイガル族を巻き返しているのなら、北からの脅威は姉貴の言うように互いにデモを見せ合う位なのかも知れない。
「…で、姉さんは何をしてるの?」
「これの実現性を考えてるんだけどね。…アキトはどう思う?」
そう言って、俺に1枚の紙を渡してくれた。
そこに描かれていたのは…、機雷なのか?
「サーシャちゃんが考えた物よ。アイデアとしては良いけど、果たして使い物になるかどうかって考えてたの。」
姉貴としては慎重な考えだな。
そして、その描かれた機雷モドキを再度眺めた。
網に使う浮きを2個利用して、2個の浮きに挟まれるように3個の爆裂球がセットされている。その爆裂球の上部には袋に入れた樹脂を入れて置くみたいだな。
起爆は…時限装置か。オルゴールのドラムで爆裂球の紐を巻き取るようになっている。
これだと、1分もしないで爆発するぞ。ちょっとこのままでは使えないな。
「ちょっと欠陥品だな。これだと、そんなに時間が掛からずに炸裂してしまう。」
「そうなのよ。アイデアとしては良いんだけどね。ちょっとこれを見て頂戴。」
姉貴が情報端末を操作して、俺達のいる大陸とスマトルのある大陸を示す。間には近い所でも150kmは離れている。そして海峡の長さは500km以上あるのだ。
「この海峡だけど、潮の流れが1方向なの。西から東に流れてるのよ。潮汐で1日2回は流れが緩やかになるけど止まる事は無いわ。…そしてその流れは最大で時速3kmにもなるのよ。」
「浮遊機雷のアイデアは悪くない。問題は炸裂時間の遅延という事だね。」
俺の言葉に姉貴が頷いた。
タイマーとしてオルゴールを使うのは中々だが、オルゴールの作動時間を制御するのはガバナーと呼ばれる羽根の回転速度による。
空気抵抗で制御している以上、長時間の駆動には向いていないのだ。
一番簡単なのは目覚まし時計の利用だが、これは新たに開発しなければなるまい。テンプ機構の構造と歯車の精度それにゼンマイ動力か…。
簡単な計時装置は、亀兵隊の能力検定に使ったけれど、あれを沢山作るのは問題だな。
「問題は金属加工技術だな。線香を使う手もあるけど、操作を考えると手荒に扱っても良いように作っておく必要がある。となればゼンマイ時計の技術を使うしかない。小型の旋盤が欲しいな。」
「動力が問題ね。良いわ、バビロンに相談してみる。それに歪みの事も気になるし、近い内に連絡しようと思ってたの。」
これで、タイマー仕掛けは何とかなるかも知れないな。
「ちょっと、気になるんだけど、ラミア女王も思わせぶりな事を言ってたよね。あれって、浮遊機雷と同じような事を考えてるのかも知れないよ。」
「たぶんね。それでも手数は多いほど良いから、楽しみに待ってましょう。」
・
・
夕方近くにアルトさん達が戻って来た。
リザル族の部隊の話をしたら、夕食後に早速通信を始めたようだ。
こちらからの通信内容は、アクトラス山脈で野営をしているハンターのパーティ数、それに不審な獣の集団の有無だ。彼等からは異常無しとの簡単な連絡だけど、それが終るとアルトさん達はシリトリ遊びを始めたようだ。
通信を送る練習には丁度良いから、リザル族の通信兵を鍛えてやって欲しい。
アルトさん達はガルパスでかなり遠くまで出掛けたみたいだ。
「ジギタ草の採取依頼の期限切れ真近がありましたので、森の西北にまで足を伸ばしました。最大レンジで生体反応を調査した結果では不審な獣や大型肉食獣は検知しておりません。」
お茶を飲みながら俺達に依頼の内容をディーが教えてくれた。
「ご苦労様。ギルドにはアルトさん向けの依頼は無かったよ。とりあえず明日はのんびり出来るんじゃないかな。」
俺の言葉を聞いて、ディーがアルトさん達をチラリと見ている。
たぶん何かしらの依頼を探し出して明日も出掛けるんだろうな。
疲れを知らないんだろうか?俺だって休みたい時はあるんだけどね。
「それより、近々にバビロンに行ってもらうかも知れない。どうしても手に入れたい機械があるんだ。」
「特大の袋が2つありますし、大型も2つ持っています。体外の物は運べます。但し、武器は供与出来ないと言われています。」
嬢ちゃん達のグルカの改造までだったんだろうな。それに、高度な武器は使えこなせないだろう。現状で十分だと思う。
「バビロンに行くのか?…なら、我は欲しいものがあるぞ。部隊に配布する磁石と監視用の望遠鏡じゃ。1度配布したのじゃが、まだ足りぬ。」
「私は、手帳と鉛筆が欲しい。」
アルとさん達が聞きつけてディーにおねだりしている。
個人的な物でなく、部隊運用に必要だと、テーバイ戦やカナトール開放戦で必要と感じたんだろうな。
ディーは頷く事で了承を伝えている。
俺が外に出てタバコを楽しんで帰ってくると、アルトさん達もテーブルでお茶を飲んでいた。今日の通信器を使った教育は終ったのかな。
「しばらくは、期限切れとなる依頼も無いじゃろう。明日はトローリングに向かおうと思う。道具を準備して欲しいのじゃ。」
やはり…。と言う感じで姉貴と顔を合わせる。
「カタマランで良いよね。スプーンとプラグをセットして準備してあげる。」
「母様達も来るはずじゃ。」
「久しぶりに大物を狙うって、おじいちゃんが言ってた。」
シュタイン様も、ご苦労様だ。まぁ、家でのんびりとカービングを楽しんでいるのも良いかも知れないけど、たまには外で運動するのも良いかも知れない。
「それでは、私はバビロンに向かいます。今から向かえば、3日程度で帰宅出来る筈です。」
そう言って、肩に掛けるバッグを背負うと外に出て行った。
あれ?…バビロンとの調整は出来たのかな。
「姉さん。バビロンは了解したの?」
「さっきね。ディーが私達と話しながら連絡していたみたいなの。直ぐに取りに来ても問題ないそうよ。…そして、もう1つ。歪の解析だけど、もうしばらく掛かるみたいね。それでも、今年中には結論が出せるらしいわ。」
どんな結論に達してもそれをやらねばなるまい。
それが、俺達がここに来た理由のように思える。ユング達がここに来たのも単なる偶然で済まされるものでは無いと思う。
神の意思なのだろうか?俺達は神を名乗る存在によってここに来た訳だが、ユング達は、また違う存在によってこの世界にやって来た。
直接世界に干渉できないが、干渉できる存在を時を越えて自在に操る者がいるのだろうか?
とは言え、俺達をこの世界に移動させた存在は、それ以来俺達と接触をしていない。
もし、今のような積極的な世界への介入をしていなければ、また別の人間がこの世界に現れたのだろうか。
そんな事を姉貴に話してみた。
「別に気にしなくても良いんじゃない。私達は私達。ささやかな幸せを得るには回りを含めて幸せになる。と言う考えに間違いは無いと思うし、私達やユング達をこの世界によこした存在は全く別の存在。高次元の存在は否定出来ないけど、私達がその存在を知る術は無いわ。」
なるようになる。と言う考えだな。確かに俺は考えすぎなのかも知れない。