#004 ミーアとの出会い
次の朝、草原に残された草の僅かな踏跡を手がかりに東に向かった。
草原の短い草丈のおかげで見通しは良いが、相変わらず人家等は見つからなかった。
突然、先を進んでいた姉貴が立止まると腰を落とし、俺に片手で腰を落とすように合図した。
四つん這いのような姿勢で姉貴に近づくと、双眼鏡を渡され指先で確認方向を示される。
レンズが捉えたものは…犬のような獣の数頭の群れであった。
しかも、鋭く長い牙を持っている。
種類はかなり違うけれど、サーベルタイガーの犬バージョンって感じだ。
「此方が、風下みたいだね。まだ、気付いていない……」
「大きさは、近所の太郎ぐらいだと思うんだけど……獰猛みたいよ。」
太郎は近所の老犬だ。確かシェパードの雑種とか聞いたことがある。
今となっては怖くないが、小学生の時は怖くて前を通れずに、姉貴の後に隠れて通っていた。
ここは、触らぬ神に祟り無しの言葉通りに、ゆっくりと姿勢を低くして進むことにした。
しばらく、四つん這いで進んでいると、草がきれた場所に出る。
道のようだ。
少しづつ立上がり辺りを見渡す。
誰もいないし…、さっきの犬モドキも姿を消している。
道の北方向は森に続いており、南方向は草原に続いている。
俺達が辿ってきた踏跡も、どうやらこの道から分かれていたようだ。
「こっちだね。」
姉貴は再び草原に向かって歩き出した。
慌てて姉貴の後を追う。
草原を歩くより歩きいい、確かにこれは道だ。森を離れないように緩やかなカーブを描いて東に続いており、尾根を一つ迂回するようにも感じられる。
「キャーーー!」
突然、かん高い悲鳴が聞こえてきた。
姉貴がその声に反応して駆け出した。
俺も慌てて後に続いて走り出す。
声からすると、小さな女の子のようだが……。
やがて、森の木立を背にした男が犬モドキの群れに襲われているのが見えた。
姉貴がM36を引き抜き空に向かって撃つ。
パン!……パン!と銃声が響くと、犬モドキの群れがこちらに向かってきた。
「来るわよ。準備して!」
姉貴の声に、杖を構える。
グアァーっと叫び声を上げて襲ってきた1匹を杖で横なぎに打ちつける。
鈍い手応えを感じたから肋骨をへし折っていると思う。
次の1匹は脳天に杖を振り下ろして頭蓋骨を叩き割った。
3匹目は遠巻きに唸るだけで襲ってはこない。
姉貴も手製の槍で2匹を殺ったようだ。槍先からまだ血が滴っている。
しばらく睨み合いが続いたが、ガオン!っと1匹が吼えると、群れは草原に走っていった。
俺達は恐る恐る、木の根元に倒れている男のところに進んで行く。
首に手を当て脈を確認する。脈はなく胸の上下もない。
体のあちこちに出血が見られる。……失血死か。
俺の仕草を見ている姉貴に首を振る。
初めて見るこの世界の住人だ。
姿形は俺達と変わりない。手の指も5本づつ付いている。
服装は、……綿ではなく麻のような手触りの上下を着ており、皮製の簡単な上着を着ている。靴は、……これも手作りらしい皮のブーツを履いていた。
「私達と同じだね。……少し安心だわ」
「でも、文化程度は低そうだよ。……服飾はこんなだし」
持物を探すと、ナタのような短い剣と背負籠、それに男が振るっていた木の棒が転がっていた。
籠の中には、数種類の草と薪の束が入っている。
どうやら、薬草か何かを採取に来て、犬モドキに襲われたらしい。
男の遺体をどうしたものか考えていると、傍の立木から小枝が降ってきた。
ん?っと疑問に思って立木を見上げた。
「キャー!」
叫びと同時に茂みに何かが降ってきた。
姉貴が槍を構えて恐る恐る茂みに近づいていく。
「アキト。……見て、見て……かわいいよ!!」
姉貴が茂みから目を離さずに、片手でおいでおいでをしている。
なに?ってな感じで、茂みに近づき覗き込むと……。
女の子だった。10歳前後の女の子だ。
頭の髪の毛からピョコンって耳が……ネコ?
ワンピースみたいな簡単な皮服のお尻からは50cm程度の尻尾が生えている。
小学生ぐらいの背丈だけど、肌は俺達と同じだが髪の毛が青みを帯びた白だし、耳と尻尾は白色の短毛で覆われている。
木から落ちたショックで目を回してるみたいだ。
姉貴がギューって抱きしめてるから、呼吸困難になってるぞ。
顔色がだんだんと青ざめてる。
「姉さん。離さないと死んじゃうかも……」
俺の声に、ハッ!と気が着いたみたいで、膝に寝かせたが、尻尾をナデナデしている。
俺は、女の子の体を触りながら負傷の程度を確認する。
特に、骨折等はしておらず、木から落ちたときの衝撃で一時的に気を失ったらしい。
女の子が姉貴の膝で動き始めた。
「ムウゥン……痛ッ!!」
目をパチって開くと、素早く身を起こそうとしたが、どうやら痛みのせいでそのまま横になる。
「……もう一人は亡くなったけど、襲ってた獣はいなくなったわ。もう大丈夫!……ところで、貴方は誰?」
姉貴が女の子の背中を撫でながら言うと、
「……ミーア。…そうニャの。ご主人様は……死んだの。」
淡々とした答えだった。
どうやら、女の子は奴隷だったようだ。
主人に命じられて野山の薬草を採取していたが、今日に限って高額で取引される薬草が森で豊作だと聞き、一緒についてきたらしい。
主人を失った奴隷がどうなるかは解らないとのことなので、彼女が住む村に付いていくことにした。
さっさと女の子は蔓で編んだ籠の中に、男の持物を入れると近くの犬モドキをジッと見つめている。
犬モドキを指差して俺に聞いてきた。
「……ガトル要らニャいの?」
「要らない。食べられるとも思えないし。」
どうやら、犬モドキはガトルというらしい。
すると、女の子は籠から短剣を取出すと、短剣でガトルの犬歯を取出した。
右の犬歯を取出すと、次のガトルにかかる。
俺もグルカナイフを握って残り2匹の犬歯を取って女の子に渡した。
「ありがと……。これ、交換できるの。」
女の子は無造作に籠にポイって入れると、その籠を担ぐ。
「行こう……」
姉貴が女の子の手を握って一緒に歩き始める。俺もその後を追った。