#393 テーバイ王宮にて
モスレム王都から東に伸びる街道を進むとサナトラムの町、そしてマケトマム町へと進む。
マケトマム町で街道は途絶えるのだが、そこから南東に延びる街道跡があるから、昔はその先にも町があったのだろう。今では泉の森から南に伸びる鬱蒼とした森があるだけだ。
マケトマム町から新しい街道がネイリー砦に続いており、ここは屯田兵の一大拠点でもある。
ネイリーから真直ぐ東に荒地を100km程進めば、俺達の目的地であるテーバイ王国の王都に行く事ができる。
どう考えても、400kmはあるから、ネイリー砦で1泊したあとでテーバイに向う事になるだろう。
「移動式通信器は積んであるよね。」
「私のバッグに入っています。ネウサナトラムの家で使っていたものですから、モスレム王都と直接交信出来ます。」
姉貴の質問にミーアちゃんが答えている。
何時も通りに姉貴とディーが操縦席に収まって、俺とアテーナイ様それに嬢ちゃん達は荷台の座席に座っている。
「これも、土産に持っていくぞ。」
そう言って、アテーナイ様が近衛兵に運ばせて来た、大きな木箱5つは座席の後ろに積み込んだ。
出発は、日が落ちてからだ。
セリウスさん家族とロムニーちゃんが見守る中、イオンクラフトは館の屋上を上昇すると、闇の中を一気に東へと飛んで行く。
「寒くない?」
「平気じゃ。革の上下は風を通さぬ。それに皆で毛布にくるまっておるし…。」
春と言っても、まだ夜は結構冷える。そして近距離の荷物移送に使われていたイオンクラフトには周囲を覆う幌もない。吹きっさらしの荷台は、イオンクラフトの速度が速い事もあって冷たい風がビュービューと吹きつける。
エルフの里を訪ねる時の服装に分厚いミトンを手にしているのだけれど、その上に1枚毛布を皆で風除けに被っている。
「今、130kmまで速度を上げてるわ。後2時間は掛からないはずよ。」
姉貴が俺達に顔を向けて教えてくれた。怒鳴るような声だが、そうしないと風の音に消えてしまう。
「それにしても、この乗り物には驚くばかりじゃ。これも大戦には役立つじゃろうが、長距離は無理じゃと言っておったの。」
「はい。この乗り物では精々国を越える位の距離です。長距離ならガルパスの方が結果的に速いと言えるでしょう。
短時間での急行には向いているんですが、1日の飛行距離が今の2倍あればと思いますよ。」
「婿殿は何処での運用を考えておるのじゃ?」
「姉貴が最終的に決めるでしょうが、俺としてはアトレイムの別荘ですね。あそこの砦に置けば、スマトルの陽動部隊の殲滅に寄与出来ます。」
「それを迎え撃つ正規軍の位置も、エントラムズ寄りに出来るという事じゃな…。」
「それなら、カリストも面白いぞ。爆裂球を浮きに縛り付けて、軍船の進路方向に落としていけば…、面白い事になるのじゃ。」
俺達の話に後を向いたサーシャちゃんが加わった。
でも、それって機雷みたいな使い方だよな。面白いと言うより、相手にとってかなり迷惑な話だと思うぞ。
このイオンクラフトならではの速度が活きた作戦ではある。武装商船では無理な作戦だ。
「姉貴に伝えとくよ。」
そう言うと、ニコリと笑って前を向いた。
「婿殿、今の話は…?」
「極めて有効です。機雷という兵器に近い運用が出来ます。機雷の目的は敵船の進路妨害と破壊なのですが、現在の技術では先程サーシャちゃんが言った作戦を防ぐ方法はありません。」
「我等の作戦能力の遥か上を行っておるの…。驚く限りじゃ。」
確かに、機雷の発想は思ってもみなかった。
姉貴の斜め上を行く戦略は真似しないで欲しいが、現在の連合王国内では随一の戦略家に育ったんじゃないかな。
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「もう直ぐにネイリー砦に着きます。」
後を振り返った姉貴が教えてくれた。首を伸ばして前方を見ると、【シャイン】の光球が数個闇に中に浮んでいるのが見える。俺達の目印にしてくれているのだろう。
5m程の砦を囲む石塀を飛び越えて、4つの焚火で照らし出された砦の中央にある広場にイオンクラフトは停止した。
ごそごそと毛布を取り、椅子に張り巡らせたロープからカラビナを外して俺達はイオンクラフトから下り立った。
「ようこそおいでくださいました。」
そう言って俺達を迎えてくれたのはアイアスさんとガリクスさん達だ。
俺達はイオンクラフトをそのままにして、アイアスさんの案内でネイリー砦の指揮所に案内された。
早速、お茶を出してくれたのはありがたい。すっかり体が冷えていたからだ。
「その後の砦はどうじゃ?」
「はい。屯田兵約1200名が駐屯する砦になりました。命令の通り、最大3千人が1月暮らせる資材も蓄えてあります。」
そう言って、大きなテーブルに地図を広げて俺達に説明してくれた。
ネイリーの砦には東西南北に門があり、西の門はマケトマムの町に続いている。北の門は、ネウバルバロッサの砦に繋がっている。この2つの砦が相互に連携するように柵や、空堀が作られているようだ。
南の門から延びる道路は真直ぐに海まで達しており、その突端の岩場には小さな監視所が作られていると言っていた。
南の道路の左右には綿花畑と耕作地が広がっている。そして、屯田兵の家族はネウバルバロッサの近郊に家を建てて暮らしているそうだ。
「あれから、数年も経っておる。ここまでに発展できた事は、まこと、アイアスの手腕によるものと国王も評価しておる。
そこで、新たな任務をアイオスに与える。良く聞くのじゃぞ。
1月以内にアイオスは幕僚を率いてこの地を離れるのじゃ。」
アイオスさんとガリクスさんが突然の言葉に席を立った。
「この任地を離れて王都に戻るのですか?…ようやく屯田兵の暮らしが立ち始めております。今、ここを離れて王都の貴族に後を任せるのは、余りのお言葉に思えます!」
ガリクスさんは、アイオスさんが止めるのも構わずにアテーナイ様に噛み付いた。
「そう、熱くなるな。ガリクス。話は最後まで聞くものじゃ。
良いか、…1ヶ月後に旧カナトール王都に出向き、ケイモスより代官の引継ぎをせよ。お主が新しいカナトールの代官じゃ。
ネイリーで手腕を発揮したお主なら、旧カナトールを以前に増した国に帰ることが出来るじゃろう。お主の直属の上司は連合王国の王子達じゃ。
モスレム王宮に立ち寄りクオークと1度話し合ってから出かけるが良い。」
アテーナイ様の言葉を呆然とアイオスさんは聞いているし、ガリクスさんはテーブルに突っ伏して体を震わせている。
「申し訳ございません。まさかそのような大任を受けるとは思ってもみませんでした。」
俯いて、顔も上げずにアテーナイ様にガリクスさんは非礼を詫びている。
「よいよい。全ては、お前達の功績による。良くぞここまでやりとげたのう。」
意外と、アテーナイ様も策士だな。様は文官のようなアイオスさんをカナトールに追いやって、この地に武官を招く腹積もりのようだ。
「ところで、フェルミはこの部隊におるはずじゃ。急ぎここに呼び寄せて欲しい。」
アテーナイ様の言葉に、アイオスさんの幕僚の1人が指揮所を飛び出して行った。
しばらくすると、指揮所の扉を開けてフェルミがやって来る。
「お呼びでしょうか?」
そう言って扉の所に立止まった彼に、アテーナイ様はテーブルの席に着くように命じた。
「フェルミ。お前をネイリーの指揮官に命じる。後、数年で大戦が始まる。お前は国境紛争それにテーバイ戦でも前線に立っている。後少しはこの砦に増強は出来ようじゃが、それも500に満たぬ。
何としても、この地を守れ!…ミズキはお前なら出来ると言っていたぞ。」
姉貴がそんな事言ったかしら?と俺を見るけど、俺だってそんな言葉を聞いた覚えは無いぞ。
「了解です。この地を守り抜く覚悟で指揮を取らせて頂きます。」
そう言い切ったフェルミをアテーナイ様は満足そうに見ている。
「引継ぎは後日するとして…、ミズキよ。この地図から至急することはないか?」
「そうですね。この辺りとこの辺りに、横幅3m深さ2mの空堀を2重に構築しておく方が良いでしょう。例のゾウ部隊の侵攻策として有効です。」
海から侵攻しても途中に4つの空堀があるのでは、かなり遅延出来るな。そこを横からでも強襲すればこれも面白い事になりそうだ。
「…ですね。了解です。」
どうやら、フェルミは理解したようだ。後見のお祖父さんもいることだし、この砦は彼に任せておけば問題ないだろう。最初の士官学校卒業生でもある訳だし、無茶な戦はしないと思う。
その後、俺達はテーバイへ明日向かう事を発光式信号器で相手に伝えて貰うと、砦の宿泊施設に一泊した。
次の日。イオンクラフトからネオリー砦用の荷物を下ろした。
「スコップや鍬じゃよ。30個ずつ持ってきたが、足りなければ王宮に連絡するが良い。」
「助かります。堀を作るのは今の内ですからね。」
新任の指揮官フェルミはそう言って、荷物を受取った。
そして、イオンクラフトを東に向けて飛立たせる。
今度は、100km程だから1時間程度で到着するはずだ。
荒地に立つ信号中継所を何度か下に見ると、かつてジャブローと呼んでいた大きな町が見えてきた。
周辺に緑が溢れ、その中に低い石塀に囲まれた町が見える。
「前とまるで様相が異なるのう…。同じなのは泉と貯水池だけじゃ。」
アルトさんが身を乗り出すようにして下を見ながら呟いた。
町を過ぎると王都までは数分も掛からない。
大きく高度を上げて、王宮前の広場にイオンクラフトを止めると、直ぐに近衛兵達が俺達の所にやって来た。
「お久しぶりでございます。女王様が御待ちかねでございます。」
「しばらくじゃ。我はここへは初めてじゃが、あの激戦の後をよくもここまで復興させたものじゃ。そなた達がいるので女王も安心じゃろう。」
イオンクラフトを下りたアテーナイ様は駆けつけた近衛兵の隊長と話を始めた。
「この荷物2つを受取って欲しい。中身はスコップと鍬じゃが、国造りには幾つあっても良いじゃろう。」
「ありがたい贈り物にございます。」
そう言って、木箱を受取ると控えていた兵士に運ばせる。
「乗り物の警護は我等が行ないます。女王は会議室にてお待ちですので、私と共にいらしてください。」
近衛兵の隊長はそう言うと、俺達の前になって王宮へと歩いて行く。
俺達は、彼に従って王宮へ伸びる階段を上っていった。
大蝙蝠に破壊された王宮の2階もきちんと修理が終っているようだ。周囲を見ても、テーバイ戦の王都決戦の跡は見受けられない。
ひんやりとする王宮に入ると真直ぐに伸びた通路を進んでいく。このまま歩けば謁見の間になるそうだが、俺達はその1つ手前にある通路脇の扉の前で止まった。
「テーバイ戦の英雄を一段高場所から見ることなぞ出来ぬ。と仰いまして、この会議室でお待ちです。」
俺達にそう言うと、扉を軽く叩いて開けた。
「テーバイの英雄、アキト様御一行。到着しました。」
大きな声で部屋の中に告げると、俺達を中に入れる。
そこには、テーバイの女王を始めとする国の重鎮が揃っていた。そして、全員が席を立つ。
部屋の中にいた近衛兵が俺達をテーブルを挟んだ向かい側の席に案内する。
女王の前が俺で、右に姉貴とディーが、左にアテーナイ様と嬢ちゃん達が座る。
「お掛け下さい。堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。」
そう言って俺達に着座を促がす。
俺達が座った事を確認して、女王達も席に座りなおした。
それを合図に侍女がお茶を運んできた。
お茶を一口飲むと、早速用向きを伝える事にした。まぁ、これは姉貴の担当だから、俺達は状況を見ていれば良いだろう。
「テーバイのその後を見て驚きました。やはり、新しい国の力は凄いものです。これほどまでに復興しているとは正直思いもよりませんでした。」
「国民が一丸となってくれるからです。そして、ジャブローの水場の賜物と言って良いでしょう。我等が狩猟民族より与えられた水場の水量の5倍もの量があの水場から得られています。」
先ずは社交辞令から始まったか。
俺はテーバイ側の顔ぶれを見渡す。殆んどが面識があるが、末席にいる始めて見る顔がある。日焼けした勇猛な顔付からすれば正規軍の指揮官なのだろうか?
「…現在の状況を簡単にご説明いたします。この部屋の明かりを少なくして貰えませんか。壁に投影しますので明かりがあると見辛いのです。」
直ぐに女王は近衛兵に姉貴が投影するといった壁近くの明かりを消した。
【シャイン】の光球を絹の箱に入れた照明が、この部屋の4角に置かれて部屋を照らしていたんだが…。
ディーが取り出した情報端末のパワースイッチを俺が解除すると、後の操作は姉貴がするようだ。
「これが現状のスマトル王国です。渡りバタムの被害は克服し、我々の侵攻を恐れてか海岸線に長く防壁を伸ばしています。」
上空から映し出されるスマトルの光景にテーバイの重鎮達は驚きの表情で姉貴の言葉に聞き入っている。
何人かはメモを取り出して姉貴の話をメモしているようだ。
「…以上の事から、スマトルへの進軍は我等を自滅させるものになりかねません。そして、後数年、速ければ5年を待たずして、20万以上のスマトルの大軍勢が海を渡って来る事になります。」
姉貴の説明が終っても、テーバイの者達は誰も言葉を発しない。
おれが冷えたお茶を飲んでいる時に、テーバイの女王が話を始めた。
「ある意味、流石兄上と言うべきなのでしょう。しかし、そのような大軍勢であれば、我等がするべき事は多くはありません。今度こそ、恭順か反撃かの選択肢を十分ぎろんして行なう事が必要です。。
この話をテーバイに持って来たという事は、モスレムは反撃の選択をしたという事になります。
なぜ、反撃を選んだのですか?
どう考えてもモスレム軍は5千を切っています。周辺諸国を合わせても2万程度にしかなりません。
先程のミズキ様の話ではスマトル軍の数は少なく見積もって20万。場合によっては30万を超える大軍です。
それなりの覚悟をしたのか、それともスマトル軍を破る秘策があるのか。それをお教え下さい。」
「ふむ、流石はラミア女王。…我等が反撃を決意したのは、我等の主義とスマトルの軍政にある。
スマトルにモスレムを始めとする周辺諸国を明け渡した場合は、我等の行く先を我等を取り巻く国から削り取らねばならぬ。そして、その方向はノーランドになるのじゃが、あそこは寒冷の土地じゃ。我等全ての民を引き連れてゆく訳には行かぬじゃろう。
そして、その行為は征服戦争じゃ。我等は世界統一なぞ望まぬ。
次に、スマトルに恭順した場合じゃが、この場合は次の戦の先兵として消耗させられるであろう。
となれば、何としても我等でスマトル軍を迎え撃ち、徹底的な勝利を得ねばなるまい。
これが、我等の決意じゃよ。
その決意があればこそ、スマトル軍を迎え撃つ方策が色々と生まれてくる。
今回、我等がテーバイを訪れたのには3つの理由がある。」
御后様の言葉に全員が聞き耳を立てた。
「1つ目は、我等が連合王国に軍を先行して参加させて貰いたい。
2つ目は、女王に海軍の指揮を執って貰いたい。
3つ目は、爆裂球についてじゃ。爆裂球に余力があれば我等に販売してもらいたい。
これが、我等が出向いてきた用件じゃ。」
「全て、我がテーバイがスマトル軍を迎撃するとしてのお話ですね。」
「そうです。前回のテーバイ戦の比ではありません。私達は熟慮して迎撃する事に決めました。テーバイがもし迎撃すると言うのであれば共同戦線を張る事が出来ます。」
「もし我等が恭順を図るという事になれば、どのようになされるお積りですかな?」
重鎮の1人が聞いてきた。
「その時はネイリー砦の東で、スマトル、テーバイの連合軍と戦端を開く事になるでしょう。」
「そして、テーバイは滅亡する…。」
女王が力なく呟いた。
「良いか。テーバイ建国を決意したのは、我等が国を作るためじゃ。この国ある限り、我等と同じ苦しみを味わう者に希望を与える事が出来る。
恭順しても、使い潰されるなら意味がない。我はスマトル軍を向かえ討とうと思うが、そち達はどのように考えるのじゃ。」
「スマトルは1度この国を攻めております。あの大軍を何とか出来たのも、我等が建国の志を高く持っていたがためと考えれば、戦を選択するのも良いでしょう。」
老いた指揮官が静かに呟いた。
周囲の者もその言葉に頷いている。
「という事じゃ。我等はモスレムとその周辺国家に組みする事にしようぞ。
そして、2番目だが、我は海軍の指揮なぞした事が無いぞ。アトラス、確かマケルト海軍出身であったはずじゃが、何か思うことがあるか?」
「されば…、スマトル海軍は先程の話では2千隻を越えると聞きました。船戦は数が勝負。一体どれ程の軍船をお持ちですか?」
「確か、帆船が6隻に変わった小船が20艇じゃった。」
アテーナイ様の言葉にアトラスと呼ばれた壮年の男は、いきなり席を立つとアテーナイ様を指差した。
「それは無謀だ。モスレム国は死兵を持って国を守るお心算ですか!」
まぁ、そうだろうな。ランチェスター法則に沿うならば、無謀と言うより馬鹿だと罵りを受けるぞ。
「その帆船が軍船よりも速度が出せて、その武器が軍船よりも遠くに飛んでもか?そして、小船20艇は全て水中を進んでもか?」
「何ですと!!」
御后様の大声にアトラスさんは目を見開いた。