#390 多連装砲 2nd
「なるほど、ミーア様の言われる事は判る心算です。確かに瞬時に大量の爆裂球を少人数で放つ事が出来れば夜襲の効果は高まります。」
俺の話をエイオスが感心しながら聞いていた。
「そこで俺は、エイオス達が使っている爆裂球投射器を何本か束ねて使えば良いのではと考えた。実際に使ったエイオスなら可能か否かの判断が出来るんじゃないか?」
少し考えていたエイオスだったが、タニィさんが運んでくれたお茶を口に含むと、やおら話を始めた。
「案としては悪くありません。爆裂球投射器は軽量ですし、何と言っても発射音が殆んどありません。これは夜襲にもってこいです。
ですが、発射後の再装填は面倒です。そして、発射ボタンは取っ手の所に付いていますから、数丁の投射器を束ねたのでは次々と廻すようにして発射する事になります。精々、3丁が良いところでしょう。」
エイオスは、バッグから爆裂球投射器を持ち出して説明してくれた。
「使えそうだが、そのままではダメという事か…。」
「ミーア様の戦は一撃離脱が基本でしょう。爆裂球の装填は時間が掛かっても、発射間隔を短くする事と操作の容易性を追求すべきと思います。何せ、使うのは夜間。手元も良くは見えない筈です。」
爆裂球の装填の面倒臭い所は無視して、操作性に特化しろという事か。
確かに、ミーアちゃんの基本戦法は一撃離脱。2撃を加えるにしても反転攻撃は直ぐには行わない。時間を空けて油断を誘ってからの2撃目になる。
となれば、再装填は戦場で行なうのではなく、離れた場所でゆっくり行う事が出来る筈だ。
「ところで、今後のスマトル戦では私が見た事も無い大型獣に乗った敵兵が出て来ると聞きましたが、どんな獣のでしょうか?…新参の亀兵隊員が動揺しています。出来ればその獣と大きさと我等の対処方を教えて頂きたいのですが。」
多連装砲の話は、これまでと割り切ったようにエイオスが俺に聞いてきた。
リークしたのは嬢ちゃん達かな?まぁ、いずれ分かる事だし今の内から対策を考えても良いだろう。
俺は、傍にあった紙にさらさらとゾウとそれに乗る敵兵の姿、そしてその脇に亀兵隊のガルパスに乗った姿を描く。
「こんな奴だ。民家1軒位だと思ってくれ。ゾウの背中に櫓を組みそこに数人の弓兵が陣取るだろう。ゾウを操るのは、この首の後ろに乗ったゾウ使いだ。
ゾウは基本的に歩くが、走れない訳では無い。まぁ、その速度は走ったとしてもバリスタを乗せたガルパス程度だと思う。
そして、ゾウはガルパスと違い攻撃手段を持っている。この長い鼻と大きな牙だ。
更に、ゾウの皮膚に矢が刺さるかどうかも疑問がある。たぶん爆裂球付きの矢意外は役に立たないだろう。」
エイオスの目は、俺の描いた絵に釘付けだ。挑むように、その絵を眺めている。
「これほどまでに大きいのですか?」
「そうだ。大きい…だが、それは弱点でもある。」
そう言いながら、描いたゾウの足を指差す。
「この足だ。巨大な体重を支えている。そして、この耳も弱点になる。体は鎧で被う事が出来ても、この2箇所は被う事が出来ない。
スマトル軍が使うのは草食のゾウだが、エルフ移民団を率いて北の大地を進んでいた時に肉食のゾウの群れに遭遇した。これより一回り小さかったが…。
その時は、俺とミーアちゃんの2人で対処した。有効だったのは、爆裂球と爆裂球付きの矢だった。
特に、この耳にミーアちゃんが爆裂球付きの矢を射込んだ時は、一撃で倒れたぞ。」
「ミーア様はこのゾウの群れと戦われた事があるのですね。…良い事を聞きました。訓練場に戻ったら、その時の話を聞かせてもらいます。」
エイオスは、俺の言葉に勢い付いた。
嬢ちゃん達に教えを請う事を、亀兵隊は恥としない。亀兵隊が嬢ちゃん達によって成された事を亀兵隊創設期のエイオスは知っている。
エイオス達にとっての嬢ちゃん達は、亀兵隊としての戦法を教えて貰える師であって、単なるカリスマ的な部隊長ではない。
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エイオスは俺の描いたゾウの絵を持って帰ったけど、俺の所に爆裂球投射器を1個置いて行った。
改めて、爆裂球投射器を持ってみると、俺のkar98と同じ位の重さだ。4kg程だろう。これを5本も纏めると20kgを越えるから、やはり軽量化がするしか無いな。
爆裂球を装填する機構とバネの発射機構を調べている内に、砲身は別に鉄でなくても良い事に気が付いた。
内部で炸裂する事が無いんだから、長い筒先はもっと薄くても良いし、木製でも良いんじゃないか?
バネの発射機構部も強度がいる場所と要らない場所がある。
強度を要求する所だけを、爆裂球投射器と同様に作って、強度を要求しない場所を木製にすれば全体の重さを軽く出来そうな気がするな。
それを元に全弾同時発射の機構を追加すれば何とか…。
そんな考えをメモにしながら形を描いていく。
しばらくすると、俺の前に横3列縦に2段の6本の砲身のある四角い箱が描かれた。
1つの砲身の口径は7cm程だから、全体の大きさは15cm×22cm×70cmの箱型だ。重さは10kg以下を目標としたい。
後は、これを王都の工房に届ければ、彼等が試行錯誤をしながら作り上げてくれるだろう。
次は…、リザル族の方だよな。
連合王国の兵種の1つとして山岳猟兵を作るんだから、それらしい格好がいるだろう。
ハンターの標準装備である革の上下に丈夫なブーツ。それと帽子がいるな。
幅広でスリング付きのベルトを付ければ、背中に短剣を横に差せる。腰のバッグは大型にして、魔法の袋を2つ入れられるようにしておけば良い。
食料と水筒、薬草それに食器類とボルトや爆裂球。毛布や天幕も必要だ。
武器はクロスボーと杖代わりの投槍、それに白兵戦用の斧が彼等には合っているだろう。
後は、部隊毎に望遠鏡と小型通信器を持たせれば、アクトラス山脈からダリル山脈にかけての山脈パトロールを彼等が行なってくれるに違いない。
旗はいらないだろうけど、シンボルが欲しいところだ。
ネウサナトラムに春が訪れると、北門のから森へ続く小道に咲く花が良いかな。確か、桜に似た5弁の白い花だった。刺繍した布を、後で帽子に縫い付ければ良いだろう。
制服と帽子の寸法取りは、早い方が良いとしても1度彼等に標準装備を見せておく必要がある。
通信器の操作にしても頭が痛いところだ。リザル族の識字率は低いらしい。文字と同時にモールス信号を覚えてもらわねばならない。
トントンと扉が叩かれ、タニィさんがアテーナイ様の来訪を告げてくれた。
「どうじゃ?1人では退屈じゃろう。」
そう言いながらアテーナイ様がリビングに入って来る。
「色々と考えてました。…まぁどうぞ、お座り下さい。」
「ほほう…。早速色々とやっておるようじゃな。」
御后様は俺の対面に座ると、俺が描いたメモやイラストを見ている。
「失礼します。」そう言って、タニィさんが俺とアテーナイ様にお茶を置いて行った。
俺も、ちょっと一息入れようと思ってタバコを手にする。
「ミーアちゃんの方は何とかなりそうです。これを王都の工房で試作出来ませんか?」
そう言って、概念図と仕様書を手渡した。
「これはまた、色物じゃな。一度に沢山ではこうなるのか…。ん?これは木製じゃな。」
「バネ機構の部分は金属製ですが、可能な限り木製にします。そうでもしないと重くて使い物になりません。」
「3台試作させよう。それで、そちらは?」
「リザル族の戦士用の装備を考えていました。優れたハンターですから、『山岳猟兵』という兵科を考えています。アクトラス山脈からダリル山脈に掛けて彼等に対応して貰う事になります。」
「なるほど、ハンターの様な装備じゃな。相手がレイガル族となればクロスボーで倒すのが一番じゃ。…ほほう、これが彼等のシンボルになるのじゃな。リンクスとは考えたものじゃ。」
「それは、リンクスと言うんですか?村の春先によく見られる花でしたけど。」
「そうじゃ。ネウサナトラムより高い場所ではよく見られる。春を告げる花として知られているのじゃが、眼の薬としても使われているのじゃ。効き目はどうか判らぬが、どの花よりも早く春を見つけると言ってのう…。リザル族の任務は敵の早期発見と対処じゃ。この花は彼等の任務を的確に表現しておるぞ。」
そんな意図では無かったんだけど、そんな言われもあるんなら帽子に付けても皆納得するだろうな。
「問題は通信兵がいないことです。これは早期に何とかしなければなりません。歩兵の通信兵ではリザル族の山岳行軍に追従出来ないでしょう。」
「確かに…無理じゃ。リザル族に通信器と、あの信号を覚えさせねばなるまい。それは、アンに任せれば良い。アンもあの2匹を使って連合王国の通信網を整備しておるのじゃ。」
「来春にテーバイに行こうと思っています。」
「スマトルの脅威は我等が王国だけではない。詳細を知らせる事も必要じゃろう。」
「出来れば、その時に…。」
テーバイの東に暮す遊牧民との協調を打診する旨を伝える。
武器の提供で、テーバイ戦のような関係を得られればと言う事を説明し始めたのだが…。アテーナイ様から待ったが掛かった。
「婿殿。良い案じゃが、もう1つそれに加えたい。出来ればその時に我を連れて行って欲しいのじゃ。」
「あまり彼等に要求は出来ないと思うのですが…。」
「上手く行けば、サーシャの危惧が無くなる。前にも話したとおり、爆裂球の1国への供給量は1万個。トリスタンがカナトールを何とか国として認めさせる為の交渉をしておるが、出来れば東の狩猟民族も国として認めさせたい。さすれば十分な爆裂球を我等は手に入れられるだろう。」
確かに1つの方法ではある。ちょっとインチキ臭いところがあるが、狩猟民族を仲介として使うのだろう。
たとえ、千個だろうと喉から手が出るくらいに欲しいのが爆裂球だ。そして、彼等も仲介料として武器や食料等の援助を受ける事が出来るだろう。
「では、来年の春にお誘いします。」
「うむ。…ところで婿殿、例の話じゃが…。ラミア女王に依頼してはどうじゃろうか?」
例の件、と言うと海軍の話か。
確かに軍略家ではある。そして、チェスの優れた差し手でもある。現状分析と先を読む事に掛けては、サーシャちゃんを現状では凌ぐはずだ。
「確かに…。でも、テーバイは連合王国に参加するには、まだ早すぎるとお考えではないのですか?」
「軍事面だけ優先する。政治的にはまだ早すぎようが、1つだけでも連合王国の仲間に入れて置くことは、テーバイにも希望を持たせることが出来よう。
それにじゃ。…スマトルとの大戦にはテーバイを我が連合王国に引き入れておく事が是非とも必要、そのためにはテーバイに重要な役目を負って貰うのが一番じゃと思う。」
確かに重要だ。とは言え、テーバイの実質的な負担は少ない。現状のテーバイ王国の国民は2万人を越えていない。国民一丸となってもスマトル軍の1割程度では、自国のみで戦は出来ない。テーバイとしても、俺達と何らかの形で連合化を図りたいと思うのだが、現状での動きは見えないな。
「その見返りとして、義勇軍の派遣を考えておいでですか?」
俺の言葉に、アテーナイ様が頷いた。
「義勇軍と言えども、元は正規軍。屯田兵を派遣しようと思っておる。それに、テーバイとは、それなりに交流をしておるのじゃ。商会を通じてな。
今回の士官学校の生徒には、4人のテーバイ軍兵士が入っておる。」
という事は、姉貴も直ぐに知る事になるのか。
「やはり、連合王国の海岸に安全な場所は無いという事になりますね。」
アテーナイ様はパイプを持ち出した。ジッポーで火を点けてあげると、俺もタバコを取り出して火を点ける。
「たぶん、モスレム建国時の魔物との戦と遜色のない戦になろう。後10年若ければと近頃思うてならん。とは言え、我も命ある限りこの戦に参加する心算じゃ。」
後、5年以上10年未満…。
まだまだ若い者には負けられぬと言う気持ちがあるのだろう。その気持ちがある以上、今のままでいられると思う。
そんな話をして、リザル族の装備のメモも一緒に持つと、アテーナイ様は帰って行った。