#384 リザル族の参戦
「間違いない…。我がリザル族をこの地まで追いやった『レイガル族』に違いない。容姿は我等に似るも、角と尾を持ち、その体力は我等を凌駕すると伝えられていた。」
狩猟期が終って、リザル族の部落に戻ろうとしたダネリを呼び止めて、山荘のリビングに招き、ディーの偵察してきた異形の姿を見せた。
ジッとその姿を目蓋に焼き付けるように見ているダネリとグネルにアテーナイ様が話し掛ける。
「ダネリよ。我等アクトラス山脈の南の諸王国始まって以来の国難が来る。リザル族の非戦闘主義は尊いものだと我等は思っておる。
今までは、何とかリザル族の戦士の力を借りずとも敵を退けてまいったが、今回は別じゃ。」
「レイガル族となれば話は異なる。我が種族の逃避行で唯一戦をした相手がレイガル族だ。結果は我等の先祖を逃がすだけの時間稼ぎでしかなかったようだが、それでも戦をした事に変りは無い。
ここで、即断は出来ぬ。部落に帰り長老達の裁可を得なければならぬ。」
帰りを急ごうと立ち上がったダネリ達を姉貴が呼び止めて、ディーに村近くまで送るように告げる。
狩猟期の上位だからな。今回は未熟なハンター達を世話していたようで、上位を逃している。
それでも帰りの荷物は、狩りの獲物で手に入れた食料品、ジャム用の薄く焼いた土器等種類や数が多い。
少しずつ暮らしも良くなっているようだ。冬に亡くなる子供がいなくなったと喜んでいた、とミーアちゃんが教えてくれた。
「さて、リザル族はどう出るかじゃな。…そして、気になる事を言っておったな。リザル族を凌駕する体力持っておると…。」
「これは、まだ想像でしかありませんが、そんなレイガル族とノーランドは互角に近い戦いをしています。という事は、レイガル族の武器とノーランドの武器に決定的な違いがあるのではと考えているのですが…」
姉貴の言葉にアテーナイ様がにこりと微笑む。
「それじゃ。我もその事を考えておった。ノーランドは小人族、リザル族より体格的の勝っておるレイガル族と戦をして互角になるには武器の違いしか考えられぬ。」
「リザル族とレイガル族が過去に争って、リザル族は西に敗走した。この原因は体格的に相違を持つ種族が同じ武器を使ったからだと思います。
リザル族の武器は私達が援助するまでは、石の槍に石の斧…。」
「そして、ノーランドは獣に鉄の武器と言う訳じゃな。たぶん弓矢を使っているのであろう。なるほど、互角に戦える訳じゃ。」
姉貴には原始人並みにレイガル族が映っているみたいだ。
確かに、何も身に纏っていなかったからな。リザル族だって革の衣服を纏っていたから、文化水準は低そうだぞ。
それでも20万以上の大帝国を築いているんだから大したものだ。どんな政治機構を持っているのか聞いてみたくなる。
そんな話を一先ず脇に置くと、折角集まったのだからと、別な話題に話が移る。
その話題と言うのが、例の新鮮組の羽織りだった。
「この羽織は良いのう…。我が君も、着ていると気分や体力が昔に戻るようだと言っておる。我もそんな気がしてならぬ。」
やはり、新鮮組の文字の魔法効果なんだろう。新鮮=ピチピチって事だからな。
「私達には余り感じられませんが…。」
「まだ、若いからじゃよ。それでじゃ、婿殿が着ていた羽織じゃが、ケイモスに贈り
たいのじゃが…。」
俺は直ぐに頷いた。確かにケイモスさんなら有難がるだろう。部下には気の毒だけど…。
「姉さんの羽織はユリシーさんに贈ったら?きっと喜ぶと思うよ。」
「そうね。何時もお世話になってるし。」
姉貴の単純ミスで変な効果が現れた羽織だったけど、喜ぶ人もいたようだ。
俺としては、ちょっと着るには抵抗があったから丁度良い。
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狩猟期が終ると、今度は王子達が集まってくる。一足先にクオークさんがジュリーさんを伴ってやってきた。
山荘に滞在していたアン姫を伴い、3人で俺達の家を訪ねてきたが、早速、陶器作りを始めるみたいだ。
「どうですか?…だいぶ白くなってきたでしょう。」
そう言って、自慢げに前回の作品を俺に見せてくれた。
確かに白くなってきた。殆んど白と言っても良いんじゃないかな。
「頑張りましたね。次は意匠と彩色ですか…。」
「意匠と彩色と言いますと…?」
「例えば、この白い皿をキャンバスに見立てて、花、鳥、景色、人物を描いていくのです。釉薬で色が出せる事が分かっていますから、焼くとその色が浮び出る事になります。美術品としての付加価値が生まれます。
そして、この取っ手にしても単調なデザインではなく、このように曲線を多用した飾り付けを行なう事も出来ます。そして、陶器は丸にこだわる事はないんです。四角、や楕円等も作ることが出来ます。」
「なるほど…。それは来春に挑戦してみます。」
新たな課題に目を輝かせるクオークさんに、アン姫が優しい眼差しを向ける。
チャレンジする夫が頼もしく見えるのかな。
そして、そんな2人をにこやかな笑みを浮かべながらジュリーさんが見ていた。
「ところで、カナトールの状況はどうですか?」
「やはり、民衆の戸惑いが大きいですね。施政官はエントラムズ、護民官をアトレイム、財務官をサーミストが出しています。モスレムは治安部隊を派遣しています。
1年毎に交替する事で僕達の合意が出来ていたんですが、国王の会合で3年交替と変更されてしまいました。」
何となく分かるな。クオークさんたちは結果を早くという事だろうが、国王達は結果を出す為という事だろう。俺も3年交替に賛成だ。
「何らかの方針を立ててその結果を出し、検証するには1年では短すぎます。俺も3年とした国王達の判断は正しいと思いますよ」
「なるほど、検証までの期間を考えて3年なんですね。
それと、サーミストからの知らせで水に潜る船を見に行きました。乗船させて貰いましたが、不思議な感覚ですね。その後で、船の原理を聞かせて貰いましたが、余りにも単純で吃驚しました。てっきりバビロンの技術が使われているのかと皆思っていたみたいです。」
「技術の応用と組み合わせで作ってあります。現在の技術でも色々と作れるんですよ。」
「確かにバビロンの技術は持ち込んでおる。通信器はその代表的なものじゃが、クオークも使っておるはずじゃ。地図作りはどうなっておる?」
「各国の王宮間の正確な位置が確定しました。それを結ぶ街道も何とかです。測量隊は現在3隊を海岸線の測量に、1隊を町の位置を測量に派遣しています。2年で海岸線を終える予定ですが、大森林地帯は空白ですね。」
「大森林地帯の海岸線は、バビロンの写真地図を提供出来るでしょう。全て提供する事も出来ますが、自分達で行なう事が大事です。」
「重々承知しています。自分達で行う事で技術と技能が向上します。そして、そこに自分達で出来る事が生まれてきます。これが一番重要だと僕は思っています。
地図は、後3年待ってください。サーシャにも言われてるんです。次の戦は地図で戦う事になるとね。」
俺は姉貴の顔を見た。姉貴は我が意を得たりと言うように小さく頷いている。
通信器と地図。それは素早い部隊展開には絶対に必要だ。
姉貴とサーシャちゃんの頭には大掛かりな機動戦が既に浮んでいるのだろうか。
クオークさん達が帰ると、サーシャちゃんとミーアちゃんが暖炉の前からテーブルにやってきた。
「先程の話じゃが…。例の大砲の事じゃ。あれは、飛ぶ事は飛ぶのじゃが、着弾分布が広すぎるのじゃ。10M(1.5km)先で1M(150m)程になる。
それは、それで利用価値が生まれるのじゃが、少なくとも運用は20台以上での一斉射撃が必要じゃ。台数もさることながら、爆裂球の調達が問題じゃぞ。」
確かに、1回で2発使うからな。
沢山作るのは鉄が足りず、沢山撃つには爆裂球が足りないのか…。
これは、1度アテーナイ様と相談せねばなるまい。
そんな話をした数日後に、アテーナイ様を離れに訊ねた。
離れのリビングには、なるほどシュタイン様の作品が並んでいる。でも予想したより少ないように思えるのは気のせいなのか?
「よう、訊ねてくれた。もうすぐ我が君もサーシャ達と釣から帰るじゃろう。」
そう言って、テーブルの席を勧めてくれる。
「シュタイン様もだいぶ頑張っているようですね。」
「狩猟期に売りに出したものが、結構な値段で売れたそうじゃ。イゾルデに頼んで大神官に寄付を預けていたぞ。金額は銀貨3枚にも満たぬが、我が君が自ら稼いだ金額じゃ。それを思うと、我も嬉しくなった。」
そう言えば、俺の毛鉤はどうなったんだろう?
「ところで、訪ねて来たのは…。」
「サーシャの話を聞いたのじゃろう。爆裂球の調達じゃな。」
俺が頷くのを見て、テーブルから立ち上がると、暖炉脇のポットから取っ手付きの木製カップにお茶を注ぐと、俺の前に置いた。自分の前にも置くと席に座る。
「爆裂球の調達数量は上限値がある。1国で1万個。大小を問わぬ。その調達数量でスマトルは揉めたらしい。スマトルへの爆裂球供給は途絶えた。たぶん隣国を通して調達する事になろうが、前よりは少なくなる筈。少しは脅威が減るのう。
そして、我等の連合王国は4つの王国。毎年4万個の調達が可能じゃが、軍の訓練、ハンターへの供給を考えると、備蓄出来る量は毎年5千個が良い所じゃろう。」
5千個だと、砲弾2500発分。100門の大砲だと、1門当たり25発か…。確かに足りないな。出来れば大砲は200門は欲しいし、無反動砲やバリスタの分もある。
「トリスタンはカナトールを国としてカラメルと交渉しているようじゃ。我等が指導している国で将来は独立させたいという事で交渉に臨んでいるとの事だが、供給してくれるなら助かる話。でなければ、年間の備蓄量を増やす工夫をせねばならぬ。」
「俺達も結構使いますからね。皆に自粛するように言っておきます。」
「無駄に使わねば良い。爆裂球を使う狩りもあるじゃろう。あえて危険を冒す愚は避けるのじゃ。
それと、婿殿に報告する事がある。
リザル族じゃが、不戦主義を一時保留すると言ってきた。
彼等を追いやった種族と戦う事には、先祖も戦っているので問題なしと長老達は裁可を下したらしい。
動員出来る戦士は100人との事じゃが、どう使うかを婿殿に託したい。」
「リザル族は文字を読めるのでしょうか?」
「たぶん文字は知らぬじゃろう。出来れば教えたいのじゃが…。」
少し問題だな。情報伝達に問題がある。
そして、彼等の身体能力は【アクセル】と【ブースト】を使った状態に匹敵する。他の種族が一緒に行動出来ないのだ。
となれば、モールス信号を彼等にどうやって教えるかが今後の課題だな。
「たぶん、新しい兵種が出来ます。それと装備等は他の兵種と変った物になりますが…。」
「婿殿の判断に任せる。全て我の名の元に調達して良い。」
「分かりました。」
たぶん、山岳猟兵として使う事が出来るだろう。カウンターテロを任務にするには丁度良い。
シュタイン様は立派な黒リックを4匹下げて嬢ちゃん達と現れた。
「中々じゃろう。アキトが作った毛鉤と言うものを試したが、…あれは良い。待っておれ。」
そう言うと、黒リックを持ってどこかに出掛けた。
嬢ちゃん達が早速テーブルに着くと、アテーナイ様は目を細めてかいがいしくお茶のカップを配っている。
「やはり、ここの暮らしが好いのう。王宮とはまるで雰囲気が異なる。」
「とは言え、連合王国の危機である事は確かじゃ。」
「分かっておる。ニードルをノーランド国境の村に放っておるのじゃ。我等が王都に向かう頃には知らせが届こう。」
そんな話をしていると、シュタイン様が手ぶらで帰ってきた。
「軽く炙って届けるそうじゃ。今夜は一品料理が増えるぞ。」
そんな事を嬢ちゃん達に話しながら、暖炉脇の小箱を開ける。
「アキト。例の毛鉤の売上金じゃ。完売したが…、購入者の多くは娘子であったぞ。」
そう言って、俺に銀貨1枚と銅貨を数枚手渡してくれた。やはり、釣りの道具と言うより、目新しい装飾品と見られたようだ。
「あれか!…中々綺麗だったので我等も購入したのじゃ。」
そう言って革の帽子を見せてくれた。そこには毛鉤がチョンと刺してある。
「これで、どこに移動しても川や池があれば魚が釣れるのじゃ!」
そんな事を言ってるけど、その毛鉤を飲み込めるのは相当大きな魚だぞ。
王都に行くと毎日、毛鉤を巻くようなことになりそうだな。
それでも、ちょっとした流行を作り出したみたいで嬉しくなる。