#382 新鮮組出動
狩猟期は半分過ぎたけど、まだ白い狼煙は上がっていない。
俺達が心配するほど、ハンター達は無謀な狩りをしていないようだ。
そして、山沿いに逃れた大型肉食獣も、リザル族の警戒範囲を越える事は出来ないという事だろう。
たまに、炸裂音が山々に木霊す事があるが、獣の群れを誘導させるのに爆裂球を使う者がいるようだ。
俺達も使うから文句は言わないが、炸裂音を聞く度に方向を確認する事が度々だ。
そして、アルトさんが村に確認を行なう。
決して面倒だとは思っていないようだ。白の狼煙は確認できないと報告が返って来ると、ホッとした顔で通信器をバッグに仕舞い込んでいる。
アルトさんにとって、狩猟期に集まる全員がモスレムの領民という考えなんだろうな。万が一の事態では無かったと安心しているんだろう。
やはり、王族として教育を受けただけの事はあると思うし、これからも領民の無事を常に考える人でいて貰いたい。
そんなある日。
続けざまに爆裂球の炸裂音が聞えた。
素早くアルトさんが通信器をセットすると村に確認を入れる。
そんな何時もの光景を、俺達は焚火の周りでお茶を飲みながら見ていた。
「…どうやら、出動です。準備をしてください。」
通信器の点滅する光を読んでいた俺の言葉に、何も言わずにグレイさん達は身支度を始めた。
「グライザムじゃ…。1つパーティが全滅。サーシャ達が先行しておるが、ここから北西に200M(30km)との事じゃから、母様達が迎えに来る。」
そう言ってアルトさんが身支度を終える頃に、俺達が伐採して広げた空地にイオンクラフトがやって来た。
いきなり谷底から飛び上がって着地したからグレイさん達が吃驚してるぞ。
イオンクラフトの荷台から、セリウスさんが、数名の近衛兵を伴って飛び下りる。
「アキト出番だ。グレイ達には荷が重い。俺とここに残ってくれ。」
「グライザム1匹なら、俺達も手伝いは出来るぞ。」
「グライザムが4匹の前にガドラーが10匹近くいるようだ。ガドラーに率いられたガトルの群れもいる。
リザル族とミーア達が牽制しながらハンターの避難をしているのだが、黒レベルでは手に余る。俺も、アテーナイ様に邪魔だ。の一言だったよ。」
「お前でも、邪魔では仕方が無いな…。アキト、頼んだぞ!」
グレイさんは俺の肩をドンと叩いて、行って来いと目で言ってる。
軽く頷いて、イオンクラフトに急ぐと、弓兵に通信器を渡したアルトさんが俺の後を追いかけてきた。
アルトさんをよいしょって荷台に持ち上げると、俺も急いで乗り込む。
そこには、武闘3后が木製のベンチに腰を掛けている。操縦席には姉貴とディーがいた。
アルトさんを座らせて、腰の装備ベルトのカラビナに、座席についているロープの付いた金属環をカチリと入れる。
ディーの操縦は優しく無いからね。
ユリシーさんに無理を言って作ってもらった荷台の装備がこんなに早く役に立つとは思わなかった。
自分のカラビナもセットするとディーに準備完了を告げる。
「出発します。手摺にしっかり掴まってください。」
荷台の縁をしっかり掴んだとたんにイオンクラフトは上昇して森の上に出た。そしてグライトの谷を飛び越えて森の上を北西に滑るように進んでいく。
森の下では、驚いたようにイオンクラフトを仰ぎ見るハンター達がいる。
そんなハンター達にアルトさんが手を振ると、向うも手を振っているのが見えた。
「婿殿。グライザムの群れは我も始めて聞く。そもそも群れるものではない。そしてガドラーとなると、これは意図的と見るべきじゃ。先ずは、討伐せねば話にはならぬ。期待しておるぞ。」
と言われても、グライザムの毛皮は打撃力を吸収するからな…。
刺突して止めを刺す事になるのか。そう思ってメンバーを見ると、イゾルデさんは槍だし、アン姫は弓だな。アテーナイ様は長剣で挑むんだろうし、姉貴は何を使うんだろう?、ディーはきっとブーメランだな。だいぶ気に入っているみたいだ。
30分もしないで俺達は目的地に着いたようだ。
イオンクラフトがガクンと高度を下げると、西の森林地帯の山側にある荒地に着陸した。
全員がイオンクラフトを下りると、ディーがコントロールパネルを操作すると、操縦席に屋根が現れる。そして、操縦席から下りてきた姉貴が俺のショットガンを欲しがった。
撃ち方は分かってるのかな?と思いながらも、ショットガンと一緒にポケットのスラッグ弾を数発姉貴に渡しておく。
「これはいらないわ。」
そう言って銃剣を外して俺に返してくれた。
「婿殿。これが良いじゃろう。」
ショットガンの代わりにアテーナイ様が穂先の長い投槍を渡してくれる。
これって、確かザナドウ狩りに使った奴だよな。確かに、通常の投槍よりは威力がありそうだ。
「こちらに誘導すると、ミクが言っておりぞ!」
アルトさんが、歩き出そうとする俺達に向かって言った。
肩から通信器をぶら下げて、レシーバを肩耳だけ付けてミーアちゃん達のパーティと通信をしているようだ。
「先鋒は、ガトルじゃろう。…丁度良い。あの乗り物の荷台でアンとミズキは我等の援護を頼む。我等は剣で切り伏せるぞ!
だが、乗り物から余り離れる事がないように致せ。ガドラーもグライザムも動きは素早い。イザという時に得物が無くては困る。」
俺達は適当に投槍をイオンクラフトに立て掛けるとそれぞれ剣を抜いた。
姉貴が俺達全員に【アクセラ】の魔法を掛けてくれる。
そして、各人が【ブースト】を呟けば、普段の5割り増しで身体機能が上昇する。
「久しぶりじゃ。」
そう言って俺の隣に現れたアルトさんはアダルト姿でグルカを両手に持っている。
「この上着は良いのう…。着ていると何故か若い頃に戻ったように体が軽くなる。」
アテーナイ様がそう言うとイゾルデさんも頷いてる。
姉貴の漢字の間違いで、そんな魔法の効果が現れたのかな。
「来ます!」
姉貴がイオンクラフトの上から指差した方向に、土煙が上がっている。ガルパスが高速で駆けているようだ。
たちまち俺達の所に来ると、ミケランさんにリムちゃんがガルパスからミクとミトそれにロムニーちゃんとルクセム君を下ろす。
姉貴が、直ぐにイオンクラフトの荷台に上げて、ミクとミトにベンチの下に隠れるように言い付けている。
「ロムニーちゃんとリムちゃんはクロスボーで援護をお願い。ミケランサンとルクセム君は荷台に上がろうとするガトルを何とかして。」
そんな声が後ろから聞えてくる。
俺達は、前方から駆けてくるガトルをジッと凝視した。
イオンクラフトの前方にディーが剛剣とブーメランを持って立っている。その右手には、アテーナイ様とイゾルデさんが長剣を持って待ち構え、俺は左手に立った。
今回は、ガトル相手が最初だからグルカを持って待ち構える。俺の後方にはアルトさんがいるから荷台に近付くガトルはそれ程いないだろう。
「来るぞ!…数は100を越えるようじゃが、まぁ、何とかなるじゃろう。」
そんなアテーナイ様の声が聞こえてきたが、俺の目には100と言うより200以上に見えるぞ。
ガトルと俺達の距離が100m程になった時、いきなりディーが体を回転させながらガトルの群れに突っ込んで行った。
素早く俺とアテーナイ様が近付いてディーのいた場所の死角を無くす。
竜巻のようにガトルの群れを蹂躙してその群れと並行してガトルを倒しながら俺達に近付いてくる。
俺に飛び掛ろうとするガトルを避けながらグルカを振るう。そして次のガトルをグルカで薙ぎながら、右手に持ったクナイで別のガトルに突き刺した。
常に動き回るのが乱戦での戦闘では有利になる。立止まったら、一斉に飛び掛られて倒されてしまう。
動き回る事で相手の攻撃のタイミングを外して、攻撃を続けていくのだ。
ドォン!っと【メルト】の炸裂音が聞えてくる。たぶん姉貴が操縦席の屋根に上って群れの濃い部分に打撃を与えているのだろう。
そして、俺の右手から【メルト】が続けざまに炸裂する。
チラリとそちらを覗うと、アテーナイ様とイゾルデさんが連携して魔法攻撃をしたようだ。
そして俺の後方でもドォン!っという爆裂球の炸裂音が聞える。たぶんリムちゃん達が荷台に群がるガトルを牽制しているんだろう。
突然、ガトル達の群れが引いていく。
その群れを吸収するように現れたのはガドラーだった。
子牛程の大きさのガドラーがゆっくりと近付いてくる。数は…7匹もいるぞ。
ジッとこっちを睨んでいるような錯覚を覚える。
ガトルの死骸が転がる場所を避けて足場の良い所に移動して待ち構える。
突然走り出したガドラーに向かって俺も駆け出した。すれ違いざまにグルカを一閃すると、背中に激痛が走る…。
ガドラーの爪には毒があるって言ってたな。スーっと背中の痛みが引いていくのを感じながらそんな事を考える。
そして、向かってくる次のガドラーに向かってグルカを構えた。
2匹目のガドラーを倒して周囲を見ると、ディーとアテーナイ様達で残りのガドラーは始末したようだ。
ホッと息を吐く…。
「婿殿…いよいよ、本番じゃ。我も複数のグライザムを一度に狩った事はない。だが、最初に投槍で奴等を突き刺すことで動きは封じられよう。」
そう言って、イオンクラフトに立て掛けてあった投槍を1本俺に渡してくれた。
投擲具は持って来ていないから、至近距離で投付ける必要があるな。
受取った投槍を見ながらそんな事を考えると、グルカの血を払って鞘に戻す。
前回の時は、M29で何とかし止めたんだよな。
相手が複数だから、途中でリロードしなければならないが、その間は武闘派の后達に何とか時間を稼いでもらおう。
近付いて来たグライザムを良く見ると、槍が刺さっている奴もいる。となれば、ボルトも相当刺さっているはずだ。サーシャちゃんとミーアちゃんが何もしない訳がない。
「どうやら、リザルの戦士とサーシャちゃん達がだいぶ痛めつけているようですよ。一気に狩りましょうか?」
「そうじゃのう…。孫達には申し訳無いが、あやつらの止めは我等で良かろう。」
俺達は同時にグライザムに向かって駆ける。そして、暗黙の了解で左を俺が、中央をディーが右の2匹をアテーナイ様達が目指して走る。
距離が20mを切った所で走ってきた勢いを付けて投槍をグライザムに投付ける。と同時にM29を引き抜いて頭部に1発撃った。
44マグナム弾は頭蓋骨を粉砕しなかったが、能を揺さぶられたのだろう。脳震盪
起こしてその場に倒れこむ。
慎重に狙いを定めて目を狙う。
ドォン!っという音と共に目から血潮が飛び散る。
ディーとグライザムが互角の闘いを演じている隙に、アテーナイ様の長剣を胸に受けてゆっくりと倒れこむグライザムの口内にマグナム弾を撃った。
残りの1匹はアルトさんの撃った爆裂ボルトが口の中で炸裂したようだ。顔面を血だらけにして倒れている。
そして、ディーを見ると、剛剣がグライザムの腹を貫通している。大きく仰け反ったグライザムの首にブーメランが叩き付けられた所をみると、首が切り取られないまでも頚椎は折られているはずだ。
念の為にディーとアルトさんのし止めたグライザムの目にM29を撃っておく。
「終ったかの…。この歳になって複数のグライザムを相手にするとは思ってもみなかったが…。何の事はない。個別に当たれば良いのじゃな。」
簡単そうにアテーナイ様は言っているけど、たまたま個別に戦える人間がいたから良いようなものの、いなければそうは行かないぞ。
「おぉ~い!」
ガルパスに乗ったサーシャちゃん達がリザル族のハンターと共に現れた。
近くに焚火を作って早速ポットでお茶を作る。
サーシャちゃん達に傷は無いが、リザル族の戦士達は無傷な者はいなかった。きっと 懸命にミクやミト達を守ってくれたんだな。
姉貴がお礼を言いながら、1人1人を治療している。
「ほんとに有難うございます。リザルの戦士がいなかったらと思うと身震いする思いです。」
「なに、気にするな。…本来ならもう少し上手く立ち回れる筈なのだ。グライザムを狩る事無く手傷を負う等、村に帰ったら笑いものだ。
だが、今回の件は少し異なる。グライザムとガドラーが一緒にいたのを見たのは初めてだ。」
そう言って、リムちゃんとロムニーちゃんが配ったお茶を美味しそうに飲んでいる。
「やはり、そう思うか。我も聞いた事がない。」
アテーナイ様も訝しんでいる。
「グライザムとガドラーを確認しました。亜種にあったような器具は見つけられませんでした。」
「ふむ、単なる危惧であれば良いのじゃが…。」
そう言ってアテーナイ様はパイプを取り出した。
もう、しばらくは休憩時間だな。俺も一服を楽しもう。
そんな俺達を見ながら、ミク達はあちこちに通信器で顛末を連絡しているようだ。