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#377 新鮮組



 秋も深まり、アクトラス山脈のリオン湖の岸辺には見事な紅葉が広がってきた。

 紅葉を愛でるという風習はないみたいだが、俺と姉貴はたまに庭のベンチに腰を掛けてそんな風景を眺めている。

 嬢ちゃん達は、そんな俺達を怪訝そうな顔で見ているが、アテーナイ様は風流じゃのう…なんて言いながら俺達と一緒に眺める時があった。

 後で、山荘の離れの方が綺麗じゃったぞ。なんて言っていたからシュタイン様と一緒に眺めていたのかも知れないな。

 離れの庭先にベンチを置いて、お茶を飲みながらシュタイン様に寄り添って紅葉を愛でるアテーナイ様はちょっと想像できないけど、本来なら仕事の一線を離れた老夫婦なんだよな。全く、そんな感じがしない活動的な2人だけどね。


 庭の片隅にはイオンクラフトの納屋が出来た。冬の積雪にも十分耐えるとマケリスさんが保証してくれた。

 意外と何でも出来る兄弟だ。納屋の片隅にはアウトリガーのカヌーまで入れておける。

 カタマランは山荘においてあり、シュタインさんやセリウスさん、それにユリシーさんまで利用しているようだ。

 3人で釣れた魚の大きさを競っているようで、何としても冬前にチェルシーさんの釣り上げた黒リックを超えたものを得たいらしい。

 会社のログハウスの暖炉の脇に貼ってあった魚拓は確かに大きかった。


 3人にはそれがどうにも気になるようで、連れ立ってはリオン湖にカタマランを漕ぎ出していると、昼過ぎに我が家を訪れたアテーナイ様が話してくれた。


 「昼は釣り…夜は暖炉の前で一心不乱に木を削っておる。あのような真剣な姿をあまり王宮で見られなかったのは残念じゃ。」

 そんな事を言いながら、バッグから布の包みを取り出した。

 アテーナイ様がテーブルの上に布包みを置いて解くと、中から精巧な細工の小鳥が出てきた。


 「最初は形にもなっておらなんだが…。今ではこのように、まるで本物と見紛うばかりじゃ。我が君からの贈り物じゃ。適当に飾って置くがよい。」

 「有難うございます!」

 そう言って姉貴はその小鳥を手に取る。

 削って、磨いて…色を染めたんだな。バードケービングとして立派な品になっている。

 さぞかし、シュタイン様も鼻が高いに違いない。


 「この村に隠居を勧めたのは我だが、王宮暮らしより活き活きしておるのを見ると、隠居は早まったか…、と考える次第じゃ。」

 「でも、動け無くなってからの隠居では味気ないと思いますよ。色々楽しめる内に隠居して楽しむのが一番だと思います。」

 ちょっと反省気味のアテーナイ様に姉貴が励ましてる。


 「確かにそうじゃな。…それで、今日訪ねたのはこの彫刻の件じゃ。後1月程で始まる狩猟期に販売したいと我が君が言い出したのじゃ。確かに離れにはもう飾る場所等無い。山荘にも飾っておる始末じゃ。どうじゃろう…これは売り物になるであろうか?」


 「十分に売れるものではありますが…問題ないですか?仮にも一国の元国王の手作り品ですよ。それを屋台に並べて販売する等…。」

 「何~。製作者が分れねばそれまでじゃ。一緒にセリウスとユリシーの作品も並べると言っておったぞ。」


 あの3人、こんな物でも張り合っているのか?

 確かに、売上金で勝負の行方はハッキリするだろうけど…。ちょっと大人気ないぞ。


 「売上金は全て教会に寄付すると言っておった。少しは孤児達に美味しい物も食べさせられると思うと、無碍に止めさせるのも考えものじゃと思って婿殿を訪ねた訳なのじゃが…。」

 

 「それは、是非勧めるべきです。自らの製作品をどんな値段で売るかは商人に尋ねれば良いでしょう。…アキトも何か作ったら?」

 

 急に言われても…。

 「まぁ、何かを作る事にするよ。彫刻の価格だけど…御用商人ではなくて、雑貨屋に出入している商人辺りが良いと思うよ。

 趣味で作ったものだし…、作った当人達も気軽に窓辺に飾って欲しいだろうからね。」


 そう言うと、アテーナイ様がニコリと微笑んで頷いた。

 上手に作れば芸術品だが、シュタイン様達もそんな気持ちで作っている訳では無いだろう。

 窓辺に飾って、そのデゴイに誘われて小鳥が訪れたら…思わずニヤリとしながらその訪れた小鳥を愛でる筈だ。


 「狩猟期じゃが、今年は少し来訪するハンターが減るやも知れぬ。カナトールが一段落したので、カナトールの暫定施政官が肉食獣を減らす為に大掛かりな狩りをしておる。当然、リスティン等も狩る事じゃろう。」

 「それは、問題ですね…。となれば、今期集まるハンターのレベルは低いという事になるでしょう。獲物の数よりも怪我の方が心配です。」

 

 「それじゃ。我もその点が心配なのじゃ。カナトールで大掛かりな狩りをすれば、当然山伝いにこの地にも逃れてくる獣は多くなる。途中にリザル族がおるから、危険な獣は彼等が措置してくれるとは思うておるが、それでも普段より肉食獣の数は多くなるであろう。今期の狩猟期は婿殿の出番が多くなると考えて良さそうじゃ。」

 「例のイオンクラフトもありますから、私達救援隊が何時でも出動出来る体制で備えます。」


 姉貴の答えにアテーナイ様は満足そうな顔をして頷いているけど、俺達って何時から救援隊になったんだろう?そしてそのメンバーって誰なんだ??


 アテーナイ様が帰った後で、姉貴に救援隊について聞いてみた。

 「前に、白い狼煙が上がった時があったよね。私達が救援に駆けつけたけど…。出掛ける時に時間が掛かったでしょう。それに、救援まで時間が掛かったよね。それで、セリウスさんの依頼で、何か事があったら直ぐに駆けつけられる救援隊を組織する事になったんだけど…。アキトには言って無かったっけ?」

 「聞いて無いよ。…でも、確かにそれは必要だと思うな。」


 全く、肝心なところが抜けてるんだから…。

 あの時のメンバーがそのままって感じかな。確かに今回は事前に準備しておく必要があるだろう。そして、丁度良い具合にイオンクラフトが手に入っているから緊急事態には即応出来るぞ。


 「それでね。ちゃんとユニフォームも作ったんだよ。…と言っても革の上下に着られるようにしたんだけどね。雑貨屋に頼んであるから、もうすぐ手に入ると思うわ。」

 

 嬉しそうに姉貴が言ってるけど、姉貴の感性で作ったのか…。学園祭のノリで作ったんだろうけど、変なのじゃなければ良いんだが。


 「ところで、今回も狩猟期は屋台を出すんだよね。」

 「今更、止めるわけにもいかないわ。普段は屋台の売り子…そして、その正体は狩猟期を影で支える救援隊になるのかな…。」


 どこの正義の味方だ!と突っ込んで見たい気がしてきた。

 「では、何時も通りのうどんと焼き団子、焼きザラメで良いかな。たぶん今年も王都からグルトさん達が手伝いに来てくれるだろうし、山荘の近衛兵達も楽しみにしてるみたいだ。」

 

 「今年の新商品は無いの?」

 「鯛焼きかな…。焼きザラメの炭火で作れるようにユリシーさんに鉄の金型を頼んである。」

 「新しい屋台じゃないんだね?」

 「あぁ、これでもサレパルと合わせて屋台が4つだ。これ以上はちょっとね。」

 

 4つだって俺には多いように思えるぞ。それにブリューさん達が来ると、いちころケバブの屋台で5台にもなってしまう。流石にこれ以上は増やす訳に行くまい。

 

 「でも、それだとシュタイン様達の作品を売る場所が無いわね。」

 「休憩所に陳列棚を作れば良いんじゃないかな。売り物と言っても数は少ないと思うよ。」

 そして、売り子として近衛兵の若い者を傍に置いておけば十分だ。

 ついでに七輪モドキを傍において、何時でもお茶が飲めるようにしておけば喜ばれるかも知れないな。

               ・

               ・


 次の日の朝。ギルドに出掛けてみると、テーブルでお茶を飲んでいたセリウスさんが俺を手招きしている。

 何だろうと思ってテーブルの席に座ると、ルーミーちゃんがお茶を持ってきてくれた。

 

 「もうすぐ、狩猟期だが。見ろ、あの掲示板を…。」

 セリウスさんが指差した掲示板には数枚の依頼書が貼ってあるだけだった。


 「これはまた…。例年と違いますね。」

 「あぁ、赤レベルのハンターが大勢押し寄せてきた。朝のギルドは喧騒の渦だ。ルーミーが最初は脅えていたぞ。…カナトールの話は知っているか?」


 「一応、アテーナイ様から聞きました大規模に狩をしているとか…。」

 「そのおかげで例年なら来ないような低レベルのハンターが集まっている。それはそれで問題は無いが、気懸かりなのは山伝いに大型の獣がこちらに来ているかも知れない事だ。」


 「リザル族にアテーナイ様は期待しているようでしたが?」

 「うむ。それもあるが全てが彼らの手に掛かるものではない。依頼書には無いが、アルト様達に狩場の様子を見て欲しいのだ。万が一にもグライザム等が複数いれば赤レベルのハンター等は皆殺しになるやも知れぬ。」


 「それは、ギルドの依頼という事で宜しいのですか?」

 「うむ。依頼書はまだ書いてはいないが明日には張り出す心算だ。銀持ちが3人以上であれば問題ないな?」

 

 アルトさんが銀4つ、ミーアちゃんは銀2つ、サーシャちゃんが銀1つだから問題は無いな…。リムちゃんも黒7つにはなっているから大丈夫だろう。

 「分かりました。嬢ちゃん達に伝えておきます。」

 

 そう言って、今度は世間話をセリウスさんと話し始める。

 お茶を飲みながらタバコを気兼ねなく吸えるのは嬉しい限りだ。


 「ところで、セリウスさん達の彫刻の成果を狩猟期に売りに出すと聞きましたが…。」

 「あぁ、だいぶ貯まってきたのでミケランが少しは始末しろと煩くてな。シュタイン様も似たようなことをアテーナイ様に言われたらしい。ユリシーも同じだと言っていたぞ。…あまり高価な値段にはならぬと思うが、売り上げは村の名前で神殿に寄付することにした。俺達は楽しみで作る。そしてその結果が孤児達の為になるのであればこんな嬉しい事は無い。」


 「俺も参加させてもらいます。今から作るのでたいした物は出来ないでしょうけど…。」

 「その心掛けだけでも十分だ。何を作るか知らぬが頑張ってくれ。」

 

 セリウスさんに別れを告げて、ギルドから雑貨屋を目指す。

 雑貨屋の扉を開けると、何時もの娘さんがカウンターに現れた。

 始めて会った時は15、6歳だと思っていたが、今では立派な娘さんだ。何時お嫁に行っても良い年頃だよな。

 「アキトさんでしたか…。どんな御用ですか?」

 「釣針と裁縫の糸、それに接着剤とキラキラした布の端切れがあれば欲しいんだけど…。」


 怪訝な顔をしながらも俺の言った品を揃えてくれた。

 「糸は、木綿糸よりも絹糸が良いかも知れませんね。ようやくこの村にも絹が入って来たんです。」

 見せてくれた糸は細くて艶がある。

 キラキラした布は若い娘さんが着る服の飾りに使う品だった。


 「絹製品はまだ高価なのかな?」

 「木綿の10倍以上の値が付いてます。それでも、ハンカチ位はお小遣いを貯めれば買う事が出来るようになりました。まだ絹の衣装にまでは手が出ませんけど…。」

 残念そうに娘さんが呟いた。


 「絹の古着では満足出来ないかな…。」

 「それでも、皆は羨ましがります。…でも、そんな古着なんてこの村では手に入りません。あればハレの衣装として欲しがりますよ。」

 

 もし手に入るのならお願いしますと言われてしまった。

 釣針等の代金を支払うと、さてどうやって手に入れようかと考えながら家路に着いた。

               ・

               ・


 「ただいま!」と言いながら扉を開けると、そこには異様な姿をした集団がいた。

 呆気に取れれている俺のところに、姉貴がにこにこしながら近づいてくる。


 「ねぇ、見て見て…。格好良いでしょ。これなら救援隊って一目で判るわ。」

 確かに、この世界では目立つだろう。その羽織りみたいな上着は…。

 でも、その袖口はどう見ても新撰組の文様だぞ。

 エリにしっかりと名前と組の名前まで書いてあるけど…。新撰組ではなくて新鮮組って書いてある。

 

 「その名前…間違ってるけど…。」

 「ええ!…新鮮組で良いんじゃない?」

 「新鮮ではなくて新撰だ。」

 「旗まで作ったのに…。」

 そう言って暖炉の傍に立て掛けた旗竿を指差した。

 リムちゃんが嬉しそうに開いた旗には、『誠』の一文字が大書されている。

 まぁ、それは合っている。

 

 でも、新鮮組って言うと、何だか魚屋の集まりにも聞えなくはない。

 「漢字で書いたから、皆には分からない筈…。黙ってるのよ!」 

 姉貴にそう言われたけど…、良いのか?

 

 「流石じゃ。誠と言う意味が分からなかったが、ミズキより話を聞いて納得したぞ。我等新鮮組、この旗とこの上着を着てハンターの危機を救うのじゃ。」

 アテーナイ様はすっかり感化されてるな。

 確かに、漢字の間違いを指摘するものはいないだろうから、これを着て頑張るしかないかな。


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