#038 新たな村へ、別荘へ
久しぶりに宿で暖かい食事と柔らかいベッドで休む。前の世界よりも寝心地がいいとはいえないけれど、それでも丸太足場の上よりは遥かに安らぐ。
俺達が起きだしたのは昼近くになってからだった。
ギルドに行くと、グレイさん達がテーブル席について俺達を待っていた。
おいでおいでと手を振るので俺達はテーブルに行って開いている席に座る。
「剣姫達は朝早く王都に帰ったが、……お前達はあれでよかったのか?」
「俺達は巣穴には行っていない。しかし、剣姫は俺達が同行したと報告すると言っていた」
2人はいぶかしげに俺達を見る。
「良いんです。剣姫から報酬は別払いで頂きました。あくまで、報告は剣姫の都合上その方が報告しやすいとの判断です」
姉貴が、剣姫との取引だと話す。
「それなら、お前達は納得しているんだな。ならいいが……。そうだ。これを預かっている」
カンザスさんが銀貨6枚と書状を1枚俺達の前に出した。
「今回の報酬だそうだ。あくまで、タグ巣穴の調査への協力金となっている。それと、これは『ネウサナトラム村のギルドに渡せ』と言っていた」
協力金ならこんなものかも知れない、それでも多いように思える。書状は例の別荘に係るものだろう。
「ところで、何でネウサナトラムなんだ?」
「剣姫から別荘を貰ったんです!」
「剣姫の別荘ならその地方一番の場所に作ってある筈だ。金貨10枚の価値はあるぞ!」
姉貴の答えにグレイさん達は吃驚したようだ。
「それでは、行くのか?」
「はい。適当にギルドの依頼をこなしながら生活していきます」
「さびしくなるわね。たまには、こちらに遊びに来なさいね」
マチルダさんがそう言ってミーアちゃんの頭を撫でる。
俺達を惜しんでくれる人がいるのはありがたい。ちょっと嬉しくなる。
俺達は、席を立つと改めて別れの挨拶をする。そして、カウンターのお姉さんにマケトマム村を去ることを告げた。
お姉さんの薦めで、ランクを確認した。姉貴が黒2つ。俺が黒1つ。そしてミーアちゃんが赤7つに上がっていた。
まぁ、あれだけ派手にタグを殺戮していたからかもしれないけど、ミーアちゃんまで結構上がっているのに驚いてしまった。
「それでは、また」とお姉さんに挨拶してギルドを出る。
後は、長旅の備えに雑貨屋に寄れば今日の外出は終わりになる。
宿に戻って、おばさんに別れを告げると、残念そうに「寂しくなるね」と言われてしまった。
部屋に戻って、忘れ物が無いかを再度確認する。もっとも、この部屋に置きっぱなしにしていたものは無かったし、明日出かける時に杖代わりの採取鎌さえ持っていけば俺はOKだ。
姉貴も槍を忘れなければ問題ないだろう。ミーアちゃんの杖は部屋に置きっぱなしだったけど、これも忘れる心配はないと思う。
次の日、俺達は装備を整え、帽子を被り杖を持って1階に下りていく。
おばさんの食事も今日限りだと思いゆっくり味わっていたら、おばさんが俺達のところまでやってきた。
「これは私からだよ。体を大事にするんだよ」
そう言って、お弁当の包みを渡してくれた。
ありがたく頂戴して、ミーアちゃんに預ける。
「「お世話になりました!」」
おばさんに頭を下げ宿を出ると、おばさんは宿の外まで見送りに出てくれた。
俺達が道の角を曲がるとき後ろを振り返ってみると、まだ俺達を見送ってくれている。
俺と姉貴は丁寧にお辞儀をして今度こそ、後ろを見ずに西の門に歩いていった。
西の門から街道まではグレイさん達と一度出かけたことがあり俺達も不安は無い。だが、街道まで来て街道を西に向かって歩き始めると、少し不安になる。
荷馬車2台が通れる程の石畳の街道は、俺達の前にも、後ろにも人の気配が無くて、俺達だけが歩いているのだ。
街道には定期的に数本の立木と荷馬車を休める広場が設けられている。ちょっとした一里塚ってことになるのかな。
街道に出て2つ目のそんな広場に俺達は立寄り、昼食を取った。
お茶を飲んでいると、ガラガラという車輪の音がする。
そして、俺達が休息している広場に荷馬車が5台ほど入ってきた。
壮年の男が荷馬車を降りるなり俺達のところにくる。
「ほこりを立ててしまい申し訳有りません。私は、王都に向かう商人でレイトと申します。……どうでしょう。荷馬車をご利用されるなら何とかいたしますが?」
「急ぐ旅ではありませんから、代金にもよりますね」
「代金は要りませんよ。サナトラムの町まではもう1日かかります。お見受けしたところ、ハンターですよね。その間の護衛をしていただければ問題ありません」
話をよく聞いてみると、街道を行く商隊を狙う盗賊は結構いるみたいだ。彼らもそれなりの武装はしているみたいだけど、ハンターがいれば心強いみたいだ。保険みたいなものだろう。それにお金は掛からないしね。
「判りました。私達はネウサナトラムの村へ行きますので、次の町までになりますけど……」
「十分です。次の町で正式にギルドに依頼するつもりですから。では、出発の時にまた来ますので」
そう言ってレイトさんは10人程の商人達の囲む焚火に歩いていった。
そして、ガタガタと揺れる荷馬車に俺達は厄介になることができた。
姉貴達は女性達が操る馬車の荷台に乗り、俺は先頭のレイトさんの馬車の御者台に乗る。
レイトさんと世間話をしていると、街道の治安がある程度判ってきた。
盗賊はそれなりにいるらしく、街道の要所には兵隊達も滞在しているようだけど、それで全てをカバーできていないようだ。
近頃は、油断しやすい町や村近くの野宿箇所等が襲われやすい、というのが商人仲間の話だそうだ。
そんな時、俺達を見つけたのは渡りに船だったに違いない。高額の依頼金を払わずに守って貰えるかもしれない。交渉せずにはいられなかったようだ。
でも結局、何事も起こらず俺達は町に着くことができた。
通常なら3日は掛かるって、グレイさんが言ってたから馬車はやはり移動が便利だ。
サナトラムのギルドに向かい早速報告をする。でも、俺達は明日はネウサナトラムに向かうから通過申請に近いけど、万が一今夜、何かある時は俺達も招集されることになる。
緊張した一夜を過ごした後は、いよいよネウサナトラム村へ出発だ。
アクトラス山脈を越えてノーランド地方に向かう街道は、この町が起点になる。
町の北側にある立派な門をくぐると、街道をひたすら北上する。
この街道も王都への街道と同じく荷馬車2台がすれ違える立派なものだ。当然、道は石畳となっている。
町を出て、街道の左右に広がる畑が尽きると、最初の一里塚があった。そこからは少し緩やかな坂道となる。見渡す限り草原が広がっているが、所々に開墾のあとが見える。少しづつ畑が広がっていくのだろう。
そして、2番目の一里塚で、本日最初の休憩を取る。
この街道もまた人通りが少ない。15分程休憩しても街道を通る人は見かけなかった。
最も、それも理由があるようで、レイトさんの説明では今は季節外れとのことだ。荷馬車や人の移動は季節性があるようで、春と秋が最も多く、夏と冬はすくないらしい。今は夏の終わり。こうやって歩いていると汗が噴き出す。これでは、余程のことが無い限り旅に出る人はいないはずだ。
そう考えると、俺達だってもう少し涼しくなってからで良かったような気がする。
昔から姉貴は、決めたら即実行だからな。暑いけど、あきらめるしかなさそうだ。
また、街道を北にむかって歩き出す。だんだんと草原に潅木が混じり始めた。アクトラス山脈の山裾に近づいてきたみたいだ。
山の森の外れに小さな広場があった。今日は、此処で野宿だ。
次の日、俺達は森の中の街道を進む。
鬱蒼とした周囲の森は遠くまで見通す事が出来ない。山賊なんて人達が住んでるような気もするけど……。
辺りをうかがいながら歩いていると、水の流れる音がする。急流が立てる水の音だ。そして段々と近づいてきた。
それは、街道にある石橋の下を流れる川の音だった。結構急流だ。この流れがやがて泉の森の小川と合流するのだろう。
ちょっと、橋の下に下りて、みんなで足を流れに浸して休憩した。ヒンヤリした水が熱を帯びた足に気持ちがいい。
橋を渡ってしばらく進むと道しるべが立っていた。この先を左でネウサナトラム村。真直ぐで峠の関所。もう直ぐだな。
街道の分岐を左に進む。街道を外れたので、道は踏み固めた道で、荷馬車が通れるくらいの横幅だ。
道は尾根を回り込むように西に向かって続いている。そして大きな曲り角を過ぎたとたんに、それが見えた。
青々とした夏空を水面に写した大きな湖とその南側に広がる家並み。俺達が目指すネウサナトラム村だ。
俺達は歩みを速めると、休み無しで村に向かった。
ネウサナトラム村はマケトマム村よりも少し規模が小さい村だった。
村の入口で門番に止められたが、俺達がハンターだと分かるとすんなり通してくれた。
早速、村のギルドに向かう。
この村の家並みが道に沿って左右に綺麗に2列に並んでいる。その中の大きな建物がギルドだった。
早速中に入ると、カウンターに向かう。
「こんにちは、チーム【ヨイマチ】のミズキ、アキト、ミーアです」
姉貴はそう言って、俺達のカードを受付のお姉さんに渡す。
「ようこそ、ネウサナトラムへ。……確認しました。黒2つ、黒1つ、赤7つのチームですね。このギルドには現在、黒レベルのハンターは1人なので助かります。……それと、その虹色真珠は本物ですよね。期待してます」
お姉さんは俺と姉貴のピアスを見て興奮しているみたいだ。
「それと、この書状を預かってきました。確認してください」
姉貴が剣姫に貰った書状をお姉さんに渡す。お姉さんはその書状を読んでびっくりしたみたいだ。
「ちょっと、お待ちください。マスターをお呼びします。」
しばらくして、奥から老人が出てきた。
「御主達か、この書状を持参したのは?」
「はい。ある任務を請け負って、その報酬として剣姫から頂きました」
「確かに剣姫の直筆じゃ。問題なかろう。鍵は持っておろうな?」
「持っています」
「では、ワシが案内しよう」
俺達はお爺さんの後を付いて村の通りを進む。そして通りに面して林が茂る場所にきた。通りに面して1体の石の武人像が立っている。
「ここじゃ。鍵をその石像の口に入れなさい」
姉貴は言われるままに鍵を石像の口に差し込む。
すると、林が割れて、石畳の小道が現れた。
「この先にある。留守にする時は再度石像に鍵を入れるのじゃ。黒2つで試練をこなすとは……。この村の力になって欲しいものじゃ」
「私達もここで暮らしたいと思っています。色々と相談に乗ってください」
「あぁいいとも」
お爺さんはそう言うとギルドに戻っていった。
俺達も、別荘への道を進む。大きく曲がった道を30m程進むと、小さな石造りの山小屋が見えてきた。屋根には石を積み上げた煙突が立っている。
ドアを開いて中に入る。
そこは大きな広間になっていて正面には暖炉がある。その前には6人用のテーブルがあり、左右に部屋がある。そして、入口ドアの脇にはロフトに上る梯子がある。
早速中を探検して、これからの暮らしに必要なものを確認することにした。