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#374 帰りはラクチンだ

 


 イオンクラフトは、中々乗り心地の良い乗り物だ。

 操作要領書は、EU諸国のどこかの国の言語だったが、ディーには理解出来たようだ。

 俺と姉貴にはさっぱり出し、嬢ちゃん達にもこの文字は読めないと思うぞ。


 「最大速度は時速300kmを越えますが、巡航は200kmが上限になります。ですが、荷台に乗っておりますから、時速50kmで飛行しています。」

 ディーが操縦席のディスプレイを確認しながら教えてくれた。


 地上20m程の高さを飛行しているから、体感速度はそれ程速く感じない。ガルパスよりは早いと思っていたけど…。

 地上の高低差に合わせてイオンクラフトの高さが変わるかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。初期に設定した高さで一定に飛行するようだ。

 飛行経路に大きな岩でもあったら衝突してしまいそうだが、ディーの操縦だから居眠り運転の心配は無いだろう。


 2時間程東に飛行すると、大きくカーブを描いてイオンクラフトは南に進路を取った。

 そして、3時間後にイオンクラフトを停止して、地上で野宿の準備を始める。


 「まだ、飛べるのではないのか?」

 「余裕を残しておくのよ。何があっても、これで逃げ出せるでしょ。」

 サーシャちゃんの質問に姉貴が答えている。

 着陸ギヤの高さは1m程あるから、不整地でも着陸出来そうだ。

 着陸ギヤのシリンダーゆっくりと沈み込み、荷台と地面の高さが1mほどになって完全にイオンクラフトの動きが止まる。

 カラビナからロープを外して、直ぐに嬢ちゃん達が立ち上がる。そして、ピョンと飛び下りると、その後に俺が続いた。

 操縦席の方には3段の小さなステップが出ている。これが荷台と操縦席の差なのかと考えてしまう。明日は嬢ちゃん達を抱き上げてやらねばなるまい。


 ディーの背負い式のバッグから特大の袋を取り出すと、俺の担いでいた籠を取り出す。

 籠の中の薪を使って早速焚火を作っておく。

 後は、ディーと嬢ちゃん達が夕食作りを始める筈だ。

 

 焚火の風下に回ってタバコを取り出すと、一服を楽しみながらスープの鍋をかき回しているディーに聞いてみた。


 「ディー。イオンクラフトの緊急発進にどれ位時間が掛かる?」

 「イオン噴流の安定電位を確保するのに約5秒程度です。後は通常に使用できます。」

 とっとと逃げるには使えるな。


 「現在停止状態ですが、重水素抽出システムは作動しています。内臓された水タンクで10日はこの距離であれば毎日飛行が可能です。距離的には2,000kmになります。」

 「重水素タンクは余裕が無いのかい?」

 「低格飛行距離300kmに対して5割の余裕があります。タンク…と言うより吸着材を空になるまで飛ばすなら450kmとなりますが、この場合は再度充填するのに2日程掛かりそうです。」


 という事は、1時間の重水素抽出システムの運転により得られる燃料で飛行出来る距離は、おおよそ20km程度になる訳だ。

 確かに、ディーのイオンクラフトもかなりエナジーを使うからな…。本来地上で使うものでは無さそうだ。

 「そして、このイオンクラフトですが、反重力装置を実用化しているようです。出力は小さいですからそれ程の重力軽減は起きていません…。」

 

 反重力アシスト型のイオンクラフトという訳だな。たぶん輸送目的に使用する関係上、そんなシステムになったんだろう。

 意外と科学力は、バビロンよりも発達していたかも知れないな。

                ・

                ・


 1日に進む距離はユグドラシルを訊ねる時に比べて5倍の早さだ。

 たちまちダリル山脈の北に広がる平原を抜けて、ダリル山脈の裾野にたどり着く。


 そして、問題が起こった。

 俺達はダリル山脈の谷間を抜けて来たのだが、谷間とは言え周囲の立ち木は30mを優に超えているから、このまま進めば引っ掛かる可能性が高い。

 西に向かってイオンクラフトが通れそうな谷を探す手もあるが、場合によっては西に続く低い山並みを大きく迂回する事になりそうだ。そうすると、この乗り物の存在が他国に知れる事態となり、新たな火種にもなりそうだ。


 「無理してでも、谷を超えた方が良さそうね。」

 「ディー。イオンクラフトの飛行高さは30mと聞いたけど、一時的に50m以上に高度を上げる事が出来る?」

 

 「自動装置を解除して手動操作にすれば可能です。ですが…慣れるまではかなり飛行速度が遅くなります。そして、上昇下降が頻発しますけど…。」

 

 要するに、田舎の農道を走る軽トラック並に荷台が動くという事だな。

 荷物を更に固縛して、俺達もしっかりと積み荷のロープに掴まっていれば大丈夫だろう。

 操縦席にはシートベルトが付いているから姉貴達は問題無さそうだ。

 

 「操縦席は問題ないけど…、荷台は揺れそうね?」

 「ロープをもう1本、念の為に装備させるよ。」


 揺れるという事は、武器なんかは持たない方が良いだろうと思う。なるべくバッグに仕舞い込んで最低限の装備にして乗り込む事になるのかな。

 グルカも鞘から抜け無いように、柄毎鞘に布で結んでおけば良い。銃はホルスターから抜けないようにロックを掛ければ大丈夫だろう。


 そして次の日。俺達はダリル山脈の谷間を抜ける事にした。

 しっかりと武器を結わえて、腰のカラビナには2本のロープが通っている。

 ディーと姉貴は前を見ているが、荷台の俺と嬢ちゃん達は毛布の椅子に座って荷台の端をしっかりと握っている。


 野宿した場所からゆっくりとイオンクラフトが上昇する。

 直ぐ目の前に立木の枝があるけど、これ位なら折らずに通れるだろう。


 「前進します!」

 ディーの声と共にイオンクラフトがゆっくりと谷に沿って南に進んで行く。


 「「わぁー!!」」

 樹木の先端すれすれで進むから、嬢ちゃん達は歓声を上げて喜んでいる。

 たまに枝葉がイオンクラフトに擦れる音がする。そして、少しずつその速度を上げて行く。

 「「きゃ~!!」」って叫んでいるのは、怖がってる訳ではなく喜んでいる嬢ちゃん達だ。

 速度が上がるにつれて、イオンクラフトが枝葉に触れることが無い様に上昇下降を繰り返す。その周期が一定でないサインカーブを描く上下が、たまらなく楽しいらしい。

 俺の方は、どうも船酔い気味だ。さっきから気分が悪いんだけど…この拷問はもうしばらく続く事は間違いなさそうだ。


 「大丈夫?…顔色が悪いけど。」

 「あぁ、何とか…ね。さっき、峠を越えてようだし…。後2時間は我慢出来るよ。」

 姉貴が心配そうに俺に言ったけど、何とか我慢するしか無さそうだ。

 乗り物には強いほうだったけど、この上下動は堪えるぞ。


 それでも、始まりがあれば終わりが来る。 

 どうにか谷を越えて森の出口となる荒地に着地した時は、心底ホッとしてしまった。それに、この手の乗り物酔いは動かない地面に下りれば直ぐに治る。

 ロープからカラビナを外して、ふらふらしながらイオンクラフトを下りた。

 俺の後を、もっと乗っていたいような顔して嬢ちゃん達が下りてくる。

 

 焚火作りを姉貴達に任せて、俺とディーで森から枝を切り取って来た。

 イオンクラフトは金属製の光沢があるから山裾の荒地には目立ち過ぎる。簡単にカモフラージュを施せば、不審に思うものはいないだろう。

 この地は、狩猟民族の土地だ。無益な争いの原因となるのは避けるべきだろう。


 「はい!」

 焚火の傍にドカっと座り込んだ俺に、姉貴がコーヒーの入ったシェラカップを渡してくれた。

 この芳香は…、キリマン?

 そんな事を思いながら一口飲む。苦味と酸味が昔を思い出させる。

 確か、姉貴と最初に喫茶店で飲んだコーヒーだったよな…。奢って上げる!って言ってたけど、支払いをしたのは俺だったような…。


 「明日は、ここで休むわ。ディーの話だと、手動で制御するのはエナジー消費が激しいみたいなの。最適制御だか予測制御だとか言ってたけど、ディーの演算能力でも全て手動はかなり難しいって事ね。」

 「問題はこの後だな。イオンクラフトの存在はなるべく知られない方が良いだろう。このまま、ダリル山脈の麓を通って、アクトラス山脈の裾野伝いにカナトール地方からモスレムのネウサナトラムに向かうべきだろう。山脈に南斜面をずっと進む事にして…。昼間は休んで夜間に行動すれば目立つ事は無いと思うけどね。」

 「そんな感じね。…ちょっと、この代物をどう使うかをじっくり考えましょう。」


 兵器として使う手はありそうだが、ちょっと運用が難しそうだ。

 航続距離が200kmでは、ガルパスの方が便利に使える。海上運用では距離が短い。500kmを越えるのであれば沿岸防衛の要になるのだが、半分以下では精々拠点防御に使える位だな。

 兵站に使うにしても、精々荷馬車5台分程度の荷が積めるに過ぎない。緊急輸送には使えそうだけどね。

 かといって、兵員輸送は分隊規模だし、ガルパスだと数匹位だな…。


 まぁ、じっくり考えれば良い使い道が思い付くだろう。

 夕方になって、ミーアちゃんが作ってくれたスープと薄いパンの食事を取ってゆっくりと休む事にした。


 次の日。朝からのんびりともう1つの天幕を張る。そして、その中にディーが特大の袋から風呂桶を取り出す。

 俺が【フーター】でお湯を入れると、早速嬢ちゃん達が朝風呂を楽しみ始めた。


 昨夜の残り物のスープを温めて1人寂しく朝食を取る。姉貴は未だに夢の世界だ。

 「お早うございます。周囲にガトル以上の獣はおりません。ここは静かな場所ですね」

 ディーがそう俺に言うと焚火の傍に腰を下ろしてポットでお茶を沸かし始めた。


 「豊かな山だと思ったけどね。獣達は群れで行動してるから、この辺りに縄張りを持つ者がいないという事かな…。」

 リスティン等は、ダリル山脈の広い裾野を駆け回っているんだろうな。

 この辺りで狩猟期をしたら獲物を狩れないハンター続出になりそうだ。


食事を終えてお茶を飲んでいると、ようやく姉貴が天幕から顔を出す。まだ、ちょっと足取りが怪しいけど…。

 嬢ちゃん達が風呂を出たところで姉貴を風呂に追い立てる。風呂にでも入ればちゃんと目が覚めるだろう。


 姉貴が風呂から上がったところで嬢ちゃん達と合流して朝食だけど…もうだいぶ日が上っているぞ。

 そして、風呂のお湯を流して改めて【フーター】でお湯を張り直すと、のんびりと朝風呂を楽しんだ。

               ・

               ・


 夕方になって出発の準備を始める。

 出発は深夜になってからだが、準備は早いほうが良い。

 天幕を畳んで特大の袋に風呂桶と共に詰め込んだ。

 後は、焚火だけだ。

 ポットから全員にお茶を入れると、ポットも袋に詰めてバッグに入れる。各自のシェラカップは自分達のバッグに詰め込めば良い。

 姉貴と嬢ちゃん達は残り少なくなった駄菓子を摘み、俺はタバコを楽しみながら、のんびりと出発の時を待つ。


 そんな時、突然ディーが警報を発した。

 「グライザム4匹が急速接近。距離800…。」

 「急いで、イオンクラフトに乗るんだ!」

 

 俺の叫びに、全員がカップのお茶を焚火に投げ捨てると姉貴が【シャイン】を打ち上げて周囲を明るく照らしだす。

 嬢ちゃん達を荷台に持ち上げると、早速カラビナにロープを通している。

 4人を持ち上げると、俺も飛び乗って姉貴に準備完了を告げる。

 

 「グライザム、距離300…。上昇します。」

 ディーの声と共にゆっくりとイオンクラフトが上昇し始めた。

 20m程上昇したところで下を見ると大型のグライザムが焚火の跡に現れて付近を嗅ぎ回っている。

 ちょっと危なかったな。

 2匹なら何とかなるかも知れないが、4匹となると手に余りそうだ。

 ホッと一安心して、夜の旅を楽しむ事にした。

 

 

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