#037 巣穴からの脱出
最後尾を走る俺の後ろで、カサカサという音がだんだん大きくなる。
袋からテルナムを取出し適当に手で引き千切り後ろにほうり投げる。すると、少し音が遠ざかる。
何度かテルナムを投げていると、音が増えてきた。牙が噛み合うガチガチと言う音まで混じっている。
近づくまで待って、今度は爆裂球を投げる。
爆裂球の炸裂音に気付いた姉貴が、俺の頭越しに【メルト】を放つ。
ジュリーさんの【メルダム】よりは炸裂音が小さいけど、それでも後ろから熱風が押し寄せてきた。
ジュリーさんは大きな光球を先行させている。そして、分岐トンネルに出るたびに進行方向ではないトンネルにテルナムを投げ込んでいる。
タグの群れがいた広場では新たなタグが俺達を待っていた。
剣姫がタケルスの小瓶を投げる。すると、タグの群れは全身を痙攣させるとその場に転倒してしまった。
タグの脇を素早く通り抜け先を急ぐ。
しばらく進むと、また背後からタグの足音が聞こえてきた。
ポーチから爆裂球を取出し後ろに投げる。そしてテルナムを撒き散らす。
そんな事を繰り返してやっとのことで巣穴の入口まで辿りついた。
剣姫が出ようとした所を、ジュリーさんが慌てて止めた。
「待って下さい。外には何があるか分かりませんよ。出たところを顎で鷲掴みにされたらどうするんですか!」
「外を1回、掃除すればいいんですよね」
そう言って、姉貴は短い詠唱をした後【メルト】と叫ぶ。
姉貴のかざした両手から青白く輝く球体が3個、巣穴の入口より外に飛び出す。
そして、ドドドドドォーン!!っとクラスター爆弾が破裂したような連続音がトンネルに響いてきた。
「いけ!アキト!!」と姉貴に目で合図を送られた俺は、巣穴の外に飛び出した。
巣穴の頂上から見た光景は戦闘の後のようだった。
半径200mぐらいの範囲でおびただしい数のタグが足を上にもがいている。それでも、巣穴の周りに点在した出入り口から、続々とタグが溢れかえるように出てきている。
「急いで!直ぐにタグ達が追いつく!!」
俺はトンネルに向かって叫んだ。
姉貴達がトンネルを抜け出る間に、素早くM29のシリンダーをスイングさせて弾を入替える。
どう考えても一々切り結んでいたんじゃ間に合わない。
剣姫を先頭にその後ろを姉貴とジュリーさんが走る。殿は俺の役目だ。
姉貴とジュリーさんが左右から【メルト】を連発して進路を確保。俺は後ろから来るタグ達に爆裂弾を投げて足止めする。
トンネルを出る時に「足りないだろう。」って剣姫から6個程貰ったから、しばらくは持つはずだ。
丘を駆け上がると、ミーアちゃんの待つ大木が見えてくる。距離的には500m程あるが、ちょっと安心できる。
「油断するな。最後まで気を抜くな!」
剣姫の叱責が俺達に飛ぶ。俺達は最後の力を振り絞って、草原と疎らにはえた繁みの中を駆け抜ける。
最後の爆裂球を後ろにほうり投げ、タケルスの小瓶を地面に叩きつける。残りの小瓶は2個だけだ。
草原が繁みに変わり潅木が混じる。大木まで後100mとなった時、俺の後ろで爆裂球が弾ける。
大木の上の足場からミーアちゃんとサニーさんが、矢の先に爆裂球を付けたものを発射している。マチルダさんも【メルト】で援護してくれてる。
大木に着くと、たれさがったロープの先の輪にジュリーさんが足を乗せる。するとジュリーさんの体が大木の上へと昇っていく。枝に架けたロープの端をグレイさんとカンザスさんが一生懸命引いているのが見える。
姉貴が縄梯子を上り始めた時には、ジュリーさんもマチルダさんと共に援護射撃を始めた。
剣姫が周囲に袋に残ったテルナムを撒き散らし、タケルスの小瓶を地面に叩きつける。そして、素早く縄梯子を上り始めた。
俺も、同じようにタケルスの小瓶を割ってロープにしがみ付き、するすると登っていった。
ようやく木の上の足場に着くと、ミーアちゃんがお茶の入ったコップを渡してくれた。ゴクゴクと喉を鳴らして飲み込んでやっと一息ついた。
下を見ると、丘の上から此処までタグの亡骸が続いている。そして俺達9人がいる大木の周りには、千を越すタグの群れが取り囲んでいる。
「タグが木に登れないって、ホントかにゃ?」
「何言ってるんだ。昔からそう聞いて……!」
ミーアちゃんにそう言ったグレイさんは、ミーアちゃんの指差す先を見て、絶句した。
何だろう。って俺もグレイさんの視線の先を見てみると、タグが何匹も足の爪先を木に打ち付けるようにして登ってきている。
「噂は当てにならぬと言うことじゃな。……水を嫌うは本当であって欲しいがのう」
その声に振返ると、何時の間にか少女に戻ってゴスロリ姿の剣姫がいた。相変わらず長剣を背中に背負っている。
「あの調子では一辺に此処には来れまい。1匹づつ片付ければいいだけさ」
「【メル】で片付ければ、そんなに魔法力は使わないから、何とかなるんじゃないかな」
色んな意見があるけど、2日間耐えればタグは自滅することは確かなようだ。魔法を使える者が此処にはいっぱいいるし、まぁ何とかなるんじゃないかな。
とりあえず、タグを木に登らせないようにするため、俺達を3つのグループに分けて監視と攻撃を行なうことにした。
剣姫とジュリーさんとカンザスさん。グレイさんとマチルダさんとサニーさん。それに俺達だ。
最初は、グレイさん達が当番だ。俺達と剣姫さん達は足場の先のほうに移動して休息を取る。
だいぶ日も傾いてきた。何か一日中歩いたり、走ったりしていたようがする。
お腹もだいぶ減ってきた。此処は人数分の雑炊でも作るしかないだろう。
大鍋に水を適当に入れて、乾燥野菜と乾燥肉を千切って入れる。そして煮立ってきたらアルファ米をシェラカップに3杯程入れる。ダシは味噌でごまかして、塩で味を調える。
足場の上の焚火場所は50cm位の四角に組んだ丸太の中に土を入れたものだ。余り大きな焚火は出来ないから結構時間がかかったけど、何とかそれらしいものが出来た。
適当に5人分盛り付けて食事にする。グレイさん達の分はちゃんと残しておいた。
「ごちそうになってすまんな」
カンザスさんの言葉に剣姫とジュリーさんも頷いた。そして、一口食べると、その味に驚いている。
「野戦食でこの味を出せるのか!……この白い粒も初めて食べるぞ」
剣姫の言葉にジュリーさんは頷くだけだ。
「私達の地方の料理と捉えてください。確かにここでは見かけませんけど、麦の粒を想像していただければ……。同じようなものですので」
姉貴が説明してるけど、この世界に米はないんじゃないかと思うな。
食後にお茶を飲んでいると剣姫が聞いてきた。
「例の話は、我の心にしまい置く。されど、御主の背中の剣については問題ないはずじゃ。余程の名剣よの。拝見できぬか?」
「いいですよ」
俺は背中の忍者刀を鞘ごと引抜いて剣姫に差し出した。
両手でうやうやしく受け取ると、早速引抜いて焚火の明かりにかざす。
バランスを見て、刃紋を溜息をつきながら見て、真直ぐにかざして見ているぞ。
「譲らぬか?……いや、これほどの業物、我に使いこなせるだろうか」
「それだけは、出来かねます。俺の故郷の思い出ですので」
「そうか。ゆるせ。しかし、この波のような刃紋は見たことも無い。
美術品を見るようじゃ。それに、あれだけのタグを斬っても刃こぼれ1つ無い。我の剣は王都に戻れば砥ぎに出すしかないのじゃ」
残念そうに剣姫は刀を鞘に戻して俺に返してくれた。
お茶が終わると一眠り。落ちないように足場の丸太に紐で体を縛っておく。下にはタグがワンサカいるし、こんな所で落ちたらしゃれにもならない。
ぐっすり寝ているとグレイさんに起された。どうやら俺達の番らしいい。鍋に料理が残っている事を告げて、姉貴とミーアちゃんを起して見張り番に着いた。
下では、カサカサ、ガチガチとタグが動く音がする。ジュリーさんが作った2個の光球が太い幹の左右を照らしているので、登ってくるタグがいれば直ぐに見つけることができる。
早速、1匹登ってきたが、ミーアちゃんの【メル!】で燃え上がりながら下に落ちていった。
次に登ってきたタグは姉貴がクロスボウで仕留めた。
俺の番になって、M29をドォン!って撃ったら、全員が目を覚ました。
確かに、これの音は大きいからな。
全員のひんしゅくの目に耐えられず、俺は2人の保険みたいに後で待機することになった。
明け方近くまでに20匹近く幹から落としたようだ。空が白んできたので、剣姫達と交代して、眠りに着く。
目を覚ました時は昼過ぎだった。相変わらずタグの大軍が大木の周りを囲んでいる。幹の下のほうにはおびただしい数のタグが死んでいる。
ちょっと気になるのは、その数が多いので数mの高さに積み重なっている事だ。俺達を襲うのに格好の足場になりかねない。
どうしたものか?……と考えてると後ろから、姉貴が声を掛けてきた。
「やはり、問題よね。吹き飛ばすしかないと思うんだけど……」
吹き飛ばす?確かにそうだけど、俺達には爆裂球と【メルト】、【メルダム】しかないわけで……。
そういえば姉貴にグレネードがあるが距離が近すぎるし、俺の持ってる手榴弾も数匹位しか吹き飛ばせないぞ。
「お前達も、そう思っているのか。確かにそれしかあるまい。ジュリー頼む!」
「分かりました。【ブースト】、【フューイ!】」
大木の根元に荒れ狂う竜巻が発生し、たちまちタグの死骸を吹き飛ばす。ついでに俺達を囲んでいるタグ達も巻き込んで、ひさしぶりに地面を見ることが出来たが、たちまち他のタグが大木を取り囲んだ。
「後、1日じゃな。これだけの数に囲まれては、待つことしかできぬ」
夜を迎え、また俺達の見張りの番だ。
カサカサと音を立てて登ってくるタグが昨夜よりだいぶ少ないように思える。
しかし、大木の下ではタグが騒ぐ音が潮騒のように遠く近くに聞えてくる。
そして、夜が明け周りが見通せるようになった時、タグは一匹もいなくなっていた。
急いで全員を叩き起す。
皆で周囲を確認すると、ミーアちゃんが俺の服を引っ張る。そして、望遠鏡を俺に渡して、ずっと先にある潅木を指差した。
望遠鏡の焦点を合わせて潅木をのぞくと、潅木の陰で、2匹のタグが戦っている。
「どうやら、文献の通りじゃな。女王亡き後2日程度でタグの統制は取れなくなる……。正しくその通りじゃ。じゃが、まだ油断は出来ぬ。ここは、もう一日待つべきじゃろう」
姉貴の双眼鏡のぞきながら剣姫が言った。
確かに、自滅するとは言ってたけど、あれだけの数が一斉に自滅するわけではないだろう。段々と数を減らす。そう考えるべきだ。
俺達は大木の上で、世間話をしながら一日を過ごし、次の日村への帰路に着いた。
大変だったのは、サラミス達が橋を破壊したので、ガトル襲撃の時にガトルが渡った浅瀬を渡る羽目になったことだ。
皆ずぶ濡れで村についたのは2日後の夕刻だった。