#366 対スマトル最終兵器
スマトルの脅威に対処する為、各国ともそれなりに準備を始めたようだ。
主に、海岸近くの村や町の防御と民兵用のクロスボーの製作を始めたらしい。工房を何箇所か専用にして作っているらしいけど。数が数だからね…。
小さな漁村は、万が一の時に逃げ出す町や村を、あらかじめ決めておくみたいだ。
そんな避難者を受け入れる町では、国が援助して簡易宿舎を建てる場所と資材倉庫を早めに作っている。場合によっては、町が大きくなるかも知れないな。
「直ぐに内陸に100M(15km)は民衆を移動出来るじゃろう。移動が困難な町は城塞都市化を進めておる。
城塞都市には千人以上の民兵がクロスボーを持って立て篭もるのじゃ。そうは、簡単に落とせまい。」
軍船のバリスタが集束爆裂球を使わねば、石作りの城壁をそう易々破れるものでもない。あれから散々スマトルの国内を調査したが、投石器は発見できなかった。小型のバリスタは見ることが出来たが、これは対空クロスボー並みのものだった。
数人で台車を押して運搬するようだ。
ならば陸に上がれば、以前として機動バリスタが有効に使えるだろう。
「スマトルの兵器開発は、たまに調べるとして上陸地点はどこじゃと思う?」
「軍船の規模によりますね。私なら…ここは外せません。」
そう言って、概略の地図を指差した場所は…。サーミスト王国の港町カリストだった。
「ここは大型商船が出入出来ますよね。上陸部隊は、軍船でなく商船を使う筈です。その方が兵隊を大勢運べますし、桟橋に横付けで一度に兵隊を上陸させることが出来ます。」
「砂浜ではないのか?」
「小船や上陸用に別の船が必要になります。喫水が深い軍船や商船では容易に岸に近づけません。そして、上陸部隊の援護を軍船のバリスタを使うとしても、距離がありすぎます。
機動バリスタで離れた場所から上陸部隊を袋叩きに出来ますよ。」
「だとしたら、エントラムズにも貿易港があるぞ。確かに規模は小さいが…。」
「でも、その港には1つ問題があります。港の周囲に岩礁が多いのです。小型の軍船であれば問題ないでしょうが、商船は熟練者そして何より港に明るい者が必要になります。
大軍を上陸させるには適してませんね。陽動で上陸させる事はあると思いますが…。」
砂浜は遠浅…。上陸用舟艇でもなければ浜辺から狙い撃ちされるだろう。砂浜と言う砂浜を全て使って上陸させる手はあるが、その後の部隊を整えるのに苦労する筈。
もたもたしてると亀兵隊の良いカモになりそうだ。
となると、やはり主力部隊を陽動部隊の上陸で翻弄させている間に、カリストに悠々と上陸させる事が考えられるな。
「カリストには城壁すらないぞ…。一気に落とされてスマトルの海岸陣地になるやも知れぬ。」
「ご安心ください。」
そう言って、バッグから2枚の紙を取り出してテーブルに広げた。
「これが、カリストの地図です。その特徴は北から港までの大通りと東西を結ぶ3本の通りです。そして、こちらの地図を見てください。」
「うむ…。港町周辺に大きな城壁を設けておるの…。やはり、これ位の城壁を作らねばならぬか…。」
「前の地図と比較して、良く見てください。」
俺の言葉にジッと2枚を見詰めていたアテーナイ様だが、突然顔が驚愕に染まる。
「これは…。町の外周に位置する建物を城壁にしているのか…。」
「はい。一番資金も資材も掛からない方法です。ケルビンさんとは1度この話をしております。」
カリストが抜かれれば、スマトル軍は数日間で10万を超える大軍を上陸させる事も可能だ。そして、サーミスト王都までの距離は徒歩で2日も掛からない。
サーミストの王都攻略を力技で行っても、旧来の一国の兵隊の数は約数千…。連合王国としての軍を揃えない限りサーミストを葬るのは簡単だ。
後は、そのまま北に攻め上ればモスレム王都にたどり着く。王都に数万の兵を駐屯させて東に睨みを利かせて、西に攻めて行けばエントラムズ、アトレイムを攻略出来るだろう。
兵力差は10倍。数を頼んで攻める事は十分に可能だろう。
「婿殿も、スマトルの狙いはカリストにあると見ているのだな?」
「連合王国にとって一番抜かれたら困る場所…。それがカリストです。数千の軍を上陸させることが出来る場所は沢山ありますが、相互に連携を図る事は難しいでしょう。」
「確かに、スマトルには部隊間の連絡は伝令のみじゃ。…それに比べれば、我等は発光式信号器と新たな通信機がある。大掛かりな部隊展開も容易になるのじゃな。」
「そうです。そのためにも早く、大型通信機を稼動させなければなりません。」
「それじゃが…あの毛皮の可愛い獣が、その調整をするのは本当なのじゃな?」
パンダの事だけど、その為にバビロンから来たんだから大丈夫だろう…。
「それは大丈夫です。この家とモスレムに分散して機材が置いてありますから、それを使って大型通信機を早急に建ち上げましょう。」
「近衛兵の弓隊が警護をして作らせよう。用水の近くと言っておったな。王宮の傍に良い場所がある。今日中に、王都のアンに連絡をしようぞ。」
アン姫の実績作りという訳だな。将来を見据えれば良い考えだと思う。発光式通信器の本部運用もアン姫の部隊が係わっているからな。というより、ミクとミトの面倒を見ている事でそうなったのかも知れないけどね。
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アテーナイ様達が帰った後は、また3人で悩み始めた。
「アキト…。600m以上爆裂球を飛ばす方法って、火薬を使う方法以外に無いの?」
「バリスタでは無理だ。…だけど、この世界に火薬を教えなくても出来る方法が1つだけ残ってる。」
俺の言葉に、姉貴が地図から顔を上げた。
「どうするの?」
「爆裂球を使う。ボルトの先に付ける小型の爆裂球で、大きい爆裂球を飛ばす事は出来そうだ。」
今度は、ディーの方を向いた。
「実現性は?」
「可能だと判断します。但し、この世界の鉄で爆裂球の炸裂に耐えられるかが問題です。」
実証試験が必要だという事かな?
一応、2種類の考え方がある。大砲方式とカウンターマス方式だ。
簡単な絵を紙に描くと、ディーがそれを製作図に展開してくれた。
「2種類あるのね…。」
「あぁ。俺としては大砲方式にしたいけど、筒が炸裂に耐えられないんだったらカウンターマスで対処すれば良いだろう。」
「どの位飛ぶの?」
「飛距離は1kmを越えると判断します。」
「これが最後の技術提供にしましょう。…アキト。試作して性能評価をして頂戴。」
使用後についてはよくよく言い聞かせねばなるまい。
出来れば廃棄が望ましい。スマトル軍が数年後に来襲した後は平和がしばらく続くだろう。
次に連合王国を狙う国が現れるのはずっと先になるはずだ。
その頃に、この大砲モドキが果たして使われるだろうか?両者共に持っていたならば戦は短期間で終了するだろう。
多大な犠牲は出るだろうが、人類が滅ぶ事は無い筈だ。
俺達が協力出来るのはここまで…。後は、戦略や戦術は教えられるけど、技術を教えるのはここまでで良いだろう。
「試作は大砲からにするよ。ユリシーさんに相談してくる。」
そう言って、図面を持って会社へと向かった。
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「これを作るのか?」
俺が持ち込んだ鉄の筒の図面を見て、首を捻りながらユリシーさんが言った。
「はい。寸法はこの通りです。この末端部は四角の穴を開けていますが、両側から鉄の枠で覆っています。この開口部には四角の木材を入れてハンマーで叩き込む構造になります。」
「頑丈そうじゃな…。かなりの重量になるぞ。」
「たぶん、俺の重さの半分近くになると思います。」
「連結して、柵にするには小さそうだな…。何に使うのじゃ?」
俺はユリシーさんに近づくと、耳元で小さく囁いた。
途端にユリシーさんが椅子から飛び上がった。
「何じゃと…!!」
そして、席に座りなおすと、もう1度図面を見る。
「確かに…出来るかもしれんのう…。先ず1台を作る。それを元に試してみれば良いじゃろう。」
ユリシーさんに後をお願いして、家へと戻る。
問題は、鉄の品質だよな…。数発打って破裂したら使い物にはならないし…。
「ただいま。」と言いながら扉を開けると、アルトさんとリムちゃんは狩りから帰ってきたようだ。
姉貴にリムちゃんがお茶を飲みながら狩りの成果を報告している。
どうやら、スロット達とロムニーちゃん達を合わせた6人で、ガトル狩りをしてきたらしい。畑の外れに出没する数匹を退治したと嬉しそうに話してた。
「獣の狩りはしばらくは無さそうじゃ。明日はミケラン達と薬草を摘むしかないのう…。」
アルトさんとしては不服かも知れないけど、俺達は安心できる。
俺も少しお小遣いを稼ごうかな…。
夕食後は、アルトさん達は移動式通信機でサーシャちゃん達とお喋りを楽しんでる。モールス信号でお喋り出来るのは特技としか思いようがないけど、ミクやミトも出来るんだよな。
「クオークとアンがサーミストに出かけた様じゃ。例の潜水艇を見るためじゃろう。まぁ、クオークは驚くじゃろう。沈没しても浮んでくるのじゃからのう…。」
俺達の方を振り向いて王都の様子を教えてくれた。
完成するまでいたかったけれど、その前にこっちに来たからね。
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数日後にジュリーさんがユリシーさんの作った水車を荷馬車に乗せて王都に帰っていった。
まだ、クオーク夫妻はサーミストにいると思うんだけど、帰ったら始める心算なのかな?…まぁ、アン姫に通信所は任せておこう。
モスレム王都に作った後は、周辺の王国の王都にも作るようだ。
そのための、通信兵の訓練は午前中だけミクとミトが俺達の家に来て移動式通信器で行なっている。これがホンとの通信教育だな。
そして、10日程過ぎた夜。
何時ものようにアルトさん達が、王都のサーシャちゃん達と交信を楽しんでいる時。
サーシャちゃん達に、5日程ネウサナトラム村に来て欲しいと連絡を頼んだ。出来ればバリスタ兵を数名同行して欲しいと追伸を入れる。
「伝えはしたが、いったいどういう所存じゃ。サーシャ達は部隊編成で大変な時期じゃぞ。」
「あぁ、それも関係するんだ。サーシャちゃん達がどう判断するか分らないけど…対スマトル用の決戦兵器がもうすぐ出来上がる。」
「何じゃと!我は一言も聞いておらぬぞ!!」
ちょっと怒ってるようだ。
つかつかと俺の傍に来ると、飛び上がって頭を小突こうとした所を、よいしょ!って持ち上げて隣の席に座らせる。
「吃驚するようなものじゃないよ。何時もアルトさん達が持ってるものを使うだけだから。」
「クロスボーを改良するのか?じゃが、あのクロスボーは加工が難しかったと工房のドワーフ達が言うておったぞ。」
そう言って、ディーの入れてくれたお茶をゴクリと飲み込んだ。
「近いけど、ちょっと違うな。サーシャちゃん達が来てからのお楽しみだ。」
「明日、セリウスさんと相談するって言ってるよ。」
俺達に振り返ってリムちゃんが教えてくれた。
たぶん、セリウスさんもやって来るかも知れないな…。