#365 スマトルの新造軍船
4月の終わり頃に俺達はネウサナトラム村に帰る事が出来た。
サーシャちゃん達は教導隊と士官候補生の数人を引き連れてエントラムズで亀兵隊の再編を行うそうだ。
セリウスさんやアテーナイ様が一緒だから、編成に異を唱えるものは無いと思うし、亀兵隊の嬢ちゃん達への忠誠は絶対的なものがある。どこかのファンクラブの集まりのような気がしないでもない。
ミケランさんはミクとミトと共に俺達と一緒に帰って来たし、ロムニーちゃんもミケランさんのガルパスに乗って俺達と一緒に帰って来た。
ギルドに寄って到着報告をした時のシャロンさんの表情は引きつっていた。
「ギルド長は一緒じゃなかったんですか?」
「セリウスはもうちょっと後になるにゃ。アキトがいれば大丈夫と言ってたにゃ。」
そんな事をミケランさんが言うもんだから、シャロンさんの口元がピクピクと動いてたぞ。
長居すると、とばっちりを受けそうだから姉貴と素早く目配せをして、早々に家に帰る事にした。
林の仕掛けを解除して小道を開くと、ガルパスをミケランさんに預けて歩いて行く。
雪解けの始まったアクトラス山脈がリオン湖越しに見える。
この光景がたぶん俺達の原風景になるんだろうな。
家に入ると早速掃除が始まる。
俺は、家を暖めるために暖炉に火を入れる。
姉貴が【クリーネ】を連発しているけど、最後は雑巾掛けをするようだ。
だったら、それが終った時に【クリーネ】を使えば良いと思うけどね。
俺は、移動式通信機のセッティングを始める。と言っても、アンテナを伸ばすだけなんだけど。
暖炉の煙突に沿ってアンテナを立ち上げて、ケーブルを暖炉脇の床にある小窓を利用してリビングに入れて置く。通信機には6m以上のケーブルがワニ口クリップが付いて付属しているから、アンテナケーブルの末端に挟み込めば使える筈だ。
移動式通信機は、パンダ達によってブースターが組み込まれているから、大型通信機並みの出力が得られる。…その分、発電機を回す頻度が高まるのはしょうがないみたいだ。ランドセル程の蓄電装置をディーが取り出したけど、供給する電力は手回し発電機だからね。
無線機は暖炉脇に小さな机を置いて設置した。
これでこの家を基点とした半径100km以上はカバー出来る。
モスレム王都の距離は200km以上あるから、直接交信は大型通信機が出来なければ無理だけど、科学衛星を通信衛星として利用できるような改造がされている。
「出来たか?…夜にサーシャ達と通信してみるのじゃ。」
アルトさんが設置された移動式通信機を見て呟いた。
4人が離れていても、これなら話が出来るから寂しくないだろう。
当座の食料は王都で購入してきたから問題は無いだろう。
昼食後にアルトさんはリムちゃんを連れてギルドの掲示板を見に行った。
姉貴はディーと部隊編成の素案を考えているようだ。
俺は、久しぶりにユリシーさんの様子を見に行く事にした。
村の大通りを歩いて南門への通りに足を運ぶ。
しばらくこちらには来ていなかったが、何時の間にか通りが整備されている。
南門の広場の手前に十字路が出来て、東西に石畳の通りが伸びていた。
西側は、確か長屋のような住宅と宿屋が作られている筈だ。長屋の数も増えてるんだろうな。
そして、東側には会社の建物が作られている。最初はログハウスの事務所を工場の2つだったけど、今では織機を10台以上持った織物工場が2つも出来ている。製作工場も2つになった。
そんな光景に感動しながら、事務所の扉を開ける。
「今日は!」と言いながら事務所に入ると、チェルシーさんが机で算盤を弾いていた。
「あら、お久しぶりです。…社長!アキトさんですよ。」
チェルシーさんが席を立ちながら、暖炉傍で昼寝をしていたユリシーさんを起こしている。
相変わらずのようだな。
「こっちだ。」と言いながら手招きするユリシーさんの所に足を運んで小さなテーブル越しのソファーに腰を下した。
チェルシーさんもお茶を運んで来ると、ユリシーさんの隣に腰を下す。
「どうじゃ。王都は面白かったか?」
「それなりですね。姉貴は士官学校で講義をしていたようですし、俺はサーミストで船作りを見てました。」
「お主が作る船じゃからな…。変わった船じゃと思うが?」
「一応軍船です。」
「4カ国共に大型軍船は持っていないはずじゃ。小型はあるようじゃがのう…。やはり、スマトル対策となれば軍船は必要じゃろうな…。」
「また、戦が始まるんですか?」
「かなり先ですよ。少なくとも5年は大丈夫だと姉貴も言ってましたし…。」
俺の言葉に2人は安心したようだ。
「ところで、お主に頼まれていた水車が完成したぞ。一応、3台作っておいたが…、王都に据え付けると言っていたな。」
「はい。アテーナイ様が戻りましたら相談してみます。俺には適地が分かりませんからね。」
そんな話をしていると、チェルシーさんが年末の株の配当について話してくれた。
従業員の給与を渡しても、段々と配当金額が増えているらしい。
元々、アテーナイ様の賛同を得ているからと、税金は利益の1割との事だが、残金の半分を配当金として分配しても結構な額になったと言っていた。
「3年目で銀貨1枚近くを配当する事が出来ました。元々の株価は1株銀貨1枚でしたから、株を持っている者達は毎年銀貨1枚を貰える勘定になります。」
株の購入を渋っていた者達も喜んでいるに違いない。最大でも2株までしか村人は持っていないはずだ。そして今後株を増発する事も、しばらくは無いと思うから、村人の冬越しの資金として有効に機能する事だろう。
・
・
その夜。俺と姉貴はディーと一緒にテーブルでお茶を飲み、アルトさんとリムちゃんは暖炉脇の机で電鍵を叩いている。
送信後に表示灯がちかちかと瞬いている所を見ると、王都のサーシャちゃん達とはちゃんと通信が出来ているようだ。
それを見ながら少し安心する。これで、リムちゃんも寂しさを紛らせられるだろう。
ディーが運んできた情報端末の起動操作を俺がやると、姉貴が早速スマトルの敵情視察を開始する。
現在は夜だけど、昼間に撮影した画像がバビロンの記憶槽には納められている。
「まだ、南進部隊は帰国しないみたいね。」
「あぁ、西岸の部隊も互いに睨み合いだ。…だいぶ北の防壁が出来てきたね。次は何を始めるんだろう…。」
「これよ…。軍船だわ。だいぶ少なくなっているから、新造するようだけど…。」
そこで姉貴は口を閉じた。そして、一点をジッと見詰めている。
画像の拡大率を上げて、船の詳細を確認し始めた。
「アキト…。真似されちゃったみたい…。」
姉の指先の軍船には3台の大型バリスタが設置されていた。
「ディー。このバリスタの性能を計算できる?」
ディーがおれの後ろから画像を覗き込む。
「自走バリスタの1,5倍程の大きさです。推定飛距離400m。そして自走バリスタのボルトより大型のボルトを発射できそうです。」
飛距離は、ほぼ同程度…。そして良い大型のボルトというのが厄介だな。
これだと、港に侵入されたら町を破壊されかねない。
「アキト。バリスタの飛距離は伸ばせないの?」
「自走式なら、今が限度だ。固定式なら方法はあるかも知れないけど…。それに、船に積む位なら、移動式も考えているはずだ。…厄介になって来たな。」
とは言え、現状ではどうしようもない。
これはアテーナイ様とも、よく相談せねばなるまい。
・
・
10日も過ぎると、アルトさん達はミケランさん達と一緒に、春先に出てくるラッピナ達を狩り始めた。
ロムニーちゃん達もルクセム君と一緒に狩りを始める。
ギルドにも依頼書が沢山張られ始め、それを狙って麓の町からハンター達が集まり出した。
本来なら俺達も狩りに出掛けたい所だが、この所毎日のように情報端末でスマトル国の偵察を繰り返している。
俺達の兵器を敵がコピーしている…、それはバリスタだけなのだろうか…。
それを探らねば次の戦は、最悪の事態に陥る可能性だったあるのだ。
王都、王都周辺の錬兵場、造船場…。
次々に画像が動いて行く。そして、興味を引くものがあれば拡大してそれが何かを確認する。
地味で単調な作業だが、スマトル国全体を確認し終えるのは、未だだいぶ先になりそうだ。
「邪魔をするぞ!」
声と共に扉が開き、アテーナイ様とジュリーさんが入ってきた。
王都での連合王国国王達との打ち合せと、それに続くモスレム国の対応措置について見通しが付いたのかな?
「また見ておるのか?…確かに、上空からの偵察は有効じゃが、それ程変わり映えはしないと思うのじゃが…。」
そんな事を言いながら、ディーの勧めでテーブルに腰を下ろす。
「そんな事はありません。1度全体を見ておく必要が出て来ました。…スマトルはバリスタを作りましたよ。亀兵隊の機動バリスタよりも射程は長そうです。」
「何じゃと!!」
アテーナイ様は席を立つと、俺の後ろに回り込んだ。
姉貴が問題の軍船を映し出す。
「確かに、バリスタに違いない。…テーバイ戦で我等のバリスタを見たという事か…。」
「その可能性はあります。ディーの分析では俺達のバリスタの1.5倍。射程は300D(90m)程長そうです。」
「たかが300D…。されど、300Dじゃな。これは、港周辺を火の海に出来るぞ!」
「それが気になりまして、他にも似た兵器があるかどうかをスマトル全土を対象に調べているのです。」
「我等の攻撃できない距離から、攻撃されるのは問題じゃ。かといって、ガルパスに積めるのはあれが精一杯。あれより重く作れば、台車をガルパスが引く事になる。機動運用は出来ぬぞ。」
「それは、分っています。亀兵隊の機動性は今のままであるべきです。」
「なら、大型バリスタを歩兵運用にすればよい。牛に引かせればさほど全体の動きに支障は無いはずじゃ。」
それも、手なんだけど…。それでは迅速な部隊運用でスマトル軍を対処するという事にはならない…。
ん?…ちょっと待てよ。現在の所、バリスタは軍船にしか積んでないぞ。陸上ではどうなんだろう?
「姉さん。バリスタは今の所船だけだよね。」
「陸上運用は時間の問題だと思うわ。敵は使役獣は馬、牛それにガルパスだよね。どの使役獣を使うか、探してるんだけど未だ見つからないわ。」
未だ見つからないのか、それとも未だ作らないのか…。
姉貴は時間の問題だと言っていたから、今は無くても数年後には形になるという事なのかな。
「例の潜水艇ではこの軍船を叩けないのか?」
「反撃される可能性がありますね。これは海軍の作戦上も問題が出てきます。」
「これが、前にミズキ様が言っていた武器は進化するという事ですか?」
「はい。常に武器は発展していきます。矛と盾の関係ですね。」
「面白い例えじゃな。盾を破ろうと武器はその威力を上げる。それを破られぬように防御も発展する…終わり無き発展になるのう…。」
兵器の開発に終わりは無い。
1度開発に火がつけば、確かに矛と盾の関係が延々と続くのだ。
ここで、今の状況を逆転する兵器を開発する事は可能だろう…火薬を作れば状況は一変する。
だけど…直ぐに相手国も火薬を作るようになるだろう。優位に立てるのは一時だけだ。
火薬を作ることは出来るだろう。ガラスより、陶器よりも容易かもしれない。
だが、カラメル人は火薬の作り方をあえて教えなかった。ディーの分析では、黒色火薬ではなく、無煙火薬に近い成分だと言っていた。
黒色火薬よりも数段上の物を使って一般に供給する事により模造を防いでいるのだ。
今、俺達が黒色火薬の作り方を教えたら、彼等の意図が無駄になってしまう。
それは、何としても阻止したい。
となれば、現状の製品で現状の兵器よりも優れた物を考えねばならない。
何れ模造されようが、発展はそこで停止するはずだ。
要求は意外と単純だ。軽くて、遠くに爆裂球を飛ばせる仕掛け…。
だが、どうやってそれを実現させるかが問題だ。