#036 巣穴の奥の女王
サニーさん達の話だと、タグの巣穴は大木から東の草原を2km程度のところにあるらしい。
此処からではまだ見えないが丘を登ると見えてくるって言っていた。その丘を今登っている。大木を見ると誰かが手を振っている。たぶんミーアちゃんだと思う。
別れる時に俺が持っていた小さな望遠鏡を渡したのだ。5倍で海賊が使うような引き伸ばして使う奴だ。おもちゃみたいな望遠鏡だけど、結構良く見える。
俺も振返って手を振ると、足場の上で飛び跳ねながら手を振ってくれた。落ちなければいいんだけど……。
丘を登りきると、それが見えた。
2階建て位の高さがある土のピラミッド。それがタグの巣穴への入口みたいだ。
数百m程度の距離を取って同じようなピラミッドが数個立っている。
「此処で少し休む。後は一気に最深部に行くぞ」
剣姫がそう言って草原にペタンっと座り込んだ。
俺達も同じように座ると、ジュリーさんがベルトのポーチから小瓶を取り出して姉貴に渡している。
「魔法の回復薬です。全快まではいきませんが【メルダム】を3回程度なら可能です」
「でも、私は【メルト】しか出来ませんよ」
「なら10回以上それを使えます。一応念の為ですよ」
そして、俺達は立ち上がった。
「ジュリー。頼む!」
「分かりました。【アクセラ】!」
俺達の周りに光が煌きそして、体に吸収される。
「体機能が2割程上昇する。少しはマシに戦えるじゃろう」
そういいながら剣姫は背中の重そうな長剣に手をかけた。そして長剣をすると引抜き始めた。
すると、剣姫が光りに包まれる。ちょっと眩しいくらいだ。
その光りが納まると、そこには……剣姫がいた。
剣姫なんだけど、先ほどまでの剣姫ではない。容姿がまるで違うのだ。
金髪縦ロールは変わってないけど身長は姉貴と同じ位で、出るべき場所は出て、出なくていい場所はでていない。
何と羨ましい体型なんだろう。歳の頃は姉貴より少し上に見える。……う~ん、俺がもうちょっと年を取っていたならば……。
ゴチン!って姉貴の槍が俺の頭に落ちた。
「こら!また変なこと考えてるでしょ!」
お見通しみたいだ。
「まぁ、そう怒るでない。我の容姿を憧れの目で見られるのも少しの間じゃ。この魔道具と我の魔力でこの姿を保つ事が出来るのは持って半日。……それでは行くぞ!」
宝塚から出てきたような姿で颯爽と剣姫が先を急ぐ。その後を姉貴とジュリーさんが続き、最後は俺になる。また殿だ。
タグの造ったピラミッドを剣で土を削りながら足場を作って登ると、頂上に直径3m程の穴が開いていた。
早速、ジュリーさんが【シャイン】で光球を2個作って穴の中を照らし出す。
タグはいないみたいだ。穴の中はシーンと静まっている。
直ぐに剣姫が飛び込む。そして俺達が続いて飛び込む。
その穴はなだらかな傾斜で地下に続いていた。俺の身長より少し高いところに出口がポッカリと開いている。
ジュリーさんは更にもう1個光球作ると前方に先行させる。
後の2個は俺達の少し前と俺の後で、このトンネルを照らしている。
しばらく進むとトンネルが分かれていた。
ジュリーさんが腰のポーチから袋を取出し、俺達が進んできたトンネルに袋の中の粉を振り撒く。
「私の魔法に反応して発光します。これが無いと帰れませんからね」
別のトンネルには別の袋からテルナムを取り出すと指で磨り潰して投げ入れる。
俺達は下に続くトンネルを選びながら更に地下に下りていった。
俺達はかなり深くまでトンネルを進んだはずだけど、まだタグを1匹も見ていない。テルナムを嫌うってのはホントみたいだ。
更に下っていくと、光球に照らされたタグの影がトンネルに映し出される。
しかし、俺達のマントの匂いで少し混乱しているみたいだ。
ササーっと剣姫が動き、タグに剣を振るう。
素早い剣さばきでタグの頭部がトンネルに転がり落ちる。数匹のタグを瞬殺したみたいだ。
剣の切れ味がいいのか、腕がいいのか迷う所だが、やはり銀3つは伊達では無いということだろう。
そこを通った時にタグを見ると、どれも首を一刀で斬られている。他の場所に傷がない事を見ると狙って斬ったとしか思えない。やはり剣姫と言われることはあるみたいだ。
そんな事が数回続くと少し広い場所に出た。体育館の3倍はあるような広い空間だ。そして、その中心付近には、……大きな芋虫が蠢いていた。
「タグの食料庫じゃ。タレットの幼虫じゃな。あそこを見るがよい!」
剣姫の指差す場所には壁が一部黒ずんでいる。
「油と【メルダム】を使ったみたいですね。最初の部隊は此処まで来てましたか……」
姉貴が俺の腕を掴む。何だろうと振り向いた姉貴の顔は真っ青だった。
姉貴の指差す所を見ると、革鎧の胴体を芋虫がグチョグチョと音を立てて食べている。
「幼虫は生かして保存する。その食料はタグが調達する。我々も奴等にとっては食料じゃ」
俺達は更に下るトンネルを探した。
次に俺達の前に現れたのは、タグの溢れる広場だった。
数十匹はいるだろうか、光球を見上げているが俺達に気付いていないようだ。テルナムのマントは結構効果があるみたいだ。
「帰りに障害とならぬよう、始末する。よいか?」
剣姫の言葉に俺は刀を抜いた。姉貴は後に下がりクロスボウにボルトを乗せる。ジュリーさんは姉貴の後で待機している。
「いけ!!」
剣姫の声で、俺は右に走り最初のタグに刀を振り下ろす。ズン!という鈍い音とともに頭部が地面に落ちる。次のタグに走りより刀を振るう……。
タグの群れに回り込み刀を振るっていると、目の前のタグの頭が粉砕する。姉貴の放ったボルトの直撃を受けたみたいだ。
10分程度で広場のタグは全て倒す事ができた。
「フム。虹色真珠は伊達ではないようじゃな。良い剣さばきじゃ」
剣姫に褒められてしまった。
ちょっと嬉しいけど、姉貴を見ると、プイ!って顔を背けてる。怒ってるのかな?
とりあえず、姉貴のボルトを回収しておく。5本発射したようだけど、回収できたのは2本だけ、後はタグの体内にめり込んでいる。解体しないと場所が分からない。
この広場から下るトンネルは、1ヵ所だけだった。早速、トンネルを下りて行く。
トンネルの分岐にタグがいる事が多くなってきた。俺達が近づくと遠ざかる。まだ、テルナムを浸したマントの効能は有効みたいだ。タグが退いたトンネルにはテルナムを揉んで放り込んでおく。
また、広場がありタグがいる。先ほどの広場より広くタグの数も多かった。
「ここは、ジュリーに任せる。アキト、瞬殺出来なかったタグを殺るぞ。よいか?」
ジュリーさんは杖を掲げて短い詠唱をするとタグの群れに杖を向ける。
【ヒュール!】その言葉とともに杖の宝玉からヒュン、ヒュンと風がタグに向かって飛びタグの体が切り刻まれる。……鎌イタチってやつだ。
風の音が止んだとたんに剣姫がタグに向かっていく。まだギギギ……と体を動かしているタグの首を次々に刎ねていく。俺も、負けずにまだ動いているタグに止めを刺していく。
この広場も下りるトンネルは1つだった。
タグの女王の部屋が近いのかも知れない。こいつ等は護衛の兵、ということなんだろうか。
そんなそんなことを考えながらトンネルの中を歩いていると、先頭を歩いていた剣姫の歩みが突然停止した。俺達に止まれと手で合図を送っている。
「いたぞ。初めて見るが、アヤツがタグの女王と見て間違い有るまい」
剣姫の傍に行って様子を見てみる。
俺達のいるトンネルは広大な広場の中段位に位置している。広場の大きさは野球場2面位ある。高さは4階建てのアパート位入りそうだ。このトンネルの出口から広場の床までは緩やかな坂になっている。
そして、この広場一面に太さ1m、長さ2m位の卵が斜めに立っているのだ。その中心に一際大きなタグが、バス位あるお腹を蠕動させながら卵を産んでいた。
その周りで、大勢のタグが卵を磨いているのが見える。
「さて、問題はアヤツをどうして葬るかじゃ。首を取るにも少し位置が高すぎる」
タグの女王の頭はどう見ても5m以上の高さにある。
「あのお腹を破壊すればいいような気がしますけど……」
「大きすぎる。それに、あそこまで行くのは困難じゃろう」
確かに、女王までの距離は100m近くある。体機能が2割程度上昇しているなら、この世界に移動した時の上昇分とあわせて4割増し程度。
ここから、移動、攻撃、撤退と行動するにはどう考えても30秒は必要だ。
そして、女王が俺達を敵と認識すればこの広場のタグが全て向かってくる可能性もある。それは攻撃する前にだって可能性があるのだ。
そうなれば、女王への攻撃すら出来なくなる。
「剣姫さま。私の案を聞いてくれますか。それと、私とアキトの攻撃方法は見なかった事にして頂けますか?」
「記録にお前達の事は残らん。そして、我とジュリーの口は堅いほうじゃ」
「安心しました。先ず、アキトがこの坂を下りて女王に近づき攻撃します。
アキトが攻撃後こちらに走ってくる時、私が攻撃します。これで、女王のお腹は破壊できるでしょう。
アキトの後を追いかけて来るタグの群れに、ジュリーさんは【メルダム】を放って下さい。
この広場の卵まで始末するように、出来れば連発でお願いします。その後は急いで巣穴を脱出します」
「しかし、アキトが女王まで辿りつくことが出来るとは思えんが?」
「距離を半分にして攻撃すれば大丈夫です」
俺に女王の腹をマグナム弾で切裂かせる積もりのようだ。
確かに距離が50m程度なら、相手が大きいこともあるし全弾命中できると思う。
それだけでOKになるとは思えない。姉貴のクロスボウだって強力だけど、連射は不可能だ。
「他に方法があるとは思えん。アキトの攻撃は女王まで到達しなくとも可能なのじゃな。それなら、指揮を任せる」
剣姫の言葉に姉貴は頷くと、クロスボーの台座の先端部をクルクルと回し始めた。
先端部に丸い穴が現れる。続いて、台座の一部を押すとカチって音がして、横にスライドする。其処にも穴が開いている。
ベルトのポーチから何やら取出してその穴に入れるとスイングさせた部分を元に戻した。続いて、クロスボーの弦を引くとボルトを装着する。
台座の滑走面から金属性の大型サイトを立てると距離を合わせている。
「あのう……、ミズキ姉さん。それって?」
「グレネードランチャーよ。こんな事もあろうかなってね」
こんな事は早々起こって欲しくないけど、少し姉貴の作戦が理解できた。 俺が破壊した腹部にダメ押しをする考えみたいだ。
「準備はいい?」
姉貴の問いに頷くと、タグの女王に向かってゆっくりと坂道を下っていった。
腰のホルスターからM29を引き抜く。こんな時にはダブルアクションがいいんだけど、何故かこのカスタムはシングルだ。
狙いがブレないことはいいんだけどね。
女王まで40m程度に近づいた。
女王のバス位に膨らんだ腹部に狙いを付ける。ど真ん中を狙って……。
バアァン!……。
ホールに大音量の銃声が木霊して聞こえる。俺は素早く6連射すると。皆のところに駆け出した。
ポシュ!って軽い音がすると後ろで鈍い炸裂音がする。
グレネードランチャーの発射音はちょっと頼りない。
姉貴はグレネードを発射すると急いでサイトを畳み、クロスボウの狙いをつけてボルトを発射した。
その後は俺に向かって、早く、早くと手で合図している。
もう少しでトンネルに着くという時に、ジュリーさんが杖をかざして紅蓮の球体を作り、俺の頭上越しに広場に投げつけた。
ドゴォーン!っと今までにない轟音がして熱風が俺の背中を押す。さらに続けて炎の爆裂が起こる。
振り返って広場を見るとタグの女王は腹部を大きく破られ、頭部の複眼はボルトにより片方が破壊されていた。
大勢のタグが炎に炙られ混乱し、卵は次々に高温で破裂している。
そんな中、一群のタグがこちらを目指して進んでくる。
「逃げるぞ!」
剣姫の言葉に、俺達は後も見ないでトンネルの中を、上に向かって走りだした。