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#352 スマトルの脅威

 


 次の日の朝早く、サーシャちゃん達は2回目の狩りにアクトラス山脈に出かけて行った。

 移動式通信機を運んで行ったから、今夜にはフィールドテストが出来るだろう。取扱説明書は持たせたけど、ちゃんとセット出来るかが問題だな。

 そして、ディーが腰のバッグの中身を会社の倉庫に入れて身軽になると、ブーメランだけを背負ってバビロンに出かけて行った。

 今度は、通信機の保守を行うオートマタを連れて来る事になっているが、果たしてどんな人物なのか皆が楽しみにしている。

 

 そして、俺達はテーブルに座って、姉貴が取説を読みながら装置の起ち上げをしているのをじっと見ていた。

 姉貴の目の前にあるもの…それは、ティッシュボックス2個分程の四角い箱だ。

 上部の蓋を外すと、板状のキーボードが出て来た。ケーブルは付属していない。ワイヤレスだな…。

 「これだね…。」

 姉貴がそう言って箱の上部を軽くタッチする。

 「あれ?…おかしいなぁ…。」

 「どうかしたの?」

 

 「うん…。この箱の、この部分に指を乗せれば動き出すらしいんだけど…。」

 そう言って、箱の上部にある小さな凹みを指差した。

 これって、個人識別装置の一種じゃないのか。丁度、人差し指の腹の大きさだ。

 

 どれどれって、俺が指を乗せると、一瞬針で刺すような鋭い痛みを感じた。そして、箱の上部に30インチ位の画像が投影される。


 「動いたね…。アキト、どうやったの?」

 「単に指を乗せただけだよ。ただ、痛みがあったな…。」

 そう言って改めて自分の指を見たが何の痕跡も無い。もっとも、サフロナ体質だから傷があったとしても既に修復されている筈だ。


 「個人識別か何かのロック機構があるんだと思うよ。…ほら、双子山の船の扉やバビロンの入口、それにディーの件も俺がトリガーだったようだし…。」

 「アキトがそれだけ元の人間に近いという事かしら。でもそれだったら、私もそうなんじゃないかな…。」


 しばし姉貴は思考の世界に入ってしまった。

 確かに、それはおかしな事だと思う。俺と姉貴は一緒の町で暮らしていたんだ。アルトさん達が、遺伝子改変の嵐を越えているならばそれなりに俺達と遺伝子は異なっている筈だが、俺と姉貴の遺伝子は少なくとも改変されてる内容は同じである筈だ。


 「何を考えておる。動いたならば早速使ってみよ。」

 アルトさんの一言で俺達は顔を見合わせる。…それはどうでも良いこと、俺にとって姉貴は姉貴であり、姉貴にとっても俺は同じである筈だ。

 

 「じゃぁ、使ってみるね。…これは基本的にはパソコンと一緒みたい。それに通信機能があるみたいなんだけど、それも私達が使っていたパソコンとそれ程変わりは無いわ。」

 

 姉貴の指が投影された画像に並ぶアイコンに軽く触れると画面が切り替わる。

 そこに移ったのはジェイナスの姿だった。

 「このアイコンは衛星からの撮影画像みたいね。拡大するよ。」

 画像の下にある+の表示を軽く触れると、画面からはみ出す位の大きさになった。

 更に+を押して行く。そして、上空1km程から地上を眺めた風景を映し出した。


 姉貴が素早くキーボードに指を躍らせる。画面の下に文字が浮かんだ。その文字は…カナトール王都。

 エンターキーを押したようだ。画像が左右上下に目まぐるしく動くと、カナトールの破壊された王都が浮かび上がった。


 「カナトール王都じゃな…。だいぶ復興が進んでおる。周囲の畑も復旧しているようじゃ。」

 アルトさんは感心して見ているけど、軍事衛星の分解能に近いぞ。これだと、各国の状況が手に取るように判る。


 「姉さん…。」

 「判ってるわ。アルトさん。この装置は誰にも内緒よ。アキトがいないと使えないとは思うけど、軍事に利用出来るからね。」

 「魔道具を積極的に取り入れた軍なぞ、その魔道具が破損したら直ぐに終わりじゃ。今回の移動式通信機でさえその問題が残る。我は早く通信機を作れる国が出来ればと願う限りじゃ。…ミズキの危惧は理解しておる。サーシャ達にも秘密にするぞ。」

 

 次に姉貴は検索モードを開いた。

 最初の検索は…火薬か。

 しかし、画面が数回赤く光って検索不可の文字が画面に現れた。

 どうやら、武器の類はプロテクトが掛かっているらしい。


 「誰かが、アキトを腕を切り取ってこれを使おうとしても、武器の開発は出来ないようね。」

 物騒な事を姉貴が言ったが、確かにその危険性はあるだろう。だから最初に試したようだ。

 

 「先程のように、空から眺める絵でスマトルを見る事は出来るのか?」

 「ですね。確かに、私も気になってます。」

 

 直ぐに画像を切替えて映像モードに変更する。

 その画像が映し出されたとたん俺達が声を上げて驚いた。

 スマトル国は復興していた。四季が無く、乾季と雨季の2つの季節にそれ程の気温の変化は無い。スマトルを流れる大河を利用した灌漑用水は国土の隅々まで行き届いているようだ。ひょっとして技術力は連合王国を凌ぐんじゃないか。そんな思いに囚われる。


 「渡りバタムの被害で国土は荒廃…王国は反乱が相次いで内部分裂と思っておったが…。」

 「流石は国王。見事な治世です。でも、直ぐには海を渡った征服戦争は行わないようですね。」


 「何故判るのじゃ?」

 「この線です。」

 そう言って姉貴が海岸地帯を横切る線を指差した。

 画像の倍率を上げると、そこには延々と連なる防壁が海岸から数百m付近に築かれていた。そして今も作り続けているのが判る。


 「海からの侵入を阻止する為の防壁ですね。これは見張り台です。…スマトル国王は私達がスマトルに攻め入る事を恐れています。

 王宮を見てください。破損していますね。これは内乱があったと見るべきです。そして、王宮の修理よりも防壁を作ることを優先したという事は…。」


 「海軍を粛清したか、兵力が著しく損耗したか…じゃな。」

 「姉さん、ちょっと倍率を上げてくれないかな?」

 姉貴は直ぐに倍率を上げた。そこは船着場の風景だ。上空から映し出された人の姿も見て取れる。そして、その中に…明らかに容貌の異なる一団がいた。

 

 「何じゃ、この者達は。我等より色が濃く見えるぞ。」

 そこに映し出された者達は明らかにネグロイドの姿だ。光って見えるのは槍の穂先だろうか。そしてそのような兵士に取り囲まれた一団が船から下りてきている。

 

 「復興が早い原因はこれね。奴隷狩りをしたんだわ。…という事は。」

 姉貴が田園地帯を高倍率で確かめる。そして次は海岸の防壁地帯、最後に王都の周囲を何かを探すように移動して行った。


 「アキト…まるでスパルタだわ。とんでもない強国になるわよ。」

 「でも、スパルタはアテネより早く滅んだんでしょ。それ程危惧する事は無いと思うんだけど。」

 

 「何じゃ?そのスパルタというのは??」

 「昔の国です。国民の男子全てが兵隊。男子は生まれて数年で親元を離れて兵士になるための共同生活を送ります。毎日が厳しい訓練で明け暮れ、成人すればすべて優秀な戦士です。兵士以外の仕事は全て奴隷が行います。」


 だけど、スパルタって奴隷の反乱を恐れて、そんなシステムにしたと聞いた事があるな。

 という事は、全軍を率いて来襲はあり得ないと思うぞ。内乱を収めたばかりでそのような統治システムを導入しても、直ぐには脅威にはならないと思うけどな。


 「なかなか効率的な統治じゃな。人道的では無いのが問題じゃが…。しかし、現在は殻に閉じ込もろうとしている事は事実。脅威の度合いは低いと我は思うのじゃが…。」

 「アルトさんの言われる通り、数年の期間を限れば無視出来ます。でも、10年後を考えれば…。」

 「強兵が10万単位で生まれるのか…。確かに問題じゃのう。」

 これは、連合王国の抱える課題になるだろう。この課題は士官学校でひとつの課題として考えさせても良いのかも知れない。


 そんな時、装置からピコピコと音が出て、画像にアイコンが1つ浮き出した。

 姉貴がそのアイコンを指で触ると、画像が切り替わってユングの姿が映し出された。


 何か、1年も経っていないのに、だいぶ姿がくたびれているぞ。

 「元気か?…バビロンからアキト達と直接交信が出来ると聞いて、早速通信を開いたんだが、お前達3人なのか?」

 「あぁ、狩猟期だしね。残りは狩猟期に出ているよ。そしてディーはバビロンに出かけた。この装置も昨日バビロンから持ってきたものだ。

 ところで、今どの辺りにいるんだ?」

 

 俺の言葉で画面が周囲を映し出す。

 そこには大きな山脈が映し出されていた。

 「前の世界ではヒマラヤ山脈があった麓に近い所だ。インドだって相当な技術を持っていたはずだからな。もし、地下都市を作っているならばデカン高原かヒマラヤ山脈と当たりを付けて調査してるんだ。デカン高原には無かったから、今はヒマラヤだ。」


 「どんなとこだい。だいぶくたびれた恰好に見えるけど。」

 「牛より大きなトラの群れに追い掛けられてた。そういえば、犀も見たぞ。やはり家ぐらいあったけど…。」


 インド周辺にいた獣達は、大型化しただけなのかもしれないな。

 「着替えは沢山持ってるから、大丈夫だ。誰も見てないし、ぼろぼろになっても困る事は無い。」

 

 何か凄い事を言ってるけど、哲也だからなぁ。

 「こっちは、カナトールをようやく開放したよ。後はスマトルが問題だけど、これは王国の問題だ。注意をするように仕向けるだけで手は出さない事にする。」

 「あぁ、それが良い。じゃぁ、またな!」

 そう言って通信は切れた。


 ユング達は数年掛けて調査しながらククルカンを目指すみたいだから、まだインド辺りなのか。それでも、オートマタ2人組みだから心配は無いだろう。次はどこから通信を送って来るかが楽しみだ。


 新たな通信機の試験はこの辺にして3人で屋台を手伝いに出かける。

 丁度、昼時だし皆忙しく働いているだろう。

                ・

                ・


 通りに出て西に進むと屋台の列が両側に並んでいる。

 屋台で簡単な昼食を取る者、屋台の商品を見繕っている者、そんな光景を眺める者…。結構な賑わいだな。

 そして、「いらっしゃい。美味しいよ!」と威勢の良い掛け声を掛けているスロット達を見つけると急いで人混みを縫って裏に回る。


 「遅くなった。手伝うよ。」

 「ここは我等に任せるが良い。それよりも、今夜は例の会議がある筈じゃ。我が君も傍聴を望んでおる。準備をしておく事じゃ。」

 姉貴を見ると小さく俺に頷いた。

 そういえば、4カ国の王子達を集めて将来を考えていたんだよな。


 「それじゃぁ…。後を宜しく。」と言って、家に戻ろうとした俺にグルトさんが声を掛けてきた。

 戻るんだったら、一杯食べて行けという事らしい。有り難く頂いたうどんは俺が作ったよりも良いコシを出している。

 継続は力とはよく言ったものだ。

 俺が作るより美味しいですと言ったら。皆で笑っていたな。


 家に戻ると、熱いコーヒーを飲みながら、今回の議題を考える。

 先ずは前回の復習で良いだろう。憲法の素案だ。どんな国にしたいかをうたい上げるだけだから、希望がその中に含まれていれば良いと思っている。

 憲法の中で重要となるのは、王族の扱いと民衆の扱いだな。軍も重要だ。国作りの教育も忘れてはならない。そして、憲法が現実と乖離した場合に如何するかも考える必要がある。


 次に政策を考えねばなるまい。憲法はある意味理想を掲げたものだ。その理想に近づけるには如何したら良いかが政策となる。

 そして、実践になる訳だが…これはカナトールで試す事になる。

 大規模な政策実験になる筈だが、失敗を恐れる事はない。どう考えても現状よりはマシになるだろう。

 しかし、その政策実験でどのような弊害が出るかが判る。それを是正して政策案とすれば連合王国での施行に大きな問題は無くなる筈だ。

 

 まぁ、…それも課題ではあるが、試行錯誤を繰返しながらより良い世界を作って行けるだろう。

しかし、それに対する暗雲はいかんともし難い事実だ。

 テーバイ戦から2年も経っていないのに、あそこまで国を復興させるとは…、恐ろしいまでの政治手腕と言えるだろう。

 独裁政治であれば奇襲も可能だ。民主政治ではどうしても初動が遅くなる。

 かといって、軍に独自に動ける権限等を与えるとクーデターの可能性も出てくる。

 そして、相手は国民全兵を基本としているように思える。スパルタ以上だと俺は思うぞ。

 10年後に兵力20万で連合王国にスマトルが攻め入ったら…果たして防衛出来るのだろうか。

 



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