#351 通信機
ズズズーっとゼンザイを啜る音が、リビングを満たしている。
どの顔も至福の表情なんだけど、何時の間にか人数が増えていた。
姉貴と嬢ちゃん達、それにディー。ミケランさんとミクにミト、更にはモスレムの3后も一緒だ。
ドンブリモドキを片手に持って、スプーンで食べてる光景は一国の后としてちょっと問題があるようにも思えるが、本人達はそんな事は気にしていないみたいだな。
2杯目に突入してくると、鍋の残りが気になるようで、互いに目で牽制し合っている。
ここは1つ、きちんと話をしておいた方が良いだろう。
「…皆さん美味しそうに食べてますけど、このゼンザイにはとんでもない身体的効果がありまして…。」
「何じゃ?…力が増すとか言うのか??」
「いえ、そんなんじゃなくて…。あまり食べると太りますよ!」
俺の一言で、ミクとミトを除く全員の動きが止まった。
そして、俺をジッと見詰めている。ちょっと逃げ出したくなる雰囲気だぞ。
「それは…真か?」
「はい。…ディー。カロリー計算をして、サレパルの個数で換算してみてくれ。」
アテーナイ様の質問に、判り易く答えるためにディーに換算を依頼する。
「単純計算ですが、このドンブリ1杯でサレパル13個を食べた時のカロリーと同等になると推定します。」
「サレパル13個じゃと!」
全員がジッとドンブリを見詰め出した。
「という事は、我等がこのドンブリを全て平らげると、サレパル26個を一度に食べた事になると言う訳か!…婿殿、これは陰謀ではあるまいの…。」
アテーナイ様がそう言って俺を睨んでるけど、これのどこに陰謀が隠されているんだ!
「ですから、普通であれば俺が食べているように、この小さな椀で食べれば良いんです。それを、いくら甘い物が別腹だと言っても、ドンブリ2杯は食べすぎです。美味しいから明日も食べようと残す考えは無いんですか?」
俺の言葉に、皆が左右を見渡す。残したら食べられてしまう。そんな感じがひしひしと伝わってくるぞ。
となれば、次の取りうる策はひとつだ。
「1度位なら、それ程気に止む事はないでしょう。でもこのまま続けると、どこぞの貴族のご夫人のようになってしまうのは確実です。
次に作るときは、全員とも俺の食べている椀で1杯分しか作りませんから、そのつもりでいてください。
そして、山荘の調理人にもこの事をきつく言っておきます。良いですね!」
全員が渋々頷いている。
「まぁ、それも仕方の無い事であろう…。残念じゃがな。しかし、あの男爵夫人のようになると言うのであれば諦める事も出来るというものじゃ。」
アテーナイ様の言葉が皆の本音なんだろうな。
「そもそも、この食べ物は祝いの時に少しだけ食べる物なんです。国の祝日が判れば、また作りますよ。それで満足して下さい。」
そう言って俺は締めくくったが、サーシャちゃんがニヤリとしたのを見逃さなかったぞ。
365日全てを何かの祝日とするのは予想してるし、その為の対策も考えてある。
「ところで、婿殿。ディーが随分と早く戻ってきたが、バビロンの機材は持ち帰っておるのか?」
「はい。これで通信が可能となります。固定式は全部で15台あります。2台を故障時の予備と考えて13台の分配を決めねばなりません。
移動式は6台あります。これは連合軍で使う事になるでしょう。やはり1台は予備として残す事になりますね。
ディーの運べる量が意外と少なかったので、再度バビロンを往復する事になります。皆さんのほしい物があれば、武器ではない限りバビロンは便宜を図ってくれるでしょう。」
「とは言っても、それ程必要と思う物は見当たりません。アキトさんにお任せしますわ。」
「…確かに。我等で出来うる事は我等で行うのが基本じゃ。バビロンの技術をあまり受け入れる物ではないと思う。」
技術の差がありすぎるから、提供されても壊れたらお仕舞い…その問題は御后様となったイゾルデ様も、アテーナイ様も判っているようだ。
「ともあれ、早速試してみたいの。直ぐに操作が出来るのか?」
「明日、1日あればミクとミトに教えてみようと思っています。移動式の方は操作が単純ですから、発光式通信器の操作が出来れば、それ程苦労しないと思います。」
「我等も見学して良いのじゃろうな?」
「勿論です。」
主役の2人はゼンザイを食べるのに忙しそうだ。
でも、この2人以上に発光式信号器を使いこなせる人材がいないからな。
明日は、頑張って貰おう。
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次の日、屋台はスロット達に任せて、俺達の家に昨夜のメンバーが集まった。
早速、ディーが袋からランドセル程の大きさの箱を2つ取り出した。
ホイって感じで俺に取り扱い説明書を渡してくれたんだけど、この薄い冊子で判るのかな。
「では、簡単に通信機の操作を説明します。移動式通信機はこのバッグ2つで構成されます…。」
そう言ってディーが通信機の説明を始めた。
2つの通信機は金属性の筐体に入っている。1つが通信機でもう1つは発電機と備品が収まっていた。
ディーが通信機を倒して上蓋を開けると、スイッチが2つに、ダイヤルが1つ。それとプラグインジャックが6つ着いている。後は、表示ランプが3つあり1つはセグメント表示だ。ランプは筐体に埋め込まれているようで表示部分のみが箱から覗いている。
通信機の横に小さな蓋があり、そこを開けると2つのジャックがある。よく見ると、簡単な絵が着いている。ヘッドフォンと電鍵だ。
そして、箱の反対側にも蓋がありやはり2つのジャックがあるが大きさが異なる。小さな方にはアンテナマークそして大きいほうにはペダルのような絵が着いていた。
もう片方の箱を開けると、両側にハンドルの付いた発電機と電鍵それにヘッドフォンとアンテナ用の長いケーブルが出て来た。各々に付属しているケーブルを通信機に差し込む。
アンテナのケーブルは家の梁に引っ掛ける。説明書を読むと、3m程は垂直に伸ばす必要があるみたいだ。
「これで、準備完了です。ミクちゃんに実演して貰います。」
ディーがミクの耳にヘッドフォンを着けてあげる。神妙にされるがままになっているのが可愛らしい。
そして、手元に電鍵を置くと、通信機の一番端にあるスイッチをカチンと下に動かした。スイッチにはパワーと表示されて、上にはオフ、下にはオンと表示されている。
すると、セグメント表示ランプが点灯した。6個の内5個が点灯している。表示部には電源とあり左から赤1つ黄色2つそして緑が3つだ。
「これで、通信可能となります。ミクちゃん、その電鍵を下に動かしてみて…。」
言われた通りに電鍵を押すと、プラグインジャックの上に2つ着いているランプの片方が点灯した。
「押した時、音が聞こえるにゃ!」
「この通信機は相手を見なくとも通信が出来ます。ランプの点滅を見るか、音で確認できます。」
ミクが素早く電鍵を操作する。
ランプがその動きに追従して目まぐるしく点滅した。
「…敵300接近。現在距離500…。ちゃんと操作出来てますが、その速さで信号を送ると読み取れる者が限られます。」
子供の順応性は優れてるんだな…。きっと周りの皆もそう思っているに違いない。
「並んでいるランプの1つが消えたのじゃ!」
「これは電源と言う力が足りなくなっているのです。そのためにこの表示が右から3つ消えたら急いで電源を補給する必要があります。このハンドルを両手に持って回して下さい。」
サーシャちゃんが言われた通りにハンドルを両手に持って回し始める。大きな矢印で回す方向が書いてあるから、直ぐに回し始めた。
ぐるぐるとしばらく回していると、さっき消えたランプが点灯した。更に回し続けると全てのランプが点灯する。
「これは結構疲れるのじゃ。」
そう言って汗を拭っている。確かに発電機だから抵抗があるからね。良い運動だと思う。
なおもカタカタと面白そうに電鍵を操作しているミクを横目に、もう1セットを袋から取り出した。
「マスター。ミトちゃんを連れて外のテーブルから送信してみて下さい。ジャックは1でお願いします。」
俺?って感じでミトを見るとやる気満々だ。早速1式を担いでリビングを出ると、ミトが後ろから付いて来る。
庭にあるテーブルに通信機を置いてアンテナを如何するか考える。
とりあえず、林から細くて真っ直ぐな枝を切り取ってテーブルの足に結わえ付けた。
その間に、ミトがすっかり通信機の接続を終えている。残っているのはアンテナだけだな。
アンテナを接続し終えると、ミトがパワーと表示のあるスイッチを下に下げた。
セグメントの電源表示は5つだな。
そして、プラグインジャックの1の位置にプラグが差し込まれているのを確認すると、ミトに何か信号を送るように告げた。
カタカタカタ…とゆっくりと電鍵を操作すると、2つあるランプの片方が電鍵の操作に合わせて点滅を繰返す。
そして、ミトが電鍵の操作を終了すると間もなく再度ランプが点滅する。これはミクからの返事だな。
ミトがカタカタと電鍵を操作して返事をしている。
特に、問題は無いようだな。
「ミト。通信終了だ。元に戻せるか?」
ミトは俺に頷くと、再度カタカタと電鍵を操作したかと思ったら、電源スイッチを切って付属するケーブルを引抜き始めた。
そして、バッグの中にそれを収めると通信機の箱を閉じる。バッグに箱を収めると俺を見上げる。
そんなミトの頭をゴシゴシと撫でると、嬉しそうな顔をしてる。
「さて、戻ろうか?」
そう言って、通信機を担ぐとリビングに戻ってきた。
俺達がテーブルに着くと、直ぐにサーシャちゃんが口を開いた。
「驚いたのじゃ。全く見えないはずなのに通信が出来るのじゃ。我も信号を送ってみたが、ちゃんと返事が返ってきたのじゃ。」
サーシャちゃんの言葉に皆が頷いている。
「ところで、この通信機はどれ程の距離を結ぶ事が出来るのですか?」
「200M(30km)程度になるでしょう。この通信機は移動式ですからそれ程遠距離を結ぶ事は出来ません。その為に、大型の通信装置を設置して固定局とします。移動式は、固定局を利用して使う事になりますが、固定局同士でも先程のように通信が可能です。」
「固定式の場合の通信距離はどの程度になるのじゃ?」
「4,000M(600km)の通信が可能と言っていました。アンテナの工夫で更に伸ばす事も出来るようです。」
「何と!…隣国だけでなく、アトレイムの王都とモスレムの王都を結ぶ事が出来るのか…。その通信網が出来たあかつきには、軍の早急な展開が可能になるじゃろう。」
通信可能距離を聞いてアテーナイ様が驚いた。
他の連中は驚愕して声も出ない様子だ。
「早急に通信所を作る必要がありますね。しかし、その通信機は出力が大きいんだろう。電力はどうするの?」
「1kW程度の小型水力発電機を設置します。設置できない場合は、風力又は太陽光発電になりますが…この場合は通信距離が小さくなる可能性があります。」
ふ~む。水力なら王都の水事情を考えれば何とかなるかも知れないな。場合によっては近くの川に設置する事になるかもしれない。
「発電機の水車の図面はあるの?」
「頂いてきました。これになります。」
そう言って数枚の図面をテーブルに広げる。
木造だな…これならユリシーさんなら作れるはずだ。
「早速、数台作らせるが良い。それで、通信機を使う上での制約が目に見えてくるだろう。」
そんな訳で、ユリシーさんに発電用水車を作ってもらうことになった。
「この通信機を1台借りていくのじゃ。狩猟期で使えれば野戦に使う分には問題は無い。」
そう言ってサーシャちゃんが通信機をバッグに入れている。
確かに、フィールドテストは必要だろう。そんなサーシャちゃんに取り扱い説明書を手渡す。
「プラグで相手を選択するみたいだから、現在のプラグは変えちゃダメだよ。」
そう言うと、うんうんと頷いているが、判っているのかな?
「そうなると、昼は狩りをして夜に通信を送ってくれるのじゃな。楽しみに待つとしようぞ。」
アテーナイ様がそう言うと姉貴達が顔を見合わせて頷いた。