#035 タグ退冶には準備がいる
「あのう、ちょっと良いですか?」
控えめに姉貴が質問する。姉貴もまだ剣姫の容姿と言葉のギャップに戸惑ってるみたいだ。
「なんじゃ?」
「タグの調査……、退冶を含めてですけど、過去にも例がありますよね。どんな方法をその時はとったのでしょうか?」
「ふむ。過去を顧みて今回の策に生かすか。ジュリー応えてみよ」
ジュリアナさんはジュリーなのか。覚えたぞ!
「基本的に2つの方法で対処してきました。
1つは水攻め。タグの巣穴に近くの川等から水路を造り巣穴へ大量の水を流します。但し、水量が少ないとタグは水の流れてくる巣穴を閉じてしまいます。
2つ目は火攻めです。タグの巣穴に入り、巣穴の深部で油等を大量に散布した後で【メル】にて着火後脱出する方法です」
どちらも犠牲者が多そうな作戦だ。1つ目は水路造りをタグが黙って見てるとは思えないし、2つ目は自爆覚悟の攻撃じゃないか!
確かに蟻みたいな生物だから元を断たねばダメだとは思うけど……ん!今、ちょっと閃いたぞ。タグ=蟻と考えれば、タグにも女王がいるはずだ。その女王を殺れば……、でも出来るかな?
「俺から1つ提案が……」
「何じゃ。良い策を思いついたか?」
「タグの女王の暗殺です」
俺の言葉に皆一瞬体をこわばらせた。そして俺を見る。
やはり、相手がどうあれ暗殺は良くないのかな。なんて考えていると、剣姫が笑い出した。
「ははは……いや、許せ。御主もそう考えたか。セリウスが推挙するわけじゃ」
小さな体を震わせながら笑ってるのは微笑ましいのだが、俺の言葉を肯定してるのか?
「我もそれを考えた。決定的だが愚行でもある。タグの女王の住処は地下深くに設えてあるはず、其処に至るまでのタグの数、女王暗殺後に地上まで復讐に狂ったタグの数……。考えるだけでもゾクゾクするのう」
この姫様。剣姫じゃなくて、戦闘狂じゃないのか。
「やはり、そうなりますか。貴方達が来る前に、今回の策を練っていたんですが、剣姫が女王を殺ると言い出しまして。貴方達の意見を聞くべきだとグレイさんに結論を延ばして貰ったのです」
ジュリーさんが諦め顔だ。たぶん何時もこんな感じで目的に一直線なんだろうと思う。
「方法が決まった所で、役割を決めるぞ」
そして、剣姫が基本的な役割を話はじめた。
巣穴中に入るのは、剣姫とジュリーそして俺と姉貴だ。グレイさんとマチルダさんそしてミーアちゃんは巣穴近くの大木で待機。
巣穴最深部まで潜り、女王を殺した後は一目散に撤退する。この時のタグの攻撃を火炎魔法で防御すると共に巣穴の破壊も併せて行なう。
地上に達し、大木まで撤退する間は、火炎魔法と爆裂球でグレイさん達が援護する。
タグは女王が死んだ後、2日程度で自滅するらしい。行動に統一が取れなくなり、場合によってはタグ同士で攻撃しあうとのことだ。
その間、マケトマムの方向に来る事が無いよう、小川の橋を破壊するとのことだ。タグは水を嫌うらしい。2日間は泉の森をタグが彷徨う可能性があるが、それ以降は脅威が無くなると話してくれた。
「ということで、タグを退冶しようと思うが、意見はあるか?」
剣姫はお茶を飲みながら俺達を見渡した。
「2つ、よろしいですか?」
「先ず、ミーアちゃんも参加して大丈夫なんでしょうか?
それと、タグが嫌う薬草等があれば巣穴の調査が楽になると思いますが?」
剣姫は姉貴に微笑んだ。
「先の件は、問題ない。タグは木に登れん。今回の役目は木の上からの援護じゃ。心配する及ばぬ。
2つ目は、もう既に手配しておる。サラミスとかいう兄弟にテルナムを集めさせておる。さらにこれも用意した」
剣姫はゴスロリ服から小瓶を数個取り出した。
「タケルス……虫族に有効な麻薬じゃ。我等には全く効能がないが虫族に限ってこれの気体を吸い込むと一時的に麻痺を起す。これはお前達に渡しておこう」
「カンザス達も参加したいとは言っていたが、まだ体が十分でない。大木を一時的な避難場所とするのでそれの設営には協力してもらうつもりだ。
サラミス達が薬草を集めるまでは間がある。出発は早くて2日後になる。2日後の朝にここへ集合だ」
グレイさんが締めくくる。
そうとなれば、早速準備に取り掛からねば。俺達は宿に引き返した。
「巣穴って真っ暗なんだよね」
部屋に戻って最初の姉貴の言葉である。
「だと思うけど、姉さんは【シャイン】が使えるでしょ」
「使えるけど、これも持っていったほうがいいかな?」
取り出したのは懐中電灯。高輝度LEDが3つ付いてるヤツだ。暗闇だから、目くらまし程度には使えるかもしれない。
姉貴は、M36のバレルの上にそれをつけた。装着用にちゃんとレールが付いてる。俺のは無いみたいだ。
まだ、鏃が付いてないボルトを取り出して、剣姫から貰った小瓶が着けられないか見てみると、ボルトの長さを長くすれば何とかなりそうだ。
急いで、ミーアちゃんにオルディさんの所へ行ってもらう。
今回は穴に潜るから今の服装を前の迷彩パンツとシャツに変更する。袖をまくれば、そんなに暑くは無いだろう。
姉貴は小さな革手袋を細工している。指先が出るようにしているみたいだ。ミーアちゃんのクロスボウは結構引く力を要るからな。
さらにミーアちゃんのベルトに金属の環を付けている。どうするの?って聞いたら、木から落ちないように枝に紐でこれを結ぶの!って話してくれた。早い話が安全ベルトにするわけだ。
姉貴がそんなことをしている間に武器屋に行って矢筒を2つ購入してきた。
前と同じように少し筒を切り詰めて、ボルトケースに加工する。ミーアちゃんと姉貴の増えたボルトを入れるためだ。
夜にはミーアちゃんが持ってきてくれたボルトの柄に小瓶を取り付けて接着材で固定する。姉貴のクロスボウで撃てば、当たった所で簡単に小瓶は割れるはずだ。ミーアちゃんのボルトにも少し細工をした。炸裂弾をボルトの先に付けてある。
俺も、ザックの中から少し大型のポーチを取り出して、装備ベルトに取り付けた。これには、武器屋で購入した爆裂球が5個入っている。姉貴達と違って俺には攻撃魔法を持ってないから、これで広範囲の攻撃を行なうつもりだ。
姉貴も大型ポーチを装備ベルトにつけているが何が入っているかは教えてくれなかった。
そして、2日後の朝。食料、水、装備とも万全に整えた俺達はギルドの扉を開いた。
剣姫達は俺達が来るのを待っていたようだ。
2人とも革の上下を着ている。剣姫はその上に長剣を背負っているのだが、鞘の先がもう少しで下に付きそうだぞ。使えるんだろうか?
ジュリーさんは杖を持っている。握りの上に小さな水晶みたいな珠が付いておりいかにも魔道師です。と言う格好だ。
では、出かけようかの!って言いながらマントを羽織る。
「これをお願いします」って指差した先を見ると、背負いかごが置いてある。
ヨイショ!っと背負うと青臭い匂いがする。サラミス達が集めた薬草かもしれない。
ギルドを出ると、サニーさんが待っていた。
「私も、ご一緒します」
「まだ養生中ではないのか?今無理をすれば後々困る事になるぞ」
「深手はありません。大木の上で援護いたします」
そんなわけで、俺達6人は泉の森を目指して歩いて行く。
今夜は森の岩屋で野宿だ。
その夜、俺と姉貴が焚火の番をしていると、剣姫がやってきた。
俺の横に座ると焚火を見ながら話を始めた。
「今回のタグ退冶じゃが、ギルドの公式記録には我等2人の他に巣穴に潜るのはカンザスとグレイにしたいのじゃ。
いくら我が剣姫と呼ばれる存在でも、赤7つを同行させたとなれば国王の叱責を受けるのは必定。最悪我の登録を抹消される恐れも濃厚じゃ。
そこでじゃ。今回の報酬としてお主達に我の別荘の1つを提供しようと思う。それで許してくれぬか」
「私達は特に問題はありませんが、別荘を私達に下さるほうが問題になりませんか?」
「あの別荘は、ギルドでの報酬を使って建てたものじゃ。我が建てたことを知っているのもギルドのみ。問題はない。リオン湖に面したネウサナトラム村にある。これが鍵じゃ。場所はギルドに聞くがよい」
姉貴は鍵を受取った。取引成立ってことだよな。
確かに家があれば生活は楽になるぞ。食べるだけの収入でいいはずだからね。
次の日、岩屋を発った俺達は、昼過ぎに目的地である森のはずれの大木に着いた。
幹の太さは3m以上ある。10m位の所に大きく張り出した枝があり、その枝を足場にして何本もの丸太で床を作っているようだ。軽く10人以上があの上で暮せるぞ。
そして、縄梯子が数本足場から下りている。
サラミスがその縄梯子を下りてきた。
「すごいだろ。グレイさん達にカンザスさんそれに赤8つのマルトムさん達、あと俺達兄弟で2日掛かりで作ったんだぞ」
10人に満たない人数でこれだけ作れれば十分だ。タグもこの高さでは手も足も出ないだろう。
その夜は、大木の下で野宿することになった。この上でも小さな焚火が出来るとは言っていたが、大鍋で料理するのは難しいようだ。
不寝番はマルコムさんとサラミス達が行い俺達はぐっすりと寝ることが出来た。
そして、夜が明けると、いよいよタグの巣穴に向かう。
俺達が最後の段取りを話し合っている時、サラミス達は村に帰っていった。途中で小川の橋を破壊すると言っていたから、村に着くのは明日の夜になるだろう。
今回は採取鎌を置いてきた。最初から忍者刀で挑むつもりだ。姉貴は俺が作った槍を持っている。小太刀ではタグが大きすぎるし、クロスボウだけでは心もとない。
グレイさんは「持ってるか?」と数個の爆裂球を取り出したが、俺は大型ポーチを叩いて、持っていることを伝えた。
グレイさんとカンザスさんは10個以上持ってきたようだ。
ここで、俺達の帰り道を援護するにはマチルダさんとミーアちゃんの魔法だけでは足りないと思っているみたいだな。
ジュリーさんが、俺が担いできた籠から人数分のマントを取り出して渡してくれた。
「これを着てください。タグが嫌うテルナムを煎じた液にたっぷりと浸してかわかしてあります」
マントをまとうと微かに草の匂いがする。そして、袋を取り出すと各自に1個づつ渡してくれる。
「テルナムです。辺りに撒き散らせば少しは怯ませることができます」
貰った袋を装備ベルトに縛りつける。
これで、準備は完了だ。
俺達4人はタグの巣穴がある草原へと足を踏み出した。