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#345 勝負の相手がやって来た


 狩猟期の始まる10日前に、サーシャちゃん達が村にやって来た。

 サーシャちゃん達はガルパスで来たらしいが、一緒に馬車が3台やって来た。クオーク夫妻と近衛兵1分隊である。

 

 「今夜からしばらく厄介になるぞ。」

 サーシャちゃんの言葉にミーアちゃんも頷く。それを聞いたリムちゃんは嬉しそうだ。

 まぁ、これは予定していた事だから、ディーが2人の寝具をあらかじめ干していた。

 

 「ところで、あの2人は?」

 「今夜、山荘にアキト達を呼ぶようにお婆様から言われておる。その時に見れば分ると思うのじゃが…今も、お爺様から釣り方を聞いておるはずじゃ。」

 やる気満々と言ったところだな。これは面白くなりそうだ。


 「私達の馬車で、キャサリンさんもやって来たの。赤ちゃんをお母さんに見せたいみたい。」

 キャサリンさんのところも初孫だしな。今頃はさぞ喜んでいるだろう。

 姉貴も、後で抱かせて貰おう…なんて恐ろしい事を言っているけど、大丈夫かな?落としたりしないだろうか、ちょっと心配になってきたぞ。


 「王宮の仕事は慣れたの?」

 姉貴がミーアちゃん聞いている。

 「新たに300人の亀兵隊を増強しています。その訓練を担当していますが…。」

 最後を少し言いよどんだぞ。

 「外野が煩いのじゃ。何故、ワシの息子を一人前に出来ぬと怒鳴り込む輩もおる。」


 サーシャちゃんの補足で理解できた。

 要するに、いまだに権威や財力を笠に着て、介入したい者がいると言う訳だな。

 歩兵ならいざ知らず、亀兵隊だけは亀と対等の関係を意思で伝える必要がある。他人を見下すような輩は亀と対等の意思等持てる訳が無い。

 亀兵隊の団結力が異常に高いのもその辺に起因しているような気がする。

 

 「3日でガルパスを駆れない者は亀兵隊にはなれないよ。そこはきちんとしておくべきだね。」

 「私も、そう思うのですが、いまだに亀を操れない兵隊も数人いるんです。」


 ここは何とかしなくちゃ可哀想だな。姉貴を見ると、じっと考え込んでいる。

 しばらく無言だった姉貴が、急に話を始めた。


 「資格試験をすればいいわ。亀兵隊なら出来る事を列挙して、それをこなせる者を明確にするのよ。そして、それが何日かの間に出来ない場合は亀兵隊の資格を与えなければいいわ。」

 「兵種をそれで決めてもいいね。例のバッジみたいな物で区別すれば一目だし、戦場で部隊を組みかえる際に役に立つぞ。」

 

 2人がふんふんと頷きながら聞いている。

 「狩猟期が終れば、今度は俺達が王都に行く事になる。その時に亀兵隊の司令官に話を付けてあげるよ。…ところで、今の司令官は誰なの?」

 

 サーシャちゃんとミーアちゃんは、俺の顔を見た。

 「まだ、決まっておらぬのじゃ。父王はアキトに任せたいと言っておったが、たぶん無理じゃと言っておいたぞ。」

 それは助かる。でも、そうなると…。


 「今後しばらくは戦争は起きないわ。起こるとすればスマトル王国との戦いになるけど、まだ時間が掛かるはず。もし、指揮官がいないのであれば私が推薦してあげます。

 そして、亀兵隊の戦力維持を図る為にも入隊テストと定期的なテストは必要になると思うわ。これは私達に任せて頂戴。」

 姉貴はそう言って2人を安心させる。


 確かに、そういう事はきちんとしておいた方が良いな。亀兵隊はただガルパスに乗れれば良いという訳ではない。

 投石具、長弓、薙刀、戈、爆裂球投射器、バリスタ、クロスボー、対空クロスボーそしてグルカ…実に多彩だな。輸送や、工兵の仕事もある。

 これをマトリクス表で纏めれば、どの兵種に何が必要かが判るはずだ。

 それを元にすれば部隊編成が簡単に出来るし、兵達も試験合格に励むに違いない。

               ・

               ・


 山荘で、夕食をご馳走になる。

 家と違って、山荘には専用の料理人がいるから、普段より贅沢な料理が味わえる。

 これはちょっと嬉しい事なんだけど、今日の食卓はちょっと緊張が走っている。


 俺達とテーブルを囲んでいるのは、シュタイン夫妻とクオーク夫妻、俺達とセリウスさんの家族そして、エントラムズのタケルス君とディートル君だ。


 エントラムズの2人の若者は相当緊張しているらしく、何度もフォークから肉片を落としている。

 そんな2人をにこにこしながら見ていたアテーナイ様だったが、食後のお茶を一口飲むと急に俺に向き直った。


 「婿殿…。そろそろ対戦の方法を詳しく教えてやったらどうじゃ。」

 「そうですね。…トローリングで勝負とは王宮で告げた通りです。

そして、ちょっと問題も出てきました。ありがたい事に、セリウスさんもこの勝負に参戦するとのことです。」


 その言葉を聞いたクオークさんが片手を上げて口を挟む。

 「ちょっと待ってくれ。私も、同じ方法でタケルス君に挑みたいのだが…。」

 

 「そうすると、2つの船の片方に3人。もう1つには2人となるのじゃな。吊り合いが取れぬのう…。」

 「いや、婿殿の船は4人じゃ。ワシも乗るぞ!」

 そう言ってシュタインさんが名乗りを上げた。その言葉を聞いたアテーナイ様が小さくニヤリと口をほころばせる。

 「ならば、サーシャとミーアも船に乗るが良い。それで4人になる。互いに協力すれば容易に敵を倒せようぞ。」

 

 「船はカタマランと言って2つの船を横に並べた構造だ。転覆する事は余程の事が無い限り大丈夫だろう。

 竿は2本。専用の竿だ。手元に糸巻きが付いている。使い方は、明日説明するから練習すると良い。

 リオン湖のトローリングは餌を使わない。俺が作ったプラグと言う魚に似せた疑似餌を使う。これで釣れる黒リックは1.5D(45cm)以上だ。アルトさんは3D近い大物を釣り上げた事がある。

 トローリングという釣りそのものは、あすから3日間練習すると良いだろう。

 

 この釣りは技術的なものが半分。そして後の半分はその日の運だ。

 俺より運が良い事を示してみろ!」


 俺の言葉にタケルス君とディートル君は力強く頷いた。

 そんな2人に俺が頷くのを見て、姉貴とミケランさんも頷いている。

 少なくとも怪我はしない勝負だからね。


 そこからは、リオン湖のトローリングの簡単なレクチャーをする。

 その日の、魚群が泳ぐ棚を早く見つける事。その為には2本の竿から伸ばす道糸の長さを変える事。釣れなければルアーを変えてみる事…。

 明日から練習を始めるとあって、2人は真剣に俺の話を聞いていた。

               ・

               ・



 次の朝。山荘にあるカタマランにサーシャちゃん達が乗り込むと、ムーチングの仕掛けを渡す。

 「何時もなら糸巻きは別なんだけど、これは竿に付いてるから便利な筈だ。道糸には30D(9m)毎に糸を結んである。それで道糸をどれだけ出しているか判る。

 そして、ルアーはこれだ。仕掛けへの結び方はミーアちゃん達が知っている。釣った後の取り込みも2人に教われば良いと思う。…まぁ、頑張れよ!」


 俺の言葉を真剣に聞くと、ミーアちゃん達の操るパドルで山荘の擁壁を離れて行った。

 「釣れるじゃろうか?」

 「未だ、トローリングに出て1匹も釣れない日、釣れない人はいませんでしたよ。この湖は魚は濃いし、俺達以外に漁をするものがおりませんからね。」


 心配そうに見送るアテーナイ様に俺が答える。

 「確かに、我が君にも釣れたからのう…。」

 ミケランさんもうんうんと頷いている。セリウスさんにも釣れたからな。

 双子の父親としての面目はちゃんと立っている。


 「アテーナイ様。…御相談があるのですが…。」

 「なんじゃ?山荘で聞こう。」

 姉貴の言葉にアテーナイ様はそう言って皆を引き連れて山荘に向かった。


 リビングのテーブルでお茶を飲みながら、姉貴は例の亀兵隊の問題をアテーナイ様に告げた。

 「そんな輩は、何時の世にもおるのう。じゃが、ミズキの心配の通りじゃと思う。ガルパスに碌に乗れぬ者がいるとすれば、全体の士気にも関わる。それに作戦の支障ともなろう。」

 「そこで、このような表を作りました。」

 姉貴がバッグから例のマトリクス表を見せる。


 「なるほど…夜襲部隊に成れるのは、ガルパスを駆る、ネコ族かトラ族もしくはそのハーフ、投石具、長弓、薙刀の技能が必要となる訳じゃな。

 しかし、試験で兵種を決めるのは面白そうじゃ。質が揃うという事じゃな。

 問題は、その試験に不正が働かぬようにすれば良い。誰が見ても納得出来るようにな。

 これは、ミズキ達が王都に来た時にするがよい。アン手紙を託しておく。後はトリスタンに任せておけばよい。

 この方法は、亀兵隊に限らずとも良いと思うぞ。

 モスレムを初めとして周辺諸国は軍を連合化させることにしておる。歩兵もこのように資質を問えば、優秀な歩兵だけを残せるじゃろう。

 少数精鋭と言葉で言えば容易いが、その方法について思案しておったのじゃ。

 良い先例を見せて貰ったぞ。」


 「兵を数値化するのか…。資質はそうであっても、その身は人である事を忘れぬことじゃ。」

 アテーナイ様と違って、シュタイン様は人の心まで数値化せぬようにと釘を差す。

 無論それは分っているつもりだ。あくまで技能を数値化するのだ。


 「ところで、歩兵部隊の指揮官と亀兵隊の指揮官を早急に決めた方が良いのではないでしょうか?」

 「テーバイ戦、そしてカナトール戦もミズキが成ってくれたのじゃ。我はミズキに成って欲しいと思っておるのじゃが…。そして、婿殿が亀兵隊を束ねるならば誰も、どの国も横槍は入れぬじゃろう。」


 確かに横槍を入れるものはいないだろう。

 だが、俺達は別の問題がある。あの歪みを何とか出来るのは、今の時代では俺達だけだ。それに先行してユング達が旅立っている。

 ユング達と呼応して同時に歪みを消し去るのが当座の俺達の役割だと思っている。


 「困りましたね…。でも、後2人忘れてませんか?あの2つの戦いとその前の国境争いで戦功を上げた者を…。」

 姉貴がアテーナイ様に告げた。


 「サーシャとミーアじゃな。…確かにサーシャなら将来の総司令官になれるじゃろう。その時はミーアが亀兵隊を束ねておればスマトル軍でさえも迂闊に手は出せまい。

 じゃが、あの2人に今その重責をまっとう出来るであろうか…。」


 「何時までも子供ではありません。…ここはあの2人に任せてはどうでしょうか。もちろん私達も出来る限り後押しするつもりです。」

 「ふむ…。となれば歩兵の指揮官はしばらくケイモスに任せるか。あの老将軍なら2人を引き立ててくれよう。

 だが、4カ国の連合軍を束ねる指揮官じゃ。我1人の判断ではのう…。

 来年早々に4カ国の国王がエントラムズで会合を開く。その席でミズキからその話をしてくれぬか。ミズキからの話ではどの国の国王も反対はせぬと思う。」

 

 「しかし、ミーアが亀兵隊2千を束ねるのか…。大丈夫なのか?」

 セリウスさんは心配性だ。

 「大丈夫です。指揮官に一番必要な物は何だと思います?」

 「用兵ではないのか?」 

 姉貴が質問するとセリウスさんが即答した。


 「いいえ。そんな事はサーシャちゃんに任せておけば良いんです。…良いですか。指揮官に必要な物は人望です。いかに人を惹きつけられるか…。それにつきます。」

 「人望があれば少々無茶な戦も人は付いて来るか…。名言じゃのう。」

 

 御后様が感心している。

 確かに、亀兵隊の連中の嬢ちゃん達への忠誠心は少し過剰な位だ。

 あの4人が「世界を革命するために!」なんて言った日には…あまりにも恐ろしくて想像できないけど、その革命軍の真っ先を亀兵隊は走るに違いない。

 カリスマと言うのだろうか、彼等の目には眩しい位に嬢ちゃん達が映っているのだろう。


 そんな話を山荘でしているとは全く知らないサーシャちゃん達は数匹の黒リックを釣り上げて帰ってきた。

 タケルス君とディートル君の2人は自慢げに獲物を俺達に披露した。

 俺とセリウスさん、シュタインさん、クオークさんは顔を見合わせて頷く。

 明日は俺達もトローリングに挑む。そして、これ以上に大きな獲物を手に入れる。

 俺達4人の心は1つになった。


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