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#342 ジュリーさんの心配事

 「お久しぶりですね。」

 俺達を前に、隣村から訪ねて来てくれたジュリーさんが微笑んでそう言った。

 「こちらこそ…。どうですか。村作りは?」


 「下地がありましたから、意外とすんなり運んだんですが…。将来を見据えると問題は山積みです。この村のアキトさんをしばらくお借りしたいぐらいです。」

 姉貴にそう答えると、ジッと俺の顔を見る。

 

 「アキトさんを訪ねたのは、その課題の相談です。」

 エルフ族は数百年の寿命を持つらしい。だから、今を楽しむネコ族の人達が楽観主義なのに対して、エルフ族は悲観的な考えに陥りやすいと聞いた事がある。

 物事を長いステップで考えるとそうなるのかな。

 ジュリーさんの言う課題も、現在では問題がないが将来的には問題がある課題という事だろう。でも、そんなのは何処にでもあるような気がするけどな。

 

 「必ずしも俺達が力になれるとは限りませんが、先ずはその課題を教えてくれませんか?」

 俺の言葉にジュリーさんは小さく頷くと話し始めた。


 「1つは村の活性化です。どうやら畑作の目処は立ちました。今年は無理ですが、来期には村人を養う事は可能でしょう。でも、産業は私達の村は持っていません。この世界が貨幣経済を取っている以上、僅かな農作物を売るだけでは村の経済を維持出来ないでしょう。

 もう1つはエルフ族の存在価値の低下をどう乗り越えるかにあります。

 本来は私達の命題ですが、解決策の糸口さえ思いつかない状況です。」


 なるほどね。自給自足が可能となれば次のステップにどうやって移るかという事と、もう1つは俺達の計画にリンクする話だな。

 魔道師の技能を生かして、傭兵になって外貨を得る事も短期的には可能だろう。だが、俺達が歪みを破壊した場合に、現在使用できる魔法がどの程度将来にわたって使用可能かは予測不可能だ。少なくとも上級魔法は使用できなくなるだろうが、下位魔法だって影響は出るだろう。武器と用兵が発達すれば当然下位魔法の使用頻度は少なくなるだろう。となれば、エルフを雇う必要性も薄れる事になる。


 「とりあえずは最初の課題を考えるべきです。後者は直ぐに現象が顕著になるとは考えにくいと思います。考える時間はまだ十分にあると思いますよ。」

 「次の世代へ警告するに留める…それも少し無責任な話と、この頃考えてはいるのですが…。確かに課題を考える順番的には後になりますね。」


 「そうなると産業の振興を図るのが短期的な課題となる訳じゃ。…だが、あの村は魔物襲来の前からそれ程豊かではなかったぞ。このネウサナトラムよりは緩やかな斜面に村を作っておったからそれなりの農業は出来ていたが…。」

 「20年以上の年月で畑の多くが森に帰っていきました。現在の耕作可能面積は以前の半分にもなりません。」

 

 以前はそれなりの村だったようだ。ならば、短期的には森を切り開き畑を増やす事になるだろう。商品価値の高い作物を作り、商人に販売する事で村の経済を活性化することは可能だ。

 だが、村の人口が増えると、販売可能な収穫物は減る事になるから、森を切り開いて更に畑を作る事になる。

 

 「私としては、あまり森を切り開かずに村の経済活動を活性化する方法はないものかと、考えあぐねていたのですが…どうしても良い方法が浮かびませんでした。

 そこで、この村の生活向上に努力して、且つ成果を出しているアキトさんに考えてほしかったのです。」


 とは言え、この村だって色々と問題はあるんだよな。

 かと言って、ジュリーさんには色々と世話になったし、一緒に暮らした仲だ。無碍にも出来ないだろう。


 「とりあえず、1度村を見せて下さい。俺はどんな所かも知りませんし、村作りの為には地図だって必要です。一度お伺いして、どんなお手伝いが出来るか考えましょう。」

 

 ジュリーさんは、俺の言葉を聞くと「有難うございます。」と言いながら席を立って帰って行った。


 「安請負をしたのは、まぁ仕方が無いとは言え…、何か良い案があるのか?」

 「全く考え付かない。1度見ないとね。それから考える事にするよ。」

 アルトさんに、そう答えると呆れた顔をしている。


 「でも、協力するなら現場は見ておかないといけないわ。明日、早速出かけましょう。昼食はお弁当をお願いね。」

 姉貴が、ディーにお願いしてる。

 「となれば、土産を持って生きたいのう…。リム。トローリングに出かけるぞ。」

 アルトさんが立ち上がったのを急いで引き止める。


 「ちょっと待って。トローリングなら、これを使ってほしいんだ。」

 そう言って暖炉脇からムーチングロッドを持ち出す。リールと道糸は既に付けてある。

 アルトさんは受取ると、リールをくるくる回していたが、どうやら使い方は理解したようだ。

 リムちゃんに取り入れ用のタモ網を渡していると、「便利そうだな」って呟いてる。


 「では出掛けてくるぞ!」

 そう言って2人で外に出掛けて行った。リムちゃんは相変わらず泳げないから例の浮きをカタマランに常備してある。

 

 3人になったところで、改めてディーがお茶を入れ直してくれた。

 「でも、何があるだろうね…。」

 「簡単な物は、この村でやってるし…。かといって、複雑な物は出来そうも無いしね。だいたい、俺達の世界の山村の暮らしって、姉さんどれだけ知ってる?」

 

 俺の問いに姉貴は指を折りながら数え始める。

 「…炭焼き、漬物、蕎麦…。漆器、キノコ栽培、魚の養殖なんかもあったよね。」

 「俺達もあまり知らないって事だと思うよ。山村の生活なんてあまり習わなかったような気がする。」

 「だとしたら、難問よ…。」

 

 そう、難問だ。砂漠を緑に…とか、温暖化対策なんていうのを一生懸命勉強させられたけど、山村の暮らしを良くする対策なんて言うのは習わなかった。

 あったとしても観光用道路の普及等の工事ばかりで、山村の暮らしに直結するようなものは無かったように思える。

 

 まぁ、明日出かけて見て、どんな場所なのかを良く見て考えよう。

  

               ・

               ・


 俺のバジュラとアルトさんのアルタイル。そしてリムちゃんのクローディアが仲良く街道を下っている。

 この街道の途中にある橋の手前を東に向かう小道がある。その先にあるのがエルフ移民団が入植したカレイム村があるのだ。


 カレイム村への道はようやく荷車が通れる位の小道だが、道自体は雨樋のように山の斜面を掘って作ってある。崖に落ちる心配もないから、これ位の道幅で良いのかも知れない。途中に何箇所か、荷車がすれ違えるように広場が設えてあるから、対向する荷車があっても困る事は無いだろう。


 そんな道が東にずっと続いていた。尾根を2つ程周りこむと、丸太で作った村を取り囲む塀が見えてきた。扉は閉じているようだ。

 俺達が近づくと楼門で見張っていた者が下に向かって何やら叫んでいるのが見える。


 「隣村のアキトだ。ジュリーさんに会いに来た!」

 「オォ!聞いてるぞ。…今開けるから少し待てー!」

 

 櫓の上に大声で告げると、そう答えてくれた。そして、ギシギシ…と音を立てて門が開いていく。

 そして俺達はガルパスに乗って村の中に入っていった。


 向うから、急ぎ足でジュリーさんがやって来る。一緒に来たのは移民団の指揮を執っていたケインさんとクレシアさんだ。


 「早速来て頂きありがとうございます。…先ずはこちらに。」

 そう言って、俺達を大きなログハウスに案内してくれた。中は教室位の会議室になっている。


 大きなテーブルは白木作りだ。その周りに3人程掛けられるベンチが並んでいる。

 俺達が案内されるままに席に着くと、テーブルの反対側にジュリーさん達が座った。


 「やはり1度見てみないと、何とも良い案が浮ばないのでやってきました。」

 「ここには、蒼い空と深い森があります。エルフの里では見る事が出来なかった景色です。雪解けと同時に村作りを始めて何とかここまで来ました。

 今年の冬は何とか過ごせます。来年の春に穀物の種を播けば秋にはかなりの収穫を期待できるでしょう。あの毛皮の代金で2年程我等が食料を得ることは出来ます。

 そして、ジュリーさんやマハーラさんの蓄えた財産を使用すれば更に10年の暮らしを立てる事が出来るでしょう。

 問題は、その後です。この村を中心とした何らかの産業を作らねば村は衰退していくでしょう。若いエルフは村を出て行き、何時しかこの村は廃墟になってしまいます。

 我等が考えねばならない事ですが、アキトさん達にも考えて欲しいと思っているのです。」


 やはり、エルフの人達は物事を長期的に考えるようだ。

 悪い事ではないけれど、今を楽しむという事は考えないのかな?

 

 「とりあえず村を見せてください。それと、お土産です。数は少ないので子供達にでも…。」

 俺がそう言うと、アルトさんがバッグから大きな魔法の袋を取り出すと、50cm程の黒リックを次々とテーブルの上に取り出した。

 「日持ちするように表面を軽く炙ってある。食べる時は焼直せば良いじゃろう。」

 

 「ありがとうございます。ここでは魚は取れません。喜ぶと思います。」

 そう言って、お茶を運んできたエルフに大量の魚を預けた。


 「私とアルトさん、それにリムちゃんは村の中を見学させて貰うわ。ディーは村の地図を作るためのデータを収集して。アキトは村の周辺をお願い。」

 姉貴がお茶を飲みながら、テキパキと役割を言いつける。


 「ミズキさんは私が案内します。アキトさんは…。」

 「俺は、バジュラで周りますから案内は不要です。ディーも大丈夫です。一段落したらここに集まるという事で良いかな?」


 俺の言葉に姉貴達が頷くのを見て、お茶をグイと飲むと家の外に出た。

 子供達がガルパスを遠巻きにして、恐々と眺めている。

 俺がバジュラに乗ってバジュラが村の通りを歩き出すと、ポカンと口を開けて見ているぞ。

 通りを東に向かって進む。それ程大きくない村だ。300mも進むと反対側の楼門に出た。

 「外を見回りたいんだが…。」

 「良く見てきてください。」

 老いたエルフが門を開けてくれた。

 軽く頭を下げて外に出ると、取り入れを待つばかりのライ麦畑が広がっている。

 その緩やかな畑の傾斜を横切るように農道が遠くの森に続いていた。

  

 ゆっくりと農道を進むと直ぐに畑が終っている。ここまでの開墾分に種を播いたんだな。更に開墾した荒地が続いているけど、これは来春に種を播くのだろう。


 森の手前300m程の所に2重の垣根が続いている。

 森の獣を食い止める為だろう。20年も人が入らなかった森だ。さぞや獣が豊富にいることだろう。獣の生息種別位は至急調査すべきだろうな。それは、毛皮や肉を扱う商人の依頼を処理するギルド設立の交渉にも使えるだろう。


 北に向かって森の傍を進むと川の流れの音に気が付いた。

 音を辿ると森の外れに湧水を見つけた。ここからは村が小さく下に見える。まだ、誰も気が付かないのかな?

 村の北は1km位の距離を置いて森が広がっている。その森の上は急峻な山になっている。この森はあまり手を付けないほうが良さそうだな。雪崩から村を守る防護壁になっている。


 今度は村の下にバジュラを駆る。

 大きくライ麦畑を周り込むと、南にはなだらかな荒地が広がっている。たぶん昔は畑だったのだろう。これは開墾のしがいがありそうだぞ。

 まだ、半分どころか3割程度の開墾が終ったぐらいだ。

 

 このまま東に森を進むとマケトマムの北にあったあの村に辿り着くのだろうか。

 少なくとも歩いて2日程の距離があるから両方の村が森を廻って争う事は無いと思うけど…地図作りの状況を1度確認しておいた方が良さそうだな。


 一旦、南に広がる森までバジュラを進め村に戻ろうとしたら、数匹のラッピナが荒地をうろついている。

 Kar98を取り出すと、ターゲットスコープのT字にラッピナを捉え、撃つ!…次のラッピナを同じように撃つと獲物を持って村に急いだ。


 西側の楼門を潜り最初に訪れた家の扉を叩くと扉が開いた。

 開けてくれたエルフの若者に礼を言って手土産を渡す。テーブルを見ると姉貴達も戻っている。

 俺が席に着くと、早速ジュリーさんが口を開く。


 「小さな村ですから、それ程見る物もありません。何かお気付きでしたか?」

 「色々と面白い物を見せて貰いました。ジュリーさんが心配するのも理解は出来ますが、私はそれ程急ぐ必要は無いんじゃないかと思っています。」


 「俺も同じです。まだまだ開墾する土地があります。それは倍ではなく3倍と考えるべきでしょう。換金作物で経済を支える事が出来ます。そして、南と東に広がる森は20年以上人が入っていないと思います。これも1つの資源です。早急にハンターを雇って、獣の種別と大まかな生息数を調査してはどうでしょうか。

 その調査結果次第では狩りを行なうギルドを村に置いて商人の依頼を村が請け負う事も可能です。」


 「なるほど、現状でも有効な経済活動をする事が当分可能だという事ですか…。それは直ぐに始めてみましょう。」

 カインさんが俺の言葉に頷いて言った。

 

 「ディーが作成する地図は少し時間が掛かります。後で誰かを取りに来させてください。地図で判る事もありますから…。」

 姉貴がそう言って、ジュリーさんに別れを告げる。

 ちょっとした遠出だったけど、ジュリーさんの新しい村を見る事が出来た事で姉貴と俺は満足だ。

 ジュリーさんも、課題を共感してくれるエルフ以外の者がいて嬉しいのだろう。

 俺達に深々と頭を下げて礼を言っていた。

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