#338 噫無情
何だかんだ言いながら王都の祭りは今日で4日目に突入した。
本来ならばベスト4が決まり、練兵場での人間将棋が始まるのだが、まだ予選が続いている。
日本人なら大会委員会にクレームが殺到する筈だけど、のんびりしてると言うかそれだけ楽しめると王都の市民は好意的だ。
そんな訳で、本日も炎天下の中に繰り出して商売に励んでいる。
サーシャちゃん達は無難に予選を突破して、今日は俺達を手伝ってくれている。午前中は俺と一緒に会場を回って、午後は姉貴達が会場を回ると言っていた。
そして、驚く事にサーシャちゃん達のお相手であるタケルス君達も予選を突破している。残りの2組が本日決まるのだ。
個人戦はラミア女王とモスレムの御用商人ラジアンさんがベスト4進出だ。残り2人がやはり本日中に決まることになる。
「どの会場も大勢の人で賑わっておるのう。」
アイスキャンディーを齧りながらサーシャちゃんが、会場の人達を見て驚いている。
「アン姫様の部隊が警備に付いてますから、これだけの人がいても安心して楽しめるようです。」
そう言ってミーアちゃんがすれ違った近衛兵に軽く頭を下げた。
確かに、お祭りの警備は大変だって知り合いのお巡りさんが言ってたからな。町の警察署だけでは足りなくなって周辺からも応援に来てもらうらしい。
アン姫も旦那の始めての大掛かりな企画だから、張り切っているのかも知れないな。
「泥棒だ!」
通りの後ろからそんな声が聞こえたと思ったら、通りを歩く人々を突き飛ばすようにして小柄な男が俺達の方に駆けてくる。
その後ろからは近衛兵が追い掛けて来た。
屋台の台の下に隠した杖を、男がすれ違う時を見計らってヒョイと両足の間に投げると、男は盛大に石畳の通りに転倒した。
即座にサーシャちゃんとミーアちゃんが男の肩に足を掛けて立ち上がれないようにした。
2人共グルカを抜いているから、そのまま通りに寝ていた方が安全かも知れないぞ。
「協力有難うございます。」
サーシャちゃん達から泥棒を引き取り、ぐるぐる巻きに縄を打つと、近衛兵が俺達に近づいて礼を言った。
「何、王族の勤めじゃ。気にする事は無い。」
そう言ってサーシャちゃんが踏ん反り返ってるから、ミーアちゃんが後ろで支えようとしてるぞ。
「泥棒って、何を取られたの?」
「はい。…黒パンを2個です。しかし、この者は常習犯です。例え金額が少なくとも、これで3度目。鉱山送りの重労働を3年する事になるでしょう。」
仏の顔も3度という事だな。
それにしても、黒パン2個で3年の重労働は重過ぎないか?
「ちょっと待って下さい。律法は守るべきものですが、彼も今度掴まったら重労働が待っている事を知っていた筈です。あえて盗みをした理由を教えて貰えませんか?」
泥棒が離せ、離せと喚いているのを、拳骨でポカリとやっている近衛兵に訳を聞いてみた。
「そうですね。モスレムの功労者であるアキト様の依頼では、お話しましょう。」
俺達は人の少ない建物の影に移動した。
「こいつは、新たなモスレムの領地となったアトレイムの荒地へ開拓に出かけた貴族の子供です。何でも、両親ともその地で亡くなったとか。
残った財産をハンターへの報酬として支払いモスレムまで辿り着いたようです。
しかし、親が亡くなれば親の負った義務は子供達に引き継がれます。帰っても彼等には居場所がありません。」
「何が、開墾だ。あのような土地では何も育たん。分割した土地で粒金は取れたが、さほどの分量ではない。更に奥地に向かって多くの者達がサンドワームにやられた。モスレムはそれを知ってて開墾をさせたのではないか!」
大声で俺達に叫んだ泥棒の声は少女の声だった。
年齢はリムちゃんよりは大きいな。15歳位だろうか。
「それは違うな。あの土地は元々俺の土地だった。それを声を荒げて俺からモスレムへと移管させ、そして自分達でその開発を請負ったのだ。粒金に釣られてね。
俺にどの様な土地なのかを聞いてきた貴族は1人もいない。そして、王国が貴族に課した開発の成果は極めて僅かな量だ。
その開発の方法も俺達は考えついた。だが、お前も言った通り誰も開発等考えもしなかったようだな。」
少女は項垂れていた。
「両親は喜んでいた。新しい領地について1月で両手で持ち切れないほどの粒金を手に入れたんだ。そして…そして、両親は変わって行った。どんどんと西に向かって行ったんだ。」
金は人を変えるって事かな。この少女もそんな犠牲者なんだろう。
「ところで、黒パン2個の代金だけど、俺が払う事で今日は見逃してやってくれないかな?」
「アキト様がお支払いするなら今回は見逃しますが、この娘は無一文。明日にでもまた盗みを働きますよ。」
「あぁ、彼女の身の上については俺にも少しは責任がありそうだ。少し力になってやるよ。それもダメなら鉱山の重労働が待ってるだろう。」
俺は、近衛兵に言われるままに4Lを黒パンの代金として支払ってぐるぐる巻きの少女を受取った。
「君、1人かい?」
「弟と妹がいる。…もう2日も何も食べていない。私だって好きで泥棒をしている訳ではない!」
そう大声で喚いているが、泥棒は泥棒だよな。
「とりあえずその者達に食べさせてやる事じゃ。…縄を解くから案内するのじゃ。」
そう言って、サーシャちゃんが縄を解くとミーアちゃんがピタリと少女に張り付いた。
あれじゃ逃げられないよな。
しぶしぶと少女が歩いて行く後ろを俺が屋台を曳いていく。
たまに客が来るから俺とサーシャちゃん達との距離は離れていった。
南の広場の城壁に沿って左に折れる3人組みを見つけて大急ぎで後を追う。
その奥まった路地に彼女達が立っていた。城壁の窪みに板を被せて3人で暮らしていたようだ。
俺が行くと脅えたような顔で、汚れた衣服を纏った10歳位の子供達が俺を見上げる。
「とりあえずは、食事だ。そして君達の暮らしを考えよう。」
そう言って3人を館に連れて行く。
サーシャちゃんが先行して館に知らせに行く。
しばらくすると、ディーとリムちゃんがやって来た。
「後は、私達がするから…。」そう言って、俺から屋台を受取った。
2人で大丈夫かな?…ちょっと心配になってきたぞ。
俺と同じ気持ちなんだろう。ミーアちゃんが2人に付いて行った。
俺達が歩いて行く場所を見て少女が驚いてる。
「ここは、貴族街じゃないか?…お前も貴族なのか?」
「いや、ハンターだ。故あって王都にいる時に使えって言われたのさ。」
その貴族街の外れに館に着くと、姉貴が玄関で待っていた。
直ぐに俺達を中に入れると、3人をお風呂に入れて衣服に【クリーネ】を掛ける。汚れが落ちて元は綺麗な衣服だったのが分るけど、至る所裂けている。これじゃ、ちょっとね。
姉貴は溜息を付くと、3人の衣服をアルトさんとサーシャちゃんに買いに行かせた。
その間、タニィさんがリビングで食事の準備を始めている。
風呂を上がって衣服を着替えた泥棒の姉妹達はリビングに通され、早速食事を始めた。
しばらくぶりなんだろう。がつがつと凄い食欲だ。タニィさんがそんな彼女達にスープとパンを追加してあげてる。
俺と姉貴はジッと彼女達を見詰めていたが、食事が終ってお茶が出されると、早速話し始めた。
「貴方達の境遇は同情しますが、それだけです。このまま、泥棒をしていると何れ捕まり、鉱山送りになるでしょう。そしたら、姉妹達は教会の世話になる事も視野に入れねばなりません。
何故、仕事に就かないんですか?」
「雇ってくれる所が無い。安くとも私達3人が暮らせればと思い、王都を訪ね歩いたが未だ無理だと断られた。あったところで、私1人がやっとだ。ここまであの地獄から逃げてきたんだ。何時も3人でいられなければ…。」
「選択肢を上げます。1つはハンターになって一緒に暮らす事。2つ目は王都で働き口を再度探す事。そして最後は現状を続ける事。」
「王都では前の暮らしを思い出す。出来ればハンターになりたいが、どうすれば良いかが分らない。」
「それなら、最低限のハンター装備を貴方達に提供します。そして、マケトマムに行きなさい。これから発展する村ですから貴方達でも出来る依頼があるでしょう。」
アルトさん達が購入してきた綿の服に着替えると、姉貴とアルトさんが3人を連れて館を出て行った。
「気の毒な連中じゃな。」
サーシャちゃんはリビングを出て行く3姉妹を見てそう呟いた。
「そうだね。でも、盗みは悪い事だよ。ハンターならそれなりに暮らしていけるだろうし、王都で働くとなれば、自分達の過去の暮らしを思い浮かべるかも知れないしね。マケトマムならカンザスさんがいるから、親身になってくれると思うよ。」
俺達はマケトマムでハンターになった。ミケランさんやキャサリンさん。グレイさんにカンザスさん…色んな狩りをしたよな。何か懐かしくなってきたぞ。
・
・
2時間程で5人は帰って来た。腰にスコップナイフとバッグ。背中には片手剣を背負っている。小さい子達はスコップナイフとバッグのみだ。
リビングのテーブルに座らせると、姉妹に姉貴が話を始める。
「ハンターの最初の仕事は薬草採取です。村から離れずに依頼をこなせばどうにか暮らしは立つでしょう。
ハンターの世話はハンターがする。これがハンターの習慣です。分らないときは近くのハンターに相談しなさい。
もし、どうしても暮らしが成り立たなかったら、マケトマムのギルド長に相談しなさい。」
そう言って、筆記用具を持ち出すと何かを書き付けた。
綺麗に畳むと。更にそれを別の紙で包んだ。
「この書付をマケトマムのギルド長に渡せば、取り合ってくれる筈です。」
そう言って姉貴は書付を女の子に渡した。
女の子は大事そうに受取るとしっかりとバッグの中に仕舞いこむ。
「そして、これが当座のお金になります。」
姉貴は銀貨を3枚差し出した。
「これは、貸すだけですよ。貴方達に余裕が出来たら、ギルド長に訳を話して返してくれれば良いわ。」
最後に、タニィさんが荷物を2つ持ってきた。
「これはお弁当よ。こっちは焚火で温めれば明日も食べられるわ。」
大事そうにその包みをバッグから魔法の袋を取り出して詰め込んでいる。
「それでは出かけなさい。東の門の外で荷馬車が待ってるわ。それと、赤1つなんだから絶対無理はしないこと。私から紹介されて来たと言えば、大丈夫よ。」
「良いのか…。このまま逃げるかも知れないんだぞ。」
俯きながら女の子が呟く。
「それは、貴方達の自由よ。私達はきっかけを作っただけ。出来れば虹色の真珠を耳に飾って王都に凱旋してきなさい。
その時は誰も貴方の過去に文句を言う者はいないはずよ!」
姉貴を見上げた女の子の顔は涙でぐしょぐしょだ。
それでも、女の子は姉貴を見上げて、「ありがとう。」と礼を言った。
人に感謝をするのは初めてなんだろうな。何となく恥ずかしげだった。
3人をアルトさんとサーシャちゃんが門まで送って行く。
何だかんだ言いながらも、嬢ちゃん達は優しいんだな。アテーナイ様の子育ては間違ってはいないようだ。少し問題もあるけどね。
そして、ミーアちゃんだって優しく強い子に育ってくれた。
「ちゃんとやっていけるかな?」
「カンザスさんやグレイさんもいるし、それにサラミス君もいるから大丈夫よ。最初からアリットはやらないと思うわ。」
意外と姉貴は楽観視しているな。あの書付も気になるところだ。
「それで、アイスキャンディーの儲けの還元の件は?」
姉貴がお茶を飲みながら聞いてきた。
「紙芝居を作る事にした。工房の絵師に頼んであるから、王都を発つ前には1度皆にお披露目出来ると思うよ。」
「紙芝居ね…。お菓子や、拍子木も必要だね。」
姉貴が楽しそうに話を展開する。
「ただいま戻りました。」
そう言いながら、ミーアちゃん達が帰って来た。
「サーシャ姉さんは?」
早速、リムちゃんが俺達に聞いて来た。
「ダルタニアンを見送りに行ったのよ。もう直ぐ帰ってくると思うわ。」
姉貴…。それだと三銃士になっちゃうぞ。たぶんジャン・ヴァルジャンの事を言いたかったんだろうな。
確かに、パンを盗んで牢屋に行くところなんかは似てるけどね。
でも、無情では無かったんだ。彼女達も、親切には親切で返せるようになれば良いな。
そして、夕食が終った後にアテーナイ様達が明日の打ち合わせにやってきた時、『レ・ミゼラブル』の話をする事になってしまった。
皆、涙を流しながら聞いていたけど、ちゃんと理解したのかは疑問だな。
「婿殿!…これは是非、その紙芝居というもので広めなければなるまい。」
それって、絵物語で今の話をもう一度聞きたいだけの気がするけどね。