#034 剣姫との出会い
その日の夜の海鮮鍋はシャコ貝の殻が鍋代わりだった。
海老はお刺身でもそのまま焼いても美味しかった。
そして、姉貴達はにこやかな笑顔で鍋を突付いている。それもそのはず、姉貴達が取ってきたシャコ貝の中に小指の先位の真珠が数個入っていたのだ。
宝飾店に買取って貰い、そのお金でカラメルから貰った黒真珠をピアス加工して3人が付けている。残った真珠は姉貴達で1個づつ分けて後は売り払ったみたいだ。
「似合う?」って姉貴が聞いてきたが、左右の真珠の大きさが同じ位で色が虹色と黒では似合うのかどうか俺には判らない。
それでも、「似合うよ!」と言ったら喜んでいたけどね。
そして、次の日にはカニを釣りに行った。
カニって釣るものだとは、この時初めて知った。
まず、長い紐の先にアジに似た干物を縛りつけて海にポイ!って投げ込む。
紐をジッと手で持って待っていると、グイグイって引かれる。そしたら、一生懸命に紐を手繰り寄せてカニが海から出たところを、カニの後から回り込んで棍棒で叩いて気絶させる。
これが釣りというかどうか非常に微妙ではあるが、結構面白い。
甲羅が30cm程度あるようなカニを相手にミーアちゃんが綱引きしてると思わず応援したくなる。結構いい勝負なんだ。
こんな海辺の生活を楽しく送っていたある日、グレイさんが俺達の部屋に飛び込んできた。
「アキト。マケトマムに戻るぞ!……2組目の銀もやられたらしい」
そうだった。俺達が此処にいるのは、2番目に来る銀レベルのハンターの徴用を逃れるためだったはずだ。
そして、セリウスさんは3度目に来る剣姫って人を守ってくれって言っていた。グレイさんが急ぐのは、剣姫が来るのをマケトマムのギルドで待つためだと理解した俺達は、直ぐに旅の用意を始める。
「俺達は外で待つ。用意が出来たら急いで来い!」
グレイさんは慌しく階段を下りて行った。
用意といってもそれ程必要とするものはない。精々お弁当位だが、これだって固焼き黒パンが袋に入っている。アルファ米だってまだあるし、野宿だって大丈夫だ。
装備ベルトを身に付け、迷彩帽子を被ればそれで終わり。部屋の片隅に立て掛けた採取鎌を杖代わりに持てば準備完了だ。
3人で外に出ると、マチルダさんもグレイさんと一緒に待っていた。
俺達の様子から何か訳ありと感じたのか、家の奥からトレック爺さんがやってきた。
俺達は急な旅立ちの非礼を詫びると、「また来いよ」と言って送り出してくれた。
急いでギルドに向かい、村を去ることを告げ、村を離れる。
浜辺の漁村から丘までは急な登り坂で、それを越えると長く続く緩やかな登り坂だ。道が長いこともあり、ゆっくりと歩いて行く。
坂道は緩やかでも結構足や腰に負担が掛かる。1時間間隔位でちょっとした休みを取りながら北に歩いて行く。
出発が遅かったせいか、夕暮れになっても大きな林に到達しない。
姉貴が【シャイン】で光球を作り、周囲を照らしながら進む。
やっとの事で大きな林に着くと、入口に柵が置いてあった。先客がいるらしい。
先客は、村を往復している商人だった。5人程が焚火を囲んで食後のお茶を楽しんでいた。
早速、挨拶に行く。
「夜分すまない。俺達5人はハンターだ。怪しい者じゃない」
「そうですか。私らは、馬車を使って村を巡る商人です」
なんでも、マケトマムとラザドムを週に1回往復しているらしい。急ぐならマケトマムに乗せてくれると言っていたが、しっかり料金を請求してくる。1人5Lで25Lだ。早速、グレイさんが支払った。
「助かる。此方からだと、登り坂だ。あまり時間をかけたくない」
「まぁ、歩くよりは早いですが、荷がありますから急がせることは無いですよ」
グレイさんが商人達と話し込んでる内に、サッサと夕食を作る。
簡単にスープに焼き固めた黒パンを浮かべて食べる。一日歩いていたから結構お腹がすいていたらしく美味しく頂く事が出来た。
次の日の朝早く、林に囲まれた小さな広場を出発した。
グレイさん達は真中の荷馬車に、俺達は一番後ろの荷馬車だ。
荷馬車は牛に似た生き物が引いている。
角が無くて、足が何と6本ある。この足で引くから、大きな荷馬車を引けるんだなと納得した。
ガラガラと車輪が回り、ゴトゴトと結構振動が伝わる。結構オシリが痛い。ポンチョを畳みなおして簡単なクッションにしてその上に座ったけれど、それでも痛いぞ。
ミーアちゃんも俺の上着を畳んで敷いてるけど、ガタンって荷馬車が揺れる度に顔をしかめてる。姉貴は……、もう一枚敷いていた。今度休んだ時に俺達も追加しよう。
流石に荷馬車は早い。歩く早さよりも約5割増し位だ。
マケトマム村に着くと、直ぐにギルドに行って到着を報告する。
「待ってたんですよ。ハンターが5人しかこの村にいなくなってしまって。依頼書が貯まるばかりだったんです」
お姉さんが涙目で訴える。それでも、俺達の到着を記帳している。実に仕事熱心なお姉さんだ。
「5人のハンターってどんな人なんですか?」
「え~と、赤7つのサラミスと兄弟の3人組み。それに赤8つに赤6つの2人組みかな」
確か、ガトルが襲来した時は十数人いたはずだから、1ヶ月程度で3分の1になってしまったようだ。
「それって!まさか……、ホントですか??」
突然お姉さんが俺と姉貴を見て大きな声を上げた。吃驚してるみたいだけど。
「そうだ。カラメルの試練に勝利した」
「だって、赤7つですよ。銀でもダメな人が多いって聞きましたよ」
「それだけ実力があるってことだな」
へ~ってお姉さんが俺達を見てるぞ。
ギルドを出て、前にお世話になった宿に向かう。
何か有れば、グレイさんが連絡するって言ってくれたしね。
「「こんにちは!」」って宿に入ると、おばさんが「お帰り!」って言ってくれた。
カウンターの後にある小さな棚から2階の部屋の鍵を渡してくれる。
「前と同じ部屋だよ。ガトルが村に来てからは旅人も少なくなってね。ごらんの通りさ」
そういえば前の時は俺達以外にも結構いたんだよな。やはり、危険地帯と思われてるのかもしれない。
王国としても危険地帯が国内にあるのは問題なんだろう。銀レベルのハンターは王都から来るってことは、それなりの理由があるってことだしね。
だとすれば、銀レベルのハンターを動かしてるのは国だということか?
グレイさんは黒レベルだし、基本はギルドの依頼をしているんだよな。でも、事件に巻き込まれる可能性があるともセリウスさんは言ってたな。
次の日姉貴の頼みで、姉貴とミーアちゃんのボルトを作ることになった。
ミーアちゃんのボルトは矢を買って、長さを短くすればいいので簡単なんだが、姉貴のボルトとなると問題だ。ボルトの直径が1.5cmだと矢での代替は出来ない。しょうがないから、鍛冶屋に行って鏃を特注する。
「こんなの作ったことが無い。」って言ってたけど、無理やり20個程たのみこんだ。ボルト本体はオルディさんに頼んだ。
俺が、宿の部屋でボルトを作っている間、姉貴達はギルドで簡単な依頼を受けてるみたいで、夕食の時その成果をミーアちゃんが得意げに報告してくれた。
「今日は、お姉ちゃんとタルミナを狩りに行ったんだよ」
シチューを食べながら(タルミナって何だ?)と思っていると、姉貴が図鑑を取り出して、タルミナを見せてくれた。
バッタだ。……間違いなくバッタだが、大きさが、50cmもあるぞ。
畑の害虫らしく大量発生すると、あっという間に畑の作物が一掃されてしまうらしい。
「2人で20匹獲ったよ。1匹2Lで40Lににゃった」
稼ぎ的には宿泊代にも満たないけど、村の為になって、ミーアちゃんの自立にも役立つなら問題ない。
「アキトの方はどうなの?」
「今日はミーアちゃんのボルトを10本作った。明日には、姉貴のボルトを作る材料が出来るから、明日の夜には姉貴用のボルト10本が出来る」
「次の銀レベルの人がどんな人かは判らないけど、タグの巣穴を調査するのに同行するとなれば、ボルトは沢山欲しいわ」
「出来るだけ沢山作るけど……、姉さんのは特殊だから、余り量は期待しないでね」
そして、次の日。
改めて、ミーアちゃん用のボルトを10本作り、姉貴用のボルトを12本作った。それを袋に纏めて、ミーアちゃんと姉貴に渡す。
魔法の袋に詰め込んどけば、邪魔にはならないはずだ。
今日は、3人で依頼を受けようとギルドに出かけ、扉を開けた途端にホールのテーブルから声をかけられた。
「来たか。……こっちだ」
ホールの奥まったテーブル席に、グレイさん達と見知らぬ女性が2人座っている。
とりあえず、俺達はテーブルに移動した。
「まぁ、座れ。話はそれからだ」
丸いテーブルには3つの椅子が空いている。グレイさんは俺達が来るのを待ってたんだろうか?
椅子に座ると、マチルダさんがお茶を入れてくれる。
「先ずは紹介しよう。王都の剣姫とその相棒の魔道師だ」
「アルテミア・デ・モスレムじゃ。隣はジュリアナ・ド・カイラム。セリウスからある程度話は聞いておる。単独でスラバを狩る赤6つ。
俄かには信じられぬ話じゃが、虹色真珠を見る限り信じるほかあるまいな」
なんか、言葉使いが高級というか見下してるというか……。
いや、そんなことはどうでもいい。
問題は、容姿がミーアちゃん並だということだ!
剣姫っていうからには、偉い人の子供なんだろうけど……。これで、銀レベルなのか?
俺達の驚きというか疑問が顔に出ていたようだ。
「驚きましたか?……姫の容姿は幼く見えますが、貴方達より年上のはずです。魔物討伐の折、相手の呪いに掛かってしまい、御労しいことです」
呪いがこの世界にはあるんだ。魔物退治の時は気をつけねばなるまい。
「そんな目で見るでない。何時もこの容姿でいるわけではない。戦いの際には、解呪法で元に戻れる。よって、討伐に支障はないのだ」
色々と話を聞いてみると、アルテミアさんは現国王の末っ子らしい。
小さいときからお転婆で、何時の間にやらギルドでハンター登録。その上にハンターとしての才能があったらしく、18歳の時には銀レベルまで登ったとか。
しかし、国境近くの村で一斉召集があり、その時に魔物から呪いを受けたそうだ。
12歳の容姿のままに固定された呪いは、時の魔法と魔道具で一時的に元の容姿に戻る事ができるそうだが、その時には他の魔法を使えないって言っていた。
それでも、剣の腕は軍隊でも指折りとのことで、付いた2つ名が剣姫らしい。
「我の事を話しても、タグの解決にはならぬ。聞けばお前達も最初の調査に参加したと聞く。闇雲に進むも可能ではあるが、先の調査隊の運命と同じになる公算が高い故、此処で策を練るのじゃ」
金髪をクルクルと縦ロールにして、フリフリのいっぱい付いたゴシックロリータ姿でそんな難しい言葉を言ってる。
でも、言ってる言葉に間違いはない。群れで行動するタグをその巣穴を含めて退治するには闇雲に巣穴に乗り込むのは危険極まりない。
でも、策ってあるのか?……近づくだけで、ワラワラって巣穴から出てくる可能性が高いような気がするけどね。