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#336 やられた!


 暑い季節に暖炉を使って料理するのは気が滅入る。

 それでも、アズキモドキを長時間とろ火で煮るのがゼンザイ作りのコツなのだ。

 窓を開けて扉も開けてるけど、鍋を掻き混ぜる俺は汗だくだ。


 今日の屋台は姉貴達が引いていったから、アズキバーを作るのが今日の俺の仕事になる。

 サーシャちゃん達は第2回戦を朝から始める為に、今日は東の広場に出掛けて行った。

 セリウスさん達は本日の試合が無いが、個人戦はラミア女王とエントラムズのサンドラさんが出るみたいだな。

 ラミア女王の実力はかなりなものだと分ったが、サンドラさんはどうかな?エントラムズの影の実力者だから読みが深いかもしれないぞ。

 時間的には午前中だから、姉貴達に聞いてみよう。


 アズキを潰さないように慎重に掻き混ぜて、柔らかくなった事を確認してから砂糖を入れる。最後に塩を一振りすれば完成だ。

 後は、お汁粉にする訳じゃないから、ポットのお湯を足して水量を加減する。

 

 鍋を暖炉の鉤から外して…、さて、何処に隠すべきか。

 俺が出かけている隙に姉貴達が帰ってきたら、絶対食べられてしまうぞ。少しなら問題ないけど、今年の正月の悪夢を思い出す。あれだけ作ったのに全部食べちゃったもんな。最後は俺のお椀も狙ってたし…。

 とりあえず、2階の自室に持って行き、ベッドの下に隠しておく。

 

 やっと終って、館の玄関先でちょっと一服だ。

 外も暑いけど、さっきまでいたリビングよりは涼しく感じる。

 

 そんな所に、大通りからこちらに走ってくる兵隊がいる。

 なんだろうと思ってみていると、俺の前で立止まった。

 「アテーナイ様より、アキト殿を工房に案内するよう承って参りました。直ぐに出かけられますか?」

 「ちょっと、待ってくれ。用意してくるから。」


 そう言って館に入ると、ノイマン君に工房に出かけることを告げて案内してくれる近衛兵のところに戻った。


 「工房は、東西の大通りを挟んだ反対側にあります。」

 そう言って、俺を先導する。

 祭りの期間中だから人込みも多いが大通りの十字路を抜けて最初の東に延びる通りを入っていく。

 

 「この両側が工房通りになります。王宮御用達の工房は扉の枠に付けられた看板に、その技量に応じた銀のプレートがありますから直ぐに判りますよ。」

 なるほど、看板に硬貨位の大きさのプレートが打ってある。

 多くが1つ程度だが、時々2つの看板がある。

 近衛兵はそんな看板を無視して通りを進んでいくと、今度は3つの看板が現れた。

 それでも、近衛兵は先に進んでいく。

 

 「ここです。銀ではなく金のプレート。これが王宮出入を許可された工房です。」

 後ろにいた俺にそう告げると、扉を叩いて中に入った。

 

 小さなカウンターとカウンターの前に木製のベンチとテーブル。

 見掛けでは工房の腕は分らないけど、どこにでもある鍛冶屋と変らないように思える。


 「何じゃ。例の品は全力で生産中だとアテーナイ様に伝えてくれ。」

 カウンターの奥の扉からユリシーさんと同じ位に見えるドワーフが姿を現した。


 「別件だ。大至急製作してもらいたい。内容はこちらのアキト殿が説明する。」

 そう言って、俺に向かって頷く。

 説明しろって事だよな…。


 俺が、カウンターに行こうとすると、テーブルを指差した。そしてカウンターの外れにある扉を開いて俺の対面に座る。

 「お忙しい中に注文を頼んで申し訳ありません。作って頂きたい物は采配という戦で軍を指揮する際に使用するものです。」

 

 「待て、軍を動かすなら太鼓や角笛ではないのか?」

 「その、合図を行うものに指図する為の道具と考えてください。この家に埃を払うハタキがありますか?」


 「ハタキはあるが、それが采配とどう結びつくのだ?」

 「ちょっと持ってきてくれませんか?」


 ドワーフはまだ少年のような容貌をしたドワーフが運んできたお茶を受取ると、その少年にハタキを取りに行かせた。

 直ぐに持って来て、ハタキをテーブルに置いて奥に立ち去った。


 「これがこの家にあるハタキだ。まさかこれを作れというのか?」

 訝るように俺を見た。


 俺はそのハタキを手に取ると立ち上がった。

 「このように使います。…全軍突撃!」

 大声で号令を発すると、ハタキを振り下ろして前方に突き出す。


 「なるほど、ハタキでも使う者が使えば、それなりに様になる。…だが、所詮、ハタキだ。戦場で使えば味方の士気は下がるだろうし、敵には侮られるぞ。」

 

 俺は腰を下ろして微笑んだ。

 「ハタキではそうでしょう。でも、采配ならば少し違ってきます。采配はハタキと形状が似ています。」


 そう言って、腰のバッグから図面を取り出して説明を始めた。

 柄の長さは1.5D(45cm)、太さは0.7D(2cm)。柄の全体を黒く塗り金銀の粉を散りばめて再度透明に仕上げる。

 柄の根元と、先端は2Dの長さに銀管を被せて、先端に金銀の短冊を丸い木製の球体に取り付け、それを柄の先端に鎖で固定する。鎖の長さは1.5D。

 

 「出来れば短冊の裏が銀で表が金が良いのですが。」

 そう言って俺の説明を終えた。


 「派手な物になるぞ。革鎧にこれでは違和感が出るな。」

 そう言ってドワーフが首を捻る。

 「その点は大丈夫です。それを振る人間の着る鎧はもっと派手ですから…。」

 「鎖帷子でも、まだ見劣りがする気がする。…まさか!あの鎧か?」

 

 「テーバイ戦に使う為に作られた、亀兵隊用指揮官の大鎧をご存知ならば、その通りです。」

 俺の言葉を聞いて、ドワーフが深く息を吸い込んだ。


 「あれなら遜色はない。あの大鎧の黒は俺が作ったものだ。出来上がりを見て、周りの工房からも大勢見学に来たものだ。

 だが、あの鎧は重いぞ。役に立ったのか?」


 「あの鎧で助かった者は貴方が想像する以上です。数本の矢を受けても気付かない者もおりました。

 俺も、あの鎧を着て5,000の敵軍を前に通りを死守しました。爆裂球を何度か受けて鎧は破損しましたが、私は無事でした。」


 「確か、アキトと言ったな。…思い出したぞ。テーバイ戦の英雄だな。そして先のカナトール開放にも多大な戦功を上げたと聞いた。その頼みであれば喜んで作るが、何個作るのだ?」

 「3個。お願いします。」


 「分った。人形作りにも飽きた所だ。2日待て。そして、その図面は置いて行ってくれ。」

 俺が図面を渡すと、挨拶もそこそこに奥の工房に消えて行った。


 「これで、2日後には出来上がります。私が館に届けましょう。支払いは軍の備品と言う事で王宮が行ないます。」

 近衛兵に促がされるように工房を出ると館に戻った。


 「ところで、人形を作るのに飽きたってどういう事なんでしょうね。」

 「あれ?…知りませんでしたか。亀兵隊の人形ですよ。王宮前広場でミケランさんが屋台で販売しています。行って見ますか?」


 そんな事で、俺達は王宮前広場へと足を運ぶ。広場の周囲には沢山の屋台が並んでいるけど、その中で一際市民を集めている屋台があった。

 「あれです。凄い人気でしょ。では、私はこれで…。」


 立ち去ろうとする近衛兵に礼を言って、屋台の裏側から近づいた。

 ミケランさんと双子で屋台と言うよりは荷車で商売をしているぞ。ミクとミトは台の上に乗っている。まぁ、小さいからね。でももう直ぐ5歳なんだよな。


 「俺は、これと、これだ!」

 「まいどありにゃ。…2個で16Lにゃ。」

 男の指差した人形をミクが取ると、ミケランさんに渡している。それを紙に包んで、代金と交換しているぞ。

 結構な値段のようだが、どれどれ…。


 人形をじっと見ると、それは亀兵隊の兵種のフィギュアだ。

 台の奥の方には、着色した人形が置いてある。そして、その人形には尻尾が生えてるぞ。という事は…。

 手に取って良く見ると、ミーアちゃんのフィギュアだ。となりにはアルトさんもいる。サーシャちゃんや、ガルパスが小さな荷車を引いているリムちゃんまでいるぞ。

 ひょっとして…ときょろきょろ見渡すと、やはりあった。俺と姉貴だ。


 「ミケランさん。売れてますか?」

 「アキトにゃ…。売れてるにゃ。でも、一番売れてるのは嬢ちゃん達にゃ。セリウスは2体しか売れなかったにゃ。ミクとミトは店を開いて直ぐに売り切れたにゃ。」

 ひょっとして、この売れた数で王都での人気が分るんじゃないか?

 そう思うと、自分の売れ行きを聞くのが怖くなったぞ。


 「でも何でこんな物を売っているんですか?」

 「アテーナイ様に頼まれたにゃ。大会が始まってから、夕暮れまでの営業にゃ。3人で100Lになるにゃ。」

 

 アルバイトって訳だな。でも、俺もほしくなったな。ミクとミトがいないのは問題だから予約しとくか。

 「明日も、お店を開くんですか?」

 「大会期間中は開く事になるにゃ。毎日、兵舎に人形が届くにゃ。」

 俺はミケランさんに頼んで全ての人形を2揃い予約する事にした。


 「ホントはダメなんだけど、アキトなら仕方ないにゃ。明日の朝に届けるにゃ。」

 予約販売は想定外だったらしい。

 それでも引き受けてくれたから、ちょっと嬉しくなった。

               ・

               ・


 ただいま!と言いながら、館のリビングに入ると姉貴達が揃っていた。

 全員がギク!っと体をこわばらせ恐る恐る俺の方に顔を向ける。


 その顔を見たとたん、やられた!と思ってしまった。

 「どうしたのじゃ。暗い顔に変ったぞ!」

 アルトさんが俺を気遣うように聞いてきたけど、原因はアルトさん達にあるんだぞ。

 

 「ところで、何で皆の口の周りが汚れてるの?」

 一斉に口の周りを袖で拭い始めた。

 「まさかとは思うけど、ゼンザイを食べたんじゃ無いだろうね?」

 ブンブンと音がするように全員が首を振る。

  

 まぁ、目を離した俺も悪かったとは思うけど…。そう思いながら自室のベッドの下から鍋を取り出すと…、半分以上無くなっていた。

 これだけでも、作ってみるか。先ずは市民の反応が気になるからね。売れるようなら、また作れば良い訳だし。


 しかし、良くもこの場所を突き止めたな。

 今度は何処に隠そうかと頭を悩ませ始める。


 これは、狩りに使う毒だと言っておくか…。

 だけど、サーシャちゃん達は、お詫びに死のうと思って全部食べたけど死にきれない。って今度は全部食べられてしまうかもしれないぞ。

 次は、隣のキャサリンさんに預けた方が良さそうだな。


 食べちゃったものは仕方がない。

 残ったゼンザイを使ってアイスキャンディーを作っていく。

 どうにか30個は作れたけど、はたして人気が出るのかな。

 そんな事を考えながら、5人で屋台を押し始めた。



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