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#335 勝負服は大鎧

 


 「婿殿の商才は御用商人を超えるものがあるのう。…暑いこの季節に手軽に涼を楽しむ食べ物を提供するとは。」

 アテーナイ様が食べ終えたアイスキャンディーの棒を屋台のゴミ箱にポイっと投げ捨てながら言った。

 「こんな季節ですからね。でも少し問題も感じてるんです。」

 そう言って、俺はこれによる儲けが屋台の儲けとしては多すぎる事を告げた。


 「なるほどのう。じゃが、気にする事ではないと思うぞ。他の者がこの商売をするなら、屋台の購入費用、銅板の製作、それに魔道師の協力が必要じゃ。それらの支払いを考えればそれ程の儲けにはならぬじゃろう。

 じゃが、それは我等も考えておった。

 われらの楽しみで商売の真似事をしておるのじゃ。本来はタダでも良いのじゃが、他の屋台の手前そうも行くまい。

 この利益を何に使えば良いのかは、我等の課題でもある。」

                ・

                ・


 王宮前広場からウオォーと言う歓声が上がる。

 そして人混みがバラけだした。広場の周りを取り囲む屋台に人が集まり出して、俺達の屋台にも大勢の人が並び出す。

 姉貴達が注文を捌き、俺とディーで保冷箱からアイスキャンディーを取り出していくと、みるみる保冷箱の在庫が無くなっていく。

 「後、6本だ!」

 俺の声に姉貴が客に売り切れを告げている。

 「夕方、西の広場でまた販売しますから…。」

 そんな事を、買いに来た人達に言いながら俺達は自分の館に引き上げた。


 館に着くと早速アイスキャンディーの量産を急ぐ。

 「アキト。アズキ味がつくれないかな~。」

 そんな姉貴の一言で、早速タニィさんにアズキモドキを購入して貰う。

 一晩鍋に浸して…煮るのは明日になるな。


 「とりあえず挑戦しているけど…ダメなら諦めてよ。」

 俺の言葉に姉貴は嬉しそうだな。失敗は考えていないようだ。

 

 まだ夕暮れには間があるけれど、サーシャちゃん達の勝負が始まるからと夕食を取る。

 俺達としても、屋台を開く予定があるから都合が良い。


 夕食を終えると、2人が自室に戻って着替え始めたようだ。

 皆で一緒に行こうと決めていたので、サーシャちゃん達の着替えが終るのを待っていると、カチャカチャと音を立てながら完全武装の2人が現れた。


 俺達が吃驚しているのを、満足そうに2人が眺めている。

 「チェスは盤面の戦じゃ。そう考えるとやはりこれを着るのが一番じゃ。」

 サーシャちゃんは得意そうに言ってるけど、良いのかな?


 そこに、伝令の旗を背中に着けた亀兵隊が現れた。

 「そろそろ、準備をお願いします。…さすが、我等の大将。装束が実にお似合いですぞ!」

 そう2人に告げて帰って行った。


 「問題ないみたいね。」

 俺と姉貴が顔を見合わせて頷きあう。

 

 「さて、出陣じゃ!」

 サーシャちゃんの号令で俺達は館を出て通りに出る。サーシャちゃん達は大鎧に兜を被り背中にはえびらを背負って矢を入れている。腰の後ろにグルカを差して手には長弓を持ってるぞ。

 首から提げた笛を2人が吹くと、しばらくして2匹のガルパスが現れた。

 ガルパスにヒラリと跨ると、俺達に振り返る。

 「ゆっくり進むゆえ、遅れるでないぞ!」

 

 爪音を鳴らしながら歩くガルパスの2人は武者人形のようだ。

 その後ろを、アイスキャンディーの屋台を曳くのは、何となくシュールな光景だとは自分でも思うが、姉貴達は気にならないようだ。

 それどころか、武者人形のような2人を一目見ようと集まってくる人々を相手に、アイスキャンディーを売り捌いている。

 この調子だと、南門の広場に着く前に半分近く売れてしまうぞ。


 「あの姿で、チェスをするなら、采配も作ってあげるべきだったね。」

 「今からでも、間に合うかな?…確かに最後は人間チェスだから采配があった方が恰好がつくと思うけど…。」

 やがて、ガルパス上の2人は係員に連れられて、ガルパスごと人ごみの中に消えていった。


 俺達は、広場の周囲に並ぶ屋台達の一角に移動すると、ベルを鳴らしながらアイスキャンディーを売り込む。

 第3試合の開始迄に間があるのだろう。結構な人達が屋台に溢れている。


 「ここじゃったか。探したぞ。」

 アテーナイ様達がサレパルの屋台を曳いてきた。

 今回は意外と大人しい衣装だ。俺達とあまり変わらない衣装だが、これには深い理由があるとの事だった。


 「我が君もそうじゃったが、トリスタンやクオークまで反対しおって…。ミズキ達の衣装と同じようでなければ、屋台はまかりならんと、それは凄い剣幕じゃった。」

 一体、去年の衣装はどんなんだったか…。それでも、屋台を止めないのは3人の気性なのかな。


 「折角、今年の衣装のデザインも出来上がってましたのに…残念ですわ。」

 新しい御后様は残念そうな顔だった。

 

 姉貴は早速、リムちゃんを連れてサーシャちゃん達の様子を見に行ってしまった。

 また姉貴が帰ってくるまで、ここで3人で店番をしなければならい。


 それにしても、王都の人達って本当に娯楽に飢えているようだ。

 愚民政策とならないような形で新しい娯楽を考える必要もありそうだし、これはこれで発展する気がしないではない。


 「あのう…。王都には劇場ってあるんですか?」

 「なんじゃ、その劇場というのは?」

 アテーナイ様達に質問したんだけど、何故かアルトさんから聞き返された。

 アテーナイ様達も首を捻ってる。

 

 「歌や舞踊を人々に披露する場所という感じの場所というか、建物と言うか…。」

 俺の要領を得ない説明に皆が余計に首を捻った。


 「歌や舞踊であれば、王宮付きの楽師や踊り子達が宴席等で披露する事があるぐらいじゃ。広く一般的には広まらぬ。多くの楽師達も世襲制を引いておる。」

 ある意味、特権階級向けという事かな。

 となれば、音楽や舞踊を領民が楽しめる場を設ければ、意外と王族達への親近感が増すような気がする。


 「モスレムの貴族街に空き家が目立つのではありませんか?」

 「それは、国王も気にしております。かといって、あんな大きな館を借りようとする人もいないのです。」

 

 「それでしたら、公共施設に改造したら如何でしょうか?」

 「何か、思い当たる物があるのか?」

 直ぐにアテーナイ様が反応した。


 「劇場を作りましょう。芸能を王都の市民に楽しんでもらうのです。歌、音楽、舞踊、劇…。色々な出し物で楽しませる事が出来るでしょう。」

 「ふむ…。王宮楽師達を今後どのように処遇するかについては我等も悩んでおったのじゃ。誰もが楽しめるようにする事で、逆に彼等の仕事場を作ってやるのじゃな。

 イゾルデよ。トリスタンに図る価値はありそうじゃぞ。」

 

 アテーナイ様がそう言うと心得てますって御后様が頷いている。

 来年には立派な劇場が建ちそうだな。


 広場には沢山の光球が上がって広場を照らしている。

 日が暮れたので、日差しが無くなった分涼しく感じられるが、それでも暑い事には変りは無い。

 アイスキャンディーは順調に売れているぞ。

 

 「そうだ!…ちょっとした小道具を作りたいんですが。工房を紹介してくれませんか?」

 「何を作るのじゃ?」

 「采配という軍を指揮する道具です。サーシャちゃん達がどこまで勝ち進めるか判りませんが、俺は結構良い所まで行くのでは…と思っています。人間チェスならば采配を振るって指揮すると様になると思うんです。今でも大鎧を着てガルパスに乗って戦ってますよ。」

 

 「それは見ものじゃな。我等も交代で見物するとしようぞ。…それで、工房じゃが、飾り職人が良いじゃろう。明日、兵を館に向かわせるゆえ注文するが良い。軍で使えるなら、王宮より支払いをするゆえ凝った物を作らせても構わぬぞ。」

 

 凝れば幾らでも凝れるけど…。まぁ、程々の物を作ればいいか。昔の戦でも采配じゃなくて扇を使ったり太鼓で合図してたりしてたと言うしね。


 そんな所に姉貴が帰ってくる。

 「もう中盤戦よ。中々見所があるわ。ジュリーさんより強いかも…。」

 

 姉貴達に店を代わってもらって、アルトさんにアテーナイ様を連れて様子を見に行った。

 セリウスさんの時よりも市民と兵士が集まっている。それでも、アテーナイ様を見た兵士が俺達をサーシャちゃん達の直ぐ後ろの席を譲ってくれた。


 「ほほ~。これは、婿殿…解説じゃ。」

 アテーナイ様の声に石畳の駒の配置とその影響範囲を考えていた俺でも、直ぐに解説は出来なかった。

 相手のビショップとルークを2つのナイトで凌いでいる。そして、じわじわとポーンが相手のビショップに忍び寄っているけど、そのポーンには遠くからビショップが援護をしている。

 これは、亀兵隊の戦法に近いんじゃないか。

 ナイトをアルトさんの軍とセリウスさんの軍に見立てると、その後ろから遠距離攻撃を行うサーシャちゃんみたいだ。

 そして、その中を縦横無尽に駆け回るナイトはミーアちゃんか…。


 「どうやら、亀兵隊の戦法をチェスに応用してるようですよ。あの駒がアルトさんとセリウスさん。こっちがサーシャちゃんですね。あの駒がミーアちゃんとなります。」

 「なるほど、兵種の違いをその運用に近い駒としてサーシャ達は作戦を立てておるのか…。ふむ、これは我も習わんとのう。となれば、あの駒が婿殿となるのじゃな。」


 そう言って、クイーンを御后様が指差す。全ての駒に睨みを利かしてその存在を高めている。俺って、こんなに存在感があるのかな?


 俺達が来て、互いに10手以上駒を動かしている。

 「参りました。…8手先で詰みになります。次の勝負、我等の分も頑張ってください。」

 相手の3人が席を立ち、サーシャちゃん達に頭を下げてそう言った。


 10手近く互いの一手を読み合っていたのだろう。判らない人もいるようだが、そんな人の為に自称名人の老人が解説を始めた。

 敗者が席を離れるのを、サーシャちゃん達はガルパスを下りて見送っている。礼儀は大事だよな。


 団体戦は参加者が多く、4回程広場で行なわれる試合を勝ち進まねばならないようだ。

 何とか人間チェスの参加資格が得られるまで勝ち続けてほしいと思う。


 屋台の所に戻ると閉店の看板が掛けてある。どうやら完売したようだな。

 「どうだった?」

 「サーシャちゃん達の勝ちだ。亀兵隊の戦を見ているような試合だったぞ。」

 「アキトもそう思ったの?…意図して作った兵種じゃないけど、確かに駒の特性と合ってるよね。」


 「それ程の戦法だったのですか?」

 「ううん。戦法としては少し慎重かな。戦術的には比較的単純だけど実戦で鍛えられてるからね。駒の使い方に間違いは無いわ。」

 姉貴には、そう見えたのか。

 俺には、かなり高度な戦法に思えたんだけどな。


 「でも、士官学校で教える良い方法を思いついたわ。」

 「なんじゃ?」

 「ちょっと高度化したチェスと言うところです。盤面には一切の文字も彫刻もありません。戦が同じ兵種で同じ数を揃えるという事はありませんからね。その辺を上手く分らせようと思います。」


 ひょっとしてウォー・シュミレーションゲームをつくるのか?

 だが、最初から索敵を行ないながらの戦闘は無理だろう。ミニチュア・ウォー・ゲームから入った方が判り易いと俺は思うぞ。

 カナトール戦でも部隊の駒は良く出来ていたからな。あれを使ったウォー・ゲームならそれ程違和感無く入れるような気がする。

 

 

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