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#330 戴冠式への招待

 「どうじゃ!」

 国王は山荘の擁壁から、カタマランの籠をヨイショと持ち上げて、御后様やアルトさん達に自慢げに大声を上げた。


 「ほう…。これは立派な黒リックじゃな。さぞや夕食の良い食材となろう。」

 「お祖父ちゃんがこれほどの腕を持つとは思わなかったのじゃ。」

 「アキトが釣ったのではないのか?」


 皆で国王を褒めているのを聞きながら、カタマランを林の岸に引き上げに行く。

 俺が道具を籠に入れて、山荘に行こうとするとミーアちゃんが走って来た。


 「御后様がサレパルをご馳走してくれるそうです。離れで皆待ってますよ。」

 そう言って俺の腕を取る。

 前は小さかったから、俺と手を繋ぐ時は随分と腕を上げなくちゃならなかったけど、今は自然に腕を組める。

 

 庭の隅にある離れは、御后様達の隠居場所という事だが、小さすぎないか?

 俺達が離れの扉を開けると、皆がテーブルに着いていた。

 

 「ワシの隣が空いておる。」

 国王の指示でベンチのような椅子の隣に座った。

 ディーが直ぐに取っ手付きの木製カップにお茶を入れてくれる。


 「今日は大漁だったのは確かにアキトのおかげじゃ。じゃが、獲物を釣り上げたのは確かにワシじゃぞ。」

 どうやら、国王は嬢ちゃん達の疑念を晴らしたくて一生懸命弁明しているらしい。

 そんな、光景を暖炉脇で御后様と姉貴がニコニコしながら見ている。


 「明日は、我等も一緒に釣りをしてみるのじゃ。そこではっきりと…。」

 アルトさんの提案に国王と嬢ちゃん達はしっかりと頷きあった。


 なんか国の重要な決定をするような雰囲気だけど、そうすると俺も明日は漕ぎ手で参加する事になるのかな…。


 「さぁ、婿殿もお腹が空いたじゃろう。我が君の我が儘に付き合ってもらったお礼じゃ。皆も早う食べるが良いぞ。」

 御后様お手製のサレパルは、中身がジャムだから何となくクレープのようだ。


 早速に1個を手で掴み取って食べ始める。

 上流階級の人達は、ナイフとフォークで食べるとアン姫に聞いたんだけど、これはやっぱり手掴みで食べるのが一番だ。


 「お婆ちゃんのサレパルが一番美味しいね!」

 リムちゃんの一言で御后様に笑顔がこぼれる。


 「リムよ。それは少し危険な言葉じゃぞ。…ワシも昔、今の言葉を后に言った事があるのじゃ。そしたら1日3食、同じサレパルが10日も続いたのじゃ。」

 国王の忠告に、リムちゃんは美味しいから大丈夫だよって答えてた。


 「よう、覚えておる…。あれは嫁いだ次の日じゃったか。」

 そんなお祖父ちゃんと孫のような会話を聞きながら遠くに目をやって御后様がその時の情景を思い出しているようだ。


 国王夫妻の若き日の黒歴史だな。

 でも、御后様は嬉しかったんだろうな。武の才能は誰もが認めてくれても、女性らしい所を褒められたんだからね。


 「話は変りますが、外から見た感じよりも中は広いですね。」

 「最低限の機能で纏めたのじゃ。このリビングの隣に寝室があるのみ。風呂は山荘を使わせてもらう。台所は暖炉で出来ぬものは作らなければ、意外とこじんまりした外形になるぞ。じゃが、これと同じ家を村に作れば不便この上ない筈じゃ。この家は、山荘の離れじゃからな。」

 御后様がそう説明してくれた。

 確かに台所が無いのは不便だな。


 「だが、ここは俗世間から離れられる。この家を訪ねる事を許すのは極少数。お前達を含めた身内だけだ。煩い貴族の声を聞く事が無いだけに嬉しい限りだな。」

 「来客は全て山荘までは許しておる。じゃが、離れは別じゃ。国王は庭に柵を作ろうか等と言っておるが、そこまでせずとも良いであろう。」


 国王の言葉に御后様が言葉を重ねたが、王宮で余程懲りてるようだな。

 静かな、俗世間を離れた暮らし…。

 ん?…ひょっとして俺達が望んでた暮らしじゃないか。

               ・

               ・

 

 2週間程俺達と過ごした後で国王夫妻は王都に帰って行った。

 嬢ちゃん達と釣りの腕を競いあっていたから結構、国王は楽しんだに違いない。そして、その釣果のおこぼれに預かった村人も…。


 サラミスの祝いは俺とミーアちゃんが届けに行った。

 俺の持っていた包みよりも、ミーアちゃんが手に提げてた黒リックをミューさんはありがたく受取ってた。

 それでも、包みを開いて出て来た2つの剣を見て、不思議そうに俺を見たっけ。


 「これは、グルカにゃ。ハンターには売ってくれない品にゃ。」

 「たぶんハンターが手に入れるのは難しいと思う。でも、世話になったサラミスへの礼として受取って欲しい。そして、サラミスにはこれだ。」


 そう言って、包みから長剣を渡す。

 「何か凄く良い品に見えるぞ。いいのか?…だけど、どこかで見た事があるような長剣だな。」

 「それは、歩兵中隊長が持つ長剣だ。1,000人の兵を動かす隊長へ王国が贈る長剣らしい。軍隊の行進で見たんだと思うけど、選んだのはアルトさんだ。実用性は十分にあると思う。」


 サラミスは俺に頷いた。そしてジッと鞘と長剣の刃身を見ている。

 「確かに、業物だと思う。大事に使わせてもらうよ。」


 サラミス達は1月程、グレイさん達とアクトラス山脈で狩りをして村を去って行った。

 「狩猟期には戻って来るからな。」

 そう言って4人は俺達に手を振りながら東の門を出て行った。


 「サラミスも身を固めるのじゃな。若造だと思っておったが、それだけ歳月が流れたという事じゃろう。」

 感慨深げにアルトさんが呟いた。

 俺達は歳を取らない。それは、周囲から取り残されるような錯覚を覚える事も確かだ。

 だけど、少なくとも俺達は4人いる。それに、長い旅に出ているユング達もたぶん歳は取らないはずだ。

 

 家に戻ると荷造りを始める。

 戴冠式の予定まで後3週間だ。そして、ミーアちゃんとサーシャちゃんの2人暮らしも王都で始まる。色々と準備がいるようなんだけど、何でそんなに荷物が多いのかは俺には疑問だな。


 戴冠式といえば、ギルドの外と中にポスターが貼られている。

 例の人間チェスの参加者募集と期間中の屋台に関わる特例事項が簡潔に書かれている。

 姉貴が参加するかと思ってたけど、どうやら屋台に専念するらしい。

 参加者がいないのかと思ったら、サーシャちゃんとミーアちゃんが団体戦に出るようだ。これは応援せねばなるまい。


 入りきれない荷物はディーの持つ風呂桶がそのまま入る魔法の袋に入れたけど、今でも風呂桶を入れているのはどうかと思うぞ。

 

 次の日朝早くに家の庭に出て笛を吹くと5匹のガルパスがやって来る。

 リムちゃんのガルパスに姉貴が乗せてもらい、俺のバジュラにはディーが後ろに乗った。

 カチャカチャと爪音を立てて通りに出ると、林の道閉ざす。

 そして、ギルドに寄ると、カウンターのルミナスちゃんに王都に出掛ける事を告げた。

 

 「あのポスターですね。お土産話を聞かせて下さいね。」

 片手を上げて返事をすると皆が待っている外に急ぐ。


 村の門を出ると一気にガルパスを走らせる。ディーが周囲を確認してくれるから荒地を駆けるように最大速度を出しても、旅人に衝突する事は無い。

 

 10時前にサナトラムの町を迂回して、街道に出ると最初の休憩所で一休みだ。

 小さな焚火でお茶を沸かして皆で飲む。


 「お兄ちゃんが先頭だと速く走れるわ。」

 「ディーが一緒だからね。俺だけだと、かなり遅くなるよ。」

 ミーアちゃんにそう答えると、アルトさんが面白く無さそうな顔をしている。

 アルトさんは先頭を走らないと気がすまないようだ。

 「ここからは一直線だから、アルトさんが先頭を走ってくれないかな。俺は後ろでのんびり行くよ。」


 そう言うと、とたんに顔が綻ぶ。

 それからはアルトさんとミーアちゃん、サーシャちゃんが交替で先頭を走って行く。

 後から付いて行く俺達は大変だけど、バジュラは余裕があるような感じだぞ。もっと速く走らせられるのかもしれないな。


 次の町の手前の休憩所で昼食を取る。

 このまま進むと、村と王都間の最短時間を更新しそうな気がするぞ。

 黒パンサンドを食べながら30分程休憩して王都を目指す。

 

 そして、王都の東門に到着すると、警備兵が飛んできた。

 「アキト様御一行ですね。ガルパスは我等がお預かりいたします。」

 俺達は、ガルパスに別れを告げると、のんびりと王都を歩き出す。まだ日暮前だから、通りには大勢の人が歩いていた。


 十字路を王宮側に曲れば貴族街だ。とたんに人が少なくなる。最初の脇道に入って真直ぐ進むと、俺達の館が見えてきた。

 

 大きな館じゃないから、通りに面した玄関口の階段を上がって、扉のノッカーをトントンと叩く。

 直ぐに、ハイ!って返事が聞え、ドタドタと走りこんでくる音が聞えて来た。

 カチリと鍵を外す音が聞えて、扉が開かれる。

 

 そ~っと扉から顔を出したタニィさんだったが、俺達の顔を見ると大きく扉を開いて招き入れてくれた。

 「今、お茶を用意しますから、荷物を置いて着替えを済ませてください。」

 そう言うと急いで台所に走っていった。


 そんな彼女の後姿を、全員が呆然として見送って俺達は2階の部屋に向かう。

 荷物と言っても、腰のバッグに詰め込んでるだけだから、装備ベルトだけを外す事にした。パンツのベルトには相変わらずM29のホルスターがあるけど、何も持ってないのは無用心のような気がする。後は、帽子を机の上に置いておく。

 チラリと姉貴とアルトさんを見ても同じような服装だから、こんなもので良いだろう。


 部屋を出てリビングに下りていくと、嬢ちゃん達はもう席に着いていた。

 俺達が揃ったところで、タニィさんがお茶を入れてくれる。


 「すみません。遅くなりました。」

 そう言って入ってきたのは若い近衛兵だ。

 タニィさんに小さな箱を差出と、タニィさんがテーブルの末席を指差して座るように促がす。


 「彼はこの館の警備員です。まだ16歳なので正式な近衛兵にはなれないんですが、特例でこの館の警備をする間は近衛兵になれるそうです。」

 「ダリオン隊長から、この館の警備を任されましたノイマンです。通常は1人なんですが、皆さんが戻られましたから、もう1人のカントもやって来るでしょう。そして、近衛兵の巡視経路にこの界隈が追加される事になりますから、治安は万全です。」


 姉貴がよろしくお願いします。と頭を下げるのに俺も合わせて挨拶しておく。

 治安と言っても、嬢ちゃん達に敵うような強盗はいないと思うぞ。そして、俺達7人が揃った状態なら、いかな盗賊団でも裸足で逃げ出すのは確実だ。

 そんな稼業の連中って、その辺の事情通だから、先ず王都で一番安全な界隈になる事は確実だと思う。


 「おぉ~!…ケークではないか。王都では毎日これが食べられるのじゃな!」

 タニィさんが箱から取り出したお菓子を見てサーシャちゃんがはしゃいでいるけど、毎日これを食べ続けたら…、太るぞ。

 まぁ、その辺はタニィさんに任せておこう。

 

 リビングの扉がトントンとノックされる。そして入ってきたのは、ノイマンと同じ年頃の少年だった。

 「初めまして。ノイマンと同じ任務をするカントと言います。皆さんのお噂はダリオン隊長から聞かされています。邪魔になるとは思いますが、ここにいる間は我等2人が警備いたします。」


 どんな噂なのか知りたいものだが、とりあえずは挨拶だ。

 「よろしく頼む。俺達は戴冠式と祭りが終れば村に引き上げるが、サーシャちゃんとミーアちゃんが残るからね。お前達に期待してるよ。」


 2人は感動してるようだ。

 それでも、カント君はノイマン君の隣に座ると、俺達と一緒にお茶を飲み始めた。


 

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