#033 ウミウシは牛より大きい
俺の直ぐ脇をグレイさんが慌てて海面目掛けて泳いでいく。息継ぎかな?って思ったが、……あれ?少し変だぞ。
俺は、何で息苦しくならないんだ!
まだ、十分潜っていられるような気がする。俺の水中活動時間は約1分程度のはずなんだけれど、もう潜って大分経ってるよな。
急に息苦しくなり、パニックになって姉貴に笑われるのも癪だと思い、一度海面に浮上する事にした。
「プハー……っと。いやー、何か随分と長く潜れるようになったよ」
吃驚して俺を姉貴とミーアちゃんが見てる。
羨ましそうに見ているのはマチルダさんだ。
「話には聞いていたけど、虹色真珠って本当なのね」
どういうこと?って聞いた俺に、マチルダさんが話してくれた。
虹色真珠の効能に、水中等の空気がない場所での活動時間を延ばすというものがあるらしい。
水中に限らず、煙の中や炎の中でも効果があると言う事だ。
虹色真珠の色の鮮やかさで効果の程度が変わるらしいけど、俺達が貰ったものは極上のものらしい。
だから、水中で息苦しくならないのか……。良い物を貰った気がする。
「凄い物貰っちゃったね。後で私も潜ってみよう!」
姉貴も喜んでる。確かにこれさえあれば素潜り漁は楽勝だ。
ザバー!って俺の隣にグレイさんが浮んできた。片手に持っているのは海老だ。30cm位の伊勢海老みたいに見える。ひょっとして2m位はあるんじゃないかと思っていたから一安心だ。
グレイさんが、船にポイっと海老を投げ入れた。それを、ミーアちゃんが棒でツンツンしている。
「あっちの岩の下に結構いるぞ。お前も来い!」
俺はグレイさんの後を付いて潜っていった。
5m程潜った時、先行していたグレイさんが俺に向かって手で合図する。そして、岩場の1つを指差した。
ゴツゴツした岩が重なり合っている。そこへグレイさんが向かっていくと、岩の割れ目を一箇所づつ丁寧に見ている。そして、やおら片手を割れ目に突っ込むと、一匹の海老を掴んでいた。
俺に向かってもう片方の手で親指を上げ、どうだい!ってポーズをしながら海面に向かって浮上していく。
俺も、グレイさんに倣って岩場の割れ目をめざして泳いでいく。
数箇所程見回ると、いた!……奥に張付いている。
腕を伸ばして甲羅を掴み、バタバタと激しく暴れる海老を掴むと急いで海面に浮上する。
水面に顔を出すと、皆が一斉にこっちを見る。左手で海老を高く上げると、驚いたような顔をしながらも拍手してくれた。
「疲れるでしょ。ちょっと休憩しなさい」
姉貴の言葉で船に上がることにした。
グレイさんも船に上がって休憩してる。お茶のカップとパイプを手に満足げな表情だ。早速俺にもミーアちゃんがカップを渡してくれる。
海老はどうなったんだろうって船の中を探すと、2艘が平行にくっ付いたカタマランの片方の船にある生簀に入っていた。
「海老を獲るのって大変ですね」
「いや、漁師達は網で獲るのさ。俺達みたいに一日数匹では商売にならんだろ。
彼らも、この位しか獲れないから俺達の漁に文句を言わないのさ。彼らにしてみれば船を貸して料金も取れる。
獲った海老は形が揃っているから、大漁ならば買取っても利益がある。そして俺達は楽しめる。両得なんだな」
確かに、漁師で生活するのは難しそうだけど、この漁村は結構うまくやってるみたいだ。観光漁村って感じなのかな。
その時、モオォォォ……と、低い響きのような音が水中から聞えてきた。
俺は急いで海中に頭を突っ込んで音源を捜す。何も見えないな。
船べりから体を起すと、グレイさんとマチルダさんが俺を見て笑っている。
「そんな顔をするな。あれはウミウシだ。見たこと無いのか?」
見たことならある。だが、前の世界の常識がこの世界に当てはまらない事は今までのことで十分承知もしている。
「ウミウシって、こんな形で、頭に角が出てて、海底を這ってる奴ですよね」
姉貴がグレイさんに確認してる。少しは慎重になってきたようだ。
「そうだ。形的には気持ちいいものではないけどな。だがウミウシは大食漢で漁場を荒らす。
漁村の多くが、カラメル達にウミウシ狩りを定期的に依頼してるんだ」
グプタ達がカッパの姿でウミウシを獲っているのを想像してしまった。ちょっとおとぎ話の1シーンみたいだぞ。
「さて、もう少し獲って昼食にするか。……アキト。行くぞ!」
俺達は船から身を躍らせて海に飛び込んだ。
さっきの岩場を目指して深く潜り、割れ目を探す。
また、グレイさんに先を越された。今度は両手に海老を持っている。
俺も、ようやく海老を掴んで海面に戻ろうとした時だ。
ドドォォーン!!という低い響きを立てて、岩が崩れた。たくさんの海老や魚が飛び出してくる。
そして、崩れた岩場の向うに見えたのは……ウミウシだった。
確かにウミウシだ。前の世界で海辺にいた奴にそっくりだ。
さっき姉貴がグレイさんにも確かめてたけど、大きさが違う。
バスよりデカイ。電車並かも知れないぞ。
良く見ると、体に数本の銛が刺さっている。そして、体色がめまぐるしく変化している。
そして、俺の横をスイーっと通り抜けた者はカルメルだった。
カラメルの狩りの現場に出くわせたみたいだ。
指揮しているカラメルを見ると、甲羅に足の鰭はカメだが手には鰭ではなくて銛を持っている。
数人でこの大型ウミウシを狩る姿は、野牛相手に狩りをするインディアンみたいに勇壮だ。
1人のカラメルが銛を手にウミウシの背中に突き刺そうと近づいた時、ウミウシが体を捻って、カタツムリの足のようなものでカルメルを跳ね飛ばした。
岩場に衝突した振動が俺にまで伝わってきた。
俺は、とりあえず海面に浮上する。
「姉さん。ウミウシだ。カラメルが1人やられたみたい。手伝ってくる!」
銛を掴んでウミウシのところにいそいで潜っていく。
ウミウシの背中には、更に銛が突き立っている。辺りの海水は紫色に少し着色されている。
ウミウシの方は、まるでクリスマスツリーのように体色変化を起しており、少し発光しているようにも見える。
ウミウシの背中が見えるように泳いでいくと、背中の2箇所に銛が集中している。そして、その銛の下には丸いコアみたいなのが見えた。
背中の下約1m程度にあるそのコアまで銛が達していないのが判る。
ということは、あのコアを銛で刺せば良いのか?
そう考えて、素早く泳いでで背中に取り付いた。カラメルが刺した銛の柄に足を絡ませ体を安定させると、コア目掛けて銛を突き刺した。
だが、まだコアまで達していない。更に両手でねじ込むように銛を押込む。
グォォー!!
ウミウシが叫ぶように水中に振動が伝わる。そして、動きが少し緩慢になった。
すかさずカラメルがもう1つのコアに殺到する。
そして甲羅をぶつけるようにして刺さっている銛をコアに沈めていく。
ウミウシは段々と動きを鈍くすると、海底にぐったりと横たわった。
俺は息苦しくなったので急いで海面を目指した。
海面に出て、プハー!って息継ぎをすると、直ぐにグレイさんが問いかけてきた。
「殺ったのか?」
「止めを刺したのはカラメル達です。俺は助太刀ですよ」
グレイさんの伸ばしてくれた腕を掴んで船に上がる。
しかし、カルメルって勇敢な種族なんだな。もし地上であれぐらいの奴がでてきたら、俺だったら先ず逃げる。
「どんなウミウシだったの?」
姉貴が興味深そうに聞いてきた。
「クリスマスツリーかエレクトロパレードみたいに体色を変えるんだ。そして形はウミウシだけど、大きさは……電車位あるかな」
姉貴はギョッとした顔になったけど、確かにあの大きさには驚いたもんな。
昼食にしましょ。ってマチルダさんがお弁当を配り始めた時だ。
船の近くにカラメルが浮んできた。そして俺の方に近づいてくる。
「さっきは世話になった。礼をいう。野生のウミウシは時として巨大になる。今回の狩りには歳若い者達にも良い経験になったろう。これは感謝の印だ。とっておけ」
カラメルはそう言うと俺に手を伸ばして、黒い小さな物を3つくれた。
俺が受取ると、直ぐに潜ってしまった。
何をくれたんだろうと手を広げる。姉貴や、マチルダさんも興味深々の目でそれを見る。
それは、小さくて真っ黒な真珠だった。それが3つという事は……。 「はい!」って、姉貴とマチルダさんとミーアちゃんに1個づつ渡した。 これしかないじゃないか!
「これほど黒いのは初めて見るわ」
マチルダさんはうっとりと見てる。
「イヤリングに出来ますか?」
「もちろんよ。王都でも王族が持ってるかどうかという位の高級品よ」
女性達は満足している。もっともミーアちゃんは手のひらで転がしてあそんでるけどね。
昼食を済ませると今度は俺達と入れ替って、姉貴達が潜って行った。
俺は、ミーアちゃんに泳ぎを教えてるけど……。ミーアちゃん、犬掻きは出来るんだ。でも、ミーアちゃんって猫族のハーフなんだよな。
それでも、波が静かな場所だし、海水は体が浮きやすいこともあるので、平泳ぎを覚えるまでに時間は掛からなかった。
姉貴達の獲物!……それは海老でも魚でもなかった。
何とでっかいシャコ貝だった。それを3個エンヤコラと2人で船に持ち上げてきた。銛とナイフでどうやって岩場から引き剥がしたかは教えてくれなかったが、1個50cm位はある。
そして、姉貴の一言。
「これだけ大きいんだから、きっとボール位の真珠があるよ!」
やはり……。俺とグレイさんは顔を見合わせてため息をついた。