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#326 王都の館

 「そうですか。…それでは夫は、もう直ぐ帰れますね。」

 「我等は、ガルパスで一気に来たが、歩兵は徒歩じゃ。エントラムズ王都に集合という事じゃが、1週間程で帰れるじゃろう。」

 

 亡くなった歩兵も多かったからね。キャサリンさんも毎日が不安だったと思う。

 カナトールの顛末よりも、やはり夫の無事が一番なんだろうな。

 

 キャサリンさんの家は俺達が貰った家と同じような大きさだが、リビングが少し狭い。その分、1階の部屋が大きくなっているようだ。

 そのリビングで俺達はお茶を頂きながら、キャサリンさんが村を去ってからの事を話していた。

 

 「キャサリン。…お客様なの?」

 「はい。村でお世話になったハンターの方々です。左の館の住人になるそうです。」

 「まぁ、それならお隣さんという事ね。それなら、ご挨拶を…。

 初めまして。私は、レイティーと申します。キャサリンの義理の母ですよ。そして、このレイミーのお婆ちゃんになります。」

 そう言いながら、リビングに現れた婦人は、大きな目が優しそうな顔立ちをした40代のおばさんだった。確か下級貴族とは聞いていたけど着ている服は木綿の服だ。

 腕に抱えた赤ちゃんをあやしながら、キャサリンさんの隣に座った。


 「義娘が世話になったと言えば…、ヨイマチのアキト様達ですね。という事は…、隣は剣姫様。

 このような館にいらっしゃるとは、我が家の誉れにございます。」

 そう言って、俺達に丁寧に頭を下げる。


 「無用な礼儀じゃ。我は降嫁しておる故、王位継承権は持たぬ。持っているのは、隣のサーシャじゃが、それでもそのような礼をするには及ばぬ。王宮ならいざ知らず、王宮外まで権威を持ち越すような真似はモスレムにはおらぬ筈じゃ。」

 その言葉にまたしても、婦人は頭を下げた。

 

 「王族はそうでも、貴族は違います。格式を未だに重視しております。

 我が家の婚姻に際してもかなりの横槍が入りました。最も、今では驚いていますけどね。」

 そう言って、おほほと上品に笑った。

 

 「村娘を嫁にする貴族は殆どおりません。下級貴族であれば上級貴族の末娘を迎えるのが一般的ですね。理由が分りますか?」

 「持参金…ですね。」


 「恥かしながら、その通りです。下級貴族の収入は当主が存命している間は支給されますが、亡くなればそれまでです。

 主人もその辺は心得て普段から質素倹約を心がけてくれましたから、亡くなって数年は同じ暮らしが出来ました。

 その後は、サイモンが近衛兵に採用されて、親子2人で何とか暮らしていました。

 私も、サイモンから話を聞いた時には驚きました。

 …モスレムの貴族は皆没落に向かっています。我が家もそんな流れにいるのであればサイモンの好きになった相手と一緒にさせるのも良いのでは…。そう思いました。

 でも、やって来た娘さんを見て、一目で私も気に入りましたわ。

 話を聞くとハンターであるとか。そして、御后様やアルト様とも面識があると聞いて更に驚きました。中流貴族の娘さん達よりも、王族と話す機会があったとは…。」


 「キャサリンには色々と手伝って貰った。だが、ひょっとしてキャサリンは告げておらぬのか?…モスレムに多大な功績を与えたハンターであることを…。」

 キャサリンさんは小さく頷いた。奥ゆかしい人だからな。家の嬢ちゃん達にも見習って欲しい所だ。


 「キャサリンは、母上の病を治す事が出来る唯一つの薬を手に入れたハンターの1人なのじゃ。王都に在住するハンターで、あの狩りに参加したのはセリウスとミケランがおるのみ。モスレムで十指に数えられるハンターじゃよ。」

 

 その言葉に、婦人が吃驚してキャサリンさんを見ている。そこまで高名なハンターだとは知らなかったようだ。

 

 「俺達がハンターを始めた時に、親切に指導してくれたのがキャサリンさんです。村で暮らしていた時も、良くパンを焼いてくれましたし、家の嬢ちゃん達に編み物を教えてくれたのもキャサリンさんでした。…今では良い想い出です。」


 俺の話をジッと婦人は聞いていた。

 キャサリンさんも自分の事を自慢する人じゃないからな。

 ハンターになったのも、家計を助ける為だって言ってたし…。


 「今度はお隣になりますから、皆さんの狩りのお話を聞かせてください。」

 「えぇ、冬の夜話に最高なものが沢山ありますよ。」

 姉貴はそう言って俺達に見た。そろそろお暇しようって事だな。

 俺達は姉貴に小さく頷くと、キャサリンさん達にお茶の礼を言って舘を後にする。


 ふと俺達の舘を見ると女の子が1人、所在無さげに玄関前にたたずんでいる。

 「あのう…どうしたんですか?」

 姉貴が代表して聞きに言った。

 

 「イゾルデ様より指示を受けてやってきましたが、舘に誰もいないんです。」

 姉貴よりは年上だな。でも、20歳位だぞ。

 茶色のクルクル巻き毛の女の子だ。痩せ型で姉貴よりは背が低そうだ。165cmというところだろう。


 「私達がこの舘の持ち主ですけど、どんな御用でしょうか?」

 姉貴がそう答えると、女の子の顔が明るくなった。さっきまではどんよりと下を向いてたからね。

 「館のお世話をするようにと言われました。」

 「了解じゃ。先ずは館に入って話をするぞ。」

 そう言って、アルトさんは姉貴から鍵を受取ると玄関を開いた。


 そして、皆でリビングに向かう。

 「先ずは座るが良い。イゾルデより指示されたと言ったな?」

 「はい。今朝方、イゾルデ様より直々に指示されました。貴族街の外れにある小さな館が貴方達の仕事場よ。と仰いました。

 何方の館でしょうか。と聞きましたら、新しい士官学校の校長の館だと教えていただきました。

 最後に館の番号を教えていただきましたが、幾ら扉を叩いても何の音沙汰も無いのでどうしようかと迷っていた所です。」


 俺と姉貴は顔を見合わせる。

 来て貰った侍女を追い出すのも可哀相だし、イゾルデさんの面子もあるだろう。

 「来ていただいたのは大変嬉しいんですが、私達がここにいるのは12月から3月までの4ヶ月間です。後の8ヶ月間は来る事が出来ませんが、それでも良いですか?」

 「毎日、お掃除をして過ごしますから大丈夫です。それに、私の実家はここから歩いても遠くありません。通りを3つ南に下がった民家ですから、皆さんがいない時には家から通います。」

 姉貴の問に女の子はそう答えた。


 「なら、問題あるまい。名は何と言うのだ?」

 「タニィと言います。」

 タニィさんか…。アルトさんが幼く見えるからか、ちょっとアルトさんの口調に引いてるようだ。


 「なら、ここで暮らす用具を自分で調達するのじゃ。先程部屋を見たが、何もおいてなかったぞ。ベッドに寝具、それに箪笥と机を揃えるがよい。

 そして台所じゃが…、食器類は20人分じゃ。最大それ位になるじゃろう。鍋類は5人、10人、20人と使い分けが出来るように揃える事じゃ。」

 

 タニィさんは途中からポケットから取り出した小さな手帳に鉛筆のような筆記具でメモをはじめた。

 「結構な分量ですね。それと、今夜はここで食事をしますか?」

 「そうだね。俺達は明日には一旦村に帰ろうと思ってる。出来れば、明日の昼の弁当まで手配してくれると助かるな。」

 

 「ちょっと気になるんだけど、タニィさんのお給料はどうなるの?」

 「イゾルデが指示した以上、王宮から給与は与えられるはずじゃ。それは気にすることは無い。」

 姉貴の質問にアルトさんが答えた。タニィさんも頷いている。

 

 「アルト様の言われる通り、これまでと同じ額が頂けます。その他に必要な物があれば全額王宮で支払うとも言われました。」

 「そこは、微妙じゃな。そこまでされると後が怖いような気もするぞ。」

 「そうね。この館で必要な物はこちらで揃えましょう。」


 タニィさんの言葉に姉貴とアルトさんが相談している。

 そして、結論が出たようだ。


 「タニィさん。さっきの買い物だけど、これを使って頂戴。」

 そう言って金貨を5枚差し出した。

 「こんなに多くは必要ありません!」

 「それなりの物は高価な筈です。この館にいる間は普段着で良いですよ。その普段着もそれで揃えてください。そして、残ったお金は館の維持費としてお預けします。」


 俗に言う維持管理費だな。

 確かに館を維持する費用は馬鹿にならないのかも知れない。雨漏りなんかしたら大変だからね。


 「判りました。それでは行ってまいります。」

 金貨5枚を革袋に入れてポケットに仕舞うと、俺達に頭を下げてリビングを出て行った。

 

 「まさか、侍女付きだとは思わなかったわ。」 

 「それだけではあるまい。我等が滞在している間は、近衛が玄関に着く事になると思うぞ。」

 

 そんな恐ろしい事をさらっとアルトさんが言った。

 リムちゃんが立ち上がると、リビングをそっと出て行く。そして、タタターと戻ってくる。


 「玄関に革鎧の人が槍を持って立ってます。」

 「手配が素早いようじゃな。じゃが、我等に護衛等いらぬことはイゾルデが良く知っておろう。玄関の兵は伝令と見るべきじゃな。たぶん近衛兵になりたての少年が緊張して立っておるはずじゃ。」

 そう言ってアルトさんが笑い出す。


 「笑い事じゃありません。どうするんですか?」

 「な~に、従兵として利用すれば良い。王宮との連絡係が常にいると思えば良いのじゃ。我等がいる間は、適当に剣を教えてやれば彼も仲間内で鼻が高いじゃろう。」


 「我等のベッドは買わぬのか?」

 痺れを切らしたようにサーシャちゃんが言った。

 「そうね。揃えないといけないわね。アキトは留守番をお願いね。私達はちょっと出掛けてくるわ。」


 そう言って、俺1人を残してぞろぞろと出て行った。

 

 残ったのは俺1人。とりあえず傍らにある暖炉に火を点けるとバッグからポットを取り出して火に掛ける。

 1人分だから直ぐにお湯が沸く。姉貴に貰ったスティックコーヒーをシェラカップに入れてお湯を注ぐと…、いい香りだ。

 そして、銀のケースからタバコを取出し、暖炉の前に胡坐をかきながら火を点ける。


 やはり、タバコにはコーヒーが合うな。

 コーヒーの種はバビロンから貰ったけれど、これを播くのは温室が出来てからだ。

 あれから大分経ったから、ガラスの最初の製作に彼等は入ったと思うが、出来はどうかな。失敗の原因が判るようにきちんと記録をとっておけば良いんだけどね。

               ・

               ・


 姉貴達一行は昼過ぎに戻って来た。

 ディーが持ってきた黒パンサンドとお茶で簡単な昼食を取る。

 「夕方までには持ってくると言ってたから、今夜はここに泊まれるわよ。」

 「ベッドに寝具。それに低いタンスを購入したのじゃ。」


 姉貴に続いてサーシャちゃんが嬉しそうに言ってるけど、王宮に戻らなくて良いのかな。確か、今年には戻すような事を御后様が言ってたぞ。

 

 「一旦、村に帰ったらミーアとここに戻ってくるのじゃ。せっかく館を貰ったのじゃ。有効に使わねばならぬ。」

 サーシャちゃんの言葉にミーアちゃんが頷いてる。

 物凄く自分達に都合よく解釈してるけど、元をただせばイゾルデさんに、その責任がある。この言い訳には、納得せねばなるまい。


 そして、その後に帰ってきたタニィさんを交えて、お茶を飲みながら荷物の到着を待った。

 荷物を運ぶ荷車が引っ切り無しに到着すると、見掛け警備兵の少年にも手伝って貰って荷物を搬入する。

 嬢ちゃん達の細かい指示に従って家具を置くと、搬送人達の額には汗がびっしりだ。

 彼等が帰る間際に、これでお酒でも…。と言いながら銀貨を手渡す。


 2階の部屋は、ミーアちゃんとサーシャちゃん。ディーとリムちゃん。姉貴と俺にアルトさんがそれぞれ部屋を同じくする。俺達の部屋はダブルベッドより大型のベッドだし、ミーアちゃん達はベッドが2つ。ディーはダブルサイズを使うようだ。

 部屋の扉には小さな名前が入った板が下げられている。1つ余った部屋はベッドが2つ置いてある。これは客室に使うようだ。

 各自の好みの絵柄の寝具が載せられて皆満足そうだ。

 タニィさんも少し大きめのベッドを部屋に入れていた。そして、嬉しそうに真新しい調理器具を磨いているぞ。

 

 その夜。意外とタニィさんが料理上手なのが判った。

 タニィさんも一緒になって大きなテーブルで食べる料理は決して手の込んだ料理では無いが味付けが絶妙なのだ。

 タニィさんを奥さんに出来る人は幸せだと心から思ってしまう。


 

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