#324 姉貴の実力は?
次の日の昼下がり、本部近くの空地には大勢の兵隊達が詰め掛けていた。
姉貴とケイモスさんの試合を見るためとは言え結構閑なようだ。後10日も経てば俺達はカナトールを去る事になるのだから、それなりに忙しい筈なんだけどね。
「大分集まったようじゃな。」
アルトさんが100m程の丸い柵の外に集まった兵隊達を眺めて言った。
「王都の片付けをさせた方が良かったのではないか?」
サーシャちゃんは、これだけの兵隊を遊ばせておく方が気になるようだ。
「でも、もう少しで暴動が起きそうだった。とセリウスさんが言ってましたよ。」
ミーアちゃんの一言が多分真相なんだろうな。
今回のカナトール開放の任を持った姉貴が一角の武人であると分れば、どの程度の実力なのかを知りたいのが人情というやつだろう。
そんな試合会場の一角に椅子を並べて見物しようとしている嬢ちゃん達と御后様にも困ったものだと俺は思うぞ。
「婿殿。大分集まったようじゃが、おそらく試合は一瞬で終るじゃろう。前座を務めるのも、弟の勤めじゃと思うのじゃが…。」
何か、恐ろしい事を御后様が俺に言ってきた。
だけど、御后様とは一戦交えてるし、適当な人材がいないと思うのだが…。
「面白い。まだアキトの実力を俺は知らぬ。」
「待て、我が先じゃ。」
セリウスさんとアルトさんがエントリーしてしまった。
「我をも下したのじゃ。少し卑怯な気もするが2人で向かうが良かろう。」
御后様の言葉に2人は俺を見てニヤリと笑うと、その場で鎧を脱ぎ捨てた。その下には革の上下だから確かに俺と同じ服装だな。
そして2人が取った武器は…セリウスさんとアルトさん共々グルカを両手に持った。そして、アルトさんはアダルトアルトさんに変化する。バビロンで得たグルカを魔道具にして解呪したようだ。
「双剣の使い手が2人か…。少しは婿殿も楽しめようぞ。」
絶対、俺の事を出汁にして、自分が楽しむんだと思うぞ。
「あれ?…賑やかだね。どうしたの?」
「お兄ちゃんがセリウスさんとアルト姉様の2人を同時に相手にするらしいの。」
「それは、見ものね。アキト…頑張ってね!」
そう言うと姉貴は御后様の横に座って俺を急かし始めた。
最早、これまで…敵軍が急襲でもしない限り、この状況を変えることは出来ないだろう。
諦めて杖を手に取り試合会場の真ん中で待つ2人の所に歩いて行った。
御后様の指示で弓兵達が会場の周囲を回って俺達の試合を告げている。
その都度、ウオオォォー!!って蛮声が上がるのも困ったものだ。彼等の視線が痛いほど俺に突き刺さるのを感じるぞ。
「それでいいのか?…血を流したらそこまでと思っていたのだが。」
「参った!…と言ったら負けですよ。俺の方の判定は血を流したらで良いです。」
「自信が何処まで持つか、楽しみじゃな…行くぞ!!」
アルトさんの声で試合は始まった。互いに等間隔で対峙する。
アルトさんが何か呟いているのは【アクセル】と【ブースト】だな。俺も急いで自分の身体機能を魔法で上昇させた。
杖を体の前でクルクルと回しながら、2人の出方を見る。
杖を相手にするのは初めてなのだろう。両者とも俺の周りを少しずつ移動しながら、背後に回り込もうとしている。
先手必勝!と、素早くセリウスさんに駆け寄ると杖を肩に打ち付ける。
セリウスさんは素早く左手のグルカで杖を跳ね除け、右手のグルカを横薙ぎに俺の横腹に叩き込む。
俺は跳ね除けられた杖の反動を利用して、杖の手元でそれを受ける。と同時にそのグルカを跳ね除ける。そして身を屈めると同時に素早く杖で足元を1旋させた。
すると、セリウスさんは素早く後ろに跳躍してその一撃を避けた。
背後の殺気に対して振り向きながら杖で横に薙ぐと、ネコのような身軽さでアルトさんが俺から離れていった。
何時の間にか、試合会場に静寂が下りる。
見物人が息をするのも忘れて俺達の動きを見守っているのが分った。
「やはり、ケイモスを下しただけの事はある。2人掛りでも余り変わりは無いようだな。」
そう言って、両剣を俺の左右の肩に打ち込んできた。
一歩下がろうとしてゾクリとする。裂帛の気合で同時にアルトさんがグルカを横薙ぎにしてきたのが気配で感じられる。
杖でセリウスさんのグルカを受けると、そのままセリウスさんの懐に潜り込んで1本背負いでセリウスさんをアルトさんに投げ付けた。
体を回転させてアルトさんはセリウスさんの直撃を避けた。
そして、そのまま俺に近づいてグルカを振るう。
杖を手放してしまったので、右足を引いて軽く体を横にする。
振り下ろされたアルトさんのグルカを持つ手首を持って関節技を掛けるとアルトさんの体が前方に回転して背中から地面に叩きつけられた。
アルトさんに飛び掛るとアルトさんの持っていたグルカを奪って、その首筋に添えた。
「俺の勝ちで良いですね…。」
「参った、流石じゃ。」
降参したアルトさんの腕を取って立ち上がらせてから後を見た。
セリウスさんが身動きせずにうつ伏せに倒れている。
ネコ族だから、大丈夫だと思ったけど、受身を取れなかったんだろうか?
そこに、魔道師を従えた御后様がやって来た。
「あの力技で叩きつけられたのじゃ。怪我は大した事が無いようじゃが…たぶん目を回しておるのじゃろう。」
魔道師が【サフロナ】を掛けている。そんなに重傷なのかな?
「う~む…。どうなったんだ?」
「両手に持つグルカを同時に婿殿に叩き込もうとしたのは、覚えておるじゃろう。問題は、その後…。グルカを振りかざす為に前に全体重が掛かっておったところに婿殿の投げ技を掛けられたのじゃ。
投げた先には娘がおったが、生憎と身をかわしおった。その為、地面に叩き付けれれた訳じゃな。しばらく気を失っておったぞ。」
俺のとっさの動作は無意識に繰り出されたものだが、一部始終を御后様は見逃さなかったようだ。
「我も一瞬で投げられた。しかも体に触らずにだぞ。全く訳が判らん。」
「あれは初歩的な合気道の技です。手首をこのように曲げると…。」
姉貴がアルトさんの腕を少し掴むと、アルトさんの体が前方に一回転した。
「イタタ…。何故、我は投げられたのじゃ。先程同様、ミズキも我の体を掴んで等おらぬぞ。」
「自分の関節を破壊されないように、自ら前方に回転したんです。これを素早く戦いの中で使います。」
「掴まれたら、そこで終わりじゃと?…恐ろしい技じゃな。」
アルトさんは絶対に習いたがるな。
「やはり、2人でもダメか。やはり、レグナスを倒しただけの事はある。」
そう言って、小さく俺に参ったと告げると、俺と握手をする。
「なにやら、面白そうな前座をしていたようだな。見逃したぞ。」
「なに、ミズキとの試合は一瞬で終る故、少し時間の掛かりそうな試合をしておったのじゃが…。流石、婿殿。直ぐに終ってしもうた。」
ケイモスさんが革鎧姿で現れた。
俺達が試合会場にいるのを知ってそんな事を呟くと、すかさず御后様がケイモスさんに引導を渡す。
「アキト殿の言葉に偽りは無かろう。だがその実力を見てみたいのだ。年寄りのわがままと言う事で…。」
そう言って姉貴を見る。姉貴は身軽な革の上下だ。そして腰の後ろに小太刀を落とし込んでいる。
「それでは、始めますか。…皆さん、お待ち兼ねのようですし…。」
「うむ。そなた達は邪魔になる。さっさと戻るがいい。」
俺達が急いで特等席に戻ると、10m程の距離をおいて姉貴とケイモスさんが立っていた。
気の流れが変り姉貴に集約されていく。俺には巨大な気が集まって姉貴の姿が大きく見える。
「あれ程の魔気を集める等…、ミズキ様はエルフの長老を越えています。」
ミレアさんは姉貴の気が見えるのかな?
「お姉ちゃんの姿がケイモス将軍より、何故大きく見えるの?」
「相当な威圧を受けているようじゃな。あのケイモスが全く動けんとは…。」
たぶん、レグナス程の巨獣を前にしているような気分でいるに違いない。
俺も姉貴のお祖父さんを前にした時には、目の前にトラがいるような戦慄を味わった。その後で聞いた話では、戦わずに相手を打ち負かす方法じゃ。と言っていたけど、合気道の極意に近づくとあのように自由に気を操れるものなのだろうか。
「行きます!」
「応!」
静まり返った会場にその言葉が聞えた。
両者が突然走り出すとケイモスさんは長剣を抜いて、走りぬけながら姉貴を大上段より振り下ろした。
剣が姉貴に届く刹那に姉貴の体が大きくケイモスさんの頭上を飛び越えてケイモスさんの真後ろに着地する。
剣を振り下ろしたケイモスさんは動かない。ピタリと背中合わせに立った姉貴も動かない。
突然、ケイモスさんがずるりと膝を折って前に倒れた。
姉貴は深く息を吐いて、ケイモスさんに【サフロナ】を唱えた。
「お婆ちゃん。なにが起こったの?」
「リム…済まぬ。我にも何が起こったか判らぬ。」
「私が、解説します。…ミズキ姉さんはケイモスさんの剣を足場にケイモスさんの頭上を飛び越えました。その時、素早く小太刀で首を打ちました。その後、真後ろに着地しました。最後に、ケイモスさんは意識を失って倒れました。」
ミーアちゃんが淡々と2人の行動を話す。あの動きを見切れたのかと改めてミーアちゃんの動体視力の高さに感心してしまった。
姉貴は首の後ろの脳幹に一撃を加えたようだ。意識を刈り取るには良いが、ちょっと力加減を間違えると即死だぞ。
「うぅ~む…。やはり、負けたか。動かぬ時はまるで巨人の前にいたような錯覚を覚えた。まるで山を相手にしているような気持ちであったぞ。そしてあの速さ…、まるで風だ。攻撃は全く容赦が無い。そして、最後に覚えているのは静かな己の鼓動だけが聞える時間だった。」
ようやく立ち上がったケイモスさんが俺達の所に戻ると、小さく呟いた。
「ケイモスよ。あの旗を覚えておるか?」
「確か、この戦の旗印。風林火山と言っておりましたな。動かない時は山のように対峙し、動く時は風のように速く、攻撃は火のように激しく、しずかに潜む時は林のように静かであれ…。
まさか、今のミズキ殿の動きはあの通りであると…。」
「その、まさかじゃ。婿殿は以前言っておった。カラメル族も認める気の使い手であるとな。ミズキは気を魔術として使うのではなく、武芸に生かす術を知っておるのじゃ。しかも、その技術は達人域を超えておるとな。
武の理想を具現化出来る程の者に負けても悔いはあるまい。」
御后様はそんな事を言ってるけど、俺はそんな話をした覚えは無いぞ。
「いかにも、我もまだ未熟と今日は感じました。まだまだ引退など出来ませぬ。」
そんな事を御后様に言ってるぞ。
俺達が席を立って本部に戻り始めると、兵隊達の勇士が対戦を始めるようだ。
ちょっと度肝を抜いた気もするが、彼等の興奮は遅れてやって来たのだろう。
歓声が木霊する試合会場を後ろに、俺達は本部へと向かった。
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テーブルに着いた俺達に早速従兵がお茶を配る。
「さて、今後の対応じゃが、ケイモス。しばらくここに残ってくれぬか?」
「良いでしょう。代官が任命され、交替するまではこの地で民衆の統率をします。」
「うむ。なるべく早くには代わりを寄越すゆえ、それまでの辛抱じゃ。」
御后様は、ケイモスさんを代官にする心算じゃないか?
「では、我等は3日後にこの地を去ることにしようぞ。」
俺達は御后様の言葉に頷いた。
そして、気になる事を聞いてみた。
「王都で士官学校の校長を見かけました。何故王都にいたか。そして、その後どうなったのかを、まだ確認していないのですが。」
「民衆に紛れて出てきた所を捕縛しておる。カナトールの代官を約束されていたそうじゃ。愚かな男よ。…元々戦下手ゆえ気が付かなかったが、真実審判の託宣は確かじゃ。彼の無能と言うより策によって死んだ兵の多くがアトレイム出身じゃ。我は、校長をアトレイムに引き渡した。かの国の裁判でその罰が下るじゃろう。」
そう言った御后様を見ていた俺に、セリウスさんが補足してくれた。
「アトレイムの法律では国家反逆罪は、西の砂漠への追放だ。モスレムのタレット刑と対して変らぬ。」