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#323 王都攻略その後で


 「ご苦労様。…これで、カナトールに侵入したノーランドの大部分は殲滅できた事になるわ。」

 本部のテーブルに座った俺達に姉貴はそう言った。


 「待て、まだ2,000程の軍が東にいると王都攻略の前に言っていた筈だが…。」

 怪訝な顔付でセリウスさんが言ったけど、俺だってそう思う。


 「という事は、ミーアとアルト姉様の部隊という事じゃな。」

 何だと!と言う顔で俺とセリウスさんがサーシャちゃんの顔を見た。


 「その通り。…ミーアちゃんの夜襲で東に移動した敵軍を、イゾルデ様達が迎撃。北に逃走した敵軍をアルトさんが強襲して殲滅したわ。」

 姉貴が簡単な絵みたいな地図でその顛末を話すのをセリウスさん達が真剣に聞いていた。


 俺達も大変だったけど、アルトさん達も大変だったようだな。

 確かに、ここに来た時にアルトさんとミーアちゃんがいないから、ちょっと変だとは思っていたが、そんな事があれからあったんだな。


 「だが、そんな話は王都攻略の前に聞いていなかったぞ!」

 セリウスさんが姉貴に問いかけた時、聞き慣れた声が聞えた。

 「こちらからの申し出じゃ。そうミズキを責めるな。」


 本部の入口に、御后様とイゾルデさんが立っていた。

 慌てて、セリウスさんは席を立つと2人に椅子を譲る。そして天幕の角においてある折畳みの椅子を持って来た。

 

 「一応、大勝利という事になるの。…半年以上掛かって、兵を1,000人以上亡くし、開放した町村が2つという前任者とは比較に成らぬ。まだ1月も経っておらぬではないか…。」

 「これで、カナトールを開放した事になるのでしょうか?…カナトールの北部地方にも町や村があります。そちらは手を付けていません。」


 俺の言葉に、御后様がパイプを咥えながら話を始めた。

 「確かに、婿殿の話も重要じゃ。…しかし、軍事の要衝を押さえられては、ノーランドも大軍を展開する事は出来ぬ。北部地方の町は、その頑強な町を囲む柵を使ってノーランドに抵抗していると聞く。残党の一部は盗賊化するかも知れぬが、ハンターに狩られてその数を減らす事になる。」


 「それでは、ノーランドから新たな軍勢が押し寄せる事は無いとお考えですか?」

 「将来は分らぬが…。今、押し寄せてくる事は無い。

 国境となるアクトラス山脈の峠道は、まだ雪の中じゃ。大軍を移動できる状況ではない。そして、カナトールで失った軍を再編するには10年は掛かるじゃろう。

 更に、今回は西の狩猟民族と連携したようじゃが、彼等も大勢の戦士を失っておる。 

 彼等の戦士の数はそれ程多くは無い。彼等の放牧する土地に出没する獣を追い払うのにかなり難儀をする事じゃろう。それに懲りれば、次の戦はノーランド単独という事になる。じゃが、それは国境の峠を封鎖すれば容易い事じゃ。」


 そう言って、従兵が差し出したお茶を飲んだ。

 俺達にもお茶が配られた時に、アルトさん達とケイモスさんが本部に入って来る。

 これで、全員かな。


 「王都の住民には、明日には王都に入れると告げたぞ。不安げな顔であったが、ノーランドの支配は終ったと伝えてある。それと、長老達に昼に本部に来るよう伝えてきた。」

 「ご苦労様。民家も大分破損させたみたいだから、その説明をしなくちゃね。それに当座の食料も渡さないと…。」


 「アトレイムとエントラムズが援助を申し出ておる。…王都からの避難民だけでも2万はおる。将来を考えると頭の痛い問題じゃ。されど、今は春。今年の収穫が得られれば希望は開けるじゃろう。」

 

 御后様はあまり深刻には考えていないようだな。

 当座の援助を行なって、後はカナトールの民に任せる考えのようだ。

 だが、そうするとカナトールは周辺の王国に分割統治されるのだろうか?


 「ところで、このカナトールはどうなるんですか?」

 「ふむ…。婿殿が治めてみるか?」

 俺は、とんでもないと首を振ると、それを面白そうに御后様が見ている。


 「…それが一番良いのじゃが、婿殿は野心が無いのう。となればじゃ。この地は分割統治されるか、それとも新しく王政を敷くかになる。

 しかしどちらにも問題がある。

 分割統治はサーミストにとっては飛地じゃ。モスレムかエントラムズに交渉して、獲得する領地を交換することになろう。これは既存の王国の町村を交換するに等しく色々と問題が出てくる。

 新しく王政を敷く案は、もっと難しい。婿殿なら周辺国王は全員賛同してくれるじゃろうが、他の王子達ではのう…。」


 御后様は、それが原因で戦が起きそうな顔をしているぞ。

 「後1つ、方法があるのでは…。」

 「それはダメじゃ。良いか、カナトール王国は滅んでおるのじゃ。」

 セリウスさんの提案を御后様は最後まで言わせなかった。

 リムちゃんを女王に…という提案なのは、最後まで言わずとも俺にも判る。

 リムちゃんは俺達の妹なのだ。そんな事を考えずに幸せに暮らさせようと御后様は考えているのかもしれない。

 それとも、リムちゃんをエントラムズに脱出させた王妃の願いを察したのだろうか。病床を訊ねてくれた友達って言ってたからな。未だに病床ってのが信じられないんだけど。


 「俺から1つ提案があるんですが…。」

 「何じゃ?…代官をおいてネウサナトラムから統治するのも手ではあるが。」

 

 「代官制は考えられますね。俺の提案はその代官を指揮する者達のことです。新しい国を作るなら、思い切って新しい考え方で統治するのも良いのではと思います。

 連合王国の将来像をこの地で実践してはどうでしょうか。そうするならば、この地の統治者は連合王国構想を模索する王子、王女達の共同統治であり、それならばどの王国も関与する事が可能であり、禍根を残す事もありません。そしてその成果は将来の連合王国に取り入れることが可能です。」


 御后様はしばらく考えていた。ブリューさんは目を輝かせている。セリウスさんは呆れ顔だし、姉貴は俺を見てニコリと微笑んだ。

 

 「確かに、禍根は残らず、連合王国の漠然とした体制を実地で見る事で新たに見えてくる事もあるじゃろう。周辺王国への説明は我に任せるが良い。

 たぶん、代官職には国王達が適材を探してくれるじゃろう。そして1月後には最初の統治会議が開かれるじゃろう。

 イゾルデ。早速モスレムに戻り、今の婿殿の話をトリスタンと国王に伝えるのじゃ。」


 イゾルデさんはハイ!と返事をすると、サーシャちゃんに手を振って本部を出て行った。

 

 「しかし、ノーランドをこのままにしておくのは問題かと思います。少なくとも侵攻を計ったのは間違いないのですから何らかの罰を与えませんと王達も貴族、民衆に示しが付きますまい。」

 ケイモスさんが苦い顔で言った。

 王国の軍は防衛がその任務であり、侵攻を行う為には軍勢が足りないのだ。そして、侵攻する場合でも、侵攻ルートは2つの峠道しかない。その街道にそって迎撃すれば容易に侵攻軍を阻止できるのも、苦い顔の原因なんだろう。


 「確かに…。やられるだけでは面白くないのう。じゃが、それは簡単に出来る事なのじゃ。カナトールに接する3カ国の国王からの依頼を婿殿にすれば良い。ギルドを通さぬ依頼は王宮ならば可能じゃ。

 …ノーランド王宮を焼き討ちせよ…。

 金貨15枚がここにある。やってくれるか?」


 そう言って御后様が懐から小さな革袋を取り出して俺の前に置く。

 「良いでしょう。でも、どうやってそれを確かめられます?」

 「婿殿が王宮を焼き討ちした、と言ってくれればそれで良い。疑う者はおらぬ。」

 

 「方法は、ディーの気化爆弾を使います。直径1M(150m)以上の範囲で火災が発生し、その爆発半径にいた者達は全員確実に窒息死しますが、民衆を洗脳して自爆攻撃をさせるような者に相応しい末路でしょう。」

 

 俺の気化爆弾の発言にその威力を知っている者達は一瞬身を強張らせる。

 だが姉貴は大きく俺に頷いてくれた。姉貴も目には目をの考え方のようだ。

 

 「ディー。行ってくれるか?」

 「了解しました。3日後に帰ります。」

 

 ディーが出て行くと、ケイモスさんが不思議そうに俺を見た。

 「1人で大丈夫なのか?」

 「はい。1人ならば、ディーは今日中にアクトラス山脈を峠道を使わずに越えられます。そして明日の夜、王宮を焼き討ちして明後日には帰ってくるでしょう。」


 「ディー殿はそれ程の実力なのか?…アキト殿とは1度戦って負けておるが、ミズキ殿やディー殿であれば、あるいはと思っていたのだが…。」

 

 「それは、無茶です。姉貴とは今だに勝てたためしがありません。ディーと戦った日には命が幾つあっても足りません。

 俺に武術を教えてくれたのが姉貴ですから、俺もそれなりに強くなったとは思いますが姉貴はその遥か上をいってます。」

 

 俺の言葉を聞いてケイモスさんは急に姉貴を見た。

 「ミズキ殿。老い先短い老人の頼みじゃ。ワシと手合わせ願いたい。」

 

 姉貴は御后様を見た。しょうがないと言うような顔で御后様が小さく頷いてる。

 確か、御后様に長剣を教えたのがケイモスさんだったんだよな。その気性は御后様も知っているのだろう。

 「判りました。でも、1回だけですよ。…しばらく戦いから離れてましたから期待に沿えるかどうか分りませんが。」

 「有り難い。明日の昼に早速お願いしたい。場所はこちらで準備します。」

 

 明日の試合が楽しみのようだ。目が嬉しそうに光っている。なんだか子供みたいだなって思ってしまった。

               ・

               ・



 何か、変に横道に反れた話が続いていたが、姉貴が咳払いをして話を本筋に戻す。

 「色々ありましたが、カナトールの開放は終了しました。これで、本国に戻る事になりますが、残党の討伐とノーランドの反攻に備えた部隊を残さねばなりません。

 歩兵を1中隊。亀兵隊を2小隊を残したいと思います。

 人選はケイモスさんとセリウスさんに任せます。将来の部隊長に相応しい者を選んでください。

 歩兵は王都の警備と峠道の封鎖を任務とします。亀兵隊はカルナバルとカルナバル北の村を駐屯地としてカナトールの機動警備をお願いします。」

 「少なくないか?ノーランドは侵攻軍と同規模の兵力をまだ持っている筈だ。」

 セリウスさんが心配げに姉貴を見る。

 「大丈夫です。先程、ノーランドに仕返しをしにディーが出かけましたよね。最悪、ノーランドは内乱になりますよ。確実に10年はこちらを見る事は無いでしょう。でも、一応念の為という事で…。」


 本部の天幕に弓兵が入ってきた。

 「王都の長老達が5人やってきました。」

 「お通ししなさい。」

 姉貴は即答した。直ぐに弓兵が出て行く。


 「テーブルの前を空けてくれませんか。少し話をしなければなりません。」

 姉貴の言葉に、セリウスさん達が椅子毎、両端に移動する。その空いた場所に従兵が椅子を並べた。


 天幕の入口が開いて、弓兵が長老達を連れてきた。

 長老と言うだけあって、老人達だな。これからの沙汰を恐れてか顔が強張って頭を落としている。


 姉貴は立ち上がると長老達に頭を軽く下げる。

 その動作に長老達が驚いている。人生の経験者にはそれなりの態度を示すのが礼儀と俺達は教わったからな。アルトさん達も驚いてるぞ。御后様は微笑んで見ていたけど…。


 「話が長くなると思います。どうぞお座り下さい。」

 姉貴をどう見ているか知りたくなったが、長老達は俺を見ている。俺が頷いたのを見て恐る恐る席に着いた。


 「最初に3つお伝えします。

 先ずは、カナトールに進駐していたノーランド軍は壊滅しました。

 次に、王都ですが…。王宮と貴族街は破壊焼失しています。民家はなるべく温存したかったのですがノーランドの自爆部隊が潜んでいましたので、3割程度は破壊焼失しています。

 現在、王都内の探索を継続していますが、明日には王都に戻る事が出来るでしょう。家を失った方々には補償として銀貨10枚をお渡しします。

 最後に、軍は3日後にカナトールを離れますが、1,200人の兵隊をカナトールに残します。

 王都に500。ノーランドへの街道に500。そして狩猟民族との国境付近に200です。

 これからは耕作に精を出して暮らしを立てる努力をしてください。最初の収穫までの食料は少し援助が出来ると思います。

 ここまでの質問はありますか?」


 姉貴の話をアン姫が急いで書き留めている。

 確かに議事録は必要だな。


 「恐れながら、1つお聞かせ下さい。この国の将来はどのようになるのでしょうか?」

 一番年老いた老人が俺を見て言った。

 

 「少し勘違いをしているようだけど…。この度の総指揮官は俺の隣のミズキ姉さんだ。俺は一介の部隊長に過ぎない。」

 そう言った俺の言葉に老人達が恐縮して姉貴に頭を下げる。


 「申し訳ございませぬ。若い娘様が指揮官とは、長い年月を生きても思いもよりませんでした。」

 「それは、時代が変ったからでしょう。その時代が変った事を貴方達は見る事になります。この国に代官を置く事になるでしょうが、その代官にこの国の運営方針を示すのは4つの国の王子と王女です。今までの王国とは少し違った事が起こると思いますよ。」

 

 「カナトール王族の一部が逃れたと聞きました。また、多くの貴族が戻って来るのでしょうか?」

 「カナトール王国は3年前に滅んでいます。王族は全員その時の革命で命を失ったと聞き及んでいます。貴族はカナトール王国に属する者、カナトール王国が無くなった以上カナトール貴族の称号は過去のもの。戻ってくる者がいても貴族ではありません。」

 

 「となれば、我等の土地は我等の物として耕作が可能なのでしょうか?」

 「とりあえずは現状維持です。王侯貴族の所領については誰が耕そうと自由です。その配分はお任せしますが、代官が来た時に再度調整したいと思います。」

 

 「私の孫は兵に徴用されて戻りませぬ。多くの若者が徴用されました。彼等はどうなったのでしょうか?」


 「全て、死んだと思ってください。私達は捕虜を取りませんでした。というより最後は爆裂球を抱えて私達に突撃してきました。これが貴方達の若者の最後です。」

 姉貴が下を向いて申し訳無さそうに答えた。


 「そんな筈は無い!…誰がノーランドの肩を持つ。俺達の孫ならば戦いなどできぬ筈だ。まして爆裂球を持って突撃など…。」

 「麻薬と言う言葉を知っているか?」

 ケイモスさんが静かな声で言った。


 「あまり知る者はいないはずです。私が若い頃に爺様より聞いた事があります。…何でも、痛みを取る事が出来るとか…。そして、それを常用すると恐ろしい副作用があると聞いた事があります。」

 「その副作用の1つが、自分の意思を無くす事だ。…ノーランドの奴等はそれを使ったようだ。痛みを感じず、命令のままに行動する兵を簡単に作る事が出来る。しかも自分達の征服した民を使ってな。」


 「信じられぬ話ですが、そう言われてみると3年前の王宮襲撃の際に集まった群集も何かに取り付かれたような動きでした。…あの当時から使われていたのかも知れません。」


 長老達の顔が暗いものになる。徴用された若者が全て死んだと判ったからだろう。

 

 「追い討ちを掛けるようで恐縮ですが、王都に戻る前に神官様の前で全員1人ずつ言って頂きたい言葉があります。『私は爆裂球を隠していない。』そう言って頂ければ結構です。5歳以上の全員を対象にします。そして爆裂球を知らない者がいるかも知れませんから、その前に私達の兵隊がそれをお見せします。」


 5歳からと聞いて、俺達も驚いて姉貴を見る。

 「アキトも知ってるでしょう。テロリストはそんな教育を子供達にするのよ。」

 吐き捨てるように姉貴が言った。

 姉貴もここまでしなければ安心できない洗脳の恐怖を、少しは理解しているようだ。

  

 

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